案件108:セントラル襲撃
「歴代のステラーパピヨンの所有者については、もっとわからないだろうか。その女性以外に着用した話とか」
烙奈のした問いかけは、イトが考えていることとぴったり同じだった。着るだけでこれほど話題になるなら、それを着こなしているステラの話が残っていないはずがない。
しかし、マツノは残念そうに首を横に振る。
「かなりの人の手を渡っただろうから、すべてまではね。それにこの地区でステラーパピヨンのことを調べるには、大きな二つの壁があるから」
「二つの壁?」とイトたちは首を傾げた。
「一つは、この十七地区が実装されたのがシーズン3からだということ。ステラーパピヨンが配信された時、ここはまだなかったの」
『あっ……!?』
それを聞いて全員が唖然とした。
つまり、十七地区オリジナルのステラーパピヨンは存在しないということだ。仮に今どこかに存在したとしても、それはよそから持ち込まれたもの。ステラーパピヨンにまつわる逸話も、遠い地の出来事なのだと皆が理解してしまう。
「それからもう一つ。シーズン4。戦争の季節」
「あー……」
それぞれの口から嘆息が漏れる。スカグフの歴史を前後に切り分ける際には、何かと出てくるこの単語。
「あれを機に多くのプレイヤーが、様々な資産を抱えたまま引退してしまったわ。PK不可のセントラルですら、運営のやり方に疑問を抱いて抜けていってしまった人が大勢いる。そうした中で、ステラーパピヨンにまつわる数々の伝聞も途切れてしまったの」
断絶。大規模PVPコンテンツの実装が、それまで受け継がれてきた歴史を焼き払ってしまった。
スカグフの歴史は公開されているデータベースばかりが語るものではない。個人の経験、クランの共有資料。その人たちが消えてしまったら永遠に失われる伝説が山ほどある。
このゲームの歴史は人が作っている。後から動画や配信で確認できる内容は、氷山の一角にすぎないのだ。
「シーズン4開始当初は、新たなコンテンツを歓迎する向きもあったのだけどね」とマツノは古きを振り返るように話す。
「勝利者への報酬がアイテムから土地へとだんだん大きくなっていくにつれて、コンテンツもプレイヤーも先鋭化していった。そしてとうとう彼らを呼び寄せてしまったの。それまでどこに潜んでいたかもわからない、本物の戦士のようなプレイヤーたちを」
そこまで伝えて、マツノははたと顔を上げた。
「いけない。つい話が脱線してしまったわ。この歳になると人と話すのが楽しくてね。ステラーパピヨンについての細かい情報はここにあるだけ書かれているから、どうぞ見ていって」
「ありがとうございます」
イトたちは感謝を述べて、テキストボックス前に集まった。
ステラーパピヨンは十七地区にはない。そして、外の地区から持ち込まれたわずかな情報もシーズン4で細切れにされてしまった。
しかし断片的な資料であっても、ステラが見れば何か思い出せるかもしれない。
一縷の望みを託し、テキストと向き合う。
そこに書かれているのは、確かに一コスチュームにまつわる逸話とは思えないものばかりだった。
曰く、ステラーパピヨンをエサに複数の大規模クランを争わせ、共倒れさせた。
曰く、ワイトたちが多額のリアルマネーすら投入して奪い合った。
曰く、ふざけてゴミ箱に破棄すると宣言したプレイヤーが大炎上し、二度とログインできないほど徹底的にPKされた……。
「これってホントに、わたしのコスチュームの話なの?」
「どれも信じられないものばかりですね……」
「いやっ、イトちゃん。コスはね、人を狂わせるよ。わたしにはわかる……」
「何があった千夜子……」
しかしそのどこにも、ステラーパピヨンを着こなした少女の話は出てこない。最大級の伝説だけが、ない。
「ステラちゃん、色々書いてありますけど何か思い出しませんか」
「ごめん……。全然……」
情報はいずれも旧シーズンのものばかりだ。時期的に近い話題なら何か刺激になるかとも思ったが……ダメか。
イトが胸の内にため息を落とした、その時だった。
突然、ドン、と足元を揺らす衝撃が走った。
木々の枝葉が騒然と擦れ、驟雨の音を奏でる。
「な、何ですの!?」
キリンとセツナが思わず手を取り合う中、「あっちだ」と烙奈が鋭く視線を走らせる。
ホームから北の方角。雪景色のようなセントラルの街並みに煙が立ち上っている。
「ば、爆発……!? えっ、なにあれっ!?」
千夜子の叫びは、すぐに引きつった悲鳴に変わった。
白亜の尖塔群に群がる無数の影がある。
「あれは……モンスターです!」
それは大小様々な異形の軍勢だった。
膨れる火球に、巻き起こる爆発。風に乗って流れてくる悲鳴と剣戟の音が、すでに戦闘が始まっていることを物語る。
「まさか……セントラルがモンスターに襲撃されるなんて聞いたことがないわ」
マツノの驚愕は、その場の全員にすぐに伝わった。
スカグフの町拠点はプレイヤーの聖域というわけではない。しかしモンスターが迷い込むことは稀で、こんな大規模な襲撃となるとアウトランドでも滅多に起こるものではない。
豪、と暴風が頭上を駆け抜け、イトたちを縮こまらせた。
空中庭園をかすめて飛び過ぎたのは、大鷲のモンスターだ。
「“ゴアグリフォン”! いけない。みんな、こっちに避難して」
マツノはすぐに、近くにあった休憩用の東屋へとイトたちを退避させた。
扉はないが屋根と壁があり、ここなら身を隠せる。
「ホ、ホームにいれば安全なはずだよね」
千夜子が不安そうに周囲にたずねるも、マツノは首を横に振り、
「残念だけど、ここはホームの外という判定なの。そしてセントラルはPK不可だけど、モンスターからのダメージは受ける……」
「いわゆるピンチってことですか……!」
イトは唇を噛んだ。
まさかこのタイミングでこんな事件が起こるなんて。
ここにいるのは皆アイドル職。PVPならまだしもPVEは基本NGだ。ましてやあんな強そうなモンスターたちが相手では、一撃でやられてしまう。
「どうしてモンスターが街に……?」
テーブル下に隠れるセツナに、肩を寄せ合うキリンが応じている。
「わかりませんわ。ただお兄様が、最近グレイブから振り落とされたモンスターが増えてるという話をしていたような……」
シンカーたちは臨時の復刻イベント祭りだと喜んでいたが、思わぬ弊害だ。ステラーパピヨンについて調べに来ただけなのにとんだハプニング。
「けれど隠れていればそうそう見つからないはず。自治クランがすぐにモンスターを倒してくれるはずよ」
マツノが勇気づけてくれる通りだった。セントラルはPKを知らない軟弱プレイヤーの集まりなどではなく、リアルマネーも惜しまず投入するベテラン戦士たちの巣窟なのだ。
奇襲の混乱が収まればすぐに反撃に転じてくれるはず。
しかしそれを待つ間にも、庭園を横切る影はどんどん増えていった。
「ね、ねえ、気のせいかな。何かここに来るモンスター多いような……?」
不安そうに言うステラの懸念は、間違いではなかった。
より狂暴な、というかガチでヤバそうなシルエットが、東屋の上を轟々と行き交っている。
何かがおかしい。
「イト、あれを見ろ!」
外の様子をうかがっていた烙奈が声を張った。
彼女が示す先、尖塔の外壁に張りついているのは、以前も見かけたヒトデの怪物だった。
「あっ、あいつはっ……!」
「こっちをガン見している。まさか……ヤツが呼び寄せているのか……!?」
展望台でステラを見つめていたモンスターだ。あれ以来姿を見せないから安心していたが、まさかここで再び現れるなんて。
グオオオオ……!
空から轟雷に似た咆哮が降り注ぎ、続いて地響きがイトたちの足を襲った。
庭園の瀟洒なオブジェを踏み潰して現れたのは、一匹の巨大な竜。
丸みを帯びたフォルムが少しユーモラスだったが、口の端からはみ出ている炎が、それを浴びる側にとてつもない恐怖を呼び覚ます。
「ぬ、ぬわ、こっちに向かって来ます」
「どうしようどうしよう」
このままでは建物の中に直接火を噴き込まれる。テーブルごときでは防げない。全滅の危機!
「わ、わかりました。ここはわたしが打って出ますから、その隙にみんなはホームの中に避難を」
イトはガローラを実体化させる。対人用ではあるがこのバカ力カスタムなら無理矢理モンスターとも渡り合える。メンバーの中では唯一勝機がある人選だ。しかしそれを止めたのはマツノだった。
「待って。お客様にそんなことさせられないわ。わたしが囮になるから、イトさんたちは塔の中に逃げて」
「いや、いくらあの残像でも、広範囲に火を吐かれたら逃げられませんよ……!」
「だとしても……」
そんな言い合いをしている間に。
東屋に近づいていたドラゴンが大きくのけぞり、腹を大きく膨らませた。口の端から猛烈な勢いの炎が漏れてきている。
盛大に吐き出すつもりだ。まずい!
イトたちが思わずお互いをかばい合うように抱き合った直後――。
「は?」
その澄んだ声は、確かに全員の耳に届いた。
「誰に断ってその子に手を出そうとしてるわけ?」
ズドン!!!!!
高空から降ってきた何かが、ドラゴンの長い顎を上から叩き伏せる。
地面に押し潰された拍子に竜の口の両端から業火が噴き出し、庭園を横に焼き払いながら去っていった。
竜の口の真正面にあった東屋は、無傷。
「た、助かった……?」
イトは恐る恐る外を見た。
すでに息絶えているドラゴンの頭の上で、黒いウェディングドレスの裾が一輪の高貴な花のように翻る。
ぶんと一振りされたヒュベリオンを細い肩の上に乗せ、
「千夜子の握手会ならまずわたしの後ろに並ぶところからでしょ」
“ダーククイーン”アビスは艶然とその微笑みをこちらに向けてみせた。
好きな子のピンチに颯爽と現れるムーブは絶対にイエス!




