案件135:にじり寄る戦火
「見てみいシックス。方々でキングダム賛成派と抵抗派がいがみ合っておる。どこもかしこも火種だらけじゃ」
折り畳んでも背丈を楽に超える長大なスナイパーライフルを背に、巨大な藁の塊――ギリースーツの師がそううそぶく。
「そうっすね。ってことは、この地区はもう用無しでしょう」
眼下の殴り合い――広い荒野で悪罵と共に繰り広げられるパーティ戦を見下ろすシックスのつぶやきは、不思議そうにこちらを向いた眼球レンズに迎えられた。
「どうしてじゃ? ああして荒事が増えればまたわしらに仕事が回ってくるかもしれんぞ」
「キングダム運動で地区が割れるってことは、そんだけPKが嫌いな人間が多いってことすよ。俺が望む環境じゃない」
「やれやれ、そんなにあの季節が恋しいか。……が、言っとることは一理ある。運動の結末がどうなろうと、この地区は平和な方向へと向かうじゃろう。わしらの居場所もいよいよ残らんか」
シーズン・ウォー。戦争の季節。
どこを向いても血に飢えた獣みたいな連中と目が合って、気が付けば大規模戦闘に発展……。そんな刺激的な日々はリアルでは絶対に味わえなかった。いや、世界のどこかには今でも確実に実在するだろうが、実際にそんなところに行ったら数時間であの世行きだ。スカグフのあのシーズン、あの住人たちだからこそ体験できた。
あれから4シーズンが過ぎ、今では当時の燃え痕を探すのも難しい。
あの時と同じ高揚で戦える相手など、もういない。
「次はどこの地区に行こうかのう。第十地区あたりが荒れとると聞くが」
「その前に、ちょっとだけ寄っていいすか」
シックスが場所を提示すると、師は意外そうにこちらを二度見した。が、特に反論があったわけでもないらしく、二人揃ってマップを開いて指定の位置をタップする。
ファストトラベルでたどり着いたのは、白亜の建物が軒を連ねる絶対安全都市セントラル。
今日も変わらず小洒落た装飾付きの建築物は清潔感に溢れ、アウトランドの喧騒などチリ一つ分も届いていないように見える。
「お主が最後に立ち寄りたい場所がPK禁止のセントラルとは……どういう心境の変化かな?」
「いや、ちょっと気になることがあって……」
好奇心に少しのからかいをまぜた師匠の言葉に半分だけ耳を貸しつつ、シックスは眼前に広がる大きな建物へと視線を投じた。
セントラル最大の舞台施設〈センターナ劇場〉。その前広場。
元より人の賑わう名所ではあったが、落ち着きが取り柄のセントラルにしては随分と騒がしい。何やら横断幕も立っているようだ。
「おや、誰かが歌を歌っておるようじゃな」
師匠がギリースーツの中からレンズの目玉を光らせる。
劇場前だというのに、堂々と自前のステージを建ててライズをするアイドルの姿があった。
「あれは――」
わずかな見覚えと、横断幕にでかでかと書かれた文字が答えを導く。
愛川セツナ。アウトランドの歌姫。
「ホッホッ、耳に心地よいのう。わしくらいの歳になるとアイドルのキャピキャピした歌声はどうも聞きにくいが、あの子の哀切で郷愁を誘う声はバッチグーじゃわい」
師の言うキャピキャピもバッチグーも前世紀で理解は怪しかったが、言いたいことはある程度わかった。自分としても彼女の落ち着いた歌は多分嫌いではない。
どうやら劇場外でのコンサートはイレギュラーなもののようだ。気づいたプレイヤーたちが次々にステージ前へ詰めかけている。ゲリラライズというやつだろうか。
愛川セツナはあまりそういう強引な手を使わないようなイメージがあったが、案外そうでもないのか、それとも誰かに入れ知恵されたのか。
「何か、おかしいっすね」
シックスは集まった人々を注意深く見つめた。
「そうかの……? ああ、女のアイドルには男のファンが多くつくものだと思っていたが、あの子のまわりには女子の方が多いようじゃな?」
「いや……それは百合的には必然なんで」
「真面目に考えたワシに謝れよ」
師からの憤慨にもめげず、シックスは違和感の元を探った。
そうだ。女性ファンたちはただ集まっているだけではない。だいたい二人一組。中には指を絡めて手を繋いでいるのもいる。
そして、そう……これが十七地区で最後に確かめておきたかったものだ。以前、操作ミスでここにファストトラベルしてしまった時に、ただの仲良しとは少々言い難い、親密そうな少女たちを多数目撃したことがあった。
ある人曰く――百合は友情の延長線上にある恋慕。
普通、友人と恋人は両立しないとその人は言った。友情と愛情は別のパラメーター。友情がレベルMAXになったからといって愛情になったりはしない。だがそれには存在する。好きの反対は嫌いではなく、ただの友達……。
そんな特別な関係の人々がセントラルには妙に多い。今確信できたが、気のせいではなかった。他の土地、他の地区より確実に多い。それもただの百合ではなく、外界の不純物を排したような高貴さや上品さが漂う。
これはまるで、あの人が理想とした――。
「師匠、ガーデンリリーって知ってますか」
「絶対知らんとわかって聞いとるじゃろ……」
そう、知るわけがない。自分もあの時まで知らなかった。きっとあの人の造語だし、下手したら現実には存在しないもの。だが、今ここにあるのはきっとそれだ。
「ろっ君……?」
ひどく懐かしい呼び名に、シックスはびくりと肩を揺らしていた。
振り返った先にいたのは、赤い髪をしたパンツスーツ姿の女性プレイヤー。と、その横に寄り添う白髪褐色肌のサムライ少女。
久しぶり過ぎるというのに、知らず名前が胸中に浮かんだ。
ナインさん――。
※
「いささか物々しい訪問のように思えるが、どうしたのかね?」
アウトランド。森奥に隠された砦の正門前。
複数人のクランメンバーと共に立ったジェネラル・タカダが、眼前で乱れなく整列する〈キングダム〉の精鋭たち、およびその長たるKに物怖じしない一声を発する。
「突然の訪問をお詫びしますジェネラル・タカダ。ただ、たまたま付近で貴方の姿を見かけたと聞いたので、ここまで足を運んできた次第です」
返すKにも堂々とした雰囲気。後ろに控える深紅の機動騎士団は装備品を飾るスタチューのように微動だにしない。
どちらも丁寧な応対をしているのに何だか不穏な空気……と、砦の指令室にいるイトは、モニター越しに二人の様子を息苦しく見つめた。
〈キングダム〉の騎士団をその頂点であるKが自ら率いて現れたという報告があったのは、ほんの数分前のこと。
わたしが話してこよう、と一人出ていったタカダをのぞき、ひとまず全員がこの指令室に身を潜め、何となくで机の下に隠れるまでしている。
そうする理由はシンプルだった。
こんな秘密基地に、アウトランドでも有数のクランのボスが三人も集まっているのはいかにも怪しい。元々隠れ蓑である合同攻略イベントを言い訳にすることもできるが、計画遂行までできるだけKに悟られたくはない、というのがタカダたちの希望だった。
「まずいですね……。こっちはバレないよう仲間にも秘密にして集まってるっていうのに、踏み込まれたら超ピンチですよ。タカダさんには上手く追い返してもらわないと」
モモが顔をしかめ、全員で固唾を飲んでタカダの様子を見守る。
前回の会合によると、〈コマンダーV〉は傘下に加わるよう〈キングダム〉から打診されている。いきなりドンパチなんてことにはならないはずだ。
「保留していた〈キングダム〉への参加……考えていただけましたか?」
「まだ意見はまとまっていない。もう少し待ってもらいたい」
Kが放ってきた案の上の議題に、タカダは臆面もなくそう返事した。
「上意下達が徹底されている〈コマンダーV〉らしくもない。貴方がイエスと言えば、全員が賛同するはずでは?」
「フム……。イエスと言わないわたしが、意思統一の一番の妨げということなのだろう」
「なぜです? 貴方のクランはグレイブ攻略がメインで、PKは推奨していないはず」
「――楽園実験というものを知っているかね?」
突然差し込まれた奇妙な単語に、Kはわずかに眉を動かした。
「都市伝説的に語られる……マウスを使った実験だ。飢えや天敵を一切排した楽園のような環境でネズミを飼育したら、彼らはどんな社会を作るのだろう、というね」
「……。その結果は?」
「実験は二十回を超えて行われたそうだが結果は同じ。爆発的に増えた後、衰退して絶滅だった。理由は、平和に暮らせるはずのネズミたちが自ら階級社会を作り、上は競争に明け暮れ、下は諦めたように活動量が低下し、全体の出産数が減少していったからだという。この実験からどんな答えを得るかは諸説あるそうだが、わたしが感じたのはマウスたちの外圧に対する創意工夫の乏しさだった」
「外圧?」
「自らを取り巻くあらゆるストレスへの対処だ。ネズミは本来、劣悪な環境でも生き残れる頑強さと、多産という武器を持っている。楽園のマウスがそれらを発揮できずに滅亡してしまったのはなぜか――。それは、彼らが本来得るはずの試練を一切得られなかったからだ……とわたしは感じた」
「外敵の存在が、彼らの繁栄に必要なものだったと?」
タカダはうなずいた。
「わたしも平和な国で生まれて育った身だ。脅威が必要だなどと説くつもりはないが、人もまた様々な困難に直面しながら生きてきた。ゲーム内でもそれは変わらない。PKという厄介なシステムに対し、アウトランドのプレイヤーは様々な対策を立てた。PVP用の装備を調べる、傭兵に護衛を依頼する、果ては傭兵の能力を持ったアイドルまで現れた。アウトランドならではの遊びがそこに生まれたのだ」
「それは余計な労力です。PKがなければ、プレイヤーは自分の楽しみだけに専念できた」
「専念するためにゲームの幅を自ら広げたのだ。あらかじめ用意されていたものではなく、必要なものを自分たちで生み出した。新たな知識、新たな役割、それはこの世界をより豊かで多様なものにしてくれる」
「ふむ……」
Kはあごに手を当て、考え込むような素振りを見せた。
「つまり貴方は、PKは必要悪だと言うわけだ」
「キングダム思想も、困難に対抗するために生まれたものだと理解している。だが君という一つ大きな傘の下にすべてを収めるのにはいささか反対だ。今のように様々な傘が独自に活動し、各人がそれらを選択する方がいい。困難に立ち向かうすべは一人一人が心得ておくべきだ。楽園に住んでいてはそれは得られない」
タカダの演説じみた話を経てKはすっかり押し黙った。指令室の机の下では、いいぞいいぞとイトたちがハズレガチャの小旗を振っていた。
話はこれまでとばかりに、タカダは最後の要求を口にする。
「……そういうわけで、この頑固親父が聡明なクラン員たちに説き伏せられるまで、今少し猶予をもらえまいか。なに、そう時間はかからないだろう。所詮は一人のたわごとだ」
「わかりました」
Kの明朗な回答を聞き、イトたちはほっと安堵の息をついた。タカダ自身も内心そうだったろう。背中から明らかに強張りが抜けたのが見て取れる。
しかし――Kの次の発言ですべてひっくり返る。
「貴方の変節を待つのは時間の無駄だとわかった。アウトランドの流儀に従い、武力でもってこちらの意見を通す」
『グエーッ!?』
指令室に潰れたカエルのような悲鳴が響き渡った。
「クラン長がそこにいて、守りの要たる砦が後ろにある。我々とのパーティ戦、受けていただけますね?」
「む、むぅぅ……!」
イヤだ、とは言えない。アウトランドに「待った」はないというのが、アウトランダーたちの常識……だそうだ。アイドルだからよく知らないが。
売られたケンカを即座に買えなければそれは負け。敗走。〈コマンダーV〉が敗北したという話は、あっという間にアウトランドに広まるだろう。
イトは慌てる。〈キングダム〉を奇襲する悪だくみをしていたら逆に奇襲されしまった――!
「あれ……?」
そこで気づく。
指令室からきっちり二人分、人間が抜けていることに。
「上等だ」
「やってやるわ」
果たして、探した相手の声はモニターの中からした。
慌てて目を向ければ、タカダの横に並び立つ武装状態のコウとアビスの姿。
「ア、アビスぅ~!?」
頭を抱える千夜子。しかし、荒々しくヒュベリオンを肩に載せる彼女の目つきは、完全に復讐のダーククイーンだ。
突然現れた二人に、Kがさして驚きも見せずに言う。
「君は〈破天荒〉のコウ……。それから、そちらの君は?」
「あんたたちに作ったばかりの砦を壊された〈ルナ・エクリプサー〉のリーダーよ」
「フム……。バルサンク卿が〈ルナ・エクリプサー〉という秘密結社の最強の戦士、ダーククイーンと見えたと話をしていたが……君がそうか。何気なく訪れたつもりが、ずいぶんと珍しい客を迎えていたようだな?」
演技なのかそれとも正直な気持ちなのか。ともあれ挑戦状を叩きつけたKは、タカダたちに背を向けぬよう後ろに下がり、言い放った。
「三分後、攻撃を開始する。砦の戦闘準備をするといい」
忘れてると思いますが黒百合さんの本名は九栗山。




