案件104:星の天使、ふたり
「そうだ、出かける前に呼び方を決めておきましょう」
いざ出陣とホームの玄関まで来たところで、イトはそう提案する。
「あ、そうだね。名前が呼べないままじゃ不便だもんね」
「会場で万が一はぐれた場合を考えると、その方がいい」
仲間の賛同を受けて少女の方を見やると、「可愛い名前がいいなぁ」とすでに乗り気な彼女の笑顔があった。
「フフ……もちろんです。さっき閃いたんですよ、あなたにぴったりの名前を!」
そこに、「ちょ、ちょっと待って」と慌てた様子の千夜子の声が割り込む。
「イトちゃん、ちゃんとした名前にしてあげてね。こんな可愛い子なんだから……」
「どういう意味ですかチョコちゃん!? わたしが普段から変な名前つけてるみたいな! 大丈夫ですよ。大船に乗った気でいてください!」
「エンジェルキャスコとかじゃダメだからね?」
「…………」
大船、エンジン停止。
「イトちゃん?」
「イト?」
沈黙したイトに、千夜子はおろか少女からも重みのある視線が向けられる。
「も、もちろん、そんな単純な名前なわけないじゃないですかぁ。わたしはアイドルですよ、流行最先端のぉ……。つまりわたしが言いたかったのは……ええっとお……だからぁ……そう……そう、ステラ! ステラちゃんでどうです!?」
「! 可愛い……」
先ほどまでの少女の表情が一転、ぱあっと明るく輝く。
「なるほど。ステラーパピヨンからか。イトにしては良いネーミングだな」
「よかった。ちゃんと人の名前で……」
「何だかメンバーからの反応がひどいんですが……」
ともあれ、少女――ステラの嬉しそうな顔を見ればこの呼び名で決まりだった。
ステラ。星という意味だ。
一番のオススメネームをなぜか千夜子に封じられてしまい、咄嗟にひねり出した名前だが、改めて考えれば彼女にぴったりな名前だった。
彼女の蒼とも碧ともつかない独特で美しい色のロングヘアは、まるで星に広がる海や空の色と同じに見えた。星の美しさを丸ごと持った少女。だからステラ。
「あっと、それから……」
イトはふと思い立ってボールカメラを取り出す。
「一枚撮らせてもらっていいですか? 人探しが多分すごく得意な人を知っているので、その人に見てもらおうかと……」
「うん。いいよ」
うなずいたステラは、少し緊張した様子で姿勢を正す。イトはそれを数秒見つめ、
「……やっぱりわたしも一緒に写っていいですかね?」
「えっ、うん」
「ありがとうございます!」
イトはボールカメラを宙に浮かべ、自身はシュババとステラのすぐ横に並んだ。
こんな美少女を証明写真みたいに一人寂しく写らせるなんてもったいなすぎる。どうせなら後で見返した時に楽しい気分になれるものでなければ。これは決して、親密さをアップさせるための卑劣な策ではない。
『…………』
すると、なぜか千夜子と烙奈も無言でフレーム内に割り込んできた。
カシャッ。シャッター音と共にカメラの横に表示された画像には、見事に可愛いポーズを決める四人が映されていた。
「えへへ……何かポーズ取っちゃった」
ステラが照れくさそうに笑う。
「素晴らしい……。それはあなたがアイドルである何よりの証拠です」
イトはニヤニヤとSSを見返しながら、それを〈ペン&ソード〉のケンザキ社長へ送るようスパチャにお願いした。裏技みたいでちょっとずるい気もするが、多分これでさらなる情報が判明するはずだ。
「それじゃあ、改めてライズ会場に出発です!」
撮影も上手くいって上機嫌な中、四人はホームを発つ。
この時、ライズ会場であんな悲劇が起こるなんて、イトも、他の少女たちも、まだ誰一人として想像していなかったのだった。
※
行き先の空墓は、ステラの棺があった場所にちなんで〈泡沫の聖母〉にした。
これも記憶復活の一助となればと思い、奮発してエンジェルゴンドラで接近。さすがにこんな豪奢で繊細なドレスを着たアイドルが、地面に垂らした鎖をオンドリャアアアと登っていた過去はなかっただろう。
そうしてライズ会場に入ると、かつてない熱気がイトたちの前髪をなぶった。
現在、十七地区ではスカイグレイブが普段の数倍というハイペースで飛来しては去っていっている。実質、数日限定の復刻グレイブ。そこに未告知という現代ゲームにあるまじきシークレット要素が加わって、とてつもない量のプレイヤーが押し寄せてきているのだ。
「わぁ……すごい人……」
ステラが愛くるしい口を開けながら、目の前の感想を吐露する。
浮遊岩塊の外側に降り立ったそばからお祭り騒ぎ。交流サイトで「来るなよ絶対来るなよ」とプレイヤー同士で牽制していた理由がよくわかる。
「これはライズ会場まで行くのも一苦労ですね……。ステラちゃん、迷子になると大変ですからしっかりと手を繋いでおきましょう」
「うん、ありがとうイト」
きゅっ。
「ほああああ……手から可愛い成分が染み込んでくるぅぅ……」
「イトちゃん?<〇><〇>」
「千夜子、さすがに大目に見てやれ。ここではぐれたら厄介だぞ」
人気ダンジョンに挑むだけあって、誰もかれもが皆、フルガチ装備。重装備となれば当然図体も大きくなり、小柄なステラではあっという間にその中に埋もれてしまう。よってイトたちは人混みを迂回するルートでライズ会場を目指した。
グレイブに今正に突入しようとする者、外に出て一休みしている者、ここぞばかりに自家製ポーションを売り歩く者、臨時のパーティメンバーやクランメンバーを募集する者……空墓周辺はいつにも増して騒々しい。
しかしそんな中でも、気づく人は気づく。
「おい、すげえ可愛い子がいるぞ……!?」
「一緒にいるのは〈ワンダーライズ〉だが、新メンバーなのか……?」
「すっごい綺麗なコス……。あんなの見たことないわ」
予想通りの目立ちように恥ずかしがり屋の千夜子が早速「や、やっぱりぃ……」と縮こまる一方で、ステラは平然と前を向いて歩いていた。周囲に無関心というより、ひどく慣れているという感じだ。
「新メンバーなんて話は聞いたことねえ。ひょっとして、どっかの国のリアルお姫様がゲームにログインしてんじゃねえのか……?」
「〈ヴァンダライズ〉が護衛についてるってことは、あり得るぜ」
「超大型案件じゃねえか、なに上手いことやってんだよ団長!」
……などと、なんか変な意見も聞こえてくるが、今のところ誰もが遠巻きに眺めるだけで、彼女の知り合いが飛び出して来る様子はない。
それでも、やはり注目度は群を抜いている。ダンジョン前と言えばある意味で装備のマウント合戦場だ。誰もがより強い装備、より練られた構成を見せつけてくる。しかしそんな場所において、彼女は現れた瞬間に勝利を収めたのだ。華やかさに特化したアイドルでさえ、そうそうできることではない。
と。そこまで考えたところで、イトは奇妙な風が自分の前髪を揺らしたことに気づいた。
「? 何でしょう?」
シンカーたちの熱気とも違う。場所はライズ会場入り口。すでにアイドルたちのライズステージがちらほら見えている。
ふと、近くで休憩しているシンカーたちの会話が聞こえた。
「六花ちゃん、今日もすげーな。なんつーか、迫力が違うよ迫力が」
「ああ。それに今日はセントラルの城ケ丘葵さんも来てんだぜ。グレイブ前でバチバチやってて、何か通り過ぎるだけで火傷しそうだよ」
……! 六花が来ている。それに葵も。これはとんでもない会場を引いてしまった。もちろん良い意味で。
ということは、この何か伝わってきている波のようなものは、二人のライズが生み出しているエネルギーか何かなのだろうか……?
そう思えてしまうほど、六花は今ノリにノッていた。今まででも十分ノリノリだったのにこれ以上何に乗るんだよ言われそうだが、それほど絶好調だった。
交流サイト曰く――ぞっとするほどの可愛さ。
これまで明るく快活な笑顔を振りまいていた彼女が、時折見せる妖艶な表情。ダンスのキレはさらに上がり、指先から何かが滴るほど内面が充実していると、リアル世界のアイドル雑誌でも絶賛されているほどだ。
六花がそんな風になったのは〈HB2M〉がきっかけだ、とゲーム内では広く知れ渡っていた。競技中に彼女が見せた異様な活躍。あれで何かのイメージを掴んだのだと。
それは一皮剥けたなんて生ぬるいものではなく。彼女は今、天高く舞い上がり、白く輝く雲海の上で一人踊っていた。他に誰もいない、誰も到達していない空で天使のようにきらめく。それが今のスーパーモードの月折六花。
その様子を配信で見た時、イトはあることに気づいた。
ファンの間で噂の、愛らしくも妖しい表情。最近見せるようになったというそれを、イトは多分、誰よりも早く、間近で目撃した。そう……〈HB2M〉の後で、二人で一緒にウエディングドレスを着て撮影会をした時だ。
写真には収まっていなかったけれど、二人きりの時、彼女はそんな顔を何度もして……。
「…………」
「イト。どうしたの? 顔、赤いよ」
「はっ!? な、何でもないんですよ。あははは……」
ステラに呼びかけられ、イトは慌ててごまかし笑いを浮かべた。
と。
ドドドドド……。
「ん?」
「何だ?」
何やら地響きのようなものが聞こえ、イトたちは足を止めて前方を注視した。
土煙を立てながら何かがこちらに迫って来ている、ように見える。六花と葵のライズ対決に感極まったファンたちが暴走でもしているのかと思ったが、そうではないらしい。
「! やはりやって来たか……!」
「こ、こっちからはまだ何も見えてないのに……」
何かを覚悟した態度の烙奈と千夜子に、イトが真意をたずねようとした、その直後。
見えないパワーフィールドで人垣を押しのけ、一人の美少女が稲妻のように現れた。
それは――。
「わっ! 六花ちゃん!?」
「イ、イトちゃん……」
月折六花。第十七地区及び、このゲーム最高のアイドル。
さっきまでグレイブ前で絶好調のライズをしていたはずの彼女はしかし、息を荒くし、顔を強張らせ、膝を小さく震わせていた。
「イトちゃん。そっ、そ、その子は……?」
そうして指さす先にいるのは、イトと手を繋ぐステラ。
この地にて、昼なお輝く二つの星が、今出会う。
まずい、惑星直列だ!
六 糸 ス
三三六糸ス三三
終!!




