案件25:魔女襲来!
「墓守の残りHP、20%……15%……!」
グレイブ前テント、観測班の読み上げが嬉々として回る。
「5%……3……2……1……0! 撃破!!」
カウントがゼロになると同時に、目の前の空墓の入り口から、地鳴りのような断末魔の声が響き渡る。
『やったー!!』
現地に集まっていたシンカーたちは揃って歓声を上げた。紙吹雪のエモーションが舞い、帽子が飛び、おのおのの喜びがテントの天井を満たす。
これまで未踏破だったグレイブの攻略。それはもちろん第一攻略者の名誉であり、そしてAIに勝利したその地区のプレイヤーすべての勝利でもあった。
天幕の外と内で拍手が沸き起こる。
「ありがとう、みんな、ありがとう」
第十七地区に攻略一番乗りの名を刻んだクラン〈コマンダーV〉のリーダー、ジェネラル・タカダが中年の顔をほころばせながら、周囲に握手を求める。それに同じ笑顔で応じながら、イトは今日までの戦いを振り返った。
スカイグレイブ〈熱光の火竜兵〉は、床のみならず天井を絶えずマグマが循環するという重力を無視した外観を持ち、シンカー側に常にスリップダメージが発生し続けるというストレスマックスな難関ダンジョンだった。
一度のトライでの攻略はとても不可能。そこでタカダ氏はクランメンバーを攻略と拠点確保に分け、橋頭堡を確実に築きながらじわじわと最深部を目指した。かかった時間は実に三日。その間、クランメンバーからは不平や不満の声が一切聞かれなかったことが、タカダ氏の信頼と統率力を表していた。
「有給使い切ったかいがあった!」
「単位の犠牲を無駄にはしない!」
「久しぶりに普通にトイレに行けるゥ!」
ただし喜びに混じってダメな台詞もちらほら。しかし、彼らはそれだけの大勝負に勝った。それならすべては必要経費だとイトは思う。
誰の顔も輝いていた。緊張や焦燥の果てにようやくたどり着いたそれは、無条件に美しいものだろう。
「わたしたちのライズはあんまり役には立ちませんでしたが……」
熱烈な握手の後で、イトは曖昧な笑みを浮かべる。
今回のライズ会場には、ご多分に漏れず〈サニークラウン〉も名うてのアイドルたちも参戦している。〈ワンダーライズ〉の前に来たお客さんは、一般協力のシンカー数名だ。
「いや、君たちのおかげで、アイドルたちもライズに集中できた。それがうちのシンカーたちのモチベーションに繋がった。チームプレイでは精神論が大きな意味を持つ。個々の技術の是非より、無気力や諦めが伝播することがもっとも毒なのだ。君たちは一番の仕事を果たしてくれた。さすがだ、〈ヴァンダライズ〉」
「違います」
言っても笑顔にミリの変化もないタカダを見て、この人、ケンザキさん並みのタヌキだな、とイトは内心つぶやいた。
ここは口直しに六花やセツナをスリスリして抱き抱きして、傷んだ心を回復するしかない。彼女たちも今回の攻略にはつきっきりだったので、今はテンション爆上げで、ある程度のことは許してくれるはず……。
と。
「え……?」
その声は、歓喜の隙間にぽとりと落とされるように響いた。
誰もが何気なく振り返り、その発言者を見やる。オペレーターとしてここまでの指揮を各パーティに正確に伝達していた美声の女性プレイヤーだ。
彼女が見ているのは、巨大モニターに映るダンジョンのマップ。そこには、最深部でボスを撃破した攻略隊に加え、それまでの道中で拠点を設営、リポップするモンスターを狩って足場を維持し続けた支援隊の位置が光点で表されている。
そのうちの一つにバッテンのマークがついていた。
それはすぐに一パーティ全員へと広がる。
「……え……!?!? 攻略隊、全滅……!!?」
オペレーターが叫ぶ。
困惑しながらも伝えられた言葉に、テント内は一気にざわめいた。
「何だ!? スリップダメージか!?」
「わ、わかりませんっ! あっ、第七拠点隊全滅!!」
第七拠点隊は、ダンジョン最深部手前で補給拠点を作っていたパーティだ。三日間この攻略に付き合っていたイトは、その顔ぶれまで思い浮かべることができる。
「第六……第五も続けて……全滅!」
「一体何が起きている……!? まさかマグマがせり上がってきたとかか?」
「ダンジョン内環境に異変ありません! ……第四全滅!」
「では何が……!」
これまでどんなアクシデントにも冷静に対処してきたタカダが、ただ消えていくマップの光点を見つめることしかできない。それくらいの急変。
被害はさらに拡大。第三、第二まで全滅。
ここまで来たら、もう誰にもわかっていた。
何かが、とてつもなく恐ろしい何かが、ダンジョンの最奥から駆け上がって来ているのだ。プレイヤーを次々に打ち倒しながら。
「第一、全滅!」
「出てくるぞッ!!」
タカダがそう叫んだ直後。
グレイブの入り口から、灰と黒煙を纏った何かが凄まじい勢いで飛び出してきた。
「何だ!? 人間か!?」
イトは見た。まとわりつく煙をその速度で振り切った人物が、黒に限りなく近い紫色の衣装を着ていたこと。そしてそれが、大きな魔女帽であり、裾のほつれた襤褸のようなミニスカートであることを。
「女の子……!?」
射出された火山弾のように地を跳ねた少女は、今度はそのままの勢いで走り出した。
真っ直ぐテントに向かってくる。
その手には――清冽なエメラルド色に輝くバスターソード!
「PKだ! 迎撃態勢!!」
ジェネラル・タカダが緊迫した声でそう通達する。観測班の面々は慌てて武器を手元に出現させるも、バスターソードを低く構えた相手の方がはるかに早かった。
踊るように、一閃、二閃、三閃。
テント内の機材ごとシンカーたちが吹き飛ばされる。誰もが一撃で戦闘不能。とてつもない攻撃力とスピード。これが、グレイブに潜っていたシンカーたちを襲ったものの正体だ。
直線上の人間をすべて吹き飛ばした後で、魔女姿の少女は方向転換した。あまりの勢いに靴底を盛大に滑らせながらの旋回、しかし一切停止することなく残りのメンバーへと襲いかかる。
「くっ……何だこいつはッ……!?」
サーベルで応戦しようとしたジェネラル・タカダも、一瞬でこの駆け抜ける暴風に巻き込まれた。誰も抵抗できない。確実にキルされていく。
そこらのPKやスナッチャーとはワケが違う。このままでは全員やられる!
「六花ちゃん!」
イトは慌てて六花へと駆け寄った。とにかく彼女を守らなければという思い一つで。
その時、目が合ってしまった。
魔女帽子の広いつばの下からのぞく、蒼い光をたぎらせた双眸。
ぞくりと背筋が凍る。来る、という確信があった。
果たして彼女は来た。地を飛ぶ鳥のように一直線に。
「くっっっ……!」
イトは懸命に相手を見た。動きも攻撃も恐ろしく速い。だがよく見ろ。見ないと何もわからない!
ギンッ!!
受けた。ギリギリで防御できた。巨大な宝石のようなバスターソード。こちらが使う初期配布武器とは何もかもが違う特別な武具。
噛み合わせたバスターソードの刀身を伝い、異様な感触が背中まで抜ける。HPが削られた感覚。ガードしたのにもってかれた!
しかし、ここで少女の勢いに逆に救われる。トップスピードのまま斬りかかってきた魔女は、ガードされた反動で弾かれるようにイトの斜め上へとすっ飛んでいったのだ。
「イト! こいつっ……!」
烙奈のハンドガンが、宙にいる少女目がけて連続発射される。
空中では身動きが取れない。これは当たる、とイトが確信した次の瞬間、魔女の手からバスターソードが消えた。次に手の中に現れたのは、深いブルーのロングソード。これも宝石のような美しさだ。それを二度、三度と素早く振り払った。飛び散る火花。痛烈な破裂音。
「弾丸を撃ち落としたぞ!」
「このっ!」
烙奈の驚きを追い越すように、千夜子の折り鶴が左右から魔女を狙う。
殺人オペ用のレーザーを照射。すると再び魔女は手の中の武器を消した。今度は魔法使いのロッドが具現化する。イトは目を丸くした。
「二重武器どころか、三重武器……!?」
三つ目の武器、突き出したロッドの宝石部から魔法陣の障壁が生じる。ソーサラービットのレーザーはそれに当り、水のような飛沫を上げながら直進を遮断された。接触面から飛び散るおびただしい光の飛沫。しかし彼女が着地するまでバリアが揺らぐことは一切なかった。
ソーサラービットが千夜子の元に帰還する。少女は、〈ワンダーライズ〉最強の戦力である殺人折り鶴に押し勝ったのだ。
誰もが唖然、愕然として相手を見た。ようやく動きを止めたその小柄な少女を。
背中に緑のバスターソード。腰にはブルーのロングソード。そして手に緋色の宝石の付いたロッド。本人の紫黒色の衣装と合わせると、まるで宝石箱のような魔女。
「へぇ……。やるぅ」
帽子のつばを押し下げながら、可愛らしい声で少女は言った。
「ダンジョンにいるのが大したことなかったからガッカリしてたのに、いるじゃん。地上に」
「あ、あなたは一体……?」
イトは構えを解かないままたずねる。少女は危うい貌で笑った。
「初めまして。ボクの名前は痣宮ユラ。ねえ、ボクを受け止めたキミの名前を教えて?」
それが、第十七地区と魔女・痣宮ユラとの峻烈なファーストコンタクトだった。
ボロ魔女が重武装してるのっていいよね?(圧)




