案件22:エンドコンテンツに挑戦せよ!
『スカイグレイブファンタジア』にはリリース当初から実装されている『絶滅地帯』というエンドコンテンツが存在する。
スカグフの舞台は、超大陸と呼ばれる大きな陸地に無数の地区が林立している形だ。しかし各地区は大陸の外周部に集中していて、中央部は赤い靄が立ち込める一切が謎のゾーンとなっていた。
ここが『絶滅地帯』だ。
シンカーたちは、それぞれの地区から大陸の中央に向かって調査領域を伸ばし、すべてを明らかにすることが目的となる。
現在までに発見されているものは、墜落したと思しき空墓、怪物の白骨が水面からのぞく毒の湖、古い都市の残骸など、この世界の過去をしのばせる数々のオブジェだ。そこでは、バザールではとても値がつけられないようなレアアイテムも見つかっており、挑戦する見返りは有り余るほどにあった。
しかし、この『絶滅地帯』の調査は遅々として進まないことで有名だった。
まず出現するモンスターが異様に強い。
絶滅深度1と呼ばれる一番浅いエリアでさえ、サービス初期は、人生の基盤をスカグフに移した廃パーティ以外ミリも進めない有様だった。準廃、やり込み勢レベルが立ち入れるようになったのは、装備やスキルが追加され、基本能力が底上げされたシーズン2に入ってからだ。
次に、何が起こるかまったく予想がつかない。
この土地でのみ登場するギミックやトラップも存在する。事前の説明はゼロ。すべては手探り、プレイヤーの命を代価に検証していくしかない。
シンカー側の強化に合わせてじわじわと開拓されていってはいるものの、大陸の中央へ至るにはまるで遠いというのが、観測班の見立てだ。
※
荒野は独特の緊張感に包まれていた。
吹きすさぶ風は肌寒く、赤茶けた砂の臭いだけを運んでくる。何か、森とか川とか、そういうところから何かを拾ってきた感触は一切なく、ただ干からびた荒野を通ってここまでたどり着いた死の風を脳裏に浮かばさせる。
第十七地区、『絶滅地帯』深度3。
その攻略拠点に、イトたちは来ていた。
仮設のテントに休憩所や各種商店が用意されている、プレイヤーたち自前のキャンプだ。
『絶滅地帯』の攻略には一定のルールがある。荒野には拠点候補と思しきポイントがいくつかあり、そこにたどり着くことで靄が一気に晴れ、その深度をクリアしたことになる。以降はファストトラベルが可能で、拠点からの調査再開が可能になるのだ。
アイドル職は、総出撃と言ってよかった。
所属事務所、人気、能力、関係なし。それでもまだ足りないくらい、攻略拠点にはシンカーたちが集まってきている。
「いよいよ始まるんだね」
肌寒さよりも緊張の寒気から、千夜子が腕をさすった。
「ええ。地区を挙げての大規模調査。プレイヤーが勝つか、AIが勝つかの真剣勝負です」
「どんなバフが必要になるか、現時点では何もわからん。我々のような初期バフでさえ意味があり得る。心してかかろう」
烙奈の言葉に、イトはうなずく。
どこかお気楽さのある通常の空墓探検とは違う。これは遊びじゃない。真剣な遊びだ。
今回の攻略キャンペーンは、複数の大手攻略クランが連名で呼びかけていた。これから数日間に渡り、各自リアル都合がつくタイミングで調査に参加、踏破領域を知恵と腕力で広げていくことになる。
もちろん、他のシンカーも参加は無制限。便乗して未知のレアアイテムを求めるもよし、歴史的瞬間に立ち会うもよし。ハウジング勢やSS勢まで乗り出す、地区最大級のプレイヤーイベントとなる。
「イトさん。皆さん」
「おおっ、セツナちゃん!」
呼びかけられて振り向けば、そこにいるのは愛川セツナだ。一番最初に約束した通り、彼女とはほとんどのライズ会場で顔を合わせている。
少女はどこか肩身が狭そうに周囲を見回しながら、
「大きなお祭りって聞いたんですけど、なんだか雰囲気が予想と違ってて……」
「この間のビーチイベントみたいに明るくて楽しいものを想像してたんですね。わかりますわかります。すっごいピリピリしてるでしょう」
イトが優しく笑いかけると、それに少し安心した様子で彼女はうなずいた。
「『絶滅地帯』はある意味、地区の総合力を計るコンテンツでもある。集まっているプレイヤーたちは本気で今日までの研鑚を見せる覚悟だ」
と烙奈が説明。
イトもさっき知ったばかりだが、『絶滅地帯』の地形や出現モンスターは地区によって異なる。つまり共通の攻略法が使えないのだ。調査力も戦闘力も、自前の地区で賄わなければならない。正に総合力が問われる勝負。
「何だか少し怖いので、イトさんたちの隣でライズやってもいいですか?」
「フオッ!? もちろんいいですよ! ……セツナちゃんが隣にいるなら、目の保養……集客……そして目の保養……」
「イトちゃんお仕事……」
「まことにすんまえんでした……」
千夜子に脇腹をつつかれるだけで済まされたことをイトは感謝した。
不意に、どどん、と空気が震える音がした。
誰もがそちらを振り仰げば、岩場の上に置かれた特大の和太鼓と、その横に立つ大柄の青年の姿に目が留まる。
「よぉ皆の衆! 今日はよく集まってくれた! オレがクラン〈破天荒〉のリーダー、破天コウだ!」
毛皮のようにクセのある長い赤髪に、渦巻きの模様が描かれた濃緑の着物。ぱっと見で獅子舞を思い起こさせる風貌の彼の額には、太い角が一本立っている。つければ誰でも鬼になれるアクセサリー“シュテン・ホーン”だ。
「そしてアタシが妹分の片藪リナだ! コウ兄ちゃんとはリアル兄妹だぜヨロシクな!」
その後ろから橙のポニテの小柄な女の子がひょこっと顔を出す。こちらは祭りで着るような濃紺の法被を防具でアレンジした格好で、額には二本の小さめな角“オニッコ・ツイン”。
二人を見上げる千夜子が横から伝えてくる。
「あれが今回の代表発起人、破天コウさんだよ。〈西の烈火〉の前の前のリーダーとはライバル関係だったんだって」
「前の前ってことは、お城を建てた墓王さんですね」
現在の〈西の烈火〉は、あの女戦士のモモがリーダーとして立て直しを図っており、城を建てた廃人プレイヤーはすでに二代前ということになっている。千夜子の話によると、〈西の烈火〉の弱体化で一番発言力を強めたのがこの〈破天荒〉で、今回のエンドコンテンツ挑戦もその勢いを駆ったものだとか。
「面倒くせえ前置きはいらねえだろう。先鋒はオレたち〈破天荒〉が引き受けた。やる気のあるヤツはついてこい!」
「アイドルの姉ちゃんたちは最高のバフ頼むぜ! アタシと兄ちゃんは歌も踊りもヘタクソだかんな!」
「余計なこと言うなぃ! 今練習中だろうが!」
壮行会とか開いて様式美にこだわっていた〈西の烈火〉とは真逆、大雑把かつ豪放磊落なクラン長とその妹だ。しかし、何が起こるかわからない高難度エンドコンテンツに挑むなら、これくらい勢い任せのリーダーの方がよさそうではある。
「本日はよろしくお願いします。みんなも頑張ってね!」
アイドル代表月折六花がステージを開始すると、他のアイドルたちも一斉にバフライズを展開する。
『絶滅地帯』の怖いところは、敵がどんな手を使ってくるかわからないところだ。ここでしか目撃されていないモンスターも存在する。いかに手広く構えられるか、多様性が求められる。
〈ワンダーライズ〉の前にも、隣のセツナにはもちろん及ばないものの、いつになく多くのお客さんが訪れていた。
と。
「おっ、初期バフじゃねえか。こいつはありがてぇぜ!」
「ありがてぇな兄ちゃん!」
「えっ!? コウさんにリナちゃん!?」
ステージ前に現れた二人に、イトたちは目を丸くした。
さっき豪快な挨拶をしていた、破天コウと片藪リナその人だ。
彼はステージ横のアワレなくらい簡素なセットリストをしげしげと眺め、
「へぇ……〈ワンダーライズ〉ってんかい。なんか、よく聞く用心棒の名前と似てるが、面白ぇ偶然だな!」
「面白ぇな兄ちゃん!」
赤いたてがみめいた髪を揺らしながらガハハと笑うコウと、それを真似するように同じく笑うリナ。何にも考えていないような二人にイトは不安を覚え、つい「だ、大丈夫ですか。これ『草原を駆ける』ですよ」と確認してしまう。
「オウ、だから初期バフだよな。いいんだよソイツでよ。オレたちは地力で十分強えからよ!」
「強ぇんだ!」
えっへんと胸を張る二人。筋骨隆々のコウに比べ、リナの方は図鑑に載れるくらいのペタンコだ。
「でも……」
「いや、〈ワンダーライズ〉さんよ。そんなに心配してくれなくても、オレたちもバカじゃねえよ」
ここでコウは、それまでの陽気さがウソのように冷静な顔つきになる。
「何でも、別の地区じゃあ深度4で“バフの二倍分のデバフをかけてくる”なんてバッファー泣かせの敵が現れたらしいんでな。同じヤツが出てくることはまずねえだろうが、万一の時に戦えるヤツがちょっとは必要だってのさ」
「必要だぜ!」
イトは驚いた。この二人、勢い任せに見えて実はちゃんと考えている。
そういえば、昔こんな言葉あったという。型がある人間が型を破ったら型破り、型もないような人間が破ったら形無し……。この二人にはクランの代表たる素養がちゃんとあるのだ。
「わ、わかりました! ライズいきます!」
「おうよろしくゥ!」
ライズバフの最中、客席で二人は楽しそうに踊って盛り上げてくれた。さっきの宣言通り、とてもヘタクソだ。でも本当に楽しそうだった。あの冷静な顔もまた冗談だったみたいに。
掴みどころがない――いや、きっとどこまでも自然体なのだろう。人の性格が“こう”なんて一つに絞られるわけがない。
「ありがとよ姉ちゃんたち! 後はオレたちの成功を祈ってくんなァ!」
「はい、頑張ってください!」
長い腕を最大限に振って去っていくコウに対し、イトたちもステージ上から精一杯のエールを送った。
『いくぜ、野郎ども!』
ウオオオオオオオ!!!
いよいよ出発の時刻が来た。
コウとリナが揃って開戦のポーズを決めると、集まったシンカーたちは雄たけびを上げて赤靄の荒野に進出していった。
クランのリーダーなんて大人物にバフをかけたのは初めてだ。頑張ってほしい。何より、あの明るく陽気な二人が、敵に倒されるところなんて想像もしたくない。いつにも増して、イトは願いを込めて彼らを見送ったのだった。
※
攻略の第一陣を送り出してしまうと、残ったアイドルたちはやや手持ち無沙汰になる。ステージの上では主役のように振る舞えるが、ゲーム上の役割は支援特化、つまり裏方だ。
普通のグレイブ攻略なら、たびたびやってくるシンカーたち用にライズステージを出しっぱなしにしているものだが、絶滅地帯を単独パーティで攻略するなど危険極まりない。第二陣に足る人数が集まるまではお休みだ。
そんなわけでイトたちは、支援側のシンカーたちが建てた観測用テントに集まっていた。
絶滅地帯の未踏地域では音声の通話が不可能になる。しかし、クランメンバー同士の位置情報をマップで見れば、どこまで進んだかを疑似的に確認できる。
テントではこのマップを特大モニターで表示しており、誰でも見られるようになっていた。光点は真っ直ぐに動き、攻略隊が順調に前進していることを伝えてきている。
「攻略隊、戦闘に入りました」
記録係が別ウィンドウを見ながら通達する。フレンド欄のオンラインステータス表示を利用した情報共有だ。戦闘中の文字が赤く点滅する。
テント内に緊張が走った。
ここからではもう戦闘音も何も聞こえない。マップの光点もそこまで細かい動きは追えない。しかし確実に起こっている。音も風もなく、誰が墜ちてもおかしくないような過酷な戦いが。
やがてオンラインステータスの表示が「オンライン」に戻る。戦いが終わったのだ。
「マップ上でメンバーが円陣を作りました。マル、損害軽微のジェスチャーを確認」
ほーっとイトたちはみんなで安堵の息を吐いた。
しかもあのクラン長、マップから簡単なメッセージを伝えられるよう、事前に決め事をしていたらしい。コウの発案だろうか。いや、そうでないにしても、その作戦を取り入れている時点で考えなしのイノシシシンカーではない。
「みんな、人が集まってきたからそろそろライズの準備だよ」
六花が呼びかける。マップに見入っていたイトは、そこではっとなった。テントを行き交う多くのシンカーたちの姿が見える。
アイドルたちは慌てて持ち場に戻った。
「何だか、すごいドキドキします」
セツナの言葉にイトはうなずいた。
興奮と緊張。ここでやっていることは、個人的なゲームプレイングではない。まるで学校の運動部が日本一を決める試合に出場し、それを現地で応援しているような高揚感だ。
正直よく知らない野球部やサッカー部を応援したとしても、ここまで気分は盛り上がらないだろう。しかし、同じスカグフを嗜む者であれば。しかも普段からアイドルたちが応援しているシンカーたちの大勝負とあれば、否が応でも興奮するのは当然だった。
〈ワンダーライズ〉の前には、またしてもなかなかの人数が集まった。
観測班もリアル都合で人員の入れ替わりを何度かしつつ、それから数時間後――。
「おい、外見ろ!!」
誰かが叫んだ。
イトたちは慌ててテントから飛び出る。
「靄が……晴れていきます……!」
大陸中央の方角へ、赤い靄が後退していくのがはっきりと見えた。
通信が入る。
「皆の衆、ご苦労」
落ち着いた、しかし自信と感謝に満ち溢れたコウの声が響いた。
通信が可能になったということそれ自体が、一つの成果を意味している。
「深度4クリアだドオオオリャアアアア!!」
ウオオオオオオ!!!
テントの内も外も諸手を挙げて沸き立つ。
「このまま拠点設営をしつつ、深度5の簡単な調査を行う。攻略は成功だ。後は自由にしてくれ」
攻略初日でのクリア。これは大快挙と言っていい。
後方で応援していたイトたちも、大満足でその日を終えた。
しかしその翌日――。
事態は急変する。
※
「六花ちゃんたちが音信不通ってどういうことですか!?」
イトはクラン〈破天荒〉のメンバーに詰め寄った。
「わからない。うちのメンバーとも急に通信が不能になった」
場所は前日と変わらず深度3の攻略拠点。可能になったはずの深度4へのファストトラベルが、なぜかできなくなっていたのだ。
次回攻略への準備のために、破天コウを含む複数のパーティと六花たち一部の腕利きアイドルたちが、ファストトラベルで現地に向かった直後の異変だったという。
ここにいるのはイトを含めて、先発隊に遅れてゲームにログインした面々だ。そうでなければ彼らと一緒にあちらに赴き、事態に巻き込まれていた。
「!! クラン長たちに戦闘中の表示!!」
フレンド欄を開いていたクラン員の一人が叫ぶ。
「イトちゃん、これ見て!」
千夜子が慌てて肩を叩いてきた。
彼女のフレンド欄にコウたちの名前はないが、ある人たちの表示はある。
月折六花たち〈サニークラウン〉。
そのオンラインステータスは、戦闘中。
「まさか、キャンプが襲撃されてるんですか……!?」
アクティブが多いゲームはそれだけで良いゲームと確信しています。野良で人が集まらないゲームとか地獄なんよ……。




