案件134:楽しいレジスタンス活動
「おはようございまー……オフッ!」
「おはよ、イトちゃん」
「おはようだぜイトちゃん……」
ログインするなりかつてない賑わいを見せるホームのリビングに、イトは思わずのけぞっていた。
いつも誰よりも先にインしている烙奈と元からここに住んでるスパチャは当然として、アビス、そして昨日ログアウト間際に逃げ込んできたユラとモズク。そこにこうして自分と千夜子が加わったものだから、ソファーは満員御礼、立見席必至だ。
「あ、あたしは立ってるからいいよ」
そう言って席をのこうとするモズクに「いや問題ない」と烙奈が一言言い、今座っている一人席にイトを座らせ、そこに千夜子と二人でぎゅうぎゅうに身を寄せ合ってきた。
「何よイトばっかり!」
と憤慨したアビスもなぜか加わり、珍走団の箱乗り状態に。
その光景にぽかんとするモズク及びケラケラ笑うユラの手前を、何もおかしなことはないという顔のスパチャが横切り、連絡を寄越した。
「お嬢様方、昨今の情勢を受けて多数の案件が舞い込んできております」
「本当ですか!? 見せてください!」
イトの要望に応え、スパチャが複数の案件を空中に提示する。
アクアリウムの魚群のように回遊するメール群からイトは適当に数通を抜粋。内容は――。
■支援拠点襲撃
依頼主:ブーゲンビリア戦闘団
依頼内容を説明する。
標的はタウン7北方七キロ地点にある武装クラン〈サイドビット〉の拠点だ。
ヤツらはキングダム運動の急先鋒を名乗って勢力を拡大しているが、真の目的は同エリア内の商売敵である我々への牽制と恫喝だ。
運動の名を騙ったこのような暴挙を許すわけにはいかない。拠点に乗り込んで一人でも多くのゴロツキを始末してほしい。幹部級にはボーナスも付く。たんまり稼いでくれ。
報酬:70万グレブン+幹部級一人につき5万グレブン
「はあ!?」
■反逆者粛清
依頼主:キングダム促進委員会
初めまして。こちらはKの思想に共感した有志による非公式の会合です。
早速ですが裏切り者の粛清をお願いします。
現在我々はタウン14エリアにてキングダム運動を展開中ですが、K主催のバザールにて商品を格安で手にしたにもかかわらず、運動に異を唱える動画を投稿して再生数とイイゾを荒稼ぎする不逞の輩を捕捉しました。
このような物欲と承認欲求にまみれた人物を野放しにするわけにはいきません。理想の妨げになる前に一刻も早い浄化をお願いします。
なお、依頼達成には撃破の際の動画を必須とします。交流サイトにて見せしめとして拡散しますので、せいぜいボロカスな様子を撮影してきてください。
キングダムの灯はいつも貴方と共に――。
報酬:20万グレブン(前払い)+成功報酬100万
「ちょっとぉ!?」
■二勢力同時攻撃
依頼主:クリミナルラビット
よぉ、〈ヴァンダライズ〉。
初めましてだがオレが何者かはこの際どうでもいい。
今が稼ぎ時って、あんたらならわかってるはずだ。
タウン5エリアでキングダム賛成派と抵抗派の小競り合いが頻繁に起きてる。
軽くつついてやるだけで派手に燃え上がるはずだ。
まずはオレが奢る。
やろうぜ。
報酬:30万グレブン
「違うでしょおおおおおお!?」
イトは虚空に提示されたメールウインドウを壁に投げつけた。ぶつかったウインドウは律義に破損のエフェクトを散らしながら点滅して消える。
「今だからこそ! 明るく楽しいアイドル案件! ていうかみんなノリノリすぎませんか!」
「アハハッ、気持ちはわかるなぁ!」
足をばたつかせたユラが、頭の上でパチパチと手を叩いて笑う。
「こんな物騒なお祭り騒ぎ滅多にないでしょ。だったらフレーバーから楽しまなきゃ」
「だからって、わたしたちのとこにこんなに送ってくることないでしょう!?」
「あっあっ、でもイトちゃん、こういうのもあるよ」
宙に浮かぶメール群の中から、千夜子が一枚を抜き取って言う。
「〈コマンダーV〉のタカダさんから。抵抗派のみんなでグレイブ攻略イベントをやるから、ゲストアイドルとして参加してほしいって」
「その言葉が聞きたかった!」
「この時期に攻略イベントかぁ?」
モズクの疑わしい目に、烙奈が「今だからだろうな」と微笑で応じる。
「抵抗派はどこも押され気味だ。ここで一度結束を強めると同時に、別にキングダムに参加しなくてもゲームは楽しいと再確認するためのイベントだろう。盛り立て役として我々が選ばれたなら、それは光栄なことだ」
「えーっと、まずは打ち合わせしたいから、所定の場所に来てほしいってことみたい」
「本格的ですね。では早速行きましょう!」
〈ワンダーライズ〉とアビスが席を立つと、
「ボクは留守番してるよ。イベントの話に用ないしー」
「あ、あたしもここで大人しくしてるよ……」
ユラとモズクが揃って居残りを宣言する。イトたちは二人に留守を任せ、ウキウキと現地へ向かった。
※
「はぁ……」
「何だよモズク、元気ないじゃん」
急に静かになった赤レンガホーム。室内でも変わらず重鎧重兜の少女に、ユラはからっとした声を向ける。アビスはイトたちについていき、スパチャもスタッフルームに引っ込んだので今は二人きりだ。
「まだクラスタとクランのこと気にしてんの? あんだけ背中押してもらったんだから、さすがに割り切りなよ」
「そっちはもう大丈夫だよ。それより……情けねえとこ見せちまった」
「何が?」
「〈キングダム〉に負けた」
「なぁんだ」
ユラは笑った。
「別に勝負なんか時の運なんだからいいじゃん。そもそもモズクってPVP向きじゃないでしょ」
「そうだけど……。ユラは強いヤツが好きだろ」
こちらから逃げるみたいに顔を背けるモズク。
「イトちゃんと仲良いのも、イトちゃんが強いからだろ」
「まあ、強さに一目惚れしたのは間違いないけどー」
「だったら、弱かったら……どうなんだよ」
「んー?」
ユラが顔を近づけると、モズクは首を最大限そっぽ向けた上に、面当てまで下ろして完全防御の体勢に入った。
「もしかしてモズク、ボクに好かれたいの?」
「…………い、いけないかよ。友達なんだから、す、好かれた方がいいだろ……」
「そっか。……そだね」
ユラは静かに笑ってうなずくと、ソファーを立ってモズクに近づいた。
「な、なん……」と戸惑うモズクに構わず、装甲板で鎧われた彼女の肩に、小さな尻を載せる。
「心配しなくても、ボクは友達と思った相手はみんな好きだよ。そうじゃなきゃ友達にならない。だからモズクのことも好きだよ」
「……!! ……そ、そう……か?」
鎧越しにもモズクがガチガチに固まっているのが伝わって、ユラは笑みを深めた。
「助けてくれてありがと」
「あたしは……おまえがあんなひどい負け方しなくてよかったよ……」
言葉少なにお互いの無事を安堵しあう魔女と重騎士は、外れガチャ景品に溢れたリビングの中では、まだ絵になる光景だった。
※
「よく来てくれた〈ワンダーライズ〉」
「昨日ぶりですね〈ワンダーライズ〉」
「おう、待ってたぜぇ!」
町はずれの森に隠された小さな砦。そこがメールに指定された〈コマンダーV〉のサブホームだった。
イトが面食らったのはその秘密基地めいた立地ではなく、クラン員に案内された指令室にいたのが依頼主のタカダだけでなく、モモとコウも一緒だったということだ。
(あっ、そっか。モモさんとコウさんも攻略イベントに参加するんだ)
それは全然腑に落ちる内容だった。
モモの顔の広さに、コウの勢力。共にアウトランド有数だ。
ただ、こんなに重要人物が集まるなら、隠し砦みたいなここではなくケンザキ社長のところに行って大々的に話し合えばいいんじゃないかなとも思った。
「今回はイベント案件を頂きありがとうございます。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」
顔見知りばかりとは言えこれは立派な案件。礼儀正しく〈ワンダーライズ〉が三人揃って頭を下げると、タカダたちもこのイベントに期待するように明るい表情でうなずき、
「では、今回の特別擬態攻撃作戦の概要を説明する――」
ドロォ……と、唐突に三人等しく悪い顔になった。
「とっ、特別擬態攻撃作戦!?」
「そうだ。攻略イベントを隠れ蓑に戦力を集め、視察に来ている深紅の機動騎士団を急襲する」
突然知らされた案件の真の姿にイトたちは慌てふためく。そこにかぶさるように、モモとコウの邪悪な声が並んだ。
「フフフ……これがアウトランドの流儀ですよイトさん?」
「こういうケンカも面白れぇ……!」
「わっる!! すっごい悪い顔してます!」
日頃からPK上等のアウトランド住人が「守りに入る」なんてことあるわけなかったのだ。異物に入り込まれたら前進攻撃あるのみ。白血球みたいな性格なのだ。
「イト君たちにも独立強襲部隊として働いてもらいたい。さっき精一杯頑張ると言ってくれたね?」
「ノオオオオオオオオ!! ダマシテ案件ンンンンン!」
と、イトが悲鳴を上げた時、通話の呼び出しコールが鳴った。
ここ最近の呼び出し音はいずれも重要な要件ばかりだ。イトがすぐに確認すると、予感は的中。いづなからだった。
「イトちゃん、ちょっといいかしら。今、時間ある?」
神妙な面持ちだ。六花のことで何か相談があるに違いない。今“案件”のために〈コマンダーV〉の拠点に来ていることを伝えると、
「〈コマンダーV〉? ひょっとして他のクランの幹部もそこにいる?」
「え、ええ……」
「すぐ行く」
と、彼女らしからぬせっかちな態度で通話を切った。
「あっ、こうなっちゃったんですけど、いいですかタカダさん……」
「いづな君か。できれば彼女にも力を借りたいが……そんな場合ではないかもしれないな」
通話終了からわずか数分で、いづなは砦に現れた。ファストトラベルが可能なタウンからやや離れた場所なため、このとんでもない早さには、さしものタカダたちも驚いた様子だった。
「反攻作戦ね」
「ほあっ!?」
集まった面子を見るなり放たれた一言に、イトは思わず悲鳴を上げる。
「さすがいづなさん。一目でバレましたね」
「うむ。いづな君ならまあそうだろう」
「しゃあねえな」
うなずき合う悪だくみ三人衆。人に散々、傭兵まがいの仕事を受けるなとかアイドル業に専念しろとか言っておきながら、自分の方がよほどダマシテ産業寄りじゃないかとイトは胸中でツッコんだ。
「わたしも参加するわ」
「いづなさんも!?」
もはや驚きすぎて疲れてきたイトたちとは反対に、タカダは少し思案する様子で、
「それは〈サニークラウン〉としてかね? だとしたらこれ以上頼もしいことはないが……」
「いえ……六花はまだ戻っていません。結城いづなが個人で参加します。なずなもきっと来るでしょうけど」
「それでいいのかね? 君たちにとっても、我々にとっても悪手となり得る選択だが……」
「……はい」
いづなの首肯には苦渋が滲み出ていた。
六花を欠いた〈サニークラウン〉のメンバーが表舞台に出てくる。それは六花の不在を知らしめると共に、もう彼女はいないのだという認識を強く植えつけることになる。
無事ニューヒーローを迎えられたキングダム賛成派はこれに勢いづき、逆に抵抗派は思わぬ角度から士気をくじかれるだろう。
ではどうして、とイトが不安な視線を送り続ける中、いづなの視線がちらと一瞬こちらを向いた。何かを確認するような目線。その意図をくみ取るよりも早く、タカダと再度目を合わせ合った彼女は決然とこう発言していた。
「イトちゃんによると、ロキアの正体は六花です」
『!!』
タカダたちに大きな衝撃が走るのが目に見えた。
「本当なのかね、それは」
珍しく揺れて問うてくるタカダの目に、「わたしはそう感じました」とイトがお墨付きを出す。しかしこれはいづなから口止めされていた内容だ。それをバラしてしまって大丈夫なのかと案ずる最中、彼女は話を続けた。
「今、あの子は自宅マンションに籠城して、わたしたちからの連絡も受け付けません。彼女と接触するならスカグフの中でやるしかない。奇襲作戦ならそれに最適です」
「なんと……そんなことになっているのか。そちらの方がだいぶ心配だが……そうか、六花君は賛成派か……」
「いいえ……。彼女がKの味方になることはありません」
こちらは推測ではない――断言の強さを持って述べられた言葉に、場の当惑が一段階増す。
「六花とKには因縁があります。それについてはお話できませんが……六花がロキアとしてKのそばにいるのはキングダム思想とは無関係です」
「もしや、彼女が活動休止を宣言したのはそれと関係があるのかね?」
「それは……」
いづなが言い淀んだ時だった。
指令室内に緊急性を帯びた鋭いアラームが鳴り響く。
「どうした?」
すぐさま外部と繋がるマイクに飛びついたタカダに、連絡員からの上擦った声が返る。
「砦に接近中の武装集団を確認! これは……深紅の機動騎士団! 率いているのは――Kです!」
アウトランド、全員悪人。




