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案件24:奇跡の生還者たち

「やあ、よく来てくれた。みんな時間通りだね。ゲームの中でも時間を守れるのは、社会人としての素質あるよ」


 部屋に一つどんと置かれた執務机の上で機嫌よく指を組み合わせたのは、一番高い所からタウン7の暮らしを見つめる社長ケンザキだ。


 それと向かい合って立つ〈ワンダーライズ〉のそばには、クラン〈破天荒〉からはリーダーのコウと妹のリナが高さの違う肩を並べ、さらにその向こうにはモモたち旧〈西の烈火〉メンバーの姿もある。


〈ペン&ソード〉のホームビル最上階、社長室。


 イトはメールにて、ケンザキからの呼び出しを受けていた。要件は先日のエンドコンテンツ『絶滅地帯』で起きた靄人たちの襲撃。ならば行かないわけにもいかない。なにせ六花の身が危険に晒されたのだ。今後も絶滅地帯の最前線に立つ彼女の安全を思えば、少しでも役に立ちたいと思うのがファン心理。


「そんで、オレらに何をさせようってんだい社長さんよ」


 コウが腕を組み、どこか芝居かかった口調でたずねると、同じポーズのリナが「社長さんよォ」とセルフエコーをかける。

 それを受けてケンザキは色付き眼鏡をキラリと光らせ(オプション設定)、


「君たちはあの混乱の中でも比較的冷静にものが見えていたと、わたしは考えている。それで、ある検証に協力してもらいたいのだ」


 検証。何やら重要な情報でも掴んでいるような言い回しに、イトたちは目線を交わす。ひとまず聞こっか、という無言の取り決め。


「まず、先日の襲撃、生還おめでとう。もう伝わっていると思うが、深度4のキャンプは無事だ。どうやら襲撃者たちに拠点を取り戻す力はなかったらしい。ただ、その後のことは別だ」


 ケンザキの意を汲んだ黒子とかが、ベストタイミングで虚空にモニターを点灯させる。


 一同、息を呑んだ。五つの画面にはそれぞれ崩壊した拠点が映し出されている。しかし、設備の外観はどれも特徴が異なり、徘徊するモンスターも別。唯一共通しているのは赤い霧に包まれている点だ。


「これは他の地区の画像だ。あの襲撃は同時多発的に起きていた。プレイヤーが全滅した地区では、靄人の後にやってきたモンスターたちに拠点を奪い返されている。だが、即座に撤退した地区では無事だった。このことから、襲撃時に現場にいた人間が一人でも生還していれば、拠点は守れるという仕様だったようだ」

「そういえば、靄人たちは我々が乗ったホバークラフトをしばらく追いかけてきていたな……」


 カジが当時を振り返りながら言う。

 ビッグフットのスピードに振り切られ、最後には見えなくなったが、あのしつこさは異様だった。狙いは拠点ではなく、拠点にいるプレイヤーだったということか。


「人間がやられていればモンスターが後から占領に来て、そうでなければモンスターは近づいて来なかった、とそういうことですかね?」


 モモの追加説明にケンザキは「うん」と首肯。


「ただ、君たちほど長く交戦してかつ生還した地区というのは、すべての地区でごくわずかだった。誇りたまえ」

「ヨッシャー!」

「よっしゃー!」

「コウさん、声がでかいです」

「なんだよモモ。誇れっつったのは社長だぜ」

「だぜー」


 気楽に声を飛ばし合うモモとコウたち。逆にカジとサダオミはやや気後れ気味にこれを見ている。


「さて、現場にいた君たちの貴重な情報は、すでに各ジャーナルや攻略サイト運営クランが聞き取り終えている。今回は、未確認情報の裏付けに協力願いたい」


 机の一部がウイーンと動き、中からボタンが出てくる。ケンザキがそれをポチッと押すと、周囲を囲うガラス張りの壁にシャッターが下りた。


「それいります?」

「いる」


 イトの問いにケンザキは秒で答えた。


「見てもらいたいのはこれだ」


 シンカーと思しき複数名の立ち姿が映し出される。


「この中に、君たちを襲った“装備”はあるかね?」

「あ、その大斧の人。六花ちゃんを襲ったやつです」

「そっちの仮面かぶった双剣は見覚えあんなぁ」

「あー、そっちのハルバードとレイピアはいましたね」


 イト、コウ、モモが次々に発言すると、ケンザキは満足げにうなずいた。


「予想通りか――。これはね、過去シーズンの対人テンプレ装備なんだ」


 対人テンプレ? しかも過去シーズン?

 イトが目をぱちくりさせていると、横から千夜子が「あっ、だからそんな……」とつぶやき、まわりからの目線を気にして慌てて引っ込んだ。


「言いたいことはわかるぜ姉ちゃん。見た目がダッセェってんだろ」


 コウがガハハと笑いながら彼女の思いを代弁した。

 イトもそれは同意だ。ダサいというか統一感がない。普通は色とか装備の雰囲気を自己流に統一するものだが、ここにあるのは兜だけが異様に大きかったり、鎧が大きすぎて足が短く見えたりと散々なコーディネイト。ケンザキが講釈を続ける。


「現在のPVPは戦法主義と言われている。自分の必勝戦法を補助してくれる装備を選び、戦う。しかしかつては装備至上主義という時代があった。何を装備するかで勝敗の八割が決まっていた時代だ。今、君たちが指摘してくれたクソダサ装備は、それらの代表的なものになる」

「確かに、現場で古臭い印象は受けたな……」

「似たような性能でも今は見た目のいい装備がいくらでもあるスからね」


 カジとサダオミがうなずき合う。


「ちなみにシーズンで言うと1から3までがそれに該当する。提示した画像には、実は今シーズンまでの装備も混ざっていたのだが、そちらは誰も覚えがないかな?」


 イトたちは揃って首を横に振った。


「そうか。ある意味よかったよ。シーズン3止まりで。わたしのある推測と合わせると、厄介なことになっていた」

「厄介なこと?」


 問いかけたイトにケンザキは重くうなずき、


「シーズン4、別名シーズン・ウォー。そう呼ばれるほどPVPが怪物的進化を遂げた時代があったんだ。勝敗の決定的要因が、装備から技術へと転換したのもこの時期だ。メタとメタが吹き荒れて、何が答えかわからないメタメタな状態になった。イト君が使っているケルベロスも、その時代に編み出された必殺技なんだよ」

「ほえー。そうだったんですね」

「えぇ……知らずに使ってたの……」


 ケンザキは少ししょんぼりした様子で、画像を新たに一つ提示してきた。

 あの時の襲撃現場を映した画像らしい。ただ、どこの地区のものかは判然としない。

 それよりも大きくズームされているのは……。


「名前、か?」


 烙奈がぽつりとつぶやく。

 砂塵にかすむ赤い靄人の頭上に、何かの表示が出ていた。

 画像の粗さと文字化けが強敵だが、「ユ■タ」とかろうじて読める。


「これは恐らくユータ。シーズン1時に流行っていたアニメの主人公の名前だ。この時期、同じ名前のプレイヤーが数万人単位でいたという」

「つうことは……。そいつが敵に扮して襲ってきやがったってのか?」


「いや、コウ君。事態はもう少し陰湿だと思われる。シーズン1から3までのプレイヤーはシーズン4で大勢脱落し、シーズン4の対人勢もシーズン終了の仕様変更でやはり去った。二度の大絶滅を経てシーズン8の今、大量発生したにわかユータが生き残っている可能性はほぼゼロ。つまりこれは、過去のアバターデータ。すでにプレイヤーが引退しているアバターをAIが引っ張り出してきたと、わたしは見ている」

『!!』


 没入型ゲームのアバターは、正しく本人の分身であり、もう一つの顔だ。

 こんな話がある。スカグフでネカマが少ないのは、たとえガワが女の子でも、五感をフルに使ってアバターを動かす以上、必ず本来の性別が表に出てくるからだと。


 アバターを手持ちのコントローラーで動かしていた時代なら、まだ偽れた。しかし、当人が中に入って探索だのバトルだので全身をフル活用すれば、どこかでボロは出る。

 有志攻略サイトのQ&Aにもこうある。


「Q:オッサンでも美少女になれますか」

「A:なれるけどすぐにバレるから隠すな」


 アバターとは、それほどにプレイヤー本人そのものなのだ。プレイヤー自身にもそうした認識がある。だから、他人のアバターを使う、あるいは他人にアバターを使われるアバターハックという違反行為は、人の姿を奪うという都市伝説めいた恐怖感が伴った。


「まあこれはわたしの憶測も過分に含む。他の画像にプレイヤーネームらしい表示は映っていないし、新しいエネミー導入に伴う何かの不具合を奇跡的に記録した一枚なのかもしれない。テンプレ装備に関しては、AIはいくらでもコピーできるわけだしね」


 ケンザキはそう言い、イトたちにまとわりついていた怖気を抜いた。


「ただ、シーズン4が含まれてなくてよかったというのは事実だ。この時期の装備というのは正に対人超特化。しかも個々人で先鋭化されているから、確かな対策というのがない。もしも彼らの戦法までAIが取り入れてきたとしたら、現代の知識と装備をもってしても勝つのは容易ではなくなる」

「だが社長さんよ。人間を相手にしてるって感じはなかったぜ」


 このコウの発言には一同うなずき、カジとサダオミも証言を加える。


「あくまで人型のPVEという感覚だった。AIが持ち出したのは装備構成だけで、生きた人間の動きまではトレースしていなかったのではないか?」

「誰かさんのバスターソードよりはよほど受けやすかったス」

「うん、いい証言だね。イト君たちはどうかな? 現場の話では、君は相手がPVP仕様であることをいち早く看破し、ユニット単騎でアイドル全員救出なんて離れ業までやってのけた、救助隊のMVPなわけだけど。戦った感触は?」


 ここで話がこちらに向けられる。イトは眉根を寄せたまま仲間たちと顔を合わせ、申し訳ない気持ちで応じた。


「実はあの時のこと、あんまり覚えてないんですよね。なんかいい感じに戦ってたような気はするんですけど、六花ちゃんたちを見つけたらそっちに全部持ってかれちゃって」

「わたしもイトちゃんについていこうとしただけだから……」

「右に同じ」

「なるほど。〈ヴァンダライズ〉の蛮性のまま突き進んだ。ザコのことなど記憶にもないと。そういうことだね?」

「全部違います」


 ケンザキのいい加減なまとめを一蹴。と、


「何だよー、覚えてないのかよイトの姉ちゃんたち」


 リナが、コウの脇の下からひょこっと顔を突き出してきた。お祭り好きの下町っ子という風貌の彼女は、そんなリスみたいな仕草がよく似合う。


「すっげーカッコ良かったのに。アタシすっかり〈ワンダーライズ〉のファンになっちまったぜ」

「えっ本当ですか? ありがとうございます」


 イトがリナの背丈に腰を折って顔を近づけると、リナは驚いたように後ずさりした。


「わっ、イト姉ちゃんってホント美人だな。アタシ女なのにドキドキしたぞ」

「ほう……。ところでリナちゃんは中学生ですか?」

「おうっ、中二だ」

「ほーうほうほう……。いいですかリナちゃん、実はイトお姉ちゃんには百合営業という大事なお仕事があってぇ……」

「百合営業? 花屋か?」

「ええ、ある意味庭園作りというか庭師というか……」

「イトちゃんさすがに?<〇><〇>」

「そそそ、そうさすがにお仕事の話は早いからぁ! 二年後くらいに続きをお話しますねぇ!」


 背後からの黒い波動を受け、イトは話題を中断する。

 ケンザキからの話も一区切りついたこともあって、そこからの会話はどんどん雑談方面に脱線していった。


 コウが〈西の烈火〉の現状をたずねてカジとサダオミが勝手に委縮したり、リナにせがまれてイトが二人一緒に『草原を駆ける』を踊ったり。ケンザキもローカルな情報に聞き耳を立てているのか、あえてそれを止めようとはしなかった。


「?」


 社長室がただの多目的ホールと化した頃、イトはふと、烙奈が一人黙りこくっていることに気づく。


「烙奈ちゃん?」


 何度目かの呼びかけて、彼女ははっとこちらを向いた。


「あっ、ああ。すまない、考え事をしていた」


 イトと千夜子は顔を見合わせる。聡明な彼女には珍しい態度だ。


「烙奈ちゃん、何か悩み事ですか? わたしたちでよければ相談に乗りますよ」

「ああ……。いや、この間の開かずの扉といい、生成AIが今までにないライティングをしてきているな、と」


 それを聞いてイトたちも納得した。

 開かずの扉はそういうイベントというより、作りかけ、あるいは途中で作るのをやめたものを間違って出してしまったような印象がある。そして今回の、アバターデータをそのまま流用というのが事実なら……。


「なんだか、死人を生き返らせてるみたいな……」

「なに?」


 イトのつぶやきを烙奈は耳聡く拾ってきた。


「ほら、スカグフってお墓を暴くゲームでしょう。それで、死蔵されてるデータとかアバターを引っ張り出してきた……みたいな?」

「ふむ。墓か……。死んだ者をもう一度……」

「烙奈ちゃん?」

「いや、やはり何もわからん」


 烙奈は小さく肩をすくめる。


「しかし何がどうなろうと、わたしたちはこのままでいよう。イト、千夜子。それが多分、一番いい」

「ええ、もちろんです烙奈ちゃん!」


 イトは烙奈と千夜子の腰を抱き寄せた。


「こっ、こらイト……」

「もうイトちゃんたら……」

「おっ、イトの姉ちゃん、もしかしてそれが花屋か!」

「そうだよリナちゃんもおいで~」

「おう!」


 四人でくっつきながら、今日みたいな日をずっと続けていこうとイトは思った。

 多分、シショーの教えはそのためのものだから。


無垢な野花を無理やり移し替えてはいけない(戒め)

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― 新着の感想 ―
はちみつぶつけたら成仏しそう。
[良い点] >「A:なれるけどすぐにバレるから隠すな」 良かった。モモちゃんやリナちゃんに思う存分はあはあしたり曇り顔を求めてもいいんだ!! [気になる点] 市民ホールと化した場所で表に出なかったモモ…
[良い点] > ある意味よかったよ。シーズン3止まりで ねえこれってフラグ…… > 同じ名前のプレイヤーが数万人単位でいたという きっと大量のロングコート着た†ユータ†がいたんやろなあ AI「何だこ…
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