272 奇跡
◇ ◇ ◇
『週刊メヴィ通 Vol.521 十周年記念特大号』より抜粋
――では、その後はどういった練習をなさるように?
Zabbaleen:練習はあまり変えなかったかな。自分のスタイルは自分のスタイルで、もう深い部分で固まってしまっているから、なかなか変えることができないんだ。私の場合はね? まあ、皆が言っている通り、ほら、私って凄く“お喋り”だから。
――はい(笑)
Zabbaleen:試合中でも、試合中でなくても、誰もこの口を止められないのさ。ベラベラベラベラ~。ハハ、口が勝手に喋るから私も困っているよ。これが、変えたくても変えられない私のスタイルだね。
――独特のスタイルだと思います。
Zabbaleen:ああ、でも、一つだけ変わったことがあった。
――それは?
Zabbaleen:奇跡を信じなくなったよ。
――奇跡ですか。
Zabbaleen:そう。コミックやアニメでよくあるじゃないか。突然、不思議なパワーに目覚めるヒーローさ。仲間を傷つけられた怒りで強くなったり、一度倒れても恋人の声援でまた力が漲ったり、何か天啓のようなものを受けて急に覚醒したり。ヒーローって、そういう奇跡を起こして悪者をやっつけるでしょ?
――ああ~、わかる気がします。
Zabbaleen:ね? 現実には有り得ない。そんなもの試合中に信じてはいけないよ。唯一信じられるものは、自分がこれまで一つ一つ積み重ねてきた、骨の髄まで染み付いている技術だけさ。
――技術。なるほど、確かにそうですね。
Zabbaleen:限界まで磨き上げた技術だけが信用に値する。試合だけじゃない、人生もそうだろう。その場その時の感情や衝動に支配されてはいけない。それらにパワーなんて微塵もないからね。最後の最後、極限の極限の極限に追い込まれた時、本当に役に立つものは、やっぱり身に付けた技術しかないんだ。
――とても説得力のあるお話だと思います。
――では、他に何か、試合中に心がけていることはありますか?
Zabbaleen:さっきも言ったけど、喋ることだね。とにかく喋る。このスタイルをうるさいと嫌う人も多いが、私自身の思考の整理と、相手を惑わす効果と、観客を楽しませる効果、三つも得があるんだ、やめられるわけがないよ。でも、たまに自分の読み筋をうっかり言ってしまうことがあってね、それだけは困っているかな。
――それは、なんと言いますか……(笑)
Zabbaleen:そうだなあ。逆に私は、どうして皆はもっと喋らないんだと思うけどね。私の真似をするプレイヤーが出てきてもいいはずだ。私はこのスタイルで世界ランキング8位さ。まだ成長途中だよ。うーん、ベスト3くらいまでは射程圏内じゃないかな? 現実的にそうさ。こんな調子に乗ってベラベラ喋るヤツがだよ? ……ほら、なんだか良い戦法のように思えてこない?(笑)
――はい(笑)
Zabbaleen:次のタイトル戦で皆がベラベラ喋っていたら、超笑えるね。
――可能性は、ゼロではなさそうです。
――では最後の質問です。Zabbaleenさんの考える最強のプレイヤーの条件とは、なんでしょうか?
Zabbaleen:ああ、はい。明確に言えるよ。“奇跡”を起こせることだ。
――な、なるほど……(笑)
Zabbaleen:ハハハ、さっきはあれほど信じられないと言っていたのにね。でも、冗談みたいだけど、冗談じゃないよ。世界には、奇跡を起こせる人がいる。私は一人だけ知っている。
――差し支えなければ、お名前を。
Zabbaleen:「seven」
――納得です。
Zabbaleen:もっとも、彼には奇跡を起こしているつもりなんてないだろう。ただ、私たちの目に、そうとしか映らないだけさ。
――奇跡のような技術ということでしょうか?
Zabbaleen:そう。神は細部に宿る。彼の起こす奇跡には、きっと彼にしかわからない仕組みがあるのさ。
◇ ◇ ◇
がらりと空気が変わった。
セカンドは、左腕が動かないというのに全くの無表情である。痛がることもなく、焦ることもなく、笑うこともない。
対する零環は、見るからに顔が引き攣っている。
形勢は零環が有利。それは間違いないが、しかし、彼としては、今にも逆転しそうで恐ろしかったのだ。
零環の頭の中に、とある単語が渦巻いていた。
第二形態。
知ってる人は知っている。かの世界一位の男をRPGのボスキャラクターのように揶揄してその名が付けられた。
sevenの終盤戦が他のランカーとは一線を画するレベルだと謳われる所以は、そこにある。
だが……誰もわからないのだ。
彼が何をやっているのか。
誰も言語化して説明することができなかった。
ゆえに、こう表現するよりない。
――奇跡と。
「WTF!」
零環が、つい汚い言葉を吐いてしまう。
それほどに没入していた。
だんだんと精彩を欠いてくる。
零環の指先は微かに震えていた。
それは、歓喜であり、恐怖だ。
彼は長年追い求めていたものに触れ、歓喜に震えているのだ。
そして、思い描いていたものとのギャップに、思わず恐怖した。
彼の中のsevenは、当時のままで止まっている。
彼が死んだ、【抜刀術】実装直前のメヴィウス・オンラインの頃のまま。
彼はこの世界へと来てから、必死になって予想しながら研究した。
進化し続けているだろう、元の世界のsevenを。
その努力の日々が、あの完璧とも言える対ナナゼロシステム定跡「日子流四手角」の確立へと至らせた。
「…………」
しかし現状、零環の予定とは、少々違ってしまっている。
ナナゼロシステムを破った成果が……左腕一本。
これは、彼にとってはあまりにも不満な結果だったのだ。
ここでは本来ならば、ほぼ詰ませかけているほどの大差をつけていなければならなかった。
何故なら。
それほどの差をつけていなければ、第二形態には勝てないと踏んでいたから。
だからこそ、恐怖を感じて震えた。
まだ勝ちの可能性はある、という謙虚な予想も虚しく……手も足も出ないのだ。
サブキャラの零環に転生してからミロクと戦って死ぬまでの十数年もの間、来る日も来る日もsevenのことを研究し続けてきた男が、手も足も出ない。
恐怖でしかなかった。
そして……己を恥じた。心の底から。
「Oh」
――死んだはずの手が震える。
零環は、とても不思議な感覚を得た。
過去が現在に繋がったような感覚だ。
たった一つの強い感情が、彼の生気を呼び起こしたのだ。
それは、羞恥心である。
世界一位の男セカンド・ファーステストに、これだけの時間をかけ準備して挑んだというのに手も足も出ないようでは、あまりにも情けなさ過ぎる――と。
どうか、やり直す機会が欲しい、と。
どうか、もう少しでいい、彼と戦う時間が欲しい、と。
どうか、どうか、どうか――。
* * *
奇跡。
よく、そんな風に言われていたことを思い出した。
とんでもない。
皆は知らないだけだ。
そして、分析できず、学習できず、理解できず、実現できないだけ。
「Holy shit」
零環さんは、俺の《歩兵抜刀術》によって右手の小指を切断されたのがよほど嫌だったのか、悔しそうな声で小さく口にした。
俺の状態は、《角行抜刀術》を左肩に受け、ダメージをくらいながらノックバックした直後。
スキル使用後の硬直時間を含めて考えると、動き出しは互いに五分といったところ。
明確に、俺が不利だ。
さて、ここでやるべきことが一つ。
頭の中でカチリとスイッチを切り替えると、熱くなっていた俺の脳ミソがまるで冷水でも浴びせたかのように急激に冷めていった。
「……来ましたね、第二形態」
零環さんの戦慄ともとれる呟き。
ああ、不思議だよなあ。
皆、奇跡なんてあるわけがないと、嫌というほど実感している。やればやるほど、頼れるものは己の技術しかないと思い知らされているはず、なのに。
なのに……誰もが、奇跡を目撃したいと望んでいる。
はい。仕方がないので、見せましょう。
期待に応えてこそ世界一位。今も昔もそれは変わらない。
「 」
どんどんと冷えていく。
どんどんと消えていく。
もう何も思い出せなくなった。
完全に素の状態。
……零だ。
この世で一番メヴィウス・オンラインというゲームを高濃度で長時間プレイした人間の“零の状態”だ。
人間という生き物は、この零の状態が、最も脳のポテンシャルを発揮し、最も心身のパフォーマンスを発揮することができる。
そういう研究結果があんのかないのかよく知らんけど、俺はなんだかそんな気がしている。
さあ、身を任せよう。
あとは、長い年月をかけて脳ミソの皺の隅々にまで染み込んだ俺の経験の全部が、勝手に体を動かしてくれる。
これは、人間にしかできない方法。
瞬時に何億何兆というパターンを演算するコンピュータとは全くの真逆。
なるべく考えずに済むよう経験から直感でパターンを絞り込む方法。
定跡の、更にその上を行く思考省略法。
そう、これが――“奇跡の仕組み”。
「……!」
簡単に言うと、なんも考えずにムチャクチャやってグチャグチャにして、経験で勝つ。
別に無闇矢鱈にやっているわけではない。適宜、零の状態を挟むのだ。0と1を繰り返す。すなわち、オンとオフを繰り返す。
仕切り直しの初手、俺は龍王のフェイクを入れながら金将で受けを見せつつ、零環さんの銀将を歩兵で対応した。
ダメージは受けるし体勢は崩れるし、いいことない。だが、これでいい。これは、ナナゼロシステムやその他定跡から大きく外すための一手である。
要は、純粋な力勝負にさえ持っていければいいのだ。
ここに技術がある。相手の研究や既存の定跡から大きくズラす感覚、これが肝だ。その感覚を研ぎ澄まし、ほんの僅かなほつれに全体重をかけて力勝負へともつれ込ませる。
だからこそ、俺は昔から逆転が多い。普通なら不可能なところからの逆転も何度もある。
これについて色々と理屈をこねて研究してくれるランカーの人も数人いたが、やはり皆、最終的にはこの結論に落ち着く。
奇跡……と。
違う。明確に違う。
力勝負へと誘い込み、オン状態で部分的に高度な手筋を繰り出し、オフ状態で反射的な領域におけるアドリブの経験差を突きつける。
これをひたすら繰り返しているだけだ。
皆、気付いていないだけ。
よく観察すれば、細かいポイントをちまちまちまちまと稼いでいるのがわかるだろう。
たとえば……ほら、今の、これとか。
零環さん、角行の突きって、こうするんですよ。
「ッ!?」
抜刀は強く握らず、根元を摘んで一気に。
瞬時に手のひらを滑らせ、下から二番目の溝に小指を引っ掛け内側へ捻る。
右肘を脇腹にしっかりと当て、左足から腰を伝って右足へと順に体重を移動、そして全体重を乗せるようにして刀を押し、右腕をバネのようにして伸ばす。
メヴィオンにおける《角行抜刀術》の突きとは、こうすることを言うのだ。
リーチ、スピード、バランス、三拍子揃った一撃。単純な角行の突きでも、正しく放ってやることで、たったの一発がこうもいやらしくなる。
ただ単に体を捻って腕を伸ばしてスキルを発動するだけの突きと比較すると、ごく僅かな違いではあるが、確かな違いでもあるのだ。
しかし、できていない人は、あまりにも多過ぎる。
意識すると途端にできなくなってしまう。定跡を辿りながら、読みを入れながら、対策に対処に牽制にと他で忙しくしていると、そこまで手が回らず、ついおざなりになる。
わかる。わかるなあ。でもそれじゃあランカーにはなれない。
極限の力勝負であればあるほど、揺るぎない基礎が生きてくるのだ。
研究の度合いや読みの深さで競うのも面白いが、力勝負で経験と基礎を比べ合うのもまた面白い。
自分の持ち味を活かして勝負できる側面を上手いこと増やしてやるのが、逆転勝ちのコツである。
これが、皆の言う奇跡の仕組み。
なんてことはない、逆転狙いの戦術の一つだ。
奇跡だなんだと囃し立てるほどのことでもない。
ただ――。
「WTF」
――気付けば、逆転している。
まあ、それでも負けてしまうこともあるんだが、概ね勝ってきた。
さて、零環さん。
このままだと何もできずに敗北してしまいますが……。
「零環さん」
大詰めへと突入しながらも、語りかける。
「今、ちょっと読んでみてくださいよ」
多分、もうわかってるはずだ。
こんなに楽しかった時間、一回でいいわけがないじゃないか。
俺たちがまた再び戦うにはどうすべきか。
過去と現在が繋がった今、読むべきはそれである。
それこそが、今を超える一手となる。
「死を克服する方法を」
「!」
侍たち皆が納得するだろう。手を叩いて祝福するだろう。
零環さんの技術は、明らかに時を超越しているのだから。
そして、その先を見たいと思うはず。
彼には今を生きていてほしいと、更なる変化を期待するはず。
あとは、本人のやる気次第だ。
「――参りました」
詰み。
もうどうやっても勝てないという状況になるまで戦い続け、零環さんは投了した。
緩やかに俺が不利となっていった序盤・中盤から、終盤で一気に逆転した試合だった。
悔しいに決まっている。
これで悔しくないプレイヤーなどいるわけがない。
共に戦いたいと、たったそれだけの願いを込めた刀を俺に遺した貴方の、その念願が叶いました。
どうでしょうか。
……また、やりたいんでしょう?
ならば、考えなければなりませんよ。
どうすれば、停滞を脱することができるのかを。
聡明な貴方ならわかるはず。
いや、俺のナナゼロシステムを対策できた貴方なら、鋭く読み切れるはずだ。
大丈夫。遠い過去と、遠い未来で、共に【抜刀術】の究極を目指し、同じ景色を見た俺たちなんだ。俺に読めたのだから、貴方にもきっと読める。
最後のピースが、何処にあるのかを。
さあ、奇跡を起こせ――。
「……セカンド、ありがとうございます」
そして、零環さんは、俺に一礼すると、アンゴルモアの方を向いて……俺の考えていた通りの言葉を口にした。
「アンゴルモア。どうか、ワタシを――精霊にしてください」
お読みいただき、ありがとうございます。
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