案件23:絶滅地帯から生還せよ!
回復アイテムを持てるだけ。
バザールに流す分まで詰め込んだアイテム欄を今一度確認し、イトは絶滅地帯の赤い靄を見据える。
深度3臨時キャンプ。深度4で孤立している攻略隊及び、支援のため同行したアイドルたちを救出するため、急遽、救助隊が組織された。
「出発時間だ。手伝ってくれる人は一緒に来てくれ!」
クラン〈破天荒〉の慌ただしい呼びかけに応じ、イトたちは人員輸送用大型ホバークラフト〈ビッグフット〉へ足を向ける。
「イトさん。気をつけてください……」
セツナの切実な見送りに、
「大丈夫ですよ。こっちはあくまでアイテム係として行くだけですから。六花ちゃんたちをつれて無事に戻ってきます」
と笑い返し、しかし向き直った時にはもう顔を引き締めている。
正直、何が起きているかは不明だ。
ただ、一つの予想として、今回獲得した拠点をモンスターたちが取り返しにきているのではないかという説が浮上している。今まではなかった現象だ。
もしこれで前線パーティが全滅した場合、昨日の努力を取り消されてしまうという危惧があった。
そして、アイドルたちだ。
戦える人間は抵抗できるだけまだいいかもしれない。しかし彼女たちはそうはいかない。突然のハイエンド戦闘に巻き込まれ、さぞ心細い思いをしているに違いない。助けに行きたかった。
「あれ? あなたたちは〈ワンダーライズ〉?」
「えっ……。あなたは確か、モモさん?」
唸りを挙げて走り出したビッグフットの荷台で、思わぬ人物と再会した。
軽やかな女戦士風のシンカー。クラン〈西の烈火〉のモモだ。
「久しぶりですねえ。元気してましたか。……って聞くまでもないか。皆さんの活躍は知り合いの傭兵連中を通じてようく知ってます」
ただならぬ緊張感漂うこの場において、モモは快活に笑ってみせた。そこにはPK吹き荒れるホームからの脱出劇で見せた、修羅場慣れした強かさが感じられる。
「あれ、でも今回は皆さんのするお仕事じゃなさそうですけど。相手はモンスターですよ」
イトたちが普段戦っている相手はスナッチャー、つまりプレイヤーだ。対人戦と対モンスター戦では戦術が根本的に異なり、イトたちはモンスター戦はてんでダメだ。
「はい。でも、回復アイテムばらまく係くらいはできるかなって」
「そりゃありがたいです。何しろコウたちが手こずる相手なんで、ここにいる面子でどれだけやれるかどうか」
ちらりと向けた視線の先には、破天コウの突き抜けた気迫に比べると一つ二つ見劣りする、緊張した面持ちのシンカーばかり。そしてその中で見知った顔二つと目が合った。
「あっ……」
「うっ」
「げっ」
〈西の烈火〉を大分裂させ、六花を泣かせた大元凶。元リーダーとサブリーダーだ。てっきりそっぽを向かれるかと思ったが、意外にも彼らは二人並んでこちらに歩いてきて、
「この前は大変失礼した。我々の身勝手な争いにアイドルの諸君を巻き込んでしまって」
「すんませんした」
「あっ、どうも……」
素直に頭を下げられ、つい合わせて会釈してしまうイト。
「六花ちゃんを泣かせたことで、あの後すごい落ち込んだのよこの二人」
モモが言うと、二人はひどく顔をしかめる。
「それはもう悪いことをしたと……。あの後、謝りにも行った。本人ではなくメンバーの方が対応してくれたが……」
「月折六花さんにはいつもお世話になってるのに、ファンとして大失格っした……」
どうやら心から反省している様子だ。六花を苦しめたことは許せないが、その後のユニットデートですっかり上機嫌だった彼女を見たということも手伝って、これ以上の追及は筋違いに思えた。
モモが苦笑を一つこちらに向けてくる。
「あなたにぶっ飛ばされたから、まだどうにかカッコがついたんですよ二人とも。そうでなかったら一方的に六花ちゃんをいじめた悪者として、PKKクランから賞金首にされてました」
「あれは効いた……」
「っすね……」
それぞれ一撃もらった箇所をさするようにしながら、二人が申し訳なさそうにこちらを見やる。何だかお互い複雑な気分だが、こうして救助隊の船に乗っている以上、ものの考え方にそこまでの違いはないのだろう。相手もそう思ったらしく、
「カジだ。救出ミッション頑張ろう」
「サダオミです」
「〈ワンダーライズ〉のイトです」
軽い握手と短い自己紹介が、何だか親近感を増させた。何が起きているかわからない心細さの中、知っている誰かがいるというのは心強かった。
「そうだ。〈ワンダーライズ〉さん、ここでライズやってくれますか。みんな押っ取り刀で乗り込んだんで、バフも何もないんですよ」
モモがそう提案すると、まわりで自然と話を聞いていたシンカーたちからも、
「アイドルがいるのか?」
「やってくれるなら何でも助かるよ。是非」
とせがむ声。
皆、不安なのだ。深度4の拠点がどうなっているのか。せめて一つ、前向きになれることがあれば――。
アイドルは輝くもの。そしてここスカグフでは皆を輝かせるもの。
「わかりました。任せてください。初期バフですが――いきます、『草原を駆ける』!」
緊張に押し黙らされた荷台の上で、そのライズは一際大きく、響いた。
※
(こりゃあ、年貢の納め時かもしんねぇな)
利き腕で愛用の巨大木槌“樹霊発千念”を保持しつつ、空けた手で最後のポーションを飲み干す。空き瓶を無造作に投げ捨てた後で、立ち込める靄へと視線を戻した破天コウは、自らの諦念をそう認めて口元に苦笑を刻んだ。
襲撃は突然だった。
拠点の設営中、晴れたはずの靄が近づいてきていると気づいた時には、すでに肉薄されていた。
そこからは防戦一方。薄靄の中で跳梁跋扈する敵を相手に、粘っていた仲間たちは一人倒れ二人倒れ……今ではすっかり分断されて、その後どうなったかわからない。誰かの怒号が聞こえているから、まだ戦っている人間はいるようだが……。
逆に、敵の声はない。音も声もない、静かなる襲撃者たち。
コウは肩越しに振り返る。
そこには、リナを含むクランメンバー数名がダウンしていた。
回復アイテムが底をつきた今、彼女たちの復活は絶望的。しかしホームに強制帰還の上に復活という選択肢を選べば、ただでさえ数で負けているこちらの勝機はゼロになる。
唯一の希望は、遅参組がこちらの異変に気づいて援軍を寄越してくれることだが、それもいつになるか。
(このままじわじわなぶり殺しってのも気分悪ィし、どうせ負けるなら盛大にやりてぇとこだな)
勝ちっぷりも負けっぷりも豪快に。それが破天コウの趣味だ。
「敵に一泡吹かせられりゃあ悪くねえ。リナ、みんな、悪ィが、最後にでかい花火上げさせてもらうぜ」
パーソナルグレイス〈正鬼〉。残りHPが急激に減少していくが、その間はいかなる攻撃を受けても倒れなくなる自滅型強化能力。
仲間からの支援がないこの状況では、本当に単なる自爆でしかない。
しかし、このままただ削られて倒されることも耐えがたい。
天秤にかければ、どちらが重いかは明白だった。
「置き去りにしたこと、後で謝るからよ」
靄に塞がれた空を見上げ、ここからは見えない仲間にもそう呼びかけて、コウは能力を発動させようとした。
その時だ。
「……?」
聞こえた気がした。
周囲には騒乱の音。それにまぎれてかすかに、『草原を駆ける』。
昨日、アイドルから受けたバフライズだ。
この曲は、思い入れのある曲だった。
兄妹でこのゲームを始めたばかりの頃、リナはアイドルをやっていたのだ。兄貴や他の仲間にバフをかけてやろうと。結局性に合わなくてやめてしまったが、その間、リナは部屋でも風呂でも、唯一の持ち歌である『草原を駆ける』の鼻歌を歌っていた。だから、アイドルの曲の中で一番よく知っている。
無我夢中で、一番何も考えずにこのゲームで遊んでいた時期。常に自信に満ち溢れて、諦めなんて知らなかった頃。
「いやいや、こいつぁ……オレとしたことが、弱気になってたのかもしんねえ」
コウは苦笑いを一つ地面に落とすと、たてがみめいた頭をかいた。
まさか、こんな状況であの曲の幻聴を聞くとは。
こんな窮地で、あの頃の気持ちを思い出すとは。
「一秒先に希望があるかもしんねえなら、最後までそいつを夢見ながら戦わねえとな。負け方なんか考えてる場合じゃねえぜ」
ペッと手のひらに唾を吐きつけ、木槌の柄を握る手に力を込め直す。
状況は絶望的。しかし気分まではそうじゃない。そうじゃなくなった。一秒耐えられるだけで、自分を讃える紙吹雪が舞う気分だ。こっから死ぬまで、ボーナスゲームに突入だぜ!
ところが。
「あん……?」
再び幻聴。『草原を駆ける』。
いや……違う。さっきは一フレーズがかすかに聞こえただけのような気がしたが、今度はもっと長く――徐々にはっきりと――聞こえる! 近づいてくる! そしてこの震動!
次の瞬間、赤い靄を突き破って巨大な白い怪獣が眼前に現れた!
「なにいいいいいいッッッ!?」
これはうちのクランが保有している特大ホバークラフト〈ビッグフット〉だ。
そしてその船首に陣取って、今まさにライズ『草原を駆ける』のラストを締めくくったのは、昨日バフを頼んだアイドルユニットだ。
しかし、こんな高難度戦闘エリアに普通のアイドルが突入してくるはずがない。
であれば、これはまさか――。
「あの〈ヴァンダライズ〉なのか!?」
「〈ヴァンダライズ〉じゃありません!」
※
「GO! GO! GO! 行け行け行け!」
赤い靄の中にビッグフットを突っ込ませた運転手が、窓から腕をグルグル回してシンカーたちに合図した。
我先に地面へと飛び降りていく彼らに混じり、イトたちも現地へと降り立った。
「クラン長、無事かぁ!?」
「てめぇ何てタイミングだ! 地獄でホットケーキの気分だぜ!」
「なんだよ黒焦げだなそりゃ!」
孤立していた破天コウが、真っ先にクランメンバーに無事救出された。彼が靄の一番端で戦っていたのだ。イトは持っていた回復アイテムをばら撒き、ダウンしていたリナ他のシンカーを復活させる。
「うおお、ありがとう〈ワンダーライズ〉の姉ちゃんたち! これでまた戦えるぜ!」
「いや、ここは退くぞ」
気炎を上げるリナたちを、コウは即座に制した。
「敵の手応えがどうにもおかしいぜ。このまま戦っても結局また不利になるだけだ。一旦帰って仕切り直す」
「一体どんなバケモンと戦ってんだ? ドラゴンか? 巨人か?」
クランメンバーからの問いに答えるように、周囲から戸惑いの声が上がる。
「何だこいつら、見たことねえモンスターだ!」
「人型……武器を持ってるぞ。つ、強い……!」
大勢が舞い上げる砂塵の中、踊る深紅の影。
イトは見た。一見、単なる靄の輪郭のようにも思えるが、注意して見れば、それははっきりと人の形をしている。さらに目を凝らせば、装備のディテールさえもくっきりとわかった。
「みんな、気をつけて! こいつらの攻撃、妙に重いよ!」
靄の一枚奥でモモが叫んでいた。カジとサダオミと合わせて三人がかりで戦っているが、それでも完全に優勢とはいかないらしい。
この場にいる以上、ハイエンドなモンスターたちと戦う覚悟はしてきたはずだ。その彼女たちが、根本から予想を外される相手。一体それは何なのか。
「……?」
ここでイトは奇妙な感覚に囚われた。
シンカーたちに襲いかかる赤い靄人たちが、なぜか馴染みのある相手のように思えたのだ。
戦ったことのある――よく戦っている――そんな雰囲気。
「!!?? モモさん、これ、もしかしてPKプレイヤーじゃないですか!?」
「……!! そうか、それだぜ姉ちゃん!」
誰もが唖然とする中、一人応じてきたのはコウだった。
「体力はさほどでもねえが、攻撃が重くてガードが硬い――! PVPの補正じゃねえか! クソッ、なんかどっかで知ってるような気がしてたが……頭が回らなかったぜ!」
この場では誰よりも長く敵と戦っていた彼の証言だ。
それがどんなに意外な答えでも、受け止めるしかない。
「じゃあこいつら……人間なんすか……!?」
サダオミが叫ぶ。続いてカジも、
「いや、違う。わからんが、人の操作ではない!」
イトもそれは何となくわかった。
人間には良くも悪くも無駄な動きがある。五感を介した感情がある。しかし、靄人たちにはそうした生っぽさがない。その意味ではモンスターに近い。
「PVP性質を持ったPVEってこと!? 何それ困ったなぁ……!」
この期に及んでモモが乱暴な苦笑を放ってくる。
しかし、一つだけ謎が解けたかもしれない。精鋭中の精鋭であるコウたち攻略隊がここまで押し込まれた理由。彼らはPVE用に装備構成を練ってきてはいるが、PVPの準備なんてしているはずもない。心得くらいはあるだろうが、それだけでは専用ビルド相手には分が悪い。
「これじゃ、他の連中の救出もかなりキツいぞ!」
「最悪、このまま引き揚げた方がいいんじゃ……」
方々から弱音が飛ぶのを聞き、イトははっとなってコウにたずねた。
「コウさん、六花ちゃんたちは?」
「アイドルさんたちは拠点の端っこに避難してもらってる。敵はこっちに引きつけたから無事なはずだ」
フレンド欄では、確かに六花たちはまだ戦闘中となっている。やられてしまった場合はホームに帰還しているはず。無事な証拠だ。
「まさか、助けに行く気かい」
「助けを待たれてますから」
「ならオレも一緒に行くぜ。さすがにアイドルさんたちだけじゃ、たどり着けねえ」
「いえ、わたしたちで何とかします。コウさんはクランの仲間を助けてあげてください」
イトは巻き起こる砂埃の靄の先を見据えた。
濁った視界では、激しい怒りが渦巻いていた。
誰かが叫ぶ。
「こんなのもう戦闘じゃねえ。戦争だ!」
ステージを襲撃するスナッチャーたちの争乱とも違う。
お互いがお互いをすり潰すためだけの戦い。
入り乱れる怒号と悲鳴。弾ける剣と魔法の火花。こんな光景、まず見られない。
それなのに。
イトは自分の目が、眼前の景色を誰よりも容易く受け入れていることに驚いた。
混線する殺意の視線。倒した者が倒され、その倒した者もまた別の誰かに倒される終幕の連鎖。これを、この場所を、知っている――。
ぎ、ぎぎ、ぎ、ぎ……。
目の中で何かが軋む音がする。視界がちかちかする。しかし、何かがおぼろげに見えてくるような感覚がある。このまま。このままにする。
そして、“通った”。
「行こう」
イトはバスターソードを後ろに垂らすように構え、戦場へと飛び込んだ。怖がりの千夜子も、烙奈も、無言でついてきた。
(知ってる。こういう時どうすればいいか、知ってる)
シンカーと戦っている赤い靄人を、すれ違いざま斜めに斬り上げる。直撃箇所から血のように煙を吹きつつ、相手は宙を舞って消えた。ひとり。その時の回転を利用しつつ、また別の背中を切り伏せる。ふたり。そして次の相手。さんにん。
なぜかわかっていた。次に狙うべき相手。見える。線が見えている。その先にいる相手は、必ずこちらを見ていない。死角から死角へ、イトたちは深く深く潜っていく。
戦場のど真ん中を食い破って、どれほど進んだか。
やがて、靄の先にテントのシルエットが見える。
設備はどれも無事だ。これならアイドルたちも――。
「六花ちゃん! 六花ちゃんどこですか!?」
イトは大声で叫んだ。
「イトちゃん!? ウソでしょ、そんな……!?」
返事があった。
テントの陰からのぞく顔。この視界の悪さでも見逃すはずがない。六花だ。その後ろには他のアイドルたちもいる。
「六花ちゃん!」
不意に、彼女に一体の霧人が近づいてきた。巨大な斧を持っている。少女の首一つどころか、胴体だって真っ二つにされかねない狂暴な武器。
「どけえええええええッッ!」
イトは雄たけびを上げながら突進し、防御した斧ごと靄人を叩き潰した。
転倒した相手に、さらに二度、三度とバスターソードを振り下ろす。
「がるるるるるっ!」
「イト、もう十分だ!」
烙奈の制止があって、イトはようやく手を止めた。靄人は文字通り霧散し、もうそこには地面しかない。
「イトちゃん!」
「六花ちゃん!」
飛びついてきた六花を、イトは全力で抱き留める。
「ウソ、どうして。来てくれるなんて。こんなにところに助けに来てくれるなんて……!」
「わたしが助けに来るって、信じてもらえてませんでしたか?」
「だって……ここエンドコンテンツだよ……? そんな無茶なお願いできないよぉ……」
涙ぐむ六花にイトは微笑んだ。
「じゃあこのお礼は、濃厚な百合営業でお願いします!」
「うん……はい……何でもする。します。してください……」
「イトちゃん?<〇><〇>」
「びゃい!」
「営業の取り付けは後だ。今は逃げるぞ!」
「ひゃいいいい! みんな逃げますよおおおお!」
千夜子と烙奈の二人から結構本気でお尻を摘ままれながら、イトは絶叫した。
アイドル全員が無事ホバークラフトにたどり着いたのは、それからすぐのことだ。
着実に後戻りできなくなっていくアイドルの皆さん。




