案件120:トップアイドルを救出せよ!(日常版)
その日、スカグフにダイブしたイトはメニュー画面で奇妙な表示を見た。
――現在、スカイグレイブ〈鋼鉄の男爵〉の内部にて、ログアウト不可になる重大なバグが発生しております。現在緊急メンテナンスが行われているため、シンカーの皆様は絶対に近づかないようお願い申し上げます。
ログアウト不可。
それは意識を丸ごとゲーム内にダイブさせる現代プレイヤーにとって、都市伝説にも似た恐怖のアクシデントだった。
ゲームにログインしたまま永遠に目覚めなかった、などという怪談が、この手のゲームの黎明期には盛んに飛び交ったという。
一応、ダイブ用のゲームデバイスには、エラーを感知して強制ログアウトするセーフティ機能がついている。ゲーム内でほとんど動かない状態が続けば、装置の方で人を追い出してくれるという仕組みらしい。
そうした安全装置があるので、イトとしては「ちょっと怖いな」程度の認識でしかなかった。グレイブに近づかなければ影響はないようだし、今日はそこを避けてデイリーをこなせばいいだけのこと。
そのはずだった。
※
「六花ちゃんが……グレイブ内に取り残されてる……?」
タウン6の赤レンガホーム。いつものリビング。
顔を合わせるなり烙奈から告げられたのは、そんな衝撃的な内容だった。
「もう一時間も前からそうなんだって……」
交流サイトにかじりつきながら、先にログインしていた千夜子が補足してくれる。
「どうして六花ちゃんがそんなところに……!?」
「撮影会があったそうだ」
烙奈が神妙な顔で説明してくれたのが以下の内容だ。
スカイグレイブ〈鋼鉄の男爵〉では、リアル時間での放課後にあたる時間帯からアイドルの撮影会が行われていた。
武骨なSFチックの外観が特徴なグレイブで、撮影会もそういうテーマで開かれたそうだ。目玉はもちろん月折六花。普段とは違うサイバーアイドルコスチューム目当てに、大勢が参加したという。
その最中、あるプレイヤーがこの場からログアウトできないことに気づいた。初めはPKエリアに捕まったのかと思ったが、自身のオンラインステータスを見る限りどうやら違う。それを仲間に伝えようとしたところ、突然グレイブ内の通路が次々に封鎖されていったらしい。
アイドルとイベント参加者たちは通過可能な道を辿り、かろうじて脱出。
しかし唯一、最後までプレイヤーの避難誘導をしていた六花が、退避直前に扉が閉まったことで中に取り残されてしまったという。
内部との通信は一切不能。現地によると、六花は他の脱出口を探すために一人グレイブ奥に戻っていったそうだ。
「一人で!? 我らが六花ちゃんが!? た、大変です。一大事です! 早く助けに行かないと!」
イトがその場でドタバタ暴れると、千夜子が落ち着かせるように、
「だ、大丈夫だよ。もう色んなクランの人たちが救助に動いてるから。〈コマンダーV〉の人たちも参加してるって」
〈コマンダーV〉は大ベテランのジェネラル・タカダが指揮する経験と規律に優れたクランだ。ダンジョン攻略からプレイヤー救出までお手のもの――だとは思うが……それでもどこにあるかもわからないグレイブの出口を探すとなれば、人手は一人でも多い方がいいに決まってる!
「わたし、ちょっと手伝いに行ってきます! チョコちゃんたちはここで情報収集お願いします!」
「あっ、ちょっ……!」
仲間たちの声も遠く、イトの頭の中は孤独にさまよう六花の姿でいっぱいだった。
※
スカイグレイブ〈鋼鉄の男爵〉の地表には、少数のプレイヤーしかいなかった。
周囲には「KEEP OUT」と記されたテープが結界のように張り巡らされており、視界の隅っこに「セーブデータに異常の恐れ」という物騒な警告文まで表示されている。
しかしイトは、それらの先に人の集まるテントがあることを発見した。
「イト君か」
「タカダさん!」
〈コマンダーV〉の指揮テントには、指揮官ジェネラル・タカダとそのスタッフたちが黙々と活動していた。
「六花ちゃんは……!?」
「他の脱出口はまだ見つかっていない。六花君のその後もわからない」
タカダは眉間にしわを寄せて戦果の乏しさを述べた後、「システムから警告が出ているだろう。データ異常の危険性がある。君もグレイブを離れた方がいい」と、こちらを牽制するように告げ、多数展開されているモニター群へと向き直った。
確かにここにいては良くないことが起こる。この多数の警告文も不安を煽った。そうでなければ警告の意味がないから当然だ。グレイブの扉が急に閉じたのも、中にプレイヤーを入れないようにする対処が人々の脱出よりも早まってしまったからだろう。AIの方でもこのトラブルに慌てているのかもしれない。
しかしイトは、自分のデータの心配より六花のことを考えた。
彼女はこの胃が重くなるような警告文を、グレイブの中で一人孤独に見ているのだ。見つからない脱出口を求めて、墓の底で心細く……。
六花が顔を曇らせる姿を想像し、イトはぶるりと体を震わせた。
そんなことがあってたまるか。彼女はいつだって燦々と輝いていなくちゃ。
一応、ゲームデバイスのセーフティは有効のはず。
そして、グレイブ内でモンスターにやられても復活ポイントまで帰還できる。
そういう意味では最終的な安全は確保されている。
しかしイトは知っている。
この〈鋼鉄の男爵〉に出現するモンスターは、残酷なのだ。
釘打ち機とか、チェーンソーとか、そういう見た目的にも絶対に食らいたくない攻撃を仕掛けてくる。それに加えて孤独、不安……そんな状態の六花がいると知って、このまま手ぶらで帰ることなどできない。
(わたしも探さないと――)
たとえ一人でも。
そう決心してテントの外に足を向けた時、近くでモニターとにらめっこをしていた女性クラン員が、顔の向きはそのままにこちらに何かを差し出した。
「イトちゃん、これ」
「えっ」
それはヘッドセットだった。
「パーティチャット用の小道具。情報共有できるから持っていって……って、うちのボスが」
「!」
イトは思わず、モニター群と向き合うジェネラル・タカダの背中を見た。
彼は直立不動のまま振り向きもしない。大人としての警告はした。しかし同じゲームを嗜む者として、こちらの意志も尊重してくれている。そんなふうに思えた。
イトは無言のままその背にビシィと敬礼すると、ヘッドセットを取ってテントを出た。
「イトちゃん、そっちはどう?」
テントを出てすぐ、フレンド回線で千夜子から通信が入った。
「タカダさんに協力してもらって、遊撃として参加します。交流サイトでは何か進展は?」
「う、うん……。今のところは何とも……」
どこか歯切れの悪い返事から、いい報せはおろか不穏な噂が飛び交っているのだろうと容易に想像できた。トラブルの外にいる人たちは時にひどく残酷な発想をする。優しい千夜子はそれらを自分の中にとどめておいてくれているのだ。
「あっ、ただね。ホントかどうかはわからないんだけど、そのグレイブって、上側だけじゃなく底面にも露出してる部分が多いんだって。そっちに入り口があるかもって意見があったよ」
「! なるほど。ありがとうございます」
「で、でも裏側だからね。危ないからね。絶対に無茶しないでよ?」
「もちろんです。アイドルは危険なことしません!」
イトは通信を切ると、全速力で岩塊の際へと走った。
〈鋼鉄の男爵〉は、物凄く大袈裟に言うと、輪とくっついた土星みたいな形をしている。星の部分がダンジョン本体で、リングが今立っている地面だ。
救助隊は主に星の上半球を調べている。本来の入り口もそこにあるし、六花がいるのも恐らく上半分なので、その方針は何も間違っていない。
しかしイトはアドバイス通り下半球を目指した。上で入り口が見つかるならそれはそれでよし。自分はただの保険だ。
イトはインベントリを開き、アイテムを取り出した。
「ハンガー・カスガイ~~~」
コの字型の登攀アイテムだ。ガチャのクソ景品で、絶対に使わないからバザールで売り飛ばしてやると堅く心に誓っていたが、まさか出番が来るとは。
コの字の縦棒の部分を掴み、二本の針を岩壁に突き刺して使う。それを両手両足にセットすることで、どんな斜面でもへっちゃらということだ。無論リアルではへっちゃらではないが、少なくともスカグフではそういうことになっている。
イトは両手足にカスガイを装備すると、天井を這う虫のように岩塊の底側へと回っていった。
冷たい風が吹いている。下に見えるのは遠い地表。命綱なし。ショーワのアイドルならこれくらいやらされてたかもしれない。あまりの頼りなさにぞくりとしつつも、四つん這いになりながら移動する。
千夜子に教わった通り、ところどころに金属のグレイブ本体が露出していた。
大抵は単なる墓の底面だった。四角いメカの一部がのぞいているだけで、人が通れる隙間はない。
それでもイトは辛抱強く、露出部分を巡っていった。
すると。
「――! これは……!」
あった。本当にあった。ぽっかりと空いた機械の穴。
ふとダストシュートという単語が思い浮かんだが、用途なんかどうでもいい。
「〈コマンダーV〉本部! こちらイトです!」
イトはヘッドセットに向けて叫んだ。返事はすぐにあった。
「タカダだ。どうしたね?」
「グレイブの下側に中へと通じていそうな穴を見つけました!」
「何だと!」
「場所はグレイブ東側の際から、結構下ったところです! これから中に入ります!」
「待て! 中に入れば通話ができなくなる。すぐに援軍を送るから待ちたまえ!」
「ステージ前のアイドルは待つのが苦手です!」
そう叫びイトは穴の中に入り込んだ。
縦穴ははるか頭上まで続いている。イトはカスガイを金属の壁にガスガス突き立てながら上へと登っていった。
途中でいくつかの横穴を見かけたがすべて無視して墓の上部を目指す。やがて天井に行き着き、そこで初めて横穴からダンジョン内部へと潜り込んだ。
通路は薄暗く、静まり返っている。
閉じた扉は念のため触ってみたが動かず、狭い通路と合わせて息苦しさを助長する。
こんなところを六花が一人でさまよっていると思うと、恐怖など感じている暇はなかった。
メンテが関係しているのだろうか? 敵とのエンカウントはまるでなかった。
グレイブ内は、当然そうであるように死に絶えている。
時折空きっぱなしの扉を見つけては、イトは中に小声で呼びかけた。大声を出す勇気はさすがになかった。
どれくらいグレイブ内をさまよっただろう。
「六花ちゃん、六花ちゃん、いますか……?」
もう何回したか忘れるような呼びかけ。
声は重苦しい闇に吸い尽くされ、戻される返事は決まって沈黙。
だがこの時だけは違った。
「イトちゃん……?」
返事が、あった。
イトは跳ねるボールのように部屋の中に転がり込んだ。
部屋の隅、何かの機械の陰で膝を抱えて縮こまる六花の姿があった。
「六花ちゃん!」
イトは彼女に駆け寄り、抱きしめていた。
「イト……ちゃん……? うそ……何で……?」
かすれて強張った声が耳元をかすめ、すがるような腕がイトの体に回される。
「イトちゃん。イトちゃんだぁ……。なんで、どうして……」
そう繰り返す六花の声は震え、体は冷たく感じられた。
怯えている。当然だ。こんな暗くて冷たい場所に一人でいたら、誰だってそうなる。
「助けに来たんですよ、あなたを! もう大丈夫ですからね!」
イトは六花の手を握って部屋を出た。彼女もしっかりと握り返してくる。足取りも確か。これなら大丈夫。
このまま元来た道を戻れば――。
「あ、あれっ……?」
戻った先は行き止まりになっていた。
「おかしいですね。ほぼ一本道だったから、間違うはずがないんですが……」
振り向いて通路の扉の並びを確かめてみるが、見覚えがある。ここで間違いない。
だとしたら考えられることは一つ。新たに隔壁が降りて封鎖されてしまったのだ。
その周辺を調べてみたが、どの通路も行き止まりになっていた。
完全に閉じ込められた……。
「いやー、参りましたね……」
イトは六花を見つけた部屋に戻って来ていた。
二人で肩をくっつけて座り、命綱のように繋いだ手はそのままだ。
「どうやらメンテが終わるまで出られそうにないです」
「ごめんね、わたしのせいで」
六花が謝る。が、さっきと違ってその表情にはどこか余裕があって、微笑があった。
「いいんです。目的の半分以上は達成できましたから」
「目的?」
「あなたを一人にしないこと」
「……!」
「それがかなったから、後は何時間ここに閉じ込められても別にいいですよ。へへへ……」
「イトちゃん……」
いつもは怖いくらい鮮明でキラキラした六花の瞳が、茫洋とかすむのがかわかった。
緩く重ね合わせていた六花の指が、隙間を埋めるように――艶めかしく締めつけてくる。
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、わたし、嬉しい……」
「助けに来たんですから。喜んでもらえて、わたしも嬉しいですよ」
「ううん。違うの。そうじゃない」
首を振って、六花はメニューウインドウを開いた。フレンド欄から結城姉妹の名をタップするも、表示されたウインドウには「NO SIGNAL」の表示。通話は不能だ。
「今、わたしたち二人きり、だよね?」
「そうですね……。こちらもダメです」
千夜子と烙奈にコールしてみるが、結果は同じ。
「いつもは、こんなことないから」
「ああ……。まあそうですね。六花ちゃん人気者ですし」
「イトちゃんもだよ。飯塚さんがいて、草景さんがいて、他にも色んな人に囲まれてる」
「それは確かに……」
「だからこんな場所だけど二人きりになれて……。それが何より嬉しいの」
「そんなふうに言ってもらえるとわたしも嬉しいです! せっかくですし、何かお話しましょうよ。話したいこといっぱいあるんですよ。スカグフのこととか、アイドルのこととか、学校のこととか……」
「ん……」
あ、あれ……?
何だか返事が頼りないと思ったら、六花がこちらの腕を胸に抱き、さらに両手で指をもてあそんでいた。色んな繋がり方を試すみたいに、隙間に指を通したり、指先同士を触れ合わせたり……。
「……???」
くすぐったいし、可愛いのだけど。
その表情もどこかおかしい。顔を紅潮させ、弛緩した目元は見ようによってはひどく淫蕩。トロンとした瞳が熱を帯び、今にも何かが滴ってきそうだ。
「エッッッッ!?」
そんなこと言ってる場合じゃないというのは100%そうなのだが、可愛いとかエロかわとかそういうんじゃなく、緊急事態なレベルでエロかった。
「りっ……六花ちゃん……?」
「ここなら誰にも邪魔されない。何でもできる……」
「な、何でも!?」
はあっと吹きかけられた吐息が甘くて熱い。
心音がヤバかった。今まで聞いたことのない音。そしてそのたびに体温が上がっている。
「ねえ、イトちゃん……。誰にも知られずに、二人だけでしたいこと、ある……?」
華やかなほど艶めかしく光る六花の目が、イトの一番奥を見つめてくる。
通話が繋がらないまま放置された小モニターのノイズ音が、だんだんと遠ざかる気がした。
※
「通用孔発見! しかしすでに封鎖されています!」
「ダメか……!」
イトとの最後の連絡からしばし。
タカダはすぐに増援を送り、彼女が通ったと思しき穴は発見できたものの、すでに塞がれていた。周囲を調べていつか類似の機構を見つけたが、いずれも通行不可。
間に合わなかった。彼女も閉じ込められてしまった。
残る希望は、イトが六花と中で落ち合えたこと。
孤立した六花が寂しい思いをしているであろうことはタカダにもわかっていた。イトが何よりもそれを心配していたことも。
ゲームなんだから楽に構えればいい。そう割り切れるほど、この世界はアンリアルにできていない。鉄は冷たく、恐怖は本物の寒気を引き出す。グレイブに不慣れなアイドル職ならなおさらだ。
「二人で仲良くおしゃべりでもしながら過ごしてくれるといいが……」
今はそれくらいしか願えることがなかった。
と。
「司令! 地上から正体不明の高エネルギー反応を検知!!」
「は……!? 何……!?」
何の脈絡もない予想外の報告に、タカダは目を剥いていた。
このタイミングで、何が……何!?
「異常出力です……! 既存データとのパターン照合…………一件該当! こっ、これは……まさか……!?」
「報告しろ!」
言葉を失う部下に、タカダは叱咤するように命令をぶつけていた。
取り乱した様子の返事が来る。
「ッッッ“ジャッジメント”です! 空墓軌道兵器〈ジャスティス〉を落とした〈ジャッジメント〉と出力一致!」
「ジャ……〈ジャッジメント〉だと……!?」
タカダは思い出す。
シーズン4終盤に出現した、もはや人と人の戦いでは飽き足らなくなった狂人たちが、特殊ハウジングアイテムと複数のパーソナルグレイスを繋いで作った異常兵器群。
その中でももっともイカれたツートップが、空墓軌道から地上拠点を狙い撃つ、最大愉悦穿孔兵器〈ジャスティス〉。そしてその暴君を撃ち落とした、永久逆上暴落兵器〈ジャッジメント〉だ。
この一機打ちはシーズン・ウォーのハイライト、終戦の光としても語り継がれている。
当時戦火の中心となっていた最終生存の二大クランは、これにより戦意の大部分を消失。後は勝者のいない散発的なPVPへと回帰し、シーズンとコンテンツの終了を迎えた。
記録上では、〈ジャッジメント〉が撃たれたのは二度きり。結果的にシーズン限定となったメインハウジング設備は、〈ジャスティス〉との相討ちで消滅。エネルギー源たるパーソナルグレイスを担ったプレイヤーも軒並み引退したため、三度と放たれることはないはずだった……が。
「どこだ!? どこからあのバケモノが発射される!?」
タカダは裏返る声でそう問いかけていた。
「場所は……特定しました! タウン6! 一般のホームです……赤レンガの……!!」
「ん? タウン6の……赤レンガ……?」
「そこにいるのって……」
『あっ……』
その場の誰もが納得と、ある種の諦めの顔を向け合った時。
はるか地上から、天国を撃ち落とす光が放たれた。
※
復刻版シャカシャカポテトの袋の中に入れられた粉末調味料の気分だった。
突然室内を揺さぶった衝撃に、ゼロになりつつあった六花との距離はまるで意味をなさないほど、イトはあちこちに吹っ飛ばされた。
「イトちゃん」
部屋の隅っこで逆さまになってノビていたイトの顔の近くで、開きっぱなしだった通話用の小モニターから、雑音混じりに誰かの――いや千夜子の、妙に落ち着いた声が聞こえてくる。
「通信が繋がったってことは、外に脱出できるんじゃないかな?」
「へ……!?」
イトは逆さまの状態から何とか復帰し、部屋の外に出た。
そこには恐ろしい光景が広がっていた。
通路が、ない。
壁がないとかじゃなく、通路そのものが消失し、気流渦巻く地上の景色が見えていた。
「なっ、なんじゃこりゃあああ!?」
まるで地上から放たれた巨大な弾丸が、グレイブを貫いていったかのようだ。
しかしこれで確かに脱出可能。
「六花ちゃん! 脱出できますよ!」
イトは慌てて室内に戻り、床にぺたんと座り込んでいる六花に手を伸ばした。
「…………」
六花は唖然とした顔から……一瞬ひどくムスッとした不満顔になり……それからぱっと顔を輝かせて手を握り返してきた。
「うん!」
「行きましょう!」
二人で抱き合って大穴に向かってダイブ。
あらかじめ開いておいたインベントリからエンジェルゴンドラを選択し、空中で展開する。
ゴンドラのカゴの中に無事着地できたイトは、六花と抱き合ったまま〈鋼鉄の男爵〉を振り返った。
「えぇ……」
そこには夕日に照らされ全身を傾けさせる、引き裂かれた形の空墓があった。
破損個所には大量の「ERROR」テープが張り巡らされており、その激しい明滅が、ゲーム的になんかあり得ないことが起こって大慌てになる生成AIの様子をひしひしと伝えてくる。
「メンテ中に何かトラブルでもあったんでしょうか……?」
直そうとして逆に壊しちゃったみたいな。
いやだからって、グレイブが半壊するのはおかしいだろ……。
そんなふうにイトが呆然としていると、
「…………。あーあ、二人の時間、終わっちゃった」
隣の六花が、ゴンドラの座席に体を投げ込むようにして座る。
「まあまあそう言わずに」
イトはその隣に座りながら、にっこり微笑みかけた。
「地上に着くまでもう少し時間ありますから。それまで二人きりで、ゆっくりしましょう」
夕日に照らされた六花の顔が、ぽおっと赤くなり、
「うん!」
その笑顔で、イトのすべての労に報いてくれた。
これといって何があるわけでもない話なんですが書きたかったので書いた。長いのは許せ。




