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306 温存を



  * * *




 ――月日は流れ、スタンピードまで残すところ二週間。


 あっと言う間に過ぎていった時は、訓練と会議で埋め尽くされていた。


 皆、延々と訓練をして、会議をしての繰り返し。特に、当日の指揮を執る者は、寝る間を惜しんで準備を重ねている。



「やはり、如何にして温存・・するか、これにかかっている気がします」



 元・第二騎士団副団長のガラムが、神妙な面持ちで口にした。


 ガラムは現在、第二騎士団副団長補佐という役職である。政争の一件で平の団員に落とされたが、今回ワケあって補佐役へ昇格となった。


 どうしても、彼に“指揮権”を持たせる必要があったのだ。



「うむ、儂も同感だ。10時から13時59分までの間は、なんとしてでも儂らで押さえ込むべきだろう」



 第一宮廷魔術師団長のゼファーが、手元にある資料のページをいくつかめくりながら、ガラムに同意した。


 彼が肘をピンと伸ばし目を細めて見ている資料は、セカンドが配布したもので、スタンピードについての詳細がびっしりと書かれている。皆がいつでも参考にできるよう、プリンターを使って量産したのだ。



「しかしながらテーブルBかHが来た場合、13時の時点で、物量で押し切ることは不可能になるのではないかと」



 ゼファーの言葉に、辺境伯のスチーム・ビターバレーが意見をする。


 セカンド作の資料には、想定される18種のテーブルA~Rそれぞれの時間毎に出現する魔物の種類などが事細かに記載されていた。これはセカンドだけの記憶が頼りというわけではなく、ラズベリーベルとリンリンの協力もあるため、なるべく間違いがないように書かれている。



「BとHの対策案は既に出ていたように思うが、練り直しが必要だろうか?」



 ディザート共和国の元首ブライトンが、セカンド作の資料とはまた別の資料に目を通しながら、問いかけた。



「マルベル帝国で2か所、キャスタル王国で3か所、オランジ王国で2か所、ディザート共和国で1か所。このうちの4つの地点でスタンピードが発生すると予想できているわけですから、我々が徹底すべきは各地点への事前の平均的な戦力配分に思います。それは、全てのテーブルにおいて同じことです」



 マルベル帝国近衛騎士長ナト・シャマンが、地図を指さしながら確認する。



「陸路での移動が難しい以上、先日の会議で答えは出ている。再考の必要はない。もっとも、井戸端会議がしたいと仰るのなら私は止めんがな」



 マルベル帝国将軍シガローネ・エレブニは、話を早く切り上げたいというような表情を作って、ちくりと刺した。


 発生が予想されている8つのポイントは、それぞれ大きく距離が開いており、陸路での移動が間に合わない。となると、その何処で発生しても対応できるよう、国内にある戦力を均一に配置する以外に目立った方法はなかった。


 既に結論が出ていることを議論したくないというのが、シガローネの主張。しかし同時に、もっと良い案を思い付くなら出してみろという挑発も含まれていた。



「BかHの場合、13時以降にファーステストの協力要請を。それ以外の場合、14時以降に協力要請を。以後、討ち漏らしの魔物が街へと到達しないよう、広域で包囲し、各個撃破する。または、時間を稼ぐ。何か異論はないだろうか?」



 オランジ王国陸軍大将ノヴァ・バルテレモンは、誰からも案が出てこないことを待って、総括する。


 彼女の言うファーステストとは、セカンドたちのみを指すわけではない。一部の戦闘能力に突出した使用人に加えて、現在ファーステスト家で必死に訓練しているタイトル戦出場者たちも含んでいた。


 つまり、作戦はこうである。「ファーステスト」の力が必要になるタイミングまで、国家戦力を総動員して物量でスタンピードの侵攻を食い止めようというもの。


 しかし大抵のテーブルが、14時以降になると、物量ではどうにもできないほどの強力な魔物が湧いてくる。そうなった時、すぐさまファーステストにバトンタッチをして、一斉にそのバックアップへと回る。これが、被害を最小限に抑えられる作戦だと考えていた。


 この作戦を遂行するには、あらゆる事態を推測し、頭に叩き込み、本番で的確に指示を出せる、優秀な指揮官が必要となる。


 将軍会議――この集まりを皆はそう呼んでいた。


 キャスタル王国は、ガラム、ゼファー、スチームが。ディザート共和国は、ブライトンが。マルベル帝国は、ナトとシガローネが。オランジ王国は、ノヴァが。


 それぞれ、各国が誇る優秀な指揮官である。


 ゆえに、ガラムには急遽、指揮権が与えられたのだ。過去のことが水に流されたわけではないが、彼ほど人徳のある優秀な指揮官が他にはいなかったための特例である。


 そして、この場にはいないが、オランジ王国はノヴァの父である国防大臣ヴァデル・バルテレモンも当日指揮に参加する予定だ。でなければ、オランジ王国内の発生予想地点が二つとも選択されてしまった場合、片方の現場で指揮を執る者がいないことになってしまう。



「ファーステストの温存を願うならば、BとHが来ないことを祈るしかないな……」


 ゼファーが溜め息とともに口にする。



「結局は、そういうことでしょう。私たちにできることといえば、あとはポーション類の提供くらいのものですか?」


「ああ、そのポーションだが、必要ないとのことだ。ファーステストの分は全て自前で用意しているから心配いらないと言っていた」


「そうですか。では、ひたすら祈っておくとしましょうか」



 スチームが試しに聞いてみると、ノヴァから即座に返される。スチームは呆れ顔をすると、冗談めかして胸の前で手を合わせた。


 シガローネがフッと鼻で笑って、口を開く。



「ポーションどころか装備品も全員分用意していると聞く。挙句の果てに、机の上へ乱雑にドサドサと伍ノ型の魔導書を並べられた時は私も目眩がした」


「加えて、習得に必要だろうスイッチを紙にまとめておいたから全てオンにしてこれを読め、とだけ言い残して五秒で去っていきましたからね。あの方は全く……」



 続けてナトが呆れ気味に呟く。


 皆その光景を思い出したのか、やれやれといった様子で笑った。


 結果として全員が全属性とはいかないまでも伍ノ型の魔術を覚えられているのだから、文句は言えない。しかしセカンドの行ったことは、もはや魔術師界を根底から覆すようなとんでもない所業であることは確かだ。


 ここまで来ると、もう誰もセカンドが伍ノ型の魔導書を手に入れてきたことに何も言わなくなっていた。伍ノ型の魔導書とは、それ単体でも国宝級に貴重なものであるはず。しかし、セカンドはおそらく何冊も持っていた。でなければ、将軍会議の場に忘れて置いて帰ったり・・・・・・・はしないだろう。



「話を戻すぞ。一つ共有すべきことがある」


 いささか話が逸れたため、ノヴァが軌道を修正する。



「当日、BかHが来た場合なのだが……17時からのボスラッシュが始まる際、出現したボス魔物には決して手を出さず、16時に出現開始した魔物群を全て倒しきってからボスの処理を始めたいと、セカンドがそう言っていた」



 そして、ようやく本題に入った。


 ボスラッシュとは、17時から始まるスタンピードを締めくくるイベントのことである。


 スタンピードが発生した4地点のうちのいずれか1地点のみで発生し、ダンジョンボスレベルの魔物が次々と畳み掛けてくるという凄まじいフィナーレだ。



「資料を見てほしい。ボスラッシュ中、次のボス魔物が出現するのは、一つ前のボス魔物が討伐された一分後とのことだ。つまり、一体目のボス魔物を倒さない限り、二体目は出現しない」


「……なるほど。ボスラッシュもスタンピード同様に、次第に強いボス魔物が出てくるのならば、一体目が最も弱い。一体目を引きつけているうちに、周囲の魔物を処理してしまった方が、より安全に戦えるということか」



 ノヴァの解説に、ブライトンが納得して頷いた。


 その言葉に引っ掛かりを覚えたスチームは、「ええと」と一拍おいてから口を開く。



「一体目が最も弱いというのは、確かに言葉の意味は間違っておりませんが、決して弱く・・などはないでしょう。引きつけるのは、セカンド八冠です。そして、倒すのも」


「儂もスチーム卿に同意する。絶対に侮らず、手を出したりするなと、皆に通達すべきだ」



 スチームの言に、ゼファーが同意した。


 ブライトンも、無自覚のうちに一体目のボスを侮っていたことに気付き、思わず感心する。



「では、17時に出現したボス魔物はセカンドに一任し、周囲の魔物の討ち漏らしのサポートのみに徹底するということで、いいだろうか」



 ノヴァが確認を取ると、皆が首肯した。


 作戦は完成形に近付きつつある。テーブルの数と、発生地点の数だけ、作戦も形を変えることになるが、そのあらゆるパターンに対応できるよう、皆が必死になって指揮官としての能力を最大限活用していた。



「よし、以上で会議を終了する。次は一週間後だ」



 会議が終わると、ノヴァは早歩きで部屋を出ていった。


 彼女は指揮官であるとともに、所謂「ファーステスト」の戦力でもあるのだ。自身の訓練の時間は、できるだけ長く確保したかった。


 そしてそれは、シガローネやナトも同じこと。


 しかし、帝国へと転身で送ってもらっている関係上、待ち時間が発生してしまうこともしばしば。



「ナト、呼んで来い」


「閣下も転身を習得されてはどうです?」


「私の心配より前に自分の心配をしてはどうだろうか、ハリボテ元将軍」


「……失礼いたしました」



 ナトはシガローネの指示で、転身を使える誰かを呼びに行った。


 当然、シガローネは転身の習得を考えている。しかし、彼の使役する風の精霊ジルは、精霊強度がそれほど高くない。精霊強度を45000まで上げるには、かなりの労力が必要となる。


 費用対効果を考えると、今は転身の習得よりも優先すべきことが多々あった。今、彼が転身を習得しようとしていないのは、それだけの理由である。



「しかし、クラウス殿下……失礼、クラウス率いる第一騎士団は、恐ろしい練度にまで育っておりまして、訓練風景を見ていると身震いするほどです」


「はっはは、そうかそうか。元剣術指南役としては、鼻が高いのではないか?」


「いえ、そんな。ゼファー殿の方こそ、宮廷魔術師団のご活躍、聞き及んでおります」


「うむ、まあ、そうだな。アイリーが良い指揮官として成長した。チェリの才能にも目を見張るものがある」


「もしも国内3か所のうち発生が2か所以下だった場合、第一騎士団の少数精鋭だけでも転移を頼もうかと思っております。ゼファー殿は?」


「儂も同じ考えだ。もしもヴァニラ湖南の地点に魔物が出現しなかった場合、他所へできる限り転移してほしいと頼んである」



 シガローネがナトの帰りを待っている間、ガラムとゼファーの話が聞こえてきた。


 陸路での移動は距離的に難しいが、転身を使うことで限られた人数ならば輸送が可能となる。


 全く転身様様だなと、シガローネは口の端で笑った。



「…………」


 それとは別に、一つ、シガローネには気になることがあった。


 クラウス・キャスタル――たった今名前が出た、元第一騎士団長。宰相バル・モローによって騙され、担ぎ上げられていた元第一王子だ。


 オランジ王国の謁見の間や、アイソロイスダンジョンの見学会などで何度か、シガローネとクラウスは会っている。しかしその時は何も言葉を交わしてはいない。シガローネとしては交わすような言葉も特になかった。


 しかし、クラウスは違うだろうとわかる。バル・モローは帝国側の人間。つまり、帝国将軍であるシガローネは、クラウスに恨まれても仕方がない立場と言えた。


 同様の理由で、マイン・キャスタルとも会い辛い。皇帝ライト・マルベルを即位後すぐに電撃訪問させ、その場にセカンドを引っ張り出させ、なんとか国交を正常化に向かわせることはできた。だが、まだ解決にはほど遠い。何かが起きれば、この先数十年と続く遺恨になる可能性もある。


 シガローネとしては、できれば触れたくない、そして下手に刺激したくない部分であった。



「!」


 ふと、思い至る。


 セカンド・ファーステストの配下に、レンコとキュベロがいたことを。


 レンコはR6という大義賊の親分の娘であり、キュベロはその若頭であった。R6は、クラウスの指揮のもと徹底的に弾圧された義賊である。


 バル・モローがR6の親分リームスマの命と引き換えにR6との停戦協定を結び、そのことをクラウスに知らせず、義賊の徹底弾圧へと誘導した……と、シガローネはそう報告を受けていた。


 もしも、騙されていたとはいえ、その弾圧の直接の執行者であるクラウスと、R6の数少ない生き残りとが和解をしていなければ……帝国と王国の二国間に再び不和が生じる、その引き金になりかねない。


 特に今回、スタンピードという一大事において、戦場で共になることもあるだろう。日常では、互いに避けていたとしても、顔を合わさざるを得ないことがあるのだ。



「……どうしたものか」


 シガローネは眉間に皺を寄せて呟く。


 考えれば考えるほど難しく思えるそれは、いっそセカンドに丸投げしてしまいたい問題だった。


 しかし、占い師スピカ・アムリットによる前皇帝ゴルド・マルベルの洗脳を止められなかった責任も感じている。できることなら、解決に向けて尽力したいとも考えていた。



「仕方ない。ひとまずは、スタンピードか」


 現状、如何ともし難い。シガローネはそう結論を出し、当面は目の前のスタンピードに向けて集中することにした。




  * * *




「――天土転身あめつちてんしん!」



 シェリィは、テラさんを憑依した状態で《天土転身》を発動する。


 だからなんでスキル名をわざわざ口に出すんだろうか? どうも、シルビアからなんかしらの影響を受けているようだ。



「っきゃぁ!? セカンド! 凄いわ! 私、瞬間移動したわっ!」


「はいはい、凄い凄い」


「なっ、何よそのおざなりな反応は!」


「はいじゃあ次ヴォーグね」


「ちょっとー! 無視するなーっ!」



 俺は20メートルほど先の転移先からぎゃーぎゃー言っているシェリィをシカトして、サラマンダラを憑依しているヴォーグに話しかけた。



「……なるほど、こう使えばいいのね」



 ヴォーグは至ってクールに、無言で《烈火転身》を発動する。転移先では、ふむふむと頷いて、その使用感に納得しているようだった。


 彼女たちは、それぞれ大精霊を使役している。精霊強度45000に近いこともあって、経験値を稼ぎながら多くのスキルの習得と熟達を行いつつ、こうして転身を覚えるにまで至った。


 転身を使える者は多ければ多いほど良い。そのため、二人には他の面々とは少し違った訓練メニューで動いてもらっていたのだ。


 二人はもはや、召喚術師という枠に収まらない。二か月前の彼女たちなど比較にもならないほどの成長だ。


 ……まあ、それは皆に言えることなのだが。



「オッケー。なんかわからないことあったら聞け。ハイじゃあ解散ー」



 俺はぽんと手を叩いて、二人に解散を告げた。


 とっとと訓練に戻れという意味である。


 二人は転身を習得した高揚感からか、ホクホク顔で訓練へと戻っていった。



 さて、俺も戻るか。


 今日は七世零環ナナヨレイカンの強化素材を集めに刀八島でも行って、ついでにマサムネの様子を見てこよう。


 マサムネのやつ、きっとドチャクソ成長してるぜ~? ああ、楽しみだ。



「……ん?」



 突然、俺の背後で、ポチャンと水の弾ける音が聞こえた。


 これは《秋水転身》の音だ。エコかな?


 何かあったのかと、俺が振り返ると、そこには――





「えへへ。来ちゃった、セカンド君」



 ――《精霊憑依》したマサムネが、照れくさそうに笑ってもじもじながら立っていた。




 おいちょっと待て、理解が追いつかない。


 何故マサムネがここに?

 どうして転身を?

 Why???



「驚かせちゃった? ごめんね」



 俺がフリーズしていると、マサムネは眉をハの字にして微笑み、《精霊憑依》を解除した。


 そして……仰天の言葉を口にする。




「ボクの精霊――零環レイカンに、転身の使い方を聞いたんだ」



お読みいただき、ありがとうございます。


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次回更新情報等は沢村治太郎のツイッターにてどうぞ~。


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[良い点] キッッタアアアアアア!!!!! いや、もう、途中まで読んだ地点で最高ですって言う気満々だったんだけど、最後にぜんっぶ持ってかれた。 じわじわと感じてきたけど、スタンピード編がもしかして過去…
[良い点] 零環事変。 [一言] 凄いわ。 最後のたった1行で全部持ってった。 作者様凄すぎる。
[一言] そっちかぁ~~ こりゃとんでもない強さになってそうだな
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