案件136:戦いを司る女神
ナイン――かつての仲間の唖然とした顔を見た瞬間、シックスは咄嗟に軸足を回し、その場から退散しようとした。
その背中に、響くような声がかけられる。
「百合!」
「!! フォーエバー!」
もはや植えつけられた条件反射に等しかった。気づいた時には、仮面ヒーローの変身ポーズのような態勢を取った彼女の腕に、シックスは己の腕を交差させていた。
「……ハッ! しまっ……」
「やっぱりろっ君じゃない!」
我に返った時にはもう遅い。イバラめいた複雑な跳ねのある赤のロングヘア。パンツスーツ姿のいかにも仕事のできる大人の女性が、かつてと同じ生き生きとした目でこちらを見つめていた。シックスだからろっ君。その呼び方も変わらずに。
「何やってんじゃおぬしら……」
藁の山――師が、変身ポーズを交差させるこちらに呆れた声を吐き出す。それを見たナインはまたも目を丸くし、
「えっ、森蔵老師!? ウソ、やだ、ご無沙汰してます。ナインです!」
「フム……? もしかして、〈デッドカウント〉のオペレーターをやっとった子かの?」
師匠――森蔵は興味深そうに眼球レンズを撫でた。同時に彼女もこちら二人をまじまじと見つめ、
「あれ、でも待って。ろっ君と森蔵老師ってどういう組み合わせ? もしかしてシーズン4から今までずっと山奥で殺し合いでもしてたの? 目が合ったとかまたそういう下らない理由で?」
『いやいやいや……』
シックスは師と一緒に手をぱたぱた振った。いくら我々でもそこまでイカれてはいないと。
「隠居同然にダラダラログインしておったところに、こやつがふらっと現れてな。スナイパーライフルの使い方を教えてくれと言ってきたので、それ以来、組んであちこちの地区を回っとる」
「えっ、じゃあ、ろっ君引退してなかったってこと? フレンド欄には誰の名前も残ってなかったけど……ってそれ、サブキャラ?」
「ええ、まあ……」
シックスは苦笑いも浮かべられない固い顔で頭をかいた。彼女の肘鉄が脇腹を押してくる。
「何よ~。まだやってるなら連絡くらい寄越しなさいよ」
「いや……。何も言わずに出ていったのに、実はキャラ代えて続けてましたとか恥ずかしいじゃないすか……」
「どうでもいいわよそんなの。はー、懐かしい。まさかまたクランの仲間に会える日が来るなんてね」
クラン〈デッドカウント〉。お互いの名前に数字っぽい部分があったために、クラン長がそう名付けた。巷では、数字が小さいほどキルするまでのカウントダウンが短いなんて噂も立ったが、まあ実際はそんなに都合よく実力順に数字が並ぶわけもなく。
ナインと最後に会ったのは四年前、彼女が大学生くらいの頃だったか。当時からだいぶ大人びて見えてはいたが、笑顔だけは変わらない。
この人が四六時中百合の話をしてるせいで性癖歪んだんだよなと過去を振り返りつつ、シックスはふと、こちらをじっと見つめるグリーンの瞳に気づいた。
「先生、この人たちは」
そう言って、ガシィとナインの腰に抱きつきに来る少女が一人。白髪褐色肌、あまり見ないサイバネのコートを身に着けている。
得物は刀のサムライ少女……華奢な見た目だが逆にそれが罠臭く、何となく裏で〈影刀〉ビルドを仕込んでいるような気がした。
「古い友人よ。それと、こっちの藁の山はかつての宿敵の一人かしらね」
「森蔵という。よろじゃ、お嬢ちゃん」
「シックスです。よろです」
師に続いてシックスも挨拶すると、少女はわずかに警戒を緩めた態度で「わたしはノア。よろしく」と返してきた。
「そうだろっ君、改めてフレ登録しましょうよ。別に無理矢理呼び出したりしないから。せっかくだから森蔵老師も」
ナインの言葉にシックスと森蔵は顔を見合わせる。
「その申し出はありがたいんじゃが……」
「俺ら、そろそろ別の地区に引っ越すつもりだったんです」
「えっ、そうなの」
キングダム運動が盛んな今の十七地区に、自分が望むような戦いの季節は訪れない。平和な場所に恐るべき敵はいない。こういうのは絶対数がモノを言うのだ。大勢の危険な敵の中に、真の強者は存在する。
……いや、わかってはいる。どこの地区を巡ろうとあのイカれた時代とは出会えないと。それでも、脳裏が焼け焦げるようなあの感覚を片鱗でもいいから味わいたくて、スカグフをさまよっている。
戦場をさまよう餓鬼と呼ばれた時代から、今や古戦場をさまよう亡霊――。
「残念だけど、相手がろっ君と森蔵老師じゃ引き止められないわね。当時から頭一つ抜けて頭おかしかったし」
「なんつーことを……」
「ひどい言われようじゃ。半分はあってるけど」
「あっ、でも、これだけは聞かせて」
ナインは一歩近づくようにして、次の問いを向けてきた。
「ろっ君って、弟子いる?」
「弟子? いや、いないっす。俺が師匠から教わってる側だし」
「スナイパーライフルじゃなくて、バスターソードの方」
「いえ……」
「ふうん……? じゃあ、あれホントに我流なんだ……」
「?」
誰かのことを話しているらしい。ノアという少女も心当たりがあるらしく、何かを察した顔でナインを見上げている。ふと、一人のアイドルの姿が頭に浮かんだが、さすがにまさか……。
「わたしの友達に面白い子がいるのよ。アイドル職やってるんだけど、PVPがやたら強くてね。その子が、ろっ君そっくりの戦い方なの」
「あー……そうなんですか」
図星。白詰イトさん。自分でも似てると思っていたが、オペレーターとして戦いのすべてを見届けてきたナインまで言うのなら間違いないのだろう。
しかし、彼女が自分の弟子であることはない。近づいたこともなければ話したこともないのだ。
「本当に強いのよ。相手の動きを先読みしてるみたいに、スルスル攻撃をかわしてね」
「へえ……」
「特にパーソナルグレイスを使ったらガチで攻撃が当たらないわ。おまけに狙いは一撃必殺の急所ばかり。ひょっとしたらマジでシーズン・ウォーのろっ君と同じくらい強いんじゃないかしら」
「……!!」
どくん、と体中の血管が脈打ったような気がした。
「でも、やっぱ弟子じゃないかー。関係あると思ったんだけどなー」
「い、いや……関係は……ないです」
勝手に返事をするか細い声とは裏腹に、血管の壁を叩く音はどんどん強くなっていく。
かつての俺。全盛期の俺。それと、同じ……?
シーズン・ウォーは対人戦法のカンブリア爆発だった。有象無象のあらゆる戦い方が生み出され、日替わりのように未知のスキル構成と出会った。一代限り、その人しか使えない異形奇形の戦法とも山ほど戦った。
だがそんな中で、一つだけ出会わなかった敵がいる。
俺自身。シックスの殺法。
白詰イト……彼女がそれを持っている。
――戦争の生き残りが、まだいた。
※
秘密砦の前では、つい数分前からノンストップの激闘が繰り広げられている。
〈コマンダーV〉のクラン員たちに混じって前衛の主力を務めるのは破天コウとアビス。そこを、砦上に配置された射手たちが射撃で援護する形になっている。
「あわわ、アビスぅ……」
壁の全面に戦場のモニターを点灯させた指令室にて、千夜子がうろたえた声を上げる。
彼女が心配するアビスは、〈ルナ・エクリプサー〉の仇とばかりに黒い竜巻となって深紅の騎士を弾き飛ばして回っていた。
もう一方の主力コウも、多数の騎士を相手に特大の木槌を振るって獅子奮迅の活躍だ。どちらも負ける姿が思い浮かばないくらい頼もしい。
しかし、どっしりと構えたKと、吹っ飛ばされてもダウン自体はしない深紅の機動騎士たちはいかにも不気味だった。何か企んでいるのではないか、そんな不安が頭から抜けず、イトはいづなに質問を向けていた。
「わ、わたしたちに何かできることはないんでしょうか……? 砦の上から石を投げたりとか……」
「イトちゃんたちの顔を見られるのが一番困るわ。抵抗派と繋がっていることがバレたら、今後どんな場所でライズをしても確実に警戒されてしまう」
「あっそれなら、仮面とサマードレスで変装するというのは!」
「絶対ダメよ」
けんもほろろの返事に、モモも「ですね」と同意する。
「Kに計画を悟られてはいけないのが第一ですが、同時に〈ワンダーライズ〉はあくまで中立的立場でないといけません。中立のイトさんたちを呼ぶから、攻略イベントという隠れ蓑が機能するんです」
「日常を装うことでロキアもきっと近くに来る……。それがチャンスよ」
六花とも繋がる細い道。この窮地の中、どうにかそれを維持しないといけない。
ジェネラル・タカダの指揮、そしてアビスとコウの奮闘に期待するしかないのか……。
「ただ、あちらも退く気はそうそうないでしょう」
言ったモモが、警戒する眼差しをモニターに飛ばした。
戦闘指揮用に〈コマンダーV〉がばら撒いたボールカメラとは少々趣きの異なる映像。
コメントモジュール付き。UIは完全に配信用。
配信主の名前はKとなっていた。この戦いを中継しているのだ。自分たちの戦い――いや勝利を地区中に知らしめるために。
視聴者数はすでに一万を超えている。時間がたてばもっと多く集まるだろう。ロキアも……これを見ているだろうか?
「大勢の前で大々的に〈コマンダーV〉を仕留める。それをコマーシャルに、キングダムの拡大を狙う。自信家のKらしい計画ね」
いづなが腕を組みながら吐き捨てるように言った。
「少なくともコウさんとアビスさんは引っ張り出されてしまったわけですから……。これで負けたら抵抗派の被害は甚大です」
モモが懸念を重ねる。〈破天荒〉に〈ルナ・エクリプサー〉。どちらも地区では有名な勢力だ。もし負けてしまったら抵抗派の士気がガクッと落ちることは間違いない。
「せめて、ユラとモズクを連れてきていれば……」
烙奈の悔恨のつぶやき。あの二人はこの場所すら知らない。配信にすら気づくかどうか。
どうする……どうすればいい。
「やっぱり、見ているだけなんてできません。ここからでも何かできることはありませんか。アイテム運びでも回復役でも――わたしにできることなら何でもしますよ!」
再びの訴えに、モモは首を横に振る。しかし、いづなはキラリと目を光らせた。
「イトちゃん、本当に何でもする?」
「えっ……。は、はい! もちろんです! たとえば争いを収めるライズをやったりとか、双方の戦意を喪失させるほどのパフォーマンスを披露したりとか……!!」
いづなはKが配信するモニターを見つめて言った。
「なら……一つ試してみるべき方法があるわ」
※
〈キングダム〉VS〈コマンダーV〉の二大クラン戦は、十七地区の未来を占うバトルであると同時に、純粋に一つのコンテンツとして視聴者たちを熱狂させていた。
抵抗派は、派手に暴れ回るコウとアビスに喝采を。
賛成派は、そよとも動じないKと騎士団に称賛を。
中には自分のボスのピンチを配信で知り、押っ取り刀で駆け出す者もいたが、正確な場所が知らされてない以上、間に合う道理はほぼない。
数の上ではK、地の利ではタカダが勝ったまま、戦いは平行線的に続いていた。
そんな中、Kが判断を下す。
それまで控えさせていた予備部隊を砦の右側へ投入。目的は、砦前の乱戦を迂回しつつ、砦上部で支援射撃を続けるタカダたちへの直接攻撃だった。
このタイミングを計るために、Kは徐々に砦前の戦場を左に左にと押し込んでいたのだ。
作戦は功を奏し、砦上部でも戦闘が開始。支援攻撃の手が止まり、援護を失った砦前の戦力は孤立状態に陥る。誰もがこれで一気に流れが変わることを予感した。勝負あった――と早くも見なす視聴者もいた。
だが、その時。
砦の最上階。指令室と思しき部分の屋上に、異様なモノが現れた。
それは――。
「ちょっとおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!? どういうことですかこれええええええええええええええええ!?!? ぅおおいいいいいいィィィィィイイイイ!?!?!?」
突然立ち上げられた木の棒に縛り付けられているのは、〈ワンダーライズ〉のリーダー、白詰イトその人だった。
ブーッ!! と接戦のクライマックスを見守っていた視聴者たち全員が、モニターに向かってコーラを噴いた。
「さあ〈キングダム〉、この子がどうなってもいいのかしらっ!?」
そう拡声器で脅しつけるのは、木の棒に手を置いてドヤ立ちする、狐のお面をつけた巫女さんだった。
「この子に危害を加えられたくなければ、今すぐ立ち去ることね!」
「……!? …………!???」
この時、ボールカメラの一つが、それはもうクッソ激烈に怪訝そうな顔をするKを映していた。何が何だかわからない……正にそんな顔。視聴者も同じ気持ちに陥り、コメント欄に困惑の声が溢れかえる。
「なんでイトちゃんが捕まってるんだ!?」
「あれって人質!? ってことは、イトちゃんは〈キングダム〉側なの!?」
「いやどう考えても天敵だが!」
濁流のように流れるコメントは、もはや人々の絶叫に近かった。
そして現場からははるか遠くのタウン11。〈キングダム〉本拠地の一室でも、声にならない大絶叫をフルフェイスヘルメットの内部に反響させている人物がいた。
彼女は生配信に晒される囚われの白詰イトと、その下で仁王立ちする狐巫女さんにひとしきり何かをわめいた後、メニューウインドウを立ち上げた。
ここで再び戦場のボールカメラが奇妙なものを映し出す。Kに誰かからの通信が入り、それに応答した直後、彼はまるで耳元で叫び散らされたかのように頭をのけぞらせ、顔をしかめたのだ。
しかし、それがきっかけだったと言っていい。
王手飛車取りと思われた深紅の機動騎士団が、にわかに後退を始めた。
Kの指示であることは疑いようもなかった。退却しつつも、反撃をうかがう〈コマンダーV〉を常に牽制し、ついに一人の犠牲も出すことなく引き揚げに成功する。
絶対の勝利を確信していたであろうKの生配信戦は、まさかの敗北で終わった。
しかしそれは、大きな謎を残す、実に腑に落ちない結末でもあった……。
縛られたイトちゃんからKのアホ面までが一番繰り返し再生されたシーンになりそう。




