307 強い意志いいよっ
転身の使い方を零環に聞いた――?
それって、零環さんが精霊になった……ってコト!?
……いや、そういえばそうだったか。
「セカンド君、零環と知り合いなんだよね? 精霊界で会ったって言っていたよ」
「あ、ああ」
なるほど、マサムネにはそういう説明をしているわけですね。
確かに、零環さんがこの世界で生きていたのって三百年以上前だからな。俺と知り合いというのは、精霊界経由でもない限りおかしいか。
それにしても、侍たちの中でもマサムネをチョイスしてくるとは、零環さん……わかってるなあ!
「チケット出たのか?」
「うん、セカンド君と別れたすぐ後に。最初はよくわからなかったんだけど、水属性・壱ノ型を覚えたら、精霊召喚ってスキルを覚えられることに気付いてね」
「そうか」
言われてみればだ、忘れていた。《精霊召喚》習得の解放条件は、【魔術】スキルを一つ以上習得というもの。もとはマサムネの遠隔攻撃の手札を増やすために覚えさせた【魔術】だったが、まさかそんな副次的効果があったとは。
となると、あれ?
ひょっとして、暫くの間マサムネは、零環さんと一対一で訓練していた……?
「セカンド君、ボクも役に立てると思う。どうすればいいかな?」
マサムネが舞台役者のように胸に手を当ててそう尋ねてくる。
最後に会った時とは見違えるほど自信に満ちた目をしていた。
《精霊憑依》は《精霊召喚》を四段まで上げなければ習得できない。その上、零環さんの精霊強度がいくつかはわからないが、《秋水転身》まで習得している。相当な経験値量だ。その他のスキル習得や戦闘技術についても、抜かりなく訓練しているに違いない。
どうやらマサムネは、俺の想像以上に地獄の特訓をこなしてきたようだ。零環さんから、本当に数々のことを教わったのだろう。
全く、心強いったらないな。
「よし、マサムネ。とりあえず家に案内しよう」
「うん、よろしくね」
立ち話もアレなので、お茶でも出してやろう。
マサムネは嬉しそうに頷いて、横に付いてきた。
シェリィとヴォーグの転身のお試しをしていたため、家まで少しばかり距離がある。
現在、俺たちは敷地の北東にある温泉旅館風の屋敷を拠点に活動している。単純に収容人数が多くて、旅館風というかその気になれば普通に経営できるくらい完全に旅館だから、ここを拠点に選んだ。
「なんだか凄い見晴らしのところにあるよね、セカンド君の家。ここ本当に王都なの?」
道すがら、マサムネがそんなことを聞いてきた。
「郊外だからな。森も川も湖もあって、いい感じだぞ」
「ふぅん、そうなんだ。ボクは夜に一度しか来たことがなかったから、道のりがあんまりわからなかったんだけど、こんなにいい景色だったんだね」
なんか勘違いしてそうだな。
「ここ俺の家の敷地だぞ」
「……え?」
「ちなみにお前は一度ではなく二度来たことがある。八冠記念パーティの会場、あれも敷地内にある俺の家だ」
「えええええっ!?」
驚いてくれた。こういうナイスリアクションを貰えると、買ってよかったと思えるから嬉しい。
「あ、あんなに大きな会場だから、借りたんだとばかり思っていたよ」
「城もあるぜ。建築中だけど」
「お城!? 王様にでもなるのかい?」
「ならんけど、折角だし建てようと思って」
「ごめんね、折角の意味が急にわからないや」
「ここら一帯の土地を丸ごと買ったから、折角」
「え……こ、ここ全部?」
ぐるりと周囲を見渡して、マサムネが一言。
「うん」
俺が頷くと、マサムネは「うわぁ」というなんとも言えない顔をする。
「……島より広いんじゃない?」
「いや流石に……」
そんなことないよな?
「凄いね、セカンド君。ボク思わず呆れちゃったよ」
「世界一位の家っぽくていいだろ?」
「う、うん……いいんじゃないかな、うん」
マサムネはまだ呆れているようだった。
「あ、旅館が見えてきたね……まさかあれも?」
「俺の家」
「いや凄いね本当に」
一周回ってという感じが否めない顔で感心しているマサムネ。きょろきょろと周囲を観察しながら屋内へと入っていく。
「……あれ、誰もいないね?」
「ああ。今の時間は皆、訓練中だな」
「そ、そっか……」
マサムネはさっと後ろ髪を一撫でする。
そして、暫し沈黙した後、くるりと俺の方を振り向いて口を開いた。
「あの、セカンド君、ボク――」
「ご主人様!? こんなお時間にどうしてこちらへ?」
「…………」
間の悪いことに、マサムネが何かを言おうとしたタイミングで通りがかった使用人の誰かが俺に話しかけてきてしまった。おかげでマサムネはぷくぅと頬を膨らませている。
あ、こいつは確か。
「マリーナだっけ、エス隊の」
「私を覚えていてくださったのですね! 感激です」
シャンパーニっぽいお嬢様風なメイドだけどエス隊所属という点で特徴的だったから覚えていた。
マリーナは花が咲いたように笑って、ぺこりとお辞儀をすると、隣のマサムネに目を向けて言葉を続ける。
「あら? そちらの方は確か……」
「マサムネだ。毘沙門戦出場者」
「! 失礼いたしました」
珍しいな、今気付いたのか。優秀なうちの使用人らしくない。
俺が少し違和感を抱いていると、マリーナは察したのか「しまった」と言う顔で畏まりながら口を開いた。
「以前お見かけした時よりも、その、なんと申しますか、良い意味で女性らしくなられたと……も、申し訳ございませんっ、私ったら何を口走っているのでしょう!」
テンパって涙目になり頭を下げる。ああそうそう、マリーナって緊張しいだったな。
「ああ、腑に落ちた。髪伸びたなマサムネ」
突然の転身で驚いて忘れていたが、前に会った時より髪が伸びている。
いや、よく見たら薄らと化粧をしていたり、このいい匂いは、香水をつけたりもしているのか。マリーナの指摘、結構鋭いぞ。
「あはは、実はね、切る時間なくって」
マサムネは髪を撫でながら照れるように笑った。
「それだけ訓練に身を入れていたってことだろう?」
「うん、零環は訓練となると厳しいんだ。それ以外は基本的に優しいんだけどね」
ですよね~。そうだったそうだった、ああ懐かしい。
「オカンさん面倒見いいからなあ」
「おかんさん……? あ、零環のあだ名かな?」
おっと。
「そうそう。母親みたいだから」
「ふふっ! 確かにそうだね」
これは嘘ではない。
オカンさんという呼び名は、実はダブルミーニングだ。0k4NNがオカンと読めるというのが一つ、もう一つの理由は、彼がとにかく「俺のオカンかよ」ってくらい面倒見がいい人だったからである。
「そういえば、マサムネはなんで呼び捨てなんだ?」
「零環が、精霊にさん付けなんておかしいからって。ボクとしては、日子流創始者で刀八ノ国に伝わる英霊を呼び捨ては避けたいんだけれどね」
自分の精霊にさん付け、確かにおかしいか。
アンゴルモアさん……駄目だ、あまりにもおぞまし過ぎて全身にぶつぶつができそう。
「呼び捨て一択だわ」
「ふふ、そうだろうねぇセカンド君は」
それにしても、相変わらず困り笑いの似合う美人だなあ、マサムネは。
この顔を見ていると、なんだか無性に困らせたくなってくる。
シルビアの怒ってる顔に似た魅力を感じるな。
「ご主人様、マサムネ様、お邪魔してしまい申し訳ございませんでした。私はお掃除に戻りますわ」
「ああ、ご苦労様、マリーナ。頑張れよ」
「はい! 私、頑張りますわ!」
マサムネと立ち話で盛り上がっていると、マリーナは深々としたお辞儀とともにそう言い残して、やる気120%といった表情で使用人業務に戻っていった。
というか、家の中に場所を移動しただけで、結局立ち話しちゃってんじゃん俺たち。
「……ソファでも座るか」
「あ、うん。失礼します」
パッと目に入ったラウンジのソファに腰掛けると、マサムネは背筋を伸ばしてちょこんと俺の向かいに座った。
「…………」
「…………」
そして、変な沈黙が流れる。
「露天風呂入るか?」
「今かい!? いや、入らないけど……」
「あ、一緒に入る?」
「なっ、尚さら入らないよ!」
小粋なセクハラで空気を和ませようとしてみたが、見事に失敗した。しまったな、ドセクハラだったかもしれん。マサムネは顔を赤くして喋らなくなってしまった。
「……あー、もうっ! 変な感じになっちゃったじゃないかっ」
と思ったが……どうやら黙っていたのは、別の理由みたいだ。
「そういえば、さっきなんか言おうとしてたよな」
「そして変なところで鋭い! なんなんだよ、君はっ……」
「なんだチミはってか? そうです、俺が……」
「……っ……」
「…………」
俺が。
あー……なんだ。
大方、マサムネの言おうとしていることは、見当がついてしまっている。
察してくれ。照れくさいんだ。
「……世界一位だ。マサムネ、俺は、世界一位でいたいんだ」
「……うん」
「ろくでもないぞ。心底惚れてる女より、そっちを優先しようとしてるやつだぞ」
「うん、知ってるよ」
「めっちゃ浮気するし、そのくせ世界一位のが優先だし、多分かなり頭おかしいぞ」
「うん、知ってる」
俺が並べ立てたハードルを、マサムネは全てなぎ倒すように力強く答える。
覚悟は決まっていたようだ。その目は真っ直ぐに俺を射抜いている。
そして、マサムネはゆっくり深呼吸をすると――ずっと前から俺たちが抱きつつも、ずっと避けていた言葉を口にした。
「好きなんだ。君のことが、世界で一番、大好きなんだ」
これ以上ないほどの直球だった。
もう抑え切れないというように、もう抑える必要もないというように。
飛ぶことを覚えた鳥が、大空へと羽ばたいていくように。
一直線に海を越え、俺のもとまで飛んできたのだ。
「俺は――」
「返事はしないで、セカンド君。今はまだ、返事を貰うべきじゃない気がしてる」
俺が言葉を返そうとすると、マサムネが遮った。
「でも、これだけは知っていてほしいんだ」
それから、慈愛に満ちた表情で微笑み、こう続ける。
「ボクは、何があっても君の味方だよ。弁才流家元マサムネの名にかけて、生涯君に尽くすと約束する」
それは、あまりにも強い意志。
人生を賭して、俺に対する無償の愛を約束しようとしている。
マサムネにとって俺は、いつの間にかそれほど大きな存在となってしまっていたのか……。
「だから……君が挫けそうな時は、ボクを頼って。ボクが絶対に助ける。そのための努力は怠らない。これは、ボクの覚悟の表明だよ」
「!」
彼女が一番伝えたかったことが、これなのだろう。
単なる恋愛感情じゃない。俺が彼女の人生に与えた影響が、彼女をそうさせているのだとよくわかる。
マサムネは、努力の天才だ。
毘沙門戦の時の言葉の意味、今なら理解できる。
彼女が限界を超えて努力するための原動力は、俺なのだ。
他ならぬこの俺の存在が、彼女を衝き動かしている。
「マサムネ」
返事はずっと前から決まっていた。
だが、彼女がそうと決めたのなら、俺もその意志を尊重したい。
だから、口には出せない。ただ――。
「好きだ」
「なぁんで言っちゃうかなぁ!?!?」
俺だって抑え切れない時もある。
「すまん、冗談」
「もうっ!」
今のは絶対に冗談じゃなかったと、気付いているのだろう。
怒ったフリをしていても、心の底から嬉しそうな笑みがちっとも隠せていなかった。家に帰ったら枕に顔をうずめて足をバタバタさせてそうな雰囲気を感じる。
「さ、訓練だ訓練。零環さんを出せ。スタンピードまでもう二週間切ってるぞ」
「はぁ、やれやれ……相変わらず人使いが荒いね、セカンド君は」
仕方がなさそうに、困り笑いを浮かべるマサムネ。
そんな彼女に無償の愛を向けられているのだと思うと、胸が熱くなる。
どうして零環さんが彼女を選んだのか、なんだかわかったような気がした。
お読みいただき、ありがとうございます。
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