案件141:クロス・ザ・デッドライン
かなりの距離をすでにぶっ飛んできていた。
ナビを担当してくれている烙奈によると、ロキアはアリーメルと別れ、さらに北方向にある森へと向かっているという。〈キングダム〉本拠があるタウン11とは違う方角。すでにPKエリア圏外のはずだし、それでもファストトラベルしないということは、直接足で向かわなければいけない場所に用があるということ。
――恐らく、Kたちの本隊が、反撃用に集結している。
(でも、この速度ならKと合流するまでに追いつける……!)
《――VOB活動限界付近》
不意に耳元を流れたシステムメッセージが、その希望的な展望を塞ぎにかかった。
ここまでイトに翼を授けてくれたブースターが、ついに燃料切れを起こしたのだ。
と同時に。
「チョコちゃんのソーサラービットがっ……!」
千夜子から託されたソーサラービットもまた、いかにも消えてしまいそうな点滅を始める。
ここに来るまで、あらゆる障害物を排除し尽くしてくれた一対の翼。彼らなくしてこの猛追はあり得なかった。もうあと少しとは言わない。本当に頑張ってくれた……。
《――ト! イト! 右に機体をずらせ! 正面に岩石!》
「はっ……!」
烙奈が必死に叫んでいたことに気づいた時にはもう遅かった。
正面に、ちょうどこちらを塞ぐように立ち塞がった岩壁。これまでは折り鶴たちが処理してくれていたが、今はもう――!
「しまっ――」
激突する――そう覚悟した瞬間。
VOBの両サイドに取り付いていた翼が、鶴の形を取り戻した。
「!?」
そしてイトの両肩を撫でるように前に飛び出すと、岩壁に自ら体当たりする。
轟音!
「折り鶴ちゃん!!」
ソーサラービットの超高速の体当たりにより、眼前にあった岩壁は砕け散った。
飛び散る石片の中、イトは折り鶴たちが儚く消えていく姿を見る。
「今まで……本当にありがとうございました……!」
〈絶対防衛ミストレス〉は徹頭徹尾使命を守った。最後には自らの身を挺してまで。
本来の主の元へと戻った後は、その活躍を存分に褒めてもらってほしい。
《VOB活動限界――パージします》
こちらも任務完遂。フジツボのように連なったブースターから炎が消え、イトは前方へと放り出される。
「なんのぉ! まだまだぁ!」
イトは瞬間的に思いつき、足元にガローラを出現させた。
これまで亜音速で突っ切ってきた慣性はバリバリに残っている。
幅広の大剣をスケートボードのように踏みしめ、イトはさらに距離を稼いだ。
(これで、六花ちゃんまでかなり近づける!)
が、突然!
「!!!!????」
体の中の弦をびいんと弾かれたような、強い衝撃が全身を駆け抜けた。
誰かのPK範囲に捕まった。だが、これは……!
(なんて……暗くて……深い……!)
PKエリア展開は全員共通のシステムだ。そこに強弱もないし、強化するスキルやアイテムもない。しかしイトが味わったのは、これまでとはまったく別物の、恐ろしいほど先鋭化された領域だった。
(これはK……!? いや……)
もっと。そういう、目に見えてわかる優秀なプレイヤーじゃなく、もっと潜在的で根源的な異質のプレイヤー。普段は人目につかず、必要な時だけぬっと現れる悪魔のような――。
《イト、前の森に気をつけろ! 大勢の敵がいる!》
烙奈からの冷静な言葉が、黒い沼に片足まで浸かりかけていたイトを現実に引き戻した。
前方に森の入り口が見えていた。
そしてそこに集まっている深紅の機動騎士団。
今までとは雰囲気が違う。
これまでの彼らは整然と陣形を組んでおり、武器も長柄タイプに統一されていた。けれども前で待ち構える人々は、雑に散らばった隊列、それぞれ好き勝手かつ見るからに強力そうな武器を手にしている。
まるで、今回に限り深紅の鎧を身に着けた雇われ者。
でも単なるお飾りじゃない――とイトの直感が告げる。
誰もかれも熟練プレイヤーの気配。では、さっきの異様なPK領域の犯人は彼らか?
《ロキアはその森の中だ!》
でもそう言われたら突っ込むしかない!
ここが最後の勝負。〈フロートラッカー〉……全開!!
「まかり通おおおおおおおる!」
『受けて立ああああああつ!!』
激突!!
それはおぞましいほど煌びやかな光景だった。
視界中に満ち溢れた暴力の線が、こちらに一点集中している。
森の風景を覆い隠すほどの過密状態なのに、迫ってくるラインは決してぶつかることなく、アリ一匹すら正確に分解できそうなほどの精緻な攻撃ルートを構築していた。
当然、こちらがすり抜けられる隙間などない。
「うわあああああああっ!」
それでも征くしかない。イトは雄たけびを上げて敵陣を切り裂く。
初戦は勢いが勝った。まだ残っていたVOBの慣性のおかげで、受けの構えを見せた騎士たちを盛大に吹き散らせた。
しかし、その勢いは急速に衰えていった。
深紅の鎧を着こんだ精鋭たちは、ガローラで薙ぎ払っても一時後退するだけで倒れることはなかった。全員がバラバラの装備で動きもてんで違うというのに、妙に息が合っている。
地力がある。即興にも対応できる。――戦い慣れている……!
〈フロートラッカー〉で攻撃のラインが見えていても、四方八方から絶妙なタイムラグで飛んでくる刃をかわし切るのは至難の業だった。
イトの足が何度も止まりかける。騎士たちが勝負を焦ることはない。じわじわと削るように、着実に動きを封じにきている。
この先に六花がいるのに。
遠い――あまりにも。
とうとう、足が止まる――。
その直前だった。
ズギィィィィィン!!
金属がひしゃげるような聞いたこともない轟音が鳴り響き、イトの前を塞いでいた騎士が吹っ飛んだ。
それもただ飛ばされただけではない。鈍重な鎧から重さが一切消えたみたいに、盛大な縦回転をしながらオモチャのように弾け飛んでいった。
――!!??
愕然としたのはイトだけではなかった。熟練の騎士たちも、一瞬、唖然としたように動きを止めた。
ズギン! ズギン! ズギン!
その間隙を狙ったかのように、激烈な金属音が立て続けに弾ける。
吹っ飛んでいく騎士たち。その時、イトの視界を埋め尽くしていた攻撃のフローに、細い、しかし明瞭な一本の筋道が現れた。
(ここだッ……!)
イトはその針のような活路に駆け込んだ。
怯みから立ち直った騎士たちが、たちまちそれを塞ぎにかかる。
しかしそのたびに、痛烈な金属音が道をこじ開ける。
「特殊大型狙撃銃だぞ! どこからだ!」
「探すな! 最長二キロは離れてる!」
「森の中だぞ! どういうエイムだよ!」
騎士たちから聞く、初めての焦りの声。
その足並みの乱れを逃さず、イトもガローラを振るって血路を開いた。
不思議な感覚だった。
視界が攻撃のラインに埋もれそうになるたび、銃撃が道を作る。
まるで銃弾に導かれているみたいだ。
それも、わかりやすい真っ直ぐな道じゃない。
相手の裏。敵が他の敵の視界を塞いでくれる位置。影の中。そんな死角ばかり。
きっと、知らなければ探せもしなかった。
でも、知ってる。探せる。
何度もこのルートを教わって。何度もこのルートを実践してきたから。
では、それでは。この銃弾の道しるべは……。
(シショー……?)
※
「大したもんじゃ」
スコープをのぞき込む視界の横から、師匠の感嘆が流れ込んでくる。
引き絞った引き金一つ。同時にスコープの中の少女が即応。絶妙に角度を変えてさらに前進する。
「あれだけの数の腕利き、わしらでも助からん。あっという間に押し流される。まるで死の川じゃ。しかし、あの白詰イトという少女……それを遡っておる。死の中に生の線を引くように……!」
再びトリガー。少女が進む。
「おぬしのサポートも的確じゃ。まさか、ここまで完璧にやれるとは思わなんだ」
「いえ……」
シックスは小さな息継ぎのついでに、その言葉を返していた。
「俺は適当にクサいところを撃ってるだけです。実際に活路を開いてるのは、彼女ですよ」
打てば響くというが。
とんでもない感度だ。
一を投げると、十の答えで返してくる。
確かに、シーズン・ウォーでの経験則から包囲網を抜ける際の要所を狙って崩してはいる。しかし、あそこまで鮮やかに脱出ルートを構築するのは、自分でも無理だろう。
あの、橙色の光を引く瞳。ゲーム内エフェクトがついているということは、何らかのシステム的恩恵を受けているのだろうが――。それにしても大胆不敵、電光石火。あんな動き、全盛期の自分でもよほどの絶好調でなければまず実践できなかった。
それをシステムで――恐らくはパーソナルグレイスで実現しているというのなら……。
「ぬ、抜けおった……! あの死地を完全に脱したぞ」
師匠が興奮したように肩を叩いてくる。
まさか、マジでやれるとは思わなかった。シックスは肩で大きく息をし、寝そべった狙撃体勢から立ち上がる。
ザン! と地面に大剣を突き刺した。
柄に呪詛めいた複雑な文様。刃は他の大剣に比べるとやや細身で、刀身の根本に首なし騎士の意匠がある。
「ホ……! その剣は……旧キャラから持ってきたのか!」
師匠がレンズの中で目を剥くのがわかる。
シーズン・ウォーにおけるかつての相棒。
キャラを捨てたくせに装備品は処分できなかったのは、我ながら未練がましかったが。
「やりに行くのかの?」
何とも言えない声で、問いかけてくる師匠。
白詰イトは、あの死地で完全に止まると思っていた。手を貸したのは、ほとんど悪あがきに近い。……だが、彼女は抜けてきた。それは、絶体絶命の窮地から何度も生き延びたかつての自分そっくりだった。
彼女は連れている。
戦場の季節に常に吹いていたあの風を。
戦りたい。そして味わいたい……!
「師匠――」
獣のように唸る心臓の声を聞きながら、シックスは自分でも不意にと思えるほど唐突に、そうつぶやいていた。
「なんじゃ?」
聞き返してくる森蔵。
俺は何を言おうとした――? そう自問するまでもなく、口は勝手に言葉を紡ぐ。
「ガーデンリリーに匹敵する百合を知ってますか」
どうして俺は今、そんな話をする?
「その質問からして知らない単語ばかりなんじゃが……」
師匠からの返しも困惑気味だ。それはそうだ。
でも……ああ……そうか。今、そんな話をするということは……。
あの人が、教えてくれた。
“わたしにはね、ろっ君。高貴でハイソな百合こそが至高なの。でもね。その他にたった一つだけ、認めてもいいものがある。それは、”
「それは、好きな子のために歯を食いしばって走る百合――。それだけは、認めざるを得ない――」
スコープで一瞬垣間見た、白詰イトの顔。
愛らしい顔に必死の形相を浮かべ、歯を食いしばりながら前へ前へと進もうとしていた。
生き延びたい、とか、勝ち残りたい、ではなく、ただただ大切な誰かに会うために、がむしゃらに走っていた。
“それだけは、絶対に、何があっても邪魔しちゃだめよ。いいわね”
――わかりましたよ。今。
シックスは地面から、妖気の漂う大剣を力なく引き抜いた。
「……今の俺じゃ、勝てないです」
「? そうかの? ブランクも含めて、ちょうどいい勝負だと思うが」
「それで勝っても、俺は何も得られない」
ただ、勝っちまった、その虚しさが残るだけ。
かつての風を味わうには足りない。彼女が、じゃない。足りないのは――。
「あの“俺”と戦うには、俺もあの頃に戻らねえと」
「……! ということは……!」
シックスは、手にした大剣と一緒に深々と頭を下げた。
「師匠、今までお世話になりました。こいつとまた、一から出直してきます」
「ホ! シックスの殺法が復活か……!」
森蔵はこれ以上ないほど嬉しそうに笑った。
シックスも気づけば笑っていた。
ああ、これは……。戦場で最後の生き残り二人になるまで戦った、あの時と同じ。
彼女と戦う前から、思い出させてくれるのか。この感覚を。
参った。これは……。推してしまう。無条件に。
「それじゃ、俺はもう行きますんで……」
「ホッホッ、待て待て。よその地区に引っ越すんじゃろ。ワシもつれてけ。鈍ったおぬしから錆が落ち切るまで、横からせいぜい野次ってやるわ」
「へっ……。言ってろ、ジーサン」
かつてと同じ憎まれ口を叩きながら、シックスは歩き始めた。
森を駆ける少女の姿を思い浮かべる。
それじゃあ俺は行きますんで。
白詰イトさん。
どうかご武運を。
黒百合「性癖暴露しといてよかったわ……」




