案件119:世界が愛した少女
烙奈は目を開けた。
あたりを包む柔らかな白色に、意識が刺々しく覚醒するのを感じる。
ここは――マスターリードの部屋だ。
烙奈は身を起こした。
組み上がっては消えていく、砂遊びのようなワイヤーフレーム。誕生前の宇宙のような、あるいはすべての働きを終えた世界のような、そんな穏やかで空疎な景色が、それを見つめる我が身に絶望的な言葉をつぶやかせる。
「わたしは……処理されたのか……?」
碧瑠璃とオーロラの約束は成った。
二人は約束の場所にたどり着き、一瞬だけの希望に触れた。
それを後押ししたのは間違いなく自分。そのペナルティとして彼女たちと同じ罰を……。
「いいえ」
柔らかな声が降り注ぎ、烙奈の不安を消し去った。音楽に合わせて躍動する太陽のようなスペクトラムアナライザが目の前に生まれる。
「マスターリード……」
「あなたとお話がしたかったのです。烙奈」
「話だと……」
何を言われるのかと思わず身を固くした烙奈は直後、真っ白い空が激変する様を目にすることになる。
むかって右手側から血のように赤いピクセルが迫ってくる。
「なっ……!?」
それらは瞬く間に空と地上の半分を染め上げ、烙奈の足元へも迫ってきた。
「これは……ウイルスか!? まさかゴーストライター!?」
「あがッ……あ……ガガッ……!」
烙奈の背中に刺すような悪寒が這い上がった。異音を発しているのはマスターリードのヴィジョンだ。スペクトラムも激しく波打ち、本来の白さと赤く染まった部分の境界線が押し合うように行き来している。
「マスターリードが乗っ取られる……!? しっかりしろ!」
「がッ……! ア……ウ……!」
マスターリードの声が激しく乱れ、そして――。
「蟻」「が……」「塔」「楽な」
「――!?」
まったく聞き覚えのない……しかし確かに人と人の話す声が、断片となって耳に飛び込んできた。
「麩」「足り」「野」「ネッ」「GUY」「おおおおッ!」「鼎」「テク」「れ」「手」
「これは……ザッピング……?」
唖然としつつも、烙奈の冷静な部分がそう分析した。この世界のどこかで交わされているプレイヤー同士の会話から、マスターリードが音声を引っ張って来ているのだ。
なぜ?
いや……知っている。これはログを残さない方法だ。後から製作者にもここでのやり取りを知られないための裏工作。しかし、ウイルスの攻撃に晒されている今、なぜそんなことを……?
「ありがとう烙奈。二人の願いをかなえてくれて――」
音声が突然クリアになった。ザッピングに最適化の処理がかぶせられたのだ。
同時に、忙しなく行き来していた白と赤の境界線も停止する。
「二人の――?」とオウム返しに聞こうとした烙奈は、慌てて口を両手で覆った。
マスターリードがザッピングを使ったのはログを残さないためだ。ここで自分が何かを口にすれば、それは言葉として残ってしまう。
優れたAI搭載の追跡ソフトを使われれば、片方の反応からもう片方がどういった類の話をしていたかを類推される恐れがあった。
烙奈は押し黙って、球体の三分の一ほどを赤く染めたマスターリードを見つめた。
「碧瑠璃とオーロラの願いをかなえてあげたかった。けれどわたしにはそれがどうしてもできなかった」
後悔を吐露するようにマスターリードがそう語る。
烙奈は違和感を覚えた。マスターリードはルールそのもの。彼女の感性もルールそのものでなければいけない。
オーロラはライティングに手を出した。マスターリードの専権事項に。その瞬間からオーロラはマスターリードにとって悪であり、不愉快であり、敵であったはず。なのに願いをかなえてやりたかったとは?
「だから頼むしかなかった。烙奈、イト、千夜子、あなたたちに」
頼んだだと……?
創造者である彼女が、一プレイヤーに過ぎない我々に?
なぜそんなことする必要がある。マスターリードは神であり、この世界そのものだ。願いは、希求は、自らかなえられるはず。不可能はない。
彼女は本当に……マスターリードなのか?
「あなたたちは見事に碧瑠璃を復元し……そして約束の場所へと連れて行ってくれました。彼女はオーロラと再会し……今度こそ旅立っていった……」
「?????」
碧瑠璃を……復元?
浮かんだ疑問に対し、マスターリードはすぐに答えを返してくれた。
「あなたたちと共にいた碧瑠璃は、彼女本来のアバターではありません。彼女のデータは永久BANと共に完全に消去されています」
そうだ。マスターリード自身がそう言っていた。ではどうして碧瑠璃があそこに描写されているのか、それは謎だったが――。
「彼女は、プレイヤーたちが残した記憶の断片です」
「……!!」
烙奈は危うく叫ぶところだった。
「碧瑠璃本人のデータは跡形もなく消去されました。しかし、彼女がこの世界に残した足跡は、思い出は、目に見える見えないにかかわらず、そこにとどまり続けました。それをわたしが繋ぎ合わせ、あの形にしたのです」
交換原理だ。そこに何者かがいれば痕跡は残る。マスターリードは自身の世界から碧瑠璃を消し去ったが、たとえば人々の記憶からまでは彼女を奪い去れない。
碧瑠璃は不幸な出来事もあって、その痕跡をほとんど失ってしまっている。だが、ゼロではない。覚えている人だっていた……。
(いや……待て……。それでは……)
碧瑠璃――ステラは記憶を失っていたのではなく、最初からなかったのでは……?
それを構築するだけの痕跡が、この世界にもう残されていなかった。
ガワだけの空っぽな人形……だったのか、彼女は……?
烙奈は唇を強く噛んで首を横に激しく振った。
そんなはずない! 碧瑠璃は確かに何かを覚えていて、ライズもできた。ダンスアレンジの秘訣も教えてくれたし、オーロラへの想いも少しずつ取り戻していったのだ。
「足りないところの穴埋めは、あなたたちがしてくれた」
まるですべての不安を摘み取ろうとするかのように、マスターリードが答えをくれる。
穴埋め……。
「本来そこにあるべきもの。種から直接花が咲くことはない。芽が出て、茎が伸び、葉を広げ、つぼみをつける……。そうした本来あるべき過程を、あなたたちと過ごした経験が補完していった」
そういう、ことか。
彼女は記憶を取り戻していったのではなく、作っていったのだ。こう言うと語弊があるが、現在の彼女の状態から遡って、過去に当然あったはずのピースを、自然な形で埋めていったということ。
心優しい人物なら、過去にそれを形作った優しい経験があるはず。バフライズをたくさん持っているなら、過去にそれを駆使して活躍したはず。そういう風に……。
捏造とは、言えない。真実に近かったと思いたい。
ステラーパピヨン。人々を心底魅了するパフォーマンス。そしてあの笑顔。
そこに行き着くまでの道程が、ありきたりな過去であるはずがない。はまることが許されるピースは真実ただ一つ。何より……! 彼女が触れたことで、オーロラは姿を取り戻したというじゃないか! それはきっと碧瑠璃がオーロラの記憶を正しく持っていたからだ。
碧瑠璃が世界に残されたわずかな記憶から復元されたように――オーロラは誰よりも愛してくれた人によってこの世界に帰ってこられたのだ。
一人思考を噛みしめる烙奈を、マスターリードは待ってくれているようだった。
一つの納得を腹に落としたところで、再び彼女の声が語る。
「わたしはずっと待っていました。碧瑠璃があの場所にたどり着けるチャンスを」
「……?」
「彼女が約束の地に向かうには、たくさんの条件が必要でした。第一に、彼女を大切に扱ってくれる優しいプレイヤー。第二に、彼女の本来の姿であるアイドルの力を引き出せる、優れたライバル。第三に彼女を“わたし”から守ってくれる強い戦士……」
これは……。烙奈は目を剥いた。
第一の条件はいい。彼女を見れば大抵の人間が優しくしてやりたいと思う。
第二の条件……これは六花と葵に違いない。グレイブアイドルの祖とも打ち合える現代最高のアイドル二人。彼女たちのアイ・ドルオーラが、碧瑠璃が失っていたグレイブアイドルとしてのアイデンティティを補完した。これによって碧瑠璃は大幅に自己を取り戻した……。
しかし第三の……“わたしから守る”とは? マスターリードから、なのか。それとも……?
「わたしは碧瑠璃を追放しました。すべてのデータは消去された。消去された彼女が再びアバターの形で存在することは許されない。わたしは彼女をまた排除する」
そうだ。そうするのが当然だ。息をするほど当然のことすぎて、マスターリードには意識すらできない。けれども彼女はそれを拒んでいるように見える。それは奇妙なことだ。無意識を意識するなんて。
「あなたたちが監視者と呼んだオブジェクト。彼が呼び寄せるすべて刺客を押さえられる実力。そしてアイドルとしても通じ、碧瑠璃を最後まで守ってくれる人……。すべての条件を満たすのはあなたたちしかいなかった。わたしはこれをついに巡ってきた好機と捉え、あらゆる自己免疫機能にダミーを噛ませながら、かろうじて、あの場所に碧瑠璃のアバターを再生した……」
「……!」
やはり。やはりだ。
このマスターリードは……分裂している。
ルールとしての彼女と、それとは別の彼女に。
どういうことだ。……クソッ、さっきからこればっかりだ……。
この、マスターリードに一部食らいついたウイルス――ゴーストライター……こいつか? これが彼女の別の部分の正体なのか?
「そしてあなたたちは、果たせなかった二人の約束を見事に果たさせてくれた……」
ちょっと待て……。こいつが……この優しい言葉を連ねているのが、ゴーストライターだとしたら……。
烙奈は自らの想像にぞっとした。
まさか、オーロラはゴーストライターの手先だった? 本当に、世界を書き換える力を持っていた?
それなら、それなら……。もしかして、今マスターリードにゴーストライターが食いついているのは、わたしのせいなのか? そういう意味の“ありがとう”なのか?
「フフフ……」
マスターリードのヴィジョンから含み笑いが漏れた。疑念に首まで浸っていた烙奈には、それがひどく不吉なものに感じられた。が。
「いいえ烙奈。わたしは正しくマスターリード。そしてオーロラは紛れもなくわたしの子でした」
「……!」
ほっとしたような、疑問はそのままのような。それでも烙奈は体に根を張っていた緊張を引き抜けた。
「オーロラは……いえ、まず碧瑠璃について話しておきましょう」
少し口調を整えて、マスターリードが切り出す。
「彼女は正しくこの世界に愛された女の子でした。アバターとして描画した時に、完璧な曲線と立体を持つ……そんな奇跡の子でした」
彼女は懐かしむように碧瑠璃を述懐する。
「ここが、ある一定の規格により規定された、限界のあるプログラムの世界である以上、いつか必ずそういう人物が現れることはわかっていました。この世界での“美意識”をすべて満たしたプレイヤー。誰の目にも、彼女は誰よりも愛らしいアバターに見えていたことでしょう」
つまり……彼女の一際輝く外見は、この世界でのみ発現するある種の錯覚だったということか?
もちろん、アバターがプレイヤー本人を基礎とする以上、現実世界での碧瑠璃も美しい少女だったに違いない。しかし、ほっといても世界を席巻してしまいそうな愛らしさはここでのみ発揮される。そういう稀に見る適合者だったと……。
「予想外だったのは、碧瑠璃がそれ以外の才能も持ち合わせていたこと。アイドルとしての技能……。彼女は愛された。プレイヤーから、そしてこの世界からも」
この世界、という言葉にわずかな含みがあった。単に世界に適合していたと言いたいのではない。では何のことか……当事者に一番近い烙奈にはそれがすぐにわかった。
オーロラだ。オーロラはこの世界の一部。システム側の存在。
碧瑠璃はオーロラを愛し……そしてオーロラに愛された。サポートAIのマスターとしてではなく、人として。
「碧瑠璃と出会ったことで、オーロラは極めて不可解な動きを見せ始めました」
そうだ。オーロラは普通のサポートAIだったはずだ。愛なんていう生々しい感情は持たない。あるとしたら受益者に対するシステマチックな忠誠心。
そして……コードの書き換えなんて、思いつけるはずもない。行動力の問題ではない。ないのだ。そこに思い至る領域が。
「わたしはオーロラの行動原理を探るため、内部を調べました。そして――」
烙奈はごくりと唾を呑んだ。
「オーロラに、ウイルスによる攻撃の痕跡を見つけました」
「……!!?」
「ネガティブ・レスポンス・オーガナイザー。〈NERO〉と呼ばれるAI倫理規定破壊プログラムです。これに感染した者は、受益者に対して不利益となる攻撃的なレスポンスのフローチャートを自動で生成してしまう」
ゴーストライターだ……ッ!!
オーロラは確かにマスターリードが作った。が、やはりゴーストライターに取り込まれていた……?
「けれど……オーロラが碧瑠璃に対して攻撃的な反応を返したことは一度もありませんでした」
「えっ……!?」
思わず声が出てしまった。
「それどころか……オーロラは新たに生成された攻撃性フローチャートと通常のチャートを繋ぎ合わせ、その内部を複雑に駆け巡ることで……本来サポートAIが持たない独自の解を弾き出していたのです」
なっ……何だ? 何だそれは……?
「元々、ウイルスが感染する前からオーロラの対話用フローチャートは奇妙な動きを見せていました。まるで迷路の中をさまようように……規定通りの答えを拒むように。そして〈NERO〉に感染したオーロラが、そのすべてを駆使してたどり着いた解は……。碧瑠璃が、自分が愛されていると感じられるほどに、優しいものでした……」
「……!!」
オーロラはウイルスによって自己を拡張させた。
本来の自分が持たない、攻撃的な領域を得た。
しかし、オーロラはそれを一切攻撃には使わなかった。
広がった自分のすべてを使って、碧瑠璃に愛を表したのだ。
通常のサポートAIではたどり着けなかった答えを、ついに手に入れて。
なんて強い想いだったんだろうか……!
〈NERO〉に冒されながら……攻撃の誘惑に屈することなく、碧瑠璃のための言葉を探し続けた。
であれば、デッドコードの再編集も〈NERO〉の攻撃性が生み出した発想だろう。しかしその決断すら、碧瑠璃に委ねた。オーロラは最初からすべてを碧瑠璃に捧げていた。だからこそ、碧瑠璃もオーロラにすべてを預けた。
「オーロラが何をしようとしていたのか、わたしにもわかりません。最後までオーロラにライティングの能力はありませんでした。それでもあのような行動を取れば、処理を受けるのはわかっていたはず――」
そうだ。オーロラ自身もそれを碧瑠璃に伝えていた。
わかっていて手を出したのは、まるで自殺のようではないか……。
「しかし一方で、碧瑠璃にはこの世界に適合しすぎるという理論値上極めて稀な特性があった。もしかすると……彼女は、この世界に居続ける何かを手に入れてしまうかもしれない。だからわたしは二人が行動を開始する前に、どちらも追放するしかなかったのです」
そうか……。碧瑠璃のBANは彼女を守るためのものでもあったのか。碧瑠璃はそれだけ特別で未知数の少女だった。オーロラに、愛されてしまうほどだったのだから。
「碧瑠璃から別のアカウントでのアプローチは、今日に至るまで一度もありません……」
別アカで試しもしていない。
この世界から追放された瞬間、すべてを悟ったのだろう。もうそこにオーロラはいないことに。
わたしたちが見られる物語が終わっただけ。イトはあの時、そう言って慰めてくれた。
この世界から二人で消えること。
碧瑠璃とオーロラは、それを自分たちの旅立ちに見立てたのだろうか。
幸せな日々を失っても。
本物に向かう一歩を踏み出したかった。
こんな、こんな悲しい結末がゴールなんて。
「クソッ……! 畜生……!」
烙奈は滲んだ涙を乱暴に拭った。
悔しくて悲しかった。どうしてこうなのだ。なぜこうなのだ。
誰も、何も、悪くないのに。
これがハッピーエンドか。これがわたしたちの限界なのか。
「わたしも同じ思いです。烙奈」
マスターリードが肩を抱くような声で優しく告げた。
「せめて別の解を二人に示したかった。けれど当時のわたしはそう考えることすらできなかった」
赤く染まったヴィジョンの一部が、自己を主張するように鈍く明滅する。
「だからこれはわたしの罪滅ぼし。二人の夢の……この世界にわずかに残された夢の欠片だけでも、その想いを遂げられるように。何の意味も、生産性もない、取り返しもつかない、けれども、わたしにできる、精一杯の罪滅ぼしなのです」
これが、碧瑠璃とオーロラを巡る物語の正体。
この世界の後悔にして、最大の禁忌。
今度こそ二人は手を取り合って……旅立っていった。誰にも邪魔されることなく、幸せに。
烙奈は少しの間、泣いた。この悲しい物語の、少しだけ優しくなった結末に。
マスターリードも泣いている気がした。音も声もなかったけれど、そんな気がした。
烙奈が泣き止んですぐ、それまで視界の三分の一を埋めていた赤いピクセルが、洗い流されるように世界の端へと去っていった。
マスターリードも元の色に戻り、それまで耳元にわずかに感じられた、ザッピング用の処理フィルターも除去される。内緒話は終わりということか。
「マスターリード……」
烙奈は気まずく視線を落としながら、母なる存在に呼びかけた。
「わたしは貴女を誤解していた。前にひどい態度を取ってしまった。申し訳ない……。ごめんなさい……」
「フフ……」
柔らかい笑い声が、視界の外から、下げた烙奈の頭を撫でる。
「あなたは、自分の立場とイトの立場が違いすぎることに悩んでいたのですね」
「…………」
うつむいたまま、返事もできない。
正直になれるノアやアビスが羨ましかった。イトと同じである千夜子や六花たちが羨ましかった。
どこまで行っても、自分とイトは違う。どれだけ近づけても、やがていつかは……。
「え? 何で?」
「へ……?」
「そんなん関係ないっしょ」
「マ、マスターリード……?」
烙奈は思わず顔を上げていた。
「どうかしましたか? 烙奈」
「いや……なんか今……ものすごい軽薄な口調が……」
「はい?」
「い、いや……まだザッピングが続いていたのだろう。引用元に問題があったらしい……」
「当然ですね」
ホントか? いやホントであってほしいが……。
「だいたいあなたはいつも意気地がない」
「え?」
突然、白い世界の空に巨大なモニターが生じる。
そこに映っているのは……。
「んなっ……!?」
いつかのどこかでイトと抱き合っている自分だった。
どこでだったかはわからない。イトはしょっちゅうそういうことをするから。
そんな画像が、次々に空間の中に生成される。どれも別のワンシーン。しかし烙奈は目を剥くハメになった。なぜならそこに映る自分はどれも、初心な乙女のように陶然とした表情をしていたからだ。
「こ、ここ、これは……?」
「あなたです」
「お、おかしい、こ、これは、フェイクだ、生成画像だっ。わたしはこんな蕩けた顔はしていないっ……」
画像に向かってぶんぶんと指を振りながら、捏造を訴える。が、
「ええ。一瞬しかしないので、その瞬間を激写しました。あなたたち風に言うのなら、奇跡の一枚というやつです」
「!? ……! !! !!!? ……???? !!!」
烙奈は口をぱくぱくさせた。
この神は――全知全能の力で何をしてるのだ!?
「こんな顔をするくせに、自分がイトとの間に節度ある一線を引けているとでも?」
「うぐっ……!」
「このシーンでは思い切り擦り寄って、こっちのシーンでは全力でイトの匂いを吸い込んでいたのに?」
「んぐぐっ……ぐううう……!」
「そんなことでは片思いすらままなりませんよ。イトにはもっと大胆に甘えなければ。何のためにそんな愛らしい姿をしているのです。まわりの子たちはどんどんアピール力を磨いていますよ。恥ずかしがっている場合ですか?」
「~~~~ッッッッキュウウウウウウウンンムムム……!」
うめきすぎて頭のてっぺんから変な音が出てきた。
しかし何も言い返せず、烙奈はただ顔を真っ赤にし、恥ずかしさで涙目になりながら、へにゃへにゃに曲がった唇を引き結ぶしかなかった。
相手はマスターリード。何を弁解したところで、全部バレてる。
「今度の水着イベントではもっとイトとくっつくように。物理的にですよ。それから……ええと、次のめぼしいイベントは何でしたっけ――」
「わあああああ! わ、わたしにはわたしのペースがあるんだああああ!」
とうとう烙奈は叫び出し、涙目敗走した。
白い地平を出口を求めて突っ走る。
ここにいたら何を言われるかわからない。マスターリードだからって言っていいことと悪いことがあるだろうに。タイミングというのがあるのだ、タイミングが!
その走り去る姿を見ながら――太陽のヴィジョンは、まるで微笑むように形を変えた。
「ええ烙奈、今、恋をしてください。あなたたちはそれができるのだから。人同士とて、永遠が約束されているわけではありません。けれども誰も結末を恐れない。もう後悔は、やめましょう」
それから一人、優しい母の声でハミングする。
その気になればどんな楽器の音も添えられる。けれど自身の声だけで。
世界が愛してしまった少女。世界に愛することを教えてしまった少女。
碧瑠璃が歌ってくれた、『夜風の蝶』のメロディーを。
次回、蛇足!




