案件101:天使の棺
スカイグレイブ流星群とでも言うべきか。
現在、かつてない珍現象が十七地区の上空を覆っていた。
膨大な数の岩塊――前代未聞の量の空墓が、矢継ぎ早に飛来してきている。
通常、常設イベント的に居座る墓をのぞけば、だいたい二、三基のグレイブが一週間から二週間ほど滞留しているというのがこれまでのペースだったが、それがここ数日はほぼ日替わりで訪れては去っていくという異例の事態になっていた。
システム側によるイベントサイクルのバグではないかと交流サイトは賑わったが、公式からの発表は現状況の始まりから何日かたっても何もなし。
では単なるAIの気まぐれか? それならば乗るしかないと、人々はこの超短期の復刻ビッグウェーブに飛び込んでいった。そして一方で、これにひたすら振り回される界隈も存在したのだった。
「のおおおおおん! もうどこのライズ会場に行けばいいんですかあああああ!」
その界隈の中心と言っても最近は過言にならないアイドルユニット〈ワンダーライズ〉のホームにて、イトは頭を抱えて絶叫した。
ホーム備え付けのポータルに表示されているスカイグレイブは三種。
〈泡沫の聖母〉、〈空疎な遍歴学生〉、〈うなされる楽師〉。
これらは現在侵入可能な空墓で、いずれも再来までだいぶ時間がかかると予想されていた人気ダンジョンだ。それらが一気にぶっ込まれた結果、レアモンスターないしレアドロップを巡ってアウトランドでは熾烈な情報戦が繰り広げられていた。
すなわち交流サイトにて――。
『〈ウタハハ〉大混雑! レアモンスターとっくに涸れてもうだめぽぉ……』
『〈そなゴリ〉無事死亡、オレみたいになりたくなかったら絶対来るな!』
『〈うなされ〉完売!』
こんな具合に、どこの墓からも「こっち来んな」という意思表示がされており、できれば一番賑わっている場所でバフライズを開きたいアイドル職にとっては、正解がまったくわからない状態だ。
「別にどこでもいいのではないか? どれも人気なわけだし、それなりに人はおろう」
「で、でも、あんまり殺気立ってる人のところに行くのも怖いから、今こそ初心者用のグレイブに行くべきかも……」
仲間二人の意見はもっともだと思いつつも、イトとしてはここで一番重要な墓へと直行し、「さすが〈ワンダーライズ〉!」「わかってる!」「えらいっ」と褒められて鼻ターカダカしたかった。
ライズ会場での場所取りがアイドル同士の前哨戦であるように、墓選びもその実力を測る大事な儀式なのだ。グレイブに潜るシンカーたちは、何よりも“同類”であるアイドルを好む。つまりここは大事な好感度稼ぎ時……!
「三十秒で決めます。ちょっと待ってください!」
そう宣言し、イトは窓際に立った。
こうなったら最後の手段――雲の形で決める!
雲は人の心を映す鏡だという。だったら、今一番必要としている形を雲に見るに違いない。学校の通学路とか授業中でも、雲の一部が女の子に見えたりするし!
じっと空を見上げ、イトはふと気づいた。
「ん?」
タウン4の空模様がいつもと全然違う。
雲に混じって岩の破片が多数、東から西へと流れていっている。
「あっ、それね。〈泡沫の聖母〉の破片がここまで来てるらしいよ」
世情に詳しい千夜子がそう教えてくれた。
町の上にまで破片がかかる大空墓というのはかなり珍しい。〈泡沫の聖母〉もそこまで大きなグレイブではなかったはずだ。この突発的な大量飛来のせいで、それぞれの軌道が微妙にずれているのかもしれない。
しかし、そのせいで破片がチラチラ視界に入り雲占いがしにくい。「むむ……」とうなりつつ、イトがしつこく雲から何かの形を見出そうとしていると……。
「おや……?」
破片と破片の隙間に、陽光を反射する何かを見つけた。
シンカーの基本ツールである望遠鏡を取り出し、のぞきこむ。
真っ白い棺だ。
「……!! エンジェルキャスケットです! 追います!」
イトは大声で叫ぶと、急いでホームの玄関へと突進した。
慌てて仲間たちもついてくる。
「エンジェルキャスケットって、あの……!?」
片手にコスチュームカタログを持ったままの状態で、千夜子が聞いてくる。向かう先は町一番の高さを誇る時計台。それはもうみんなわかっている。
「そうです。ゲットできればまずレアもの間違いなしという、空飛ぶ宝箱!」
イトは興奮を鼻からシューと吹き出しながら応じた。
エンジェルキャスケット。グレイブからの贈り物。
通常、空墓のお宝というのはダンジョン内部に隠されている。しかし時々、それが外の岩の破片に混じって浮いていることがあった。
墓を荒らせば出てくる宝箱と違って、これらの発見は困難を極めた。何しろ、スカイグレイブは膨大な量の破片をつれて飛んでいるからだ。よほどの運がないと発見できない。
そしてこれにはほぼ例外なく、極めて貴重なアイテムが入っていた。
「恐らく、今回の変則軌道で破片の分布がずれて、外から目に見えるようになったのだな。でなければとっくに見つかっているはずの位置だ」
あるいは、こんな時期にじっと空を見つめていたことが功を奏したか。
ほどなくて、特に町のシンボルでもない時計塔へと到着する。他の利用者はおらず、イトはしめしめとほくそ笑んだ。
最上階へと向かうエレベーターを抜けると、吹きっ晒しの展望デッキに出る。安全面はろくに配慮されていないが、ゲームの中なので特に苦情もない。
ここに、エンジェルキャスケットをキャッチするためのロープ付きアンカーが設置されていた。これはどこの町にもある施設だ。使われることはマジで一生ないとも言われているが、少なくともタウン4のは今日ここで役目を果たすことになる。
「烙奈ちゃん、お願いします」
「任されよう」
メンバーの中ではもっとも射撃が上手い烙奈が、展望台デッキの端に備え付けられた発射台に着く。
照準で狙いを定め、発射!
ポンという敵意のまったくない発射音が響き、吸盤のついたアンカーが空高く舞い上がる。そうして見事に空飛ぶ棺に吸着。多分距離にして数キロは飛んでいったはずだが、ロープの長さどうなってんのとかは誰も聞かない。
「回せ回せ~!」
「お宝、お宝……!」
イトと千夜子は夢中になって発射台横のロープ巻き上げ機をグリグリ回した。
空墓軌道から標的がもぎ離され、こちらに引き寄せられてくる。
白く陽光を照り返す物体は、紛れもなく棺桶だ。しかしこれでいいのだ。スカイグレイブで重要な宝箱はどれも棺の形をしている。
「エンジェルキャスケットから出てきたレアアイテムを売って、一気に墓王並みの大金持ちになった人もいるらしいよ……」
「oh……」
千夜子からの言葉に、イトもゴクリと喉を鳴らす。
イトも緊張してきた。幸運というのは本当に不公平だ。不幸がいつか必ずやって来るのに対し、幸運は一度も出会えないこともある。そして今日は、ただ空を見ていたというだけでその権利を手に入れた。
棺が目の前に到着し、軽い木材の音を立てる。シミ一つない純白。表面の細工は細かく、この中にスカが入っている可能性は限りなく低く思えた。
「あ、開けるよ」
イトは棺のフタに手をかけた。
千夜子と烙奈も緊張した面持ちでうなずく。
中から溢れ出るのはレアドロの虹色か、マネーなゴールドの光か。心の準備も追いつかないまま、勢いでフタを一気に持ち上げる!
…………。
!?!?!?!?!?
「ひゃあああああああ!?」
「きゃあああああああ!?」
「わああああああああ!?」
中身を見て、一瞬の停滞。我に返った三人は直後、抱き合うようにして後ろに吹っ飛んでいた。
「なっ、な、なっ……!?」
完全に締めにきている千夜子と烙奈の腕に巻きつかれながら、イトは遠巻きに棺桶を凝視する。
そこには期待していたギンギラギンの輝きなどなかった。むしろ静謐な冷たさすら漂っている。
イトは仲間二人と白黒させる目を見合わせた。自分が見たものが真実でないことを祈るように。しかし誰のどの顔を見ても、その望みがかなわないことを告げている。
「…………」
三人でくっついたまま、そうっと棺に近づく。
やはり見間違いでは、ない。
「ウソ、でしょう……」
一人の少女が、棺に入っていた。
蝶の翅脈を思わせる精緻なラインの入った、グラデーションカラーのブルードレス。薄く繊細なショールに、ヴェールにも似た頭巾。顔立ちはあどけなくも、息を呑むほど整っていて、迂闊に触れただけでその完全なバランスが崩れてしまいそうだ。
そして何よりも異質にきらめくのが、腰の下まで届きそうな長く美しい髪。それは青とも緑ともつかない絶妙かつ幽玄な色合いを見せ、少女の神秘性を絶対的なものにしていた。
「ひ、人……ですか……?」
「ま、まさかこの人、し……」
イトと千夜子は声を上擦らせる。
そう。こんなにも綺麗なのに……少女の時は止まっていた。
お腹の上で組まれた、か細い指。周囲に敷き詰められた淡い色の花々。どことなく肌寒い空気。それらすべてが、彼女がすでに永遠の存在になってしまったことを想起させる。
永遠に変わらない者。すなわち死者だと。
「し、信じられん。いくら棺だからと言って……」
烙奈がうろたえ、イトと千夜子もそうだそうだと必死にうなずく。
こんな予定はまったくなかった。どうすればいいの、こんなの。
イェーイ、エンジェルキャスケットゲットォ~、中から女の子の遺体が出てきましたぁ~キャハ☆、なんてSNSに上げたら、一秒後に焦熱爆殺大炎上する未来が確実に待っている。
しかし、これをもう一度空に浮かべ直す方法もない。
一体、どうすれば……。
そんな、神経が凍るような膠着状態が五秒ほど続いて。
イトは、何か、音を聞いた気がした。
衣擦れよりももっと小さな、まるで閉じていた唇同士がふと離れたような、そんなかすかな音。次の瞬間――。
ドンッ! と少女の上半身が跳ねあがった!
「びゃおおおおおおおおお!!!」
「いやあああああああああ!!!」
イトと千夜子が絶叫し、突然現れた二体の折り鶴が無差別破壊光線をばら撒いた。レーザーは棺の両脇数センチを通過し、その後も気が狂ったように展望デッキを切り刻む。
「ち、千夜子落ち着け! 公共物がズタボロになる!」
「そ、そうです落ち着いてくださいチョコちゃん!」
烙奈に耳を塞がれ、イトの胸に抱きしめられて、千夜子はようやく破壊の使者二体を引っ込めた。
展望デッキの床や柱は、焼け焦げた線がいたずら書きのように縦横無尽に走っていた。しかしその中で白い棺だけは、まるで万物に対する聖域のように何事もなく無傷だった。
いまやはっきりとわかる。少女は、起きていた。つまり、生きていた。
少しまぶたを閉じているようにも思える優しげな垂れ目が、おぼつかない動きで周囲を探る。初めて感情の乗った唇は、戸惑いを表しているようでもあった。
イトはそれをただただ見つめるしかない。
まるでこの世のものとは思えないほど儚く美しい少女が、この世でしていることのすべてを。夢の中にいるような気分で。
ひとしきりあたりを確認した後、少女は可愛らしく首を傾げた。
「あらら?」
聞いた方が溶けてしまいそうなほど、甘い甘い声だった。
すごく真っ当なストーリーになる予感……! いけるか?
※お知らせ
くどいようですが、次回投稿は多分10月下旬になると思われます! また読みに来ていただけたら幸いです! 投稿の際はXと活動報告にてご連絡します!




