案件121:純雪のコラボを歓迎せよ!
「おっほおおおおおお……!」
その建物を見るなりイトは奇声と歓声を同時に上げていた。
純白の聖堂風ホーム。あちこちに雪の結晶を模したオブジェを纏い、抱く感想は深く清らかな冬の神殿だ。
クラン〈スノーソードシアター〉。タウン8を本拠地とするシュミ・クラン。その構成メンバーはほとんどがうら若き少女だ。イトたち〈ワンダーライズ〉がここを訪れたその理由は――。
「本日は〈スノーソードシアター〉主催、歌劇『白と純白の境界』の特別コラボコマーシャル撮影のためにやって参りましたっ!」
ブログ掲載用の説明口調で語りつつ、イトと千夜子と烙奈は揃ってボールカメラにピースをキメる。
これが今回〈ワンダーライズ〉にもたらされた、貴重な貴重な、真っ当なアイドルのお仕事だった。
このところちょっとアイドルらしい案件も増えてホクホクしていたというのに、最近になってまたダマシテ案件が急増した。それも、『敵基地撃滅』だとか『敵性クラン訓練キャンプ破壊』だとか、まるでこっちが大量破壊兵器でも持っているかのような大袈裟な内容ばかり。どうしてそうなるのか、ダマシテ業界の考えることはまったくわからない。
そんな中、クラン〈ペン&ソード〉の仲介で持ち込まれたこのコラボ企画は間違いなく、純白に輝くホワイト案件だったのだ。
〈スノーソードシアター〉は、物騒なアウトランドでも名の知れた歌劇クラン。中高生の女の子たちによるミュージカルを多数上演しており、最近はセントラルでの公演もあったほど。
リアルで通っている学校に演劇部がなかったり、部員が少なすぎて満足な活動ができなかったりと、様々な事情を抱えた少女たちの拠り所となっており、レベルもモチベーションも高い。
そんな極めて真っ当にキラキラしたクランとのコラボ……! お引き受けしないわけがないっ……!
「早速行きましょうっ!」
「うう……緊張する……」
「心配するな。ベストを尽くせばいい」
「そうよ。危ないと思ったらわたしが全員倒すわ」
「アビスちゃんは仕事の中身を理解してるんですかね……」
イトがそうこぼしつつ、〈ワンダーライズ〉は冬の神殿へと足を踏み入れる。
クランのホームなため、公演中以外は一般プレイヤーは立ち入れないが、今回は事前にきっちり入室許可を得ているので問題なくエントランスへ。
そこから練習の声らしきものが聞こえる稽古場Aへと向かうと、だだっ広いワンルームに大勢の団員たちが集まっていた。
「――帝は間違っている! ここは一番近くにいる我々が諫めなければ……!」
「わたしたちの役目をはき違えるな! 事の正誤は帝がお決めになること。わたしたち風雪騎士は、ただ帝の手足となるのみだ――」
朗々と読み上げられる感情の乗ったセリフの数々に、イトたちはのっけから圧倒された。
少女たちは全員がジャージコス着用。セットも何もない大部屋での立ち稽古ではあったが、切り抜いてそのまま本番にペーストしても通用するのではないかと思うほど、声も表情も真に迫っていた。
「あらっ、あなたたち」
と、ここで、稽古場の戸口近くに立っていた少女がこちらに気づいた。
監督と書かれた腕章を付けている。
「あっ……どうも……」
「〈ワンダーライズ〉さん! よく来てくださいました!」
こちらが名乗るよりも早く、少女は笑顔で歓迎を示してきた。
「ウジカワ! みんな! 一旦休憩、〈ワンダーライズ〉さんよ!」
そう声掛けするなり、稽古中だったジャージ姿のクラン員たちが一斉に集まってくる。
『初めまして〈ワンダーライズ〉です。よろしくお願いします!』
『よろしくお願いします!』
お互い息の合った挨拶に何か通じるものを感じ、イトは身が引き締まりつつも何だか嬉しい気持ちになった。
ここには五秒ごとにウオオオオオと叫ぶ濃い衆もいなければ、もはや言葉は不要か……な人々もいない。観客を前に技を披露するという意味では、アイドルも役者も同じ。夢に向かって邁進している女の子同志ばかりが揃っているのだ。
それでも、そわそわした好奇の目線がこちらに押し寄せてくるのを感じ、イトはむずがゆい誇らしさを感じた。
ここの団員たちもたくさんの練習をこなしてきた技能者。ちょっと前なら〈ワンダーライズ〉? 誰? 遊園地? みたいに首を傾げられていただろうに、自分たちの知名度も随分上がったものだ……と、ついニヤケ顔になりそうになる。
「…………」
「ふんぎゃ!」
チョコちゃんに無言でお尻をつねられた。な……なぜ……。
「演出のウジカワです。本日は撮影を引き受けてくれてありがとうございます」
監督とは別の、ジャージ姿の女の子が自己紹介してくる。前髪を大雑把にヘアバンドで留め、大きな眼鏡の、少し厳しい目つきの少女だ。きびきびとした物言いからは、「わたしは絶対浮かれないぞっ」という強い意志のようなものが感じられる。
ちなみに演出というのは、舞台における監督そのものらしい。監督という役職はマネージャーに近い仕事だそうだ。
「あ、あのう……。お受けしといて何なんですが、大丈夫でしょうか。わたしたち、皆さんみたいなちゃんとした演技は全然……」
ここに来るまでに〈スノーソードシアター〉の劇をいくつか予習し、たった今、練習風景も目の当たりにした。そのイトが思うのは、同じ舞台に立てば公開処刑待ったなしということだった。それももちろんイヤだが、それよりもCM自体が台無しになってしまうのが怖かった。
そんな気持ちでイトがコソコソと不安を打ち明けると、ウジカワはきょとんとした表情を見せ、それからほっとしたように目元を緩めた。
「そこは大丈夫です。皆さんは感情表現より殺陣がメインですから」
殺陣。〈スノーソードシアター〉にはいくつかの売りがある。
そのうちの一つが、実際のガチレア装備を使った豪華絢爛な舞台衣装。
スカグフのコスチュームにはこれといった来歴はないが、そこに自らストーリーを創出し、劇にまで昇華させてしまおうというのが、この劇団の持ち味だった。
装備の方もただ小道具として使うだけでなく、強化まで綿密に行うという念の入り用。演劇愛好家のみならずレア武器収集家までうならせる作劇。それが〈スノーソードシアター〉だ。
「セリフもAI補正をかければ棒読みにはならないけど……直に声出した方が楽しいよ、絶対」
そう言って、ウジカワはにっこり笑った。
それだけで本当に劇をやるのが好きなんだなと伝わってきた。
お芝居中の殺陣はあくまで見立てだ。フルコンタクトはしない。大剣クラスタのPVで似たようなことはやっているので、イトはこの発言に少しほっとした。
「でもごめんね。今、CMで共演するうちのメンバーが席を外してるの」
「そうなんですか」
「あ、だったら、先にオーナーに会ってもらえませんか。どうしても会いたいって言ってたから」
横からそう口を入れてきたのは監督の少女。
「話が終わる頃には彼女たちも戻ってくると思う」とウジカワも言うので、イトたちは先にオーナー――すなわちクラン長との挨拶を済ませることにした。
監督に案内されて向かったのは、劇場の一番高いところ。ちょうど尖塔になっている部分の最上階だった。そこに繋がる階段も、非常に壮麗で繊細なクラフト。果たしてどんな貴人がこの上で待ち受けているのか。
「オーナー、〈ワンダーライズ〉さんです」
監督の少女がノックしつつそう呼びかけると、劇場風の豪奢な扉が勝手に開く。
「さ、どうぞ。わたしは稽古場に戻ってますから」
と促されるまま中に入ってみると――。
「グヒヒヒッ、やあやあ、よく来てくれたねぇ」
――うぐっ!
室内で出迎えられた第一声に、イトたちは全員で引いた。
ねっちょりとしてべたついた、中年男の笑い声。
コモン家具の執務机が窮屈に思えるほどボリューミーな横幅に、両生類へと進化途中の顔。キャラクリの際にもうちょっと手心を加えても良かったのではないかと思えるような外見の男が、いやらしい笑みを浮かべてこちらを見ている。
「うむうむ、可愛いねえ。ワシは前々からキミたちに目をつけていてねぇ……。ようやくこうして会えたよ、ゲヘッゲヘッ……」
わきわきと動かす指は、AIからセクハラのライン超えを宣言されるまで残り数秒という段階に思えた。顔をしかめたアビスが無言でヒュベリオンを背中に生成するのも無理からぬこと。イトもショックを受けていた。華々しい少女たちの劇団の頂点に、こんな不審な人物が座っていたとは……。
「そ、それじゃあ本日はよろしくお願いします」
イトはそう挨拶し、早々に退散しようとした。
「おっと、そうはさせないよォ」
オーナーが机の端にあったコンソールパネルのボタンをポチッと押す。
突然、ガシャーン! と窓にシャッターが降り、出入り口にも格子が落ちた。
「!!?」
閉じ込められた!?
直後、それまでのいやらしい声が一変。低く落ち着いた声で告げてくる。
「早速だが仕事を頼みたい。〈ヴァンダライズ〉」
『やっぱりかああああああ!』
イトたちは揃って叫んでいた。
シャッターが落ちた瞬間、猛烈な既視感があったのだ。確実にケンザキ社長と同類だった。しかも聞こえてくる声がイケボすぎてひどい。さっきまでのアレは何!
「そう邪険にしないでくれ。これまで何度もラブコールは送っていた。“フロッグマン”というメールの差出人に覚えはあるだろう」
「あっ……! あの確実にダマシテ案件ばっか送って来てた人!」
イトは思わず叫んだ。ダマシテ臭のするメールは全部スパチャに処理してもらっていたのだが、イトも差出人の名前くらいは目を通していた。中でもしつこく案件に誘ってきたのがフロッグマンだ。
内容は、襲撃、護衛、諜報、偵察、強奪etc……。なんかそれっぽい建前でぼかしてはいたが、ダマシテ翻訳すれば簡単に見破れた。
「ま、まさか〈スノーソードシアター〉のクラン長だったなんて……! 絶望しました!」
「ククク、ひどい言われようだな。だが待ってほしい。わたしはクラン員たちに真っ直ぐ夢に打ち込んでほしいと思っている。純粋に彼女らを応援する立場なのだよ。これまでこのクランに、何かいかがわしい噂の一つでも立ったことがあるかね?」
「むむっ」
イトは反論に窮した。ない。〈スノーソードシアター〉の評判は、その名とイメージカラーが象徴するようにイノセントなシロだ。
「この依頼も、彼女たちを守るためのものだと思ってほしい」
「あの子たちを……?」
一体どういうことか。
目線でたずねるイトに、フロッグマンは、頭に後乗せされたような小さな七三ヘア―を手で押さえながら吐き出した。
「実は、彼女たちの中に……闇営業を行っている者がいる」
闇営業……!
イトたちは思わず言葉を失った。
リアル側でも時折芸能界を騒がせている話題だ。両親が小さい頃にも一度大きく取り上げられたことがあり、当時人気だったお笑い芸人たちがメディアからごっそり姿を消したらしい。
「闇営業って、一体どんな……!」
ここに集まっているのは若い女の子たちばかり。イヤな予感がイトの声を芯から硬くする。
「うむ……それがな」
フロッグマンは苦々しく顔を歪める。
「例えば、裏勢力の護衛……」
「……!」
「敵対クランへの諜報活動、密偵……」
「……!?」
「レアアイテムの横取り。攻略の妨害。その他陰険な敵対行為多数……」
「あの」
イトは挙手して話を遮った。
「何だね?」
「それ、わたしたちに出してた依頼の内容と同じですよね?」
「そうだが」
「わたしたちも真っ当なアイドルなんですけど」
「……?」
「何ですかその超意外そうな目は!? わたしたちは〈ヴァンダライズ〉じゃありません! 〈ワンダーライズ〉、れっきとしたアイドル、です!」
「σДρ……!?」
「やめろ!」
「あっ……“おいおい”で、いいんだっけ? ゴメンね。年取るとそのへんの反射神経鈍くて……」
「違うそうじゃない! 求めていたものは……!」
イトは地団太を踏んだが、フロッグマンの認識は一向に改まらなかったらしい。何事もなかったかのように、
「キミたちのナイスジョークはわたしの胸にとどめておこう。とにかくだ。わたしはゲームの中とはいえ、年頃の女の子たちを預かる立場にある。普通の冒険はもちろん、多少の火遊び程度なら何も言わん。だが裏稼業の中には、本物の闇に片足を突っ込んでいるようなものもある。ここでよからぬ輩と繋がり、リアルで何かに巻き込まれるようなことがあれば、親御さんに申し訳が立たない」
「ぐうっ、すっごい真人間なことを言います……!」
「有力な候補はこの三人だ」
フロッグマンの太い指が滑らかな動きでパネルを操作した。
そうして虚空に表示された画像を見て、イトたちは目を丸くする。
「こ、この子たちは……!?」
「ああ」とフロッグマンがため息にも似た声を落とす。
「灰谷ガラス、百川吉備、武鳥佐々。“スノーソード三人娘”と呼ばれる、うちの看板役者だ」
イトも知っている。ここ最近の作品ではいずれも彼女たちが主役級を務めていた。見た目も演技もピカ一で、ファンの数は駆け出しのグレイブアイドルなどでは太刀打ちできないほどだという。
「うちはガチ運用できる装備が売りだということは知っているかな?」
うなずき返すイトたちに向けて、新たな画像が示された。
雪の結晶を模したような美しい剣だ。
「次の劇でメインとなる“エターナルフリージア”だ。ある情報筋によると、これが裏の仕事で使われた。カスタムの具合からして、うちのクランの所有物である可能性が高い」
「……!」
「これを現在装備しているのはここに挙げた三人だ。いずれも同じ強化を施し、実戦にも耐えうる性能を持っている。加えてうちの団員たちは役作りのために多少のバトルトレーニングを受けている。装備の性能と合わされば、チンピラ程度なら軽くあしらえるだろう」
「それで逆に裏の仕事ができてしまったか」との烙奈の一言に、フロッグマンは悩ましく首肯した。
「今回の『白と純白の境界』は、彼女たちにとってもハイレベルな内容だ。三人が均等かつベストに演じることで、初めて劇として成立する。現状、理想の演技ができていない焦りもあるのだろう。それでちょっと気分転換のつもりが……ということは十分に考えられる」
「それは……すごく可哀想です」
人は誰だって間違いを起こす。それが大事に至らなかったのは本人が思慮深かったからではなく、結果が運よくその範疇にとどまってくれたからだ。焦っている時、困っている時、常に正解を引き続けられる人間なんていない。それでも周囲は、結果だけを見てその人を責めるだろう。
「犯人を挙げてあからさまに糾弾するつもりは、まったくない。君たちがそっと出張って、思いとどまらせてくれればそれでいい。〈ワンダーライズ〉の裏表の活躍は団員たちもよく知るところだ。注目度ナンバーワンアイドルユニット、白いユニフォームも我々のイメージカラーと通じるところがあるし、このコラボに違和感を覚える者はいないはず」
唯一、やましいところがある犯人をのぞいては。
その人物だけは、〈ヴァンダライズ〉という裏の存在を気に留める。睨まれているのでは、と勘づいて足を止めてくれるかもしれない。
そこまで計算しているとは、このフロッグマン、伊達に裏稼業の元締めをやっていない。
「頼む。彼女たちを助けてやってほしい。あの子たちは、本当にお芝居がやりたくてここに集まった子たちなのだ。余計な火種を抱えてほしくない」
その男が、しっかりと頭を下げてこちらに依頼してきた。
こちらは〈ヴァンダライズ〉ではない。ではないが……夢に向かって走っている少女が道を踏み外すのを楽しく見守る趣味はない。
イトは今一度、虚空に表示された劇場のヒロインたちを見やる。
素直な眼差しの女の子たちだ。ここで変な噂がつけば、その子はきっとひどく後悔するだろう。
「わかりました。カカシ役くらいしかできませんが、やれるだけやってみようと思います」
イトは仲間たちと短い目配せの後、その答えを依頼主に返していた。
依頼主が善人っぽいのでこれはホワイト案件。




