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案件109:消えた少女

「アビス!?」

「千夜子!」


 千夜子の驚いた顔は、盛大なジャンプで飛びついたアビスの体によってあっという間に覆い隠された。


「大丈夫だった? どこかコゲたりしてないわよね?」

「う、うん。大丈夫……」


 ぺたぺた体を触ってくるアビスに、恥ずかしそうに視線を落としながら答える千夜子。それを見てぽかんとするステラに、イトは「アビスはチョコちゃんにデレデレなんです」と手短な人物紹介をする。


「わあ……何よこれ。どっかの決戦場?」


 そこに新たな声が流れ込んでくる。大人びているようで少しおどけた呆れ声は、見知らぬ相手のものではない。

 ドラゴンの断末魔の炎によって立ち上った煙の壁から、二つの人影が滲み出てくる。

 そのお相手は――。


「黒百合さんに、ノアちゃん!?」

「バスターソーコたちホントにいるの!?」

「アビスの言う通りだったわ」


 思わぬ人物との遭遇だったが、姿を見せた黒百合とノアの方こそ驚いた顔をしていた。


「街にモンスターが来て、慌てて避難先を探してる時に、いきなりアビスが“千夜子の匂いがする”って走り出したのよ。まさかホントにいるとは思わないじゃない。何なの? チョコちゃんフェロモン垂れ流しなの? 垂れ流しだったわ」


 という黒百合の言い分を聞くに、どうやら本当にアビスは千夜子の危機を察知して駆けつけたものらしい。可愛い女の子のピンチに都合よく現れるなんて、まるで主人公みたいなムーブをッ……! けれどもおかげで全員が助かった。


「あら、あなた……。リボンが曲がっていてよ」


 無事を確認し終えたアビスが突然、千夜子の首元のリボンをきゅっと締め直す。上品でハイソな仕草に、千夜子が面食らいつつも顔を赤らめるのがわかる。


「な、あれは……!?」


 見たことのない流麗な動きにイトは震えた。


「フフ……早速教えた技を実戦投入しているわね」


 得意げにほくそ笑む黒百合。

 アビスの今の行動と、彼女がここで黒百合たちと一緒に現れた理由は密接に繋がっていた。彼女は今日、黒百合が開催する『教えて黒百合先生!~ガーデンリリー奥義伝承会~』という勉強会に参加していたのだ。


 イトたちも後学と配信のネタとしてご一緒しようと思ったのだが、「それじゃわたしがリードできないでしょ!」とアビスに押し返されていた。彼女はそこで会得した奥義を早くも使ってきたというわけだ。


「ワイルドリリーのバスターソーコと違って、あの子には上に立つ者としての風格があるわ。これはさらなる高み、クイーンリリーも目指せるかもしれない」

「ヌウウ……!」


 クイーンリリー。それは恐らく王族と下々の者たちの間に咲く花に違いない。お姫様とメイド、女王様と女騎士……! 確かに自分にはそんな配役は無理だ。どうしたって庶民風が吹き荒れる。その点アビスは秘密結社〈ルナ・エクリプサー〉の頭領でもある。カリスマ性は十分ということ……。


「って、今はそんな勉強している場合じゃなかったです!」


 イトは我に返ってクランの母屋に視線を走らせる。


「急いでホームの中に避難しないと! 何だかこのステラちゃんが狙われてるみたいなんです!」

「バスターソーコはまた新しい女の子を捕まえたのね」

「イトっていつもそう」

「わたしへの非難じゃなくてホームへ避難するの! 他のモンスターが降りてくる前に!」


 言っているそばから、次々に庭園に舞い降りてくるモンスターたち。さっきのドラゴンほどではないが、どれも強そうな見た目のやつばかりだ。


「フッ、それならわたしに任せて。大事な千夜子には指一本触れさせない」

「わたしもガードにつく。先生は後ろにいてください」


 アビスとノアの白髪褐色コンビがズンと前に出てにらみを利かせる。

 この二人の装備は人魔両対応。加えて技量も一線級だ。イトも後列につき、強行突破の布陣は完成した。


「いくわよみんな、突撃ぃー!」


 アビスの吶喊の声に合わせて一丸となって出撃。

 たちまち押し寄せる小型モンスター群を、バスターアックスソードと脇差が力で叩き伏せていく。


「すごい数ですわ! セツナさん、わたくしの手をしっかり握って。離さないで!」

「みんな、隣の人のことをよく見ておいて! 脱落者ナシでいくわよ!」


 非戦闘組もお互いに励まし合いながら進む中、黒百合が周囲を見やる。


「その女の子が狙われてるってのは本当みたいね。けどイト、その子って……!」

「詳しい話は安全な場所で!」


 モンスターの猛攻はとどまるところを知らない。ついに見つけた仇とばかりに襲いかかってくる。しかしアビスとノアはまったく臆せずじりじりと前進を続け、尖塔の出入り口まであと少し――。


 ガアアアアアアオ!!


「どいて」


 最後の最後、扉の前に立ちふさがった小型の翼竜を、ノアが速攻の一刀で叩き伏せる。


「今! 駆け込んで!」


 わっ、とイトたちは扉の中に雪崩れ込んだ。

 最後に滑り込んだノアを確認後、アビスが急いでドアを閉めると、タッチの差で突っ込んできた大型昆虫モンスターがビタリとガラス戸にへばりついた。人の顔に見える奇怪な腹がびくびくと悔しげにうごめくも、破られることはない。


 ここはもう安全地帯だ。


「ぜ、全員無事ですよね!?」


 イトは急いで周囲を見回した。

 みんないる。いるはず。視界に映っているのは目に馴染むいつものメンバー。加えてマツノさん。それから、それから……。


「え……ステラちゃん……?」


 イトは喉が根元から凍りついていくのを感じた。

 星の色をした髪を持ち、稀代のコスチュームに身を包んだ少女が見当たらない。


「まさか、ウソですよね! 外に取り残されて!?」

「そんなはずないわ。確かにあの子の背中を押し込んだもの!」


 アビスがすぐに言い返し、食いつくようにしてガラス扉から外を確かめる。

 空中庭園はウソみたいに静まり返っていた。あれほど飛び交っていたモンスターの影も形もない。そして、一人置き去りにされ無惨にダウンした少女の姿も……ない。


「えっ、じゃあステラちゃんはどこに……」


 そうつぶやいて彼女がいない景色をもう一回りさせたイトの目に、青ざめた顔のキリンが留まった。


「キリちゃん?」

「イトさん……わたくし、見ましたわ」

「な、何を?」

「ステラさんはわたくしの前にいたんです。それが、ホームに入った瞬間、すうっと消えていって……」

「なあんだ、ログアウトしちゃったってこと?」


 黒百合ががっかりしたように言うと、キリンはツインドリルをぶんぶん振って、


「違いますわ! もっとスーッと、透き通っていくみたいに! あんなログアウトの仕方はありませんわ!」


 彼女はそれこそ幽霊でも見たみたいに血の気を失くしていた。

 幽霊……。こんな科学力の結晶であるゲームの中でと思いたいところだが、イトはそれをすぐには否定できなかった。ステラはどこで目覚めたか。それを真っ先に思い出してしまって。


「何かデバイスの問題でログアウトしてしまったのかもしれないわね。何も言わずに落ちるような子に

は見えなかったわ」


 マツノがフォローを入れる。確かに、トラブルなら普通のログアウトの様子と違ってもおかしくはない。それを聞いてキリンも少し落ち着きを取り戻した。


 しかしイトは、逆に困惑を強めていた。

 ログアウト。彼女はログアウトしたのか。ではその後はどうなったのだろう?


「それでイト。彼女は誰だったの? あの子、〈タペストリー・オブ・ステラーパピヨン〉着てなかった?」


 特大の一難をくぐり抜け、全員がひとまずの安堵の中。

 膝の上で猫みたいにのびーるノアを撫でながら、黒百合が聞いてくる。


 本人も不在だ。この際だからイトはこれまでのことを、無粋な推測も併せて全部打ち明けてみた。


「記憶喪失の……アイドル……?」

「あなたたちがステラーパピヨンを調べていたのは、そのためだったのね」


 黒百合とマツノが顔を見合わせ、棺から現れたと聞いてまた震えだしたキリンをセツナが優しくなだめる。アビスは烙奈を呼んで二人で何かを話し合っていた。


「正直、ステラちゃんがどういう存在なのか全然わかんないんです。ゲームにちゃんとログインしてる人が記憶喪失なんて変ですし、でもNPCとも思えないですし。今もログアウトして消えたみたいだし……」

「ま、ユニークイベントだったとして、ガイド役のキャラクターに“あなたはNPCですか”なんてダサい質問したら、永遠に笑い者だしね。TRPGだったら卓から蹴り出されるわ」


 黒百合が納得したようにうなずくと、同調した様子でマツノも口を開く。


「それに、まわりを巻き込んで悪戯をするような子には見えなかったわ。何よりそんなプレイが必要ないほど彼女は際立っていた……」

「ええ。あの状況だったからじっくり見てる余裕なかったけど、わたしのセンサーにはビンビンに反応してたわ。この子絶対に“やる”って」


 ベテラン勢たちの訝しげな態度に、逆にイトはほっとした気になった。

 彼女たちからしてもこれは奇妙な事態。そして少なくともステラは何かを偽っているのではない。だったら今は、不可思議な部分はすっ飛ばしてしまえばいい。


「だから、今やるべきはステラちゃんの過去を明らかにすることだと思うんです。そこから全部始まる気がして。スキルと持ち物からしてどうも古いシーズンのアイドルみたいなんですが……黒百合さんはどこかで聞いたことありませんか。ステラちゃんのこと」

「ううん……ないわ」


 腕組みをして子どもっぽく口をへの字に曲げつつ、黒百合は答えた。


「ステラーパピヨンを着こなす不思議な髪の色のアイドル。そんな怪物みたいな子がいたら話だけでも一生忘れない自信がある。少なくともわたしが現役でやってた頃にそんな話は一度もなかった」

「考えてみたんだけれど、ステラさんはやっぱり他の地区のアイドルなんじゃないかしら」


 と、これを発言したのはマツノ。


「彼女がこの地区のプレイヤーなら、わたしが知らないはずがないから」

「マツノさんが言うならそうでしょうね」


 相槌を打つ黒百合。その信頼の仕方にイトは少し驚き、


「あの、黒百合さんとマツノさんはお知り合いなんですか……?」

「ええ、そうよ」


 あっさりとした黒百合の返答に一同目を丸くする。


「マツノさんはわたしがヒノキの棒きれ振り回してる頃からここのクランの管財人やってるから。コスチューム絡みの話じゃ誰にも引けを取らないし、わたしもだいぶ勉強させていただいたわ」

「ええっ……。ヒラのクラン員だって言ってたのに」


 イトが恐縮した目を向けるとマツノは柔和に微笑み、


「ええ、初ログイン以来ずっと無役よ」

「役職がないだけで大ババ様でしょ、マツノさんは……。クラン創立以来、コスの返却が遅れた人がいないのはマツノさんのしつけのおかげって」

「みんなお行儀のいい子だっただけよ、黒百合ちゃん」


 彼女はすっとぼけた様子で片目をつぶってみせた。やはりただ者ではなかった。リアルでは何かの家元とかそういう人なのかもしれない。多重残像とか出すし。


「まあ、それはそれとして。よその地区の旧シーズンの話となると、相当縁遠い話になるわね」


 黒百合がため息をつきながら話を戻す。


「今でこそ他の地区の情報もちょこちょこ入ってくるけど、以前はゲーム内……もっと言えば地区内で話題が完結してたの。どれほどスカグフが人気のゲームでも、そのノリを外に持ち出すのはちょっと……って風潮があったのよね。特に、地区で有名なアイドルなんてローカルもいいところだから……」


 考えてみれば、今だって地区をまたいで有名なアイドルなんて六花と葵くらいだ。昔はアイドル職と芸能事務所が提携していなかったそうだし、より内向きな話題だっただろう。


「それがもっとオープンになったのは、皮肉だけどシーズン4の情報戦がきっかけ。あいつら世間体そっちのけでバトルと情報収集に血道を上げてたから。それからプレイヤー層もごっそり入れ替わって、文化が変化した。だからステラーパピヨンが現役だった頃の話題なんて、直にその地区を訪ねないととてもじゃないけど掘れない」


 イトはうめいた。さすがにそれはハードルが高すぎる。地区の移転にはリアルマネーがかかってしまうのだ。さらに、右も左もわからない新地区。情報を集めるのはもっと大変だろう。

 では、ステラの記憶についてはこれ以上探れないのだろうか……。


「あっ、そういえばオーロラ……」

「オーロラ?」

「はい。ステラちゃんが“オーロラ、どこ?”って言って、泣き出したことがあったんです。でも本人は自分がそう言ったこと自体覚えてないみたいで。どこかの場所なのか何かの名前なのかもわかりません。心当たりありませんか」

「ふうん。オーロラね……」


 黒百合は噛みしめるように繰り返した。


「オーロラが見られるグレイブっていくつかあるけど、そこと関係あるかしら」

「調べてみる価値はあるかもしれません。どこですか?」

「ええとね……。ああ、ていうか、今グレイブの巡回周期ってアホほど乱れてるじゃないの。ん……?」


 不意に、ぴたりと言葉を止める黒百合。


「どうしました?」

「あー……何かどうでもよさそうなことがふっと浮かんだ気がするけど、かなりどうでもよかったらしくてすぐ逃げてったわ」

「どんな些細なことでもいいので、思い出したら教えてください」


 その時、軽い通知音が鳴る。その場の何人かがメニューを開くも、イト自身からだった。メールフォーラムに新着マークが点灯している。


 もしかしてステラちゃんから――と根拠なく思ってアクセスしてみれば、それほどハズレでもない。彼女の調査を頼んでいたケンザキ社長からだ。メールのタイトルは。


『人がいないところで開けてほしい』


「ええ……。何ですかこの不穏な題名は」


 しかしこの場にいるのは信用できる人ばかりだ。イトは構わず開いた。

 本文は短く、


『情報を整理しきれていないので、本人に直接伝えるのはまだ避けたい。誰か代表してうちに来てくれるとありがたい』


 とのこと。どうやらこの短時間で探り当ててくれたらしい。さすがはマスコミだ。この表題も、調査された当人であるステラを(おもんぱか)ってか。ちょうどいいのか悪いのか、彼女はこの場にはいない。


「ちょっとケンザキ社長のところに行ってみます。何かわかったみたいなので」

「有益な話が聞けたら、是非わたしたちにも教えてちょうだい」


 黒百合にうなずき、歩き出そうとして、イトは振り返った。


「黒百合さん。わたしたち、またステラちゃんに会えますよね……?」


 突然現れた相手が突然消えてしまったのだ。再会の約束なんてしてないし、保証もない。しかし黒百合は大人びた余裕の笑みを浮かべ、言い聞かせるように告げた。


「大丈夫でしょ。あなたが捕まえた子が、そう簡単に遠くにはいかないわ」


 根拠はなさそうだったけど、何だか前向きになれた。イトはお礼を言い、ケンザキ社長の待つタウン7へと向かった。


 ※


 デスクが見えなくなるほど同時展開しまくったモニターを前に、ケンザキは頭を抱えていた。いずれの画面にも手に入ったばかりの資料が映る。しかしそのどれもが、今向き合っている事態とは真逆の内容を示している。


「イト君、君たちは一体誰といるんだ?」


 わざわざAIが生成してくれた脂汗をぬるりと手で拭って、ため息と共に背もたれに倒れ込む。


「その子は、もうこの世界には存在しないはずの女の子だぞ……」


次回の冒頭で社長が行方不明になってそう。

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