案件140:〈ヴァンダライズ〉・お助け・ブースターで追え!
ライズ会場裏には、見慣れないテントが建てられていた。
いづなに導かれるままイトたちが中に入ってみると、そこには――。
「こ、これは!?」
イトが目撃したそれは、大量のブースターパーツをこれでもかと繋げ、横倒しの電波塔のようにまでなってしまった異形のマシーンだった。
「こんなこともあろうかと用意しておいた、長距離追撃型の使い捨てブーストだ」
チキ……と眼鏡を押し上げながら、デッサンの狂ったゲテモノブースターの影から現れたのは、清潔感のある白い服装のイケメンだった。
「イー……サツマさん!?」
思わぬ人物との再開にイトは目を丸くする。
サツマ。セントラルにて自治クラン『モカ・ディク』を運営する、キリンの兄。
「どうしてサツマさんが。セントラルはこの件にはノータッチのはずでは……」
「キリンと城ケ丘さんと愛川さんとゆぴのさんにせっつかれてね。僕としても〈百合戦争〉やその他諸々のお礼をしたいところだった」
キリちゃんたちが……と胸を熱くする一方で、この目の前にあるブースターの違法建築物に不安がないわけではない。
「これ、ホントに真っ直ぐ飛ぶんですか……?」
「うちのハウジング勢が腕によりをかけて拵えたアイテムだ。問題ないよ」
〈モカ・ディク〉の美麗なホームを築いた面々の作品なら、大丈夫なのだろうが……。
「ただ、ブースターは深紅の機動騎士団と同じ低空高速移動用だ。地表すれすれを行くことになるから、障害物には十分注意してくれ。それと命名権は僕がもらった。名付けて、ヴァンダライズ・お助け・ブースター。略して“VOB”だ!」
だっ……! ダサっ……!!!
イトたちは三人揃ってそういう顔になった。略称の方はいいとして、フルネームはあまりにもダサい。どうして〈モカ・ディク〉の人たちは、自分にサツマ・イーモとか名付ける人に命名を任せてしまったのか。
「ちなみに、VOBの資材はうちらの提供や」
あくまで略称の方を口にしつつ、ひょこっと姿を現したのは、クラン〈雅屋〉の店主カサネだった。
「カサネさん!」
「チョコちゃん、ライズ最高やったでえ」
千夜子と手を重ね合うようにしながら、彼女は告げる。
「バザール勢から在庫をかき集めてきたんよ。燃料はパンパン、品質はマックス。イトちゃん、うちらの分もよろしゅう頼んまっせ」
そんな彼女の後ろには、見たことのない悪徳商人みたいな人たちがぞろっと立っていた。
自分たちだけではない。多くのプレイヤーがこの作戦を支援してくれている。そう思うと、この見るからに急ごしらえのブースターも急に頼もしく思えてきた。
「はい! 使わせてもらいます!」
イトは千夜子と烙奈に手伝ってもらいつつ、VOBを装着する。本体はごてごてしいが、利用者は先端部分でランドセルを背負うようにすればいいだけなので難しくはなかった。
「このブースターは一人用だ。すまないが、わたしと千夜子はここで留守番ということになる」
「大丈夫です。後はわたしに任せてください」
烙奈と言葉を交わした後、千夜子がそっと歩み寄ってくる。
「イトちゃん。みんな、イトちゃんについていってあげて」
そう呼びかけた彼女の両手に、大きな折り鶴が二体出現した。
折り鶴はVOBの左右に取りつくと、ジャキィン! と一対の折り紙の翼へ変形する。
「! いいんですか。チョコちゃん」
「うん。アビスにも手伝いはいらないって言われてるし。どこまで一緒にいけるかわからないけど、少しでも役に立ちたいの。……必ず、月折さんを連れ戻してね」
「はい。必ず!」
イトは千夜子、そして烙奈と抱き合って成功を約束した。
テントが取り除かれ、発進シークエンスに入る。
仲間たちが退避した後、すべてのブースターに火が灯り、怪物じみた振動がイトの全身を揺すり始める。
《イト。途中までわたしがナビゲートする》
顔の横に烙奈の顔を映したミニウインドウが現れ、そう告げた。
「そそそ、それは嬉しいんですけど、こここ、このブースター、めめめめっちゃガタガタ揺れてるんですけど、ホントに大丈夫なんですかね……?」
《…………。大丈夫だ》
「この距離なのに返事にラグがあったんですけどお!?」
カウントダウン!
5、
「そ、そういえば、今さらなんですけど、もう六花ちゃんたちはPK範囲から抜け出してしまっているのでは……?」
《少し待て》
4、
エンジンが生む轟音の壁の向こう側で、烙奈が後ろを振り返る。
視界の先にいるのは、青十字の重鎧を身に着けたモズク。彼女は耳元に何かを当てるポーズのまま、親指を立ててきた。
《大丈夫だ。ロキアは魔女の網にかかった。ファストトラベルはできない》
「それって……! わかりました!」
3、
《……イト。恐れるな。貴女は強い。誰にも傷つけられることはない。シショーの動画を思い出せ》
烙奈の声が静かに語りかけてくる。
思えば、シショーの動画をどこからともなく持ってきてくれたのは烙奈だった。
2、
《わたしが知る限り、“彼”は誰よりも強かった風だ。どんな時でも諦めを知らず、たとえ負けても次の糧に繋げた。ある意味、彼を傷つけられる者は一人もいなかった》
初めて聞く、烙奈のシショーへの思い。不安や恐怖がイトの胸から次々に抜けていく。
1、
《貴女が誰からも傷つけられないよう、わたしは貴女を強くしたつもりだ。わたしを信じてくれイト。戦いはボールカメラで見ている。孤独な戦いではない。皆がいる》
「はい――行ってきます」
0!
GO!!
すべてのブースターが一斉に猛火を噴き、電波塔に似たその肢体を特大の推力でぶっ飛ばした。
亜音速のトップスピードまでわずか一秒。ブースター本体が震えるどころか、自分の手足までどこかに飛び去ってしまいそうな振動がイトを襲う。
さっきはカッコよく発進したけど――。
「これは人を運ぶものではないのではあああああああああああああああ!?」
虹色の雲を突き抜け、眼下の地表を削り取りながら、アイドルを乗せたVOBがゆく。
※
一方その頃、バイクの後部座席にロキアを乗せたアリーメルは、傍らに表示させた自身のオンラインステータスに、苦み走った視線を向けていた。
PVP中。さっきから対人戦モードが張りついたまま、一向に離れていかない。
〈ワンダーライズ〉にさらわれる寸前のロキアを救い、グレイブから地表まで飛び降りて逃げたまではよかったものの、それからすぐに何者かのPK領域に捕まった。
荒野を爆速するバイクの周囲に動くものはない。
だとしたら――。
背中を焼き続ける日の光に、乾いた敵意を感じ取る。
空、それも太陽の中にいる。そこからずっと見下ろしている。
「あのー、ロキア……。運転席にー……ついてもらえますかねー」
「わたしが?」
マシンボイスに隠された声で、彼女が返してくる。
「オートランにセットしたのでー……ハンドル握ってればKのところまでいけますー……。ファストトラベルは不要ですー。森の中が合流地点なのでー……」
「あなたはどうするの?」
「ちょっと野暮用をー……」
ロキアがハンドルを握ったのを確認するなり、アリーメルはひらりとバイクから飛び降りた。
驚愕するロキアの気配はあっという間に連れ去られ、代わりに遠方から土埃を立てて数人の深紅の機動騎士がやって来た。逃走補助のための援軍だ。
「ナ~イスタイミングー……ですねぇー……」
そうつぶやき空を見上げた直後、燃えるような陽光の中に、青白い光が瞬くのが見えた。
「ええっ……」
アリーメルは咄嗟に仲間たちに散開の合図を送り、自身もそこから高速で飛び退いた。
直後に降る、雨のような爆雷。
反応が遅れた騎士の三分の一が餌食となり、他のライフバーも大きく削り取られる。
「あっあー……。今日はそういうやり方なんですねー……」
大剣クラスタと正面切ってやったのとはだいぶ違う。
恨めしそうにアリーメルが空を確かめると、陽の光を一瞬遮り、黒紫の影が横切った。
「そりゃそうさ。だってボクは勝負なんてしにきてないもん」
そううそぶきつつも、大きなボロの三角帽が、ホウキにのって地面まで降りてくる。
軽やかに着地した小柄な少女は、拍子に下がった帽子の鍔をくいと押し上げると、隠れていた青い瞳をこぼれんばかりに見開いてみせた。
「破壊の魔女がおまえたちを壊しに来たよ」
※
深紅の機動騎士団とは別に、〈キングダム〉には雇われた傭兵勢力がいくつかある。
そのうちの一つ〈カナディアンロッキーバスター〉は、今回の抵抗派の逆襲に合わせて荒野で迎え撃つことが仕事になっていた。
正しくは、アリーメルとロキアが逃げてきた場合の防波堤。
ちょっと前に二人が近くを爆速で抜けていくのを見たので、一応、Kの予定通りに話が進んでいることはわかった。が、バイクを追いかけてくる抵抗派のメンバーは一向に現れない。
「こりゃあ、Kの圧勝かなー」
傭兵クラン長は仲間たちと周囲を見張りつつ、気だるい声を漏らした。
金払いのいい〈キングダム〉側についたはいいものの、抵抗派は常に劣勢でバトルにもならないのはゲームとして張り合いがない。今回の一大反攻作戦に一縷の望みを託しはしたが、彼らはグレイブ内ですべて封じ込まれてジ・エンド、か。
「警戒して難易度イージーで始めたけど、ハードくらいでよかったっつー感じ……」
そう言いつつ、頭をぼりぼりと掻いたところで、
「クラン長! こちらに直進してくる敵影アリ!」
オペレーターをしていたメンバーから切羽詰まった通信が入る。
「おっ! 来たか!? どんなヤツだ!」
思わず身を乗り出した彼に、悲鳴じみた報告が続いた。
「相手は単騎……白詰イトちゃんです!」
「〈ヴァンダライズ〉! やはり来たか!」
「特大のハウジングブースターを背中につけて、低空を突っ込んできています! 両脇に……飯塚千夜子さんのものと思しきソーサラービットをつけて、進路上の障害物を粉砕しながら直進中!!」
「なっ、何だっそら……!?」
「レーザーの出力は……あの〈ジャッジメント〉とほぼ同等です!」
「もう終わりだよこのゲーム!」
大声で嘆くなり、クラン長は拠点全体に号令を発した。
「レベル1のカスモンスターみたいに消し飛ばされたくなければ、今すぐここから退避しろ! 今からやって来るのはただのバケモンだ! 立ち向かうとかそういう話じゃねえ!」
しかし、血気盛んな仲間たちはそれを聞き入れなかった。
「何でだよ団長、あのイトちゃんと正面からやれるチャンスなんだぞ!」
「イトちゃんは禍沢不吉を倒してランカー入りしたんだぜ! オレたちだって!」
通信は全員に入っていたはずだが、不勉強な彼らは〈ジャッジメント〉という単語の意味がよくわからず、何かすごいスキル程度としか認識してないようだった。
自分とて、詳しく知っているわけではない。ただ、〈コマンダーV〉にいるリアフレが教えてくれたのだ。それは、今とは全然違うゲームをしていた連中が切り札として生み出した怪物だと。
「やろうぜ、みんな! のし上がるチャーンス!」
「オーッ!」
(オーッじゃねえ!〈ジャッジメント〉を乱射しながら超高速でぶっ飛んでくるバケモノなんて……他に何にたとえたらいいんだ!?)
しかしクラン長の心の声は届かなかった。
退避がほんの数十秒遅れただけで、この拠点は。
――ジヴッ!!!!!
自分たちが何をされたのかわからないような一瞬で、荒野から蒸発した。
「えっ、何?」
「なんか死んでるんだけど……バグ?」
黒焦げの拠点テント、ダウンする仲間たちのパーティ内チャットを見ながら、クラン長はため息をついた。
こういうことなんだよ、と。
何があったかわからないから、1の経験値にもなりゃしない。
しかし……。
すでに音しか聞こえない白詰イトの向かった先を見やりつつ、彼は思う。
あんな超高速のブースター、そう長くは使えないだろう。この先に待ち構えているのは、Kが抵抗派殲滅のために各地区から呼び集めた真の対人ガチ勢。各地区に十人もいないようなエキスパートが徒党を組んでいる。
白詰イトがアイドルとして異常な戦闘力なのはわかっているが、本職中の本職の、しかも集団相手にはさすがに勝てない。
可哀想だがボロボロにされて負けるだろう。
それよりは、ここで足止めされているくらいが彼女の気持ちも名誉も傷つかないで済んだのに。
抵抗派が放った最後の一矢。
それがKにあえなくへし折られる結末が、なんとも気の毒だった。
フルアーマーイトちゃんアサルト形態。




