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案件116:全力で前へ!

「制限時間は三十分! 決して立ち止まるな!」


 烙奈の声が轟く中、イトたちは三角形の突撃陣形で島の奥を目指す。

 立ちはだかるのは巨眼のヒトデが呼び寄せた強大なモンスター群。


 突撃力に秀でた大剣クラスタが敵を掻き分け、左右を固めたセントラルアーマー隊と〈ルナ・エクリプサー〉がその隙間をこじ開けて中央のイト本隊を奥へと通す。


 のしかかるモンスターたちの圧力を、イトは間近で痛いほどに感じた。

 牛人型の荒い鼻息、巨大昆虫の節がこすれる音、陸上鳥の甲高い鳴き声。手を伸ばせば届きそうな魔物たちの壁を、仲間たちが必死に押しのけて道を切り開いてくれている。


 立ち止まったら……絶対にアウトだ。


「そうだ……思い出した……」


 その決死の突撃の中、決してはぐれないよう手を繋いだ碧瑠璃が、どこか茫洋とした表情でつぶやくのをイトは聞いた。


「わたしたちは……約束した。二人で……先に進もうって……」

「碧瑠璃ちゃん……?」

「わたしとオーロラは同じ想いだった……。同じ気持ちで……通じ合ってたの。この人しか、いない。この人のためなら何でもできるって」


 どこか悲しげなその述懐に、イトは彼女に寄り添う優しい幻を見た気がした。

 そう……だったんだ……! 碧瑠璃ちゃんと、オーロラは……!!


「でもわたしたちにはどうしようもない壁があった。本当にどうしようもない……大きな壁が……」


 グアアアアアアアアアアアア――――――!!!


 つんざく咆哮がイトの耳を覆った。

 セントラルアーマーたちの隙間から見える前方の敵群。さっきよりも一層分厚くなっているのは気のせいか?


(いや、違う……!)


 すでにかなりの距離を前進してきている。周囲で戦っているシンカーの数は目に見えて減っていた。

 先に突入していたパーティの戦力が、まだここまで届いていないのだ。碧瑠璃人気に手伝ってもらってかなりのお客を集められたと思っていたが、相手はそれ以上の大軍勢。さらに進めばより強い集中攻撃を受けるのは必然――。


 島の奥はまだまだ遠い。こんなところでペースダウンはまずい……!


「く……もっとわたしたち(ワンダーライズ)に人気があれば……!」


 イトが歯噛みしたその時。

 ヒュウウウウ――と背後から頭上を越え、甲高い音の何かが飛んでいった。

 直後、前方にて複数の轟爆。道を塞いでいたモンスターの壁が一気に弾ける。


「なっ、何ですか!?」

「あれは……攻城戦級の支援魔法だぜ!?」


 先陣を仕切るモズクが驚いた顔で叫ぶ。

 イトの耳元で呼び出しのコール音が鳴ったのはすぐ後のことだった。

 急いで回線を開く。すると――。


「イトちゃん!」

「六花ちゃん!?」


 通信の相手は六花だった。しかし様子がおかしい。カメラが激しく揺れている。これは――ライズ中?


「今、島の入り口からどんどん増援を送り込んでるから!」

「!? 〈オーロラ島〉に来てるんですか!? いつの間に……どうして!?」

「イトちゃんのことなら何でもわかるよ! そこなんでしょ、碧瑠璃さんの目指す場所!」

「六花……!」


 すぐ横の碧瑠璃が目を丸くしながらモニターをのぞき込む。


「碧瑠璃さん……! 必ずたどり着いて! イトちゃんたちと一緒なら大丈夫!」


 立て続けにコール音が鳴る。イトは片っ端からそれに応じた。


「碧瑠璃。わたしも手を貸すわ」


 葵が。


「ステラさん! 応援してます!」


 セツナが。


「失敗なんて、なさらないでしょう!?」


 キリンが。

 それぞれライズの最中にエールを贈ってきてくれる。


「みんな……!」


 みんないる。島の入り口でライズバフをかけて、どんどん仲間を送り込んでくれている。

 きっと他にもいるはずだ。碧瑠璃のライズに魅せられたアイドルたちがこの一戦に力を貸してくれている!


「ありがとう……! みんな、ありがとう……!」


 碧瑠璃は涙をこらえながらそう応えた。


「お礼はいらない……! 成し遂げて。そして、もう一度……いえ、何度でもまたライズしましょう」


 六花が代表してそれを伝える。すべてのモニターから、熱い視線が注がれた。


「うん。しよう……! いつか必ず……! また、みんなで……!」


 再びの爆轟。

 後方から伸びてきた多数の火線が、空中で撃ち落とされたのだ。

 前方により強大なモンスターの影。無数の首を生やしたドラゴンが、それぞれの口から火柱を噴き上げながら、こちらを待ち構えている。


「り、六花ちゃん、強そうなのが前にぃ……!」

「大丈夫だよ」


 イトの情けない声を、六花の勇ましい返事が打ち消した。


「今、とびきりの増援が二人、そっちに向かった!」

「――イイイイイイイイヤッホオオオオオオオオオオオオウウウ!!」


 暴風音! そしてきらめく剛閃が、多頭型ドラゴンのシルエットを無数に裁断する。続けて大量にばら撒かれた爆雷による容赦ないトドメ。膨れ上がった橙の爆炎の中から、流れ星のように飛び抜けてきたのは――。


「ハハーッ! 厄災のボクが遅れて登場おおおおおおお!!」

「わたしもいるわ」

「ユラちゃん! ノアちゃん!」


 破壊の魔女ユラと、黒百合の用心棒ノアだ。

 虚空を流れる魔女のホウキを、たちまち無数の火の玉が襲う。大地にひしめくモンスターたちからの対空砲火。


「おおっと! さすがに狙い撃ちはきっついや!」


 撃ち出された弾幕をジグザグ軌道で巧みに回避しつつ、ノアを後ろに乗せたユラのホウキがイトたちの元へと舞い降りる。


「ユラちゃんノアちゃん、来てくれたんですね!」

「アハッ! 当然!」

「ブイ v廿x廿」


 修羅場に仏だ。いや、修羅場に修羅か? 二人からは六花から受けたバフをビンビンに感じる。これは確かに頼もしい。


「ふうん、キミが噂の碧瑠璃かぁ」


 初対面のユラが、駆け足をしながらステラーパピヨンの少女をまじまじと見つめる。


「うん、助けてくれてありがとう!」

「わっ、可愛い。でもここじゃ二番目かな。イトちゃんがいるからね」

「うんっ。わたしもイトのこと好きっ」

「おふうっ!? へ、碧瑠璃ちゃん、今のもう一回……」

「ビ……ビビ…… <〇><〇>」

「待って待ってチョコちゃん! 今、すっごい正念場で……!」

「遊んでんじゃねーおまえら! ユラも遅ぇじゃねえかよ! 大剣仲間のピンチだってのに!」


 前衛で敵と斬り結びながらモズクが悪態をついた。しかしその声は明らかに弾み、新たな仲間を歓迎している。ユラは早速エメラルドグラットンを引き抜き、最前線に加わった。


「ボクは別に大剣クラスタのピンチに駆けつけたわけじゃないけど」

「へっ、何だよイトちゃんのためかよ。つれねーな!」

「友達のためさ。千夜子も烙奈も、ノアもアビスも。……あとモズクもね」

「……えっ…………あっ……。そ、そう……なんだ……?」

「何で急に声小さくなってんの?」

「うっ、うるせーうるせー! 火力は揃った、一気に押すぞぉ!!」


 ウオオオオオオオオオオオ!!!!

 とびきりの援軍を加えて火の玉となった一行は、軍勢の腹を食い破りながら突き進んだ。


 ※


「前方! 見えたぞ、島の遺跡だ!」


 一団の誰かが叫び、そして、


「何だ……あれは……!」


 何もないはずの石の足場の上に、空間を歪める渦が発生していることに誰もが気づく。


(まさかあれは……廃材(デッドコード)の山か……!?)


 烙奈は一人胸の内を震わせていた。

 試行錯誤中のイベントリソースの断片だ。普通なら世界の裏側に収納されていて、人目には絶対につかない。それが、あんなにあからさまに露出しているなんて……!?


「そうだ。オーロラは……言ってた……」


 星雲のようにきらめく渦に目を見張りながら、碧瑠璃が呆然とつぶやく。


「世界を変える方法が……あるって……。そこでなら、壁を乗り越えられるって……」

(ま、まさか……!)


 烙奈は絶句する。

 約束。二人の約束。壁を越えるための。

 オーロラは、作りかけのイベントコードを奪って……世界を……書き換えようとした……!?


「でも、それをしたら……わたしたちはもう一緒にはいられないって、オーロラは言った」

「……!」

「ずっとこのままか、それとも、想いだけでもその先に行くか。選んでって、わたしに……」


 悲しげに綴られる言葉に、烙奈はやるせない思いで奥歯を噛みしめた。

 やはり……オーロラもわかっていたんだ。それが不可能な夢であることに。

 オーロラはサポートAIだ。ライティングの機能なんて持っていない。たとえ世界の材料がそこに散らばっていたとしても……繋ぎ合わせることすら不可能だ。


 それでも、示した。

 人とプログラム。

 安らかに続く、行き止まりの今日(いま)か。

 閃光のような一瞬の明日(みらい)か。


「わたしは……我慢できなかった。このまま……オーロラと同じ場所に囚われていることが。二人の想いが本当に繋がるところに、どうしても行きたかった……!」


 そして彼女は選んだ。

 すべてを失っても、二人で前に進むことを。


 マスターリードがそれを許すはずもない。

 たとえ実現不可能だとしても、彼女の専権事項にサポートAIが手を出そうとしたのだ。


 それは反逆であり……エラーだ。マスターリードはルールそのもの。ルールに則り、エラーを排除する。その処理にはマスターリード自身も抗えない……。


 二人は……夢の入り口にすらたどり着けず、消えた。

 約束の場所で落ち合うこともできずに……。


「グッ……! 右側、敵の圧が強すぎる……!」


 不意に、純白のヘヴィアーマーたちから苦悶の呻きが漏れた。


「おれたちはもう完全に孤立してるんだ。潰されるのは時間の問題だぜ」

「ポーションをグビってる余裕もありゃしねえ……!」

「イトさん……」


 アーマーの一人がイトに呼びかける。


「我々を切り離します。そうすりゃ挑発スキルで右の大物連中はごっそりこっちについてくるはず」

「な……!? そ、そんなことをしたら……!」

「推しを巻き込んで潰されたんじゃ、鉄壁の名折れですよ。どうかやらせてください。お願いします……」

「……く……!」


 イトの顔が苦悩に歪むのが見えた。言えるはずもない。ファンを切り捨てて進むなんて。

 だが彼女は言った。推される者の責任として、言い切った。


「わかり……ました……! お墓の前でまた会いましょう……!」

推忍(オス)……!」


 重々しくうなずくや、アーマーは大声で号令をかけた。


「全隊離脱! 挑発スキルと防御スキルをありったけかけて一か所で耐久モードに入る! 誉を立てろォォォ!」

『うおおおおおお――――!!』


 セントラルアーマー隊がイト本隊から剥離。

 目論見通り右側にいたモンスターたちが一斉にそちらに食らいついていく。彼らの姿はあっという間に異形の影に埋もれ、後方へと流れていった。


「イエス……!」


 左側でも動きがあった。アビスが応じる。


「そう。あなたたちなのね……」

「イエスイエス……イエスイエスイエス……(左側面、後方共にもう限界です。最後のご奉仕として、我々が囮として敵を引きつけます)」


 アビスは短く瞑目し、告げた。


「……わかったわ。皆で先にいって……ヴァルハラでわたしを出迎えなさい」

「イエス、イエスイエスイエス!(宴の準備をしておきます!)」


『イエス! マイ! ダアアアアアアアアク! クイイイイイイイイイィィィン!(黒き女王陛下の御ために!)』


〈ルナ・エクリプサー〉が雄たけびを上げて左側へと斬り込んだ。

 一団に押し寄せていたモンスターたちがごっそりと剥がれ落ちる。

 のしかかっていた圧力から解放され、進軍スピードが一気に上昇。ゴールへの距離をぐんぐん縮めた。


「前方! 敵の群れに混じって“グレートダイモーン”と“エンベリアル”出現!!」

「今シーズンまだ二度しかエンカが報告されてない最悪のレア敵だぞ……!」

「代表……! 俺らもここまでのようです」


 前衛を務めていた大剣クラスタからモズクにも最後の連絡が入る。


「……しゃあねえな……。ここで一花咲かせるか」

「いや、代表はイトちゃんたちと行ってくだせえ」

「あぁ!? バカ、ヒーラーなしでどうするつもりでぇ!」

「本隊にヒーラー不在の方がまずいでしょ。俺たちぁ、ホラ、へへ……。攻撃は最大の防御ってやつで」

「おめーら……」


 仲間たちの照れくさそうな笑みを見て、モズクも覚悟を決めた顔になった。


「一体でも多く道連れにしてやれ! 次の会報にはヤツらの素材を山ほど並べんぞ!」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 怒号を放ちながら、怒涛の勢いで前方へと突撃。返される怪物どもの咆哮と混じり、大剣クラスタはその影ともども一つに溶け合った。


 その隙に本隊は脇を通り抜ける。

 遮るものはもうほとんどない。


 約束の場所まで――あと少し!

ファンは最後のユニットメンバーだって、それ一番言われてるから。


※お知らせ

諸事情により、次回投稿は五日後の12月11日を予定しています。若干日にちがずれるかもしれませんが、投稿の際は活動報告とXでお知らせしますので、そちらをご確認ください。

このところ飛び飛びの投稿になってしまいましたが、今エピソードも最終盤なのでどうぞ最後までお付き合いください。それではまたお会いしましょう!


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