52 えげつない相手
一晩中語り合って、朝。
3人にはなんとか納得してもらった。チーム限定通信で毎日報告をしろとのことだ。少々面倒くさいが仕方ないだろう。
シルビアとエコには、俺がいない間に「一人でリンプトファート周回」の特訓をするよう命令した。とは言っても一人きりで潜るわけではなく、2人で潜って片方が戦い片方は後ろで見守るという形だ。
「些かエコには厳しいのではないか?」
シルビアがそんなことを言っていた。確かにエコは【盾術】と【回復魔術】しか使えない。道中の魔物一匹にさえかなりの時間がかかるだろう。
だが、答えは否だ。どちらかといえばシルビア、お前の方が厳しいぞ。
今回の特訓で二人はきっと前衛・後衛の大切さを思い知る。初心忘るべからず。俺が帰ってくるまでに成長してくれていると助かるな。
一方、ユカリについては休暇としておいた。
……が、あまりに突然やることが減りすぎても逆に困るだろうから、長期的な案件を一つだけ頼んでおいた。《解体》スキルが九段になり次第、能動的にコツコツやり始めることだろう。
と、そんなこんなで彼女たちとは暫しのお別れだ。
豪邸を出ていく際、門の前に大勢の使用人たちが整列していて、3人と一緒に俺を見送ってくれた。
俺は少しばかり照れくさくて、全員に「ありがとう」と伝えてからセブンステイオーを加速させる。
これから向かうのはペホの町。そこから港町クーラへと行って、船で海に出る。ほど近い場所にある小島に、甲等級ダンジョン『アイソロイス』は存在する。
道中ちょいとアシアスパルンダンジョンに用があるので、今日はペホの町で一泊する。翌日は一日中移動で、クーラでもう一泊。つまり、アイソロイスへ挑むのは明後日だ。
さて。
俺はこれから長い時間を共に戦ってくれる心強い相棒と情報を共有しようと、《精霊召喚》を準備してマナーモードで召喚した。
「(――馬上で召喚とは何事だ我がセカンドよ)」
精霊大王アンゴルモアは召喚されるやいなや念話で訴えてくる。
「(これからクソ強い敵とヤリ合いに行くから情報共有だ)」
「(何! それはまことか!)」
アンゴルモアのテンションが目に見えて上がった。若干分かってはいたが、こいつ結構な戦闘狂だよな。
「(どうどう。クソ強いと言ったがそれは間違いだった)」
「(なんだと?)」
「(えげつない強さだ。もう滅茶苦茶だ。初見で勝てる奴がいたら裸で土下座してやってもいいレベル)」
「(ほう! 我がセカンドにそこまで言わせる相手か! 血が滾るわ! フハハッ!)」
「(暗黒狼という敵だ。俺はこいつをテイムしたい)」
「(テイムだと! 然様な強敵を!)」
「(そうだ。半殺しにしてテイムして失敗したらまた振り出し。これを繰り返す)」
「(何たる勇猛。天晴れである。しかし、ぬうぅ……それは長い戦いになりそうだ)」
色々と話していたらペホに到着した。
宿をとって、アシアスパルンへと向かう。
「(何をしに向かう?)」
「(ゴブリンメイジの角を取りに行く。まあ、端的に言って“奥の手”の準備だな)」
「(……ほほう。抜かりないものだな)」
アンゴルモアは一体感で俺の考えていることを読み取ったのか、感心するように呟いた。
俺はサクッとゴブリンメイジの角を採取して、ペホの町へと帰る。
ついでにペホのポーション専門店でありったけの高級ポーションを買い占めた。ウン千万CLだった。既にインベントリには一生かかっても使い切れないくらいの量の高級ポーションがあったが、それでも買えるときに買っておいて損はしない。何故なら、これから嫌というほど消費することになるのだから。
翌日。
朝から港町クーラへ向けてセブンステイオーを走らせる。
かなり暇なこの時間を利用して、俺はメインの情報を共有するべく依然マナーモードのアンゴルモアへと話しかけた。
「(これから暗黒狼の基本情報を思い浮かべるから、一体感で読み取ってくれ)」
「(御意)」
よし、準備は良さそうだな。手始めに、まずは暗黒狼の基本的なスキルについて思い浮かべる。
《暗黒変身》:狼型から人型へ、人型から狼型へ変身する。変身所要時間8秒。
《暗黒転移》:自分自身を記録している場所へ瞬時に転移させる。ただし転移先は影でなければならない。
《暗黒召喚》:人型限定。自分以外の何かを記録している場所へ瞬時に転移させる。ただし転移先は影でなければならない。
《暗黒魔術》:人型限定。前方広範囲に「HP残量を強制的に1にする」暗闇の霧を放つ。準備時間3秒。
《暗黒咆撃》:狼型限定。前方に強力な遠距離攻撃。準備時間2秒。
《虚影》:発動時に受けた攻撃を無効化する。準備時間なし、発動時間3秒、クールタイム30秒。
※狼型時は物理攻撃一切無効、人型時は魔術攻撃一切無効。
「(な、なんだこれは!?)」
アンゴルモアが驚きの声をあげた。
何に驚いたのか、恐らくアレとアレだろう。
「(攻撃が一切無効!?)」
「(そうだ)」
「(体力を強制的に1にするだと!? 斯様に面妖な魔術があるのか!?)」
「(あるぞ。それもかなりの頻度で使ってくる)」
「(…………)」
さしもの精霊大王と言えども流石に絶句した。
「(無効はまあいい。恐ろしいのはその即死級の攻撃が“広範囲”ってことだ。更に恐ろしいのは、暗黒魔術の後にやたらと“手数の多い攻撃”を使ってくる)」
「(では……即座に回復すべきであるな。そのためにポーションを大量に買い込んでいたのか)」
「(いや、即座に回復はしない方がいい。安全を確保してから回復がベターだ)」
「(何故か)」
「(暗黒魔術の後は暗黒召喚か杖術攻撃だからだ。前者なら阻止優先、後者なら回避優先だ)」
「(待て。杖術だと? 聞いておらんぞ)」
「(これから思い浮かべる)」
暗黒狼のスキルは先ほどのものだけではないのだ。今度は“行動パターン”も含めて共有してやろう。俺が何百回何千回と死にながら学び積み重ねた暗黒狼の行動パターンだ。
①突進→②体当たりor爪or③噛み付きor④暗黒転移
③噛み付き→暗黒咆撃→暗黒転移→①突進or⑤暗黒変身へ
④暗黒転移→①突進or⑤暗黒変身へ
⑤暗黒変身→暗黒魔術→暗黒転移→⑥暗黒召喚へ
②体当たりor爪→攻撃成功なら暗黒転移→暗黒咆撃→①突進 /攻撃不成功なら暗黒転移→暗黒変身→⑥暗黒召喚へ
⑥暗黒召喚→影杖or黒炎之槍を手元に転移
影杖→ダウンするまで「杖術モード」(暗黒魔術と【杖術】攻撃を繰り返す)
黒炎之槍→ダウンするまで「最強モード」(暗黒転移と【槍術】攻撃を繰り返す)
ダウン後→暗黒変身→①突進へ
杖術モード:影杖を回して隙がなく手数の多い攻撃を行う。影杖の特性として、影を攻撃されてもダメージ判定となる。
最強モード:影から影へと転移しながら黒炎之槍でリーチの長い攻撃を行う。黒炎之槍を振るう度に強力な黒炎が巻き起こる。
※上記行動パターンの全てにランダムで《虚影》状態が加わる。
「(……化物、であるな)」
「(だからそう言ってんじゃん)」
精霊大王をもってして化物と言わしめる暗黒狼。やはりえげつない強さだ。
ステータスはそれほど高いわけではないが、プレイヤーの間では「メヴィオンの魔物の中で一番強い説」が出ていたくらいだ。強さの秘訣は、その攻撃の厄介さだろう。特に《暗黒魔術》からの【杖術】コンボはエグいものがある。いやあ、ぜひ今世でもテイムしたい。
「(大事なことを言うぞ。狼型の初手は必ず突進、人型の初手は暗黒魔術か暗黒召喚だ)」
「(むっ、そうなるのか)」
「(まあヤツへの対応は俺の体に刻み込まれてっから、いちいちお前と共有する必要はないかもしれんが一応伝えておく)」
暗黒狼と対峙するにあたってのポイントは、11個ほどある。
1.暗黒魔術はなるべく受けない。受けたら即座にポーションではなく安全確保してからポーション。
2.杖術モード中は暗黒魔術を受けてはならない。
3.黒炎之槍を持たせてはならない。
4.虚影状態を見破るには暗黒狼の影を見る。影がなければ虚影状態が確定。
5.事前に焚き火を設置して影の位置を固定する。
6.人型の時は《飛車弓術》《龍王剣術》でダメージを稼ぐ。
7.狼型の時は《飛車弓術》と《雷属性・参ノ型》の複合でダメージを稼ぐ。
8.人型で接近された場合は《角行剣術》で対応。足を狙えばノックバック、クリティカル発動でダウン。
9.狼型で接近された場合は《角行剣術》と《雷属性・壱ノ型》の複合で対応。クリティカル発動でノックバック。
10.《変身》の無敵状態を上手く利用。
11.《テイム》に失敗した場合、暗黒狼にポーションを使った方が時間効率が良い。
「(なんだこれは……暗黒狼にポーションを使うのか? それに変身の無敵状態とはなんだ?)」
「(テイムは魔物のHPが残り2割未満となった時に使用できるスキルだが、実は“満タンのHPを8割以上削った”という事実がテイムの発動条件だ。ゆえにポーションで暗黒狼を全快させてからもう一度8割削った方が自然回復を待つより効率が良い)」
殺し切ってまたスポーンするのを待ってもいいが、この世界では再び出現する保証がないのでポーションで回復させる方が確実な手法だろう。
「(ちなみに変身スキルは変身完了までの間が無敵状態という特徴がある。だいたい8秒くらいか。この時間を利用せずして何とする?)」
「(知らなんだ。我がセカンドの知識はこの世の深淵を捉えておるな……)」
これは主に緊急回避用だ。
基本は《精霊憑依》と《変身》を交互に使ってバフを切らさないように戦う。
《精霊憑依》九段で、全ステータス450%・憑依時間310秒・クールタイム250秒。
《変身》九段で、全ステータス360%・変身時間420秒・クールタイム230秒。
つまり、変身後の憑依状態が230秒経過した時点から前倒しで《変身》を使えるようになる。一応そんな使い方もあるのだと、覚えておいて損はない。
「(そろそろ着くぞ)」
前方に港町クーラが見えてきた。
ふと気づく。セブンステイオーの手綱を握る手が震えている。
……武者震いだ。これから何週間も続くであろう死闘を思い、全身の細胞が奮い立っている。
テイムまで、一体どれだけの時間がかかるのか。
なるべく早くテイムされてくれよと、まだ見ぬこの世の暗黒狼に願いながら、俺は静かに決戦前夜を過ごした。
お読みいただき、ありがとうございます。




