34 拠点移転計画
リンプトファートダンジョンを周回する日々に戻って2週間。
やっと岩石亀から『岩甲之盾』がドロップした。
……は、いいのだが。
「ううううー……っ」
エコが盾を抱きしめて離さないという、何とも言えない珍事が起こっていた。
ドロップした盾をエコに渡すまでは問題なかった。エコは大喜びで踊り狂い、喜びすぎて酸欠になる程度の些細な問題だった。
それが「じゃあ強化するから一旦ユカリに渡してくれ」と俺が言った途端に挙動不審となり、ユカリが受け取りに近寄ったらばこの状況だ。エコは「うーうー」威嚇して盾を渡すまいとぎゅっと抱きしめている。
「エコ、別に取りはしませんよ。強化をするだけです」
「そうだぞエコ。私の炎狼之弓だってユカリの強化でかなり強くなったぞ!」
ユカリとシルビアがなだめようと声をかける。
ユカリはこの2週間、【鍛冶】スキルの中でも《性能強化》を優先して上げており、先日ついに五段まで到達した。《性能強化》は五段から強化成功確率の補正が跳ね上がり、加えて上級強化すなわち最終段階の1つ手前までの強化が可能となる。ゆえに、いよいよ鍛冶師らしい活躍ができるということでユカリはここのところ非常に張り切っていた。
「ほんとに……?」
「ええ、勿論です。ですから、ほら、ね?」
「やだ! かおがこわい!」
原因はユカリの気迫だったようだ。確かにあの冷たい表情でにじり寄られたらビビる。「取られる!」と思わなくもない。盾をというか、タマをというか……。
「……ご主人様」
「あー、気にするな。お前には冷たい印象があるが、中身の良さは知っている。大丈夫だ」
「うむ、そうだぞ。冷淡でジト目で正論大好きな毒舌女だがそこに目をつぶればまあ大丈夫だ」
「なるほどシルビアさん後で少しお話があります」
やたら仲の良い2人は放っておくとして……エコを何とかしないとな。
「エコ。すぐ返すって。すぐだから」
「うーっ」
盾に顔を押し付けつつこちらを見やるエコ。
なんかオモチャに齧り付いて離さない猫みたいだ。獣人の本能的なものなのか?
「……まあ、いいか」
しばらくそっとしておくことにした。特に急ぐ必要もないし。
「今日はもう宿に帰ろう。夜はメシ食いながら作戦会議だ」
俺は皆にそう伝えて、リンプトファートダンジョンを後にした。
2時間後。
さあ晩メシだという頃合で、「ごめんなさい」と耳と尻尾をしおれさせたエコが岩甲之盾を渡してきた。曰く「われをわすれた」らしい。
「初めてのプレゼントを取られるかもしれんと考えたら歯止めがきかなくなったそうだ」
シルビアがフォローする。なるほど、だとするとやはり獣人特有の行動だったのかもしれないな。
「悪いなエコ、すぐ終わるから待っていてくれ。ユカリ、第三段階まで頼む。強化方式はVIT特化だ」
「はい。かしこまりました」
俺は盾をユカリに渡して指示を出した。《性能強化》五段ならば第三段階までの強化は94%→89%→84%の確率で成功し、加えてそこにステータス補正がかかる。ちなみに失敗すると強化段階がゼロに戻ってしまい、そのうちの25%で装備がぶっ壊れる。強化にはそこそこの素材を投資するのでなるべく失敗はしたくない。今回の場合は岩石亀からドロップしたアイテム「岩石甲羅」が合計14個消費される。相場では1個あたり120万CLである。
「完了しました」
……が、まあ上手くいくよね。そのための五段と、成長タイプ『鍛冶師』だ。素晴らしい。
「流石だ。ありがとう」
「いえ、それほどでも」
ユカリは表情を変えずに淡々と謙遜した。最近気づいたのだが、こいつは嬉しい時や照れている時などに尖った耳の先がぴくりと動いたり少し赤くなったりする。褒めると十中八九反応があるので、俺は彼女をよく褒めるようになった。その度にユカリが「気付かれてはいまい」と思いつつ内心喜んでいると考えると、なんだかニヤニヤできる。
「ほら、エコ」
「はやい!」
「ユカリにお礼だぞ」
「ゆかり、ありがとう!」
エコは満面の笑みでユカリに感謝を伝えた。ユカリは「どういたしまして」と表情を変えずに言うが、耳はしっかり「ぴくっ」と動いていた。
「拠点を変える?」
「ああ」
晩メシ後。
俺の発表した方針に、シルビアは首を傾げた。
「何故だ? 現状ではリンプトファートを高速周回できているぞ。経験値も美味しい。そのうえ岩石甲羅で何千万CL儲けたことか……」
1個120万CLの岩石甲羅がインベントリにまだ大量に余っている。一気に卸すと値崩れしかねないとユカリに注意を受けたので、少しずつ卸して儲けているのだ。それでも一人あたり2000万CLの取り分があるくらいだから、笑いが止まらない。
ユカリ曰く「乙等級ダンジョンを高速周回するなど正気の沙汰ではありません」とのこと。強い人なら誰でもこのくらいできるだろと俺は思ったが、実はそうでもなかった。慎重に慎重に、いくら多くても3日に1回。これで十分な稼ぎになり、それ以上リスクを冒す必要はないというのが冒険者たちの常識らしい。1日に何回も周回するのはうちのチームだけのようだ。
楽な周回を可能にする圧倒的知識量、適切なスキルを高いランクで持つ人員の用意、そして“遊び感覚”からくる余裕。この3つが満たせないと高速周回など出来ないだろうとシルビアは考察する。仰る通りかも知れない。
「理由は3つある。まず1つは今より経験値が美味しいということだ」
「ほう、なるほど」
それは良いな、とシルビアは頷く。シルビアは【弓術】や【魔弓術】の全てのスキルを七段八段九段と高段まで上げる努力をしているため、経験値が湯水のように必要だ。一方で俺は高段に上げるものは主要スキルに絞って、それ以外を低段で止めているため、【剣術】にも手を出せているし、経験値も少しだけ余裕がある。
ゆえに、シルビアには俺のような余裕はなく、とにもかくにも経験値が欲しいお年頃だ。賛同して当然だろう。
「2つ、出る素材で防具を作製したい」
「なるほど」
これから向かうダンジョンのボスは大量の『ミスリル』をドロップする。ミスリル装備は中級者~上級者の定番。持っていて損はない。というかレザー装備より何倍もマシである。
んで、最後の理由。
「3つ、金が死ぬほど稼げる」
「なるほ……ちょっと待った!」
シルビアは納得しかけて慌てて声をあげた。
「今以上に稼ぐのか!?」
「ああ。家を買おうと思ってな」
「家!?」
「家、ですか?」
「いぇーい!」
俺の言葉に全員が食いついた。若干一名違うような気もするが。
「王都郊外にクソでかい家を建てて、我がファーステスト・チームの拠点とする」
「おーっ!」
俺がそう宣言すると、エコは口をパッカァーと開けて喜んだ。
前世では全く利用していなかったハウジングシステムだが、この世界においては実に有意義なものであることに気が付いた。折角だから超が付く豪邸を建ててやる。そのためには一にも二にも金だ。
「目標は50億CL、稼ぎ方は『ミスリル錬金』だ。意見のある者は?」
シルビアが食い気味に、ユカリが冷静に挙手をする。
「シルビア君」
「何故目標が50億CLなんだ?」
「簡単だ。調べたら王都で一番高い家が25億CLだった。その倍だな」
「…………」
意味が分からない、というような顔をして沈黙するシルビア。
一流の豪邸が25億CLとはまあ何とも安いものだ。であればせめて50億CLは使わないと「世界一位の家」とは言えないだろう。そういうことである。
「次、ユカリ君」
「はい。ミスリル錬金とは何でしょう?」
「良い質問だ」
ミスリル錬金。これはメヴィオンでは非常に有名な金策方法だ。
「これから向かう鍛冶の町『バッドゴルド』付近にある乙等級ダンジョン『プロリン』ではミスリルが取れる。だが、それをただ売るだけでは大した儲けにはならん」
「何か工夫をされるのですか?」
「ああ。ボスのミスリルゴーレムからドロップしたミスリル鉱石を【鍛冶】スキルの《製錬》と《精錬》で一気に純ミスリルにして《製造》で鉄と合わせてミスリル合金をつくる」
「ミスリル合金……」
そう、ミスリル合金。純ミスリルと鉄を1:20の比率で混ぜ合わせて作る、極めて強度の高い貴重な合金である。ちなみに《製錬》はミスリル鉱石51個をまとめて一度に行うのが最も効率が良く、《精錬》はミスリルを32個まとめてが一番効率良く抽出できる。これらの一手間だけで、儲けが10倍以上も違ってくるのだ。
「それぞれ《製錬》《精錬》《製造》が4級・4級・6級と必要だ。ユカリに任せることになる」
「はい、ご主人様。私にお任せください」
ミスリル錬金に必要なユカリのスキルランクは既に満たされている。準備は万端だ。
「ありがとう、頼りにしている。後でレシピを渡そう」
俺がお礼を言うと、ユカリは全く表情を変えずに「恐れ入ります」とだけ言いつつ、ぽーっと耳を少し赤くした。
あー……この、なんだろう。楽しくて仕方がない。これはやめられん。
「…………ところで、セカンド殿」
「ん? どうした?」
シルビアは神妙な面持ちで口を開く。
そして、俺のすっかり忘れていた“ある事実”を指摘した。
「プロリンダンジョンはまだ攻略されていないのだが」
お読みいただき、ありがとうございます。




