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238 呼んでんよ


ゴルド・マルベル:皇帝

クリアラ・マルベル:皇妃

メルソン・マルベル:皇女・姉

ライト・マルベル:皇子・弟


ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長

シガローネ・エレブニ:マルベル帝国宰相

スピカ・アムリット:マルベル帝国の占い師


セラム:メルソンの狗

ジョー:セブンに洗脳されている衛兵

オリンピア:皇子付き近衛騎士・セブンの側近




執務しつむぅ?」


 午後、オリンピアに連れていかれたのは、帝国城内にあるシックな雰囲気の広々とした部屋。なんでもここは“セブン将軍閣下の執務室”なのだという。



「はい。新たに将軍にご就任なされた騎士長には、近衛騎士長としての御勤めに加えまして、将軍としての御勤めも御座います。ですので、こちらの執務室にて本日より執り行っていただければと」


「なるほど。それで、俺は何をすればいい?」


「当面は、こちらの報告書等書類に目を通していただき、適宜ご認可やご指示をよろしくお願いいたします」


「…………おおぅ」



 オリンピアが手を向ける先には、うず高く積まれた書類が三山。


 これ全部に目を通して、いちいち認可とか指示とかするわけ? えぇ……? そんなもん、一体何日かかる?



「本日は二日分ですので、少し多めになっております。明日からは、この半分の量になるかと」



 あっ……あかんコレ。



「オリンピア」


「は」


「ナト・シャマン呼んで」


「……はっ!?」



 駄目だ、俺こういうの絶望的に向いてないんだ。こうなったら恥も外聞もない。もう一人の将軍にやり方を聞いてしまえ。



「そ、その……本当にお呼びしてよろしいのでしょうか」


 オリンピアは戸惑いながらそんなことを言う。


 ああ、そうか、ナトが怒ると思ってんだな。まあ確かに、あんだけ挑発してボコボコにしたし、そう思うのも当然か。



「構わない。別に喧嘩とかしてないし、怒らないだろう。あいつの性格はよくわかってる」


「! お二人は昔馴染みなのですか?」


「いや、演習の日が初対面だった」


「では、何故おわかりに……」


「試合って、真剣交際みたいなもんだよ。そして時には幼少期の遊びのようだし、熱い青春時代だし、人生そのものだし、一冊の本のような時もある。あいつの場合は喜劇だった。俺はザ・ナト・シャマン・ショーを十回見た。喫茶店で何時間も誰かに語れるくらいだ」


「……!」



 非常に高密度。お互いが試合のためにあらゆる手を尽くし合う。これ以上ないってくらい全力を出し切る。過去の酷い経験やひん曲がった性格を隠している暇なんてない。誰しもが本性剥き出しのまま裸でぶつかり合うのだ。これってもはや、交際を超えた何かだろう。俺はそう思う。


 そういう意味では、グロリアの気持ちもよくわかる。あいつは本があればあるだけ読んじまう本の虫だが、俺も試合ができればできるだけやっちまう試合の虫なのだ。



「このオリンピア、感服いたしましたッ! すぐにお呼びして参ります!」


 俺の持論に手拍子の如く感服したオリンピアは、回れ右してナトを呼びに向かう。



 さて、手伝ってもらおうという軽い気持ちでナト将軍を呼んでしまったが、果たして本当に来てくれるのだろうか。


 ナトは義理堅い。付き合いも良い。そして素直だ。俺は試合を通じてそう感じた。常に学び己を磨く姿勢を忘れず、何事にも粘り強く決して諦めず、プライドを抜きにして人の言葉に耳を貸せる柔軟な男、それがナトだ。


 そう、だから、きっと来てくれる――




「失礼する!!」



 ――彼の心情は、別として。



「…………」


 いやめっちゃ怒ってるやーん!!



「ず、随分早く来たな」


「将軍同士、結束を強め連携を取るようにと陛下からのご命令がありました」


「そうなのか」


「私も貴殿も、将軍。しかし、私に比べて貴殿は日が浅い」


「……?」


「私が先輩で、貴殿は後輩ということです! 先輩を呼びつける後輩など前代未聞です!」


「あ~」


 それもそうか。だから怒ってたんだな。



「すまない、気が回らなかった。次から気を付ける」


「……全く。貴殿と話していると調子が狂います」


 でも、来てくれた。やっぱりナトは、俺が思った通りのいいやつだ。



「で、大方この書類の捌き方がわからないといったところでしょうか?」


「よくわかったな、大当たりだ」


「どこまで進みました?」


「ご覧の通り」


「皆無ですね、わかりました」



 ナトは溜め息をついて呆れながら、テキパキと準備を始める。


 何やら五枚のメモ紙に文字を書いていたようで、それらを机の上に等間隔で置くと、口を開いた。



「認可・却下・保留・検討・その他。私はいつも、この五つに書類を分けます」


「おお……? 保留と検討って、どう違う?」


「保留は、貴殿が判断を下せるものにおいて特に時間をかけたいもの。検討は、宰相閣下やスピカ様、場合によっては陛下を含めご相談するような、重大なものとします」


「なるほど。その他は?」


「他四つに属さないものです。報告書などが多いでしょう」


 報告書。そういうのもあるのか。



「ほとんどが報告書のため、その他のスペースを広く取っておくべきです」


「了解」


 わかりやすいやり方だ。これなら俺でもできる。



「ナト、助かった。またわからないことがあったら聞かせてくれ」


「……いいでしょう。その代わり」


「指導か。いつでも言ってくれ」


「! ええ、ありがとう御座います」



 向上心が強く、そのためならば己の立場も忘れられる。これもナトの良いところだろう。


 俺は部屋を後にするナトにもう一度感謝を伝えて見送る。ナトはこちらをちらりと一瞥し、会釈をして去っていった。



「さて、やりますかぁ」


 吐息多めに呟いて、俺はドカッと椅子に腰かける。


 あーあ、日付が変わる前に終わればいいんだが……無理だろうなこりゃ。




  * * *




 セブンが憎い。


 その気持ちに変わりはないが、しかし。


 何故だろうか、どうにも、嫌えない・・・・男だ。


 あの男は明確に、メルソン殿下の敵。つまりは私の敵であるはずなのだ。


 だが、どうしてか嫌えない。あれほど失礼なことをされても、結局、私は許してしまった。


 彼の言葉遣いは、お世辞にも良いものとは言えない。立ち居振る舞いもそうだ。如何なる時も余裕綽々といった態度を崩さず、何処か上から目線で飄々とふざけている。馬鹿か秀才かで言えば明らかに馬鹿であるが、だからなのか相手が陛下であっても馬鹿正直に言葉を口から出す。他の誰とも違った孤高な雰囲気を纏っており、まるで魅了でもされているかのように、興味をひかれて仕方がない。


 そして何よりも、あの天上の域とも呼べる戦闘技術。それが、彼の光であると同時に闇であり、言動の一つ一つに説得力を持たせ、魅力を際限なく引き立てている。


 不思議だ。実に不思議な男だ。彼は私の敵であり、憎いのは間違いないが、どうしてか同時に敬意も感じている。


 それにしても、どうして私は、彼のことがこれほどよくわかるのだろう。ああ、不思議だ。



「――ナト、何処へ行っていたの! お前には私の警護を固めろと指示していたはずよ!」


「は……申し訳御座いません。殿下の警護は隊の者に任せ、将軍同士の連携を図るためセブンの元へ行っておりました」



 急ぎメルソン殿下の元へと戻るも、私は叱責を受けてしまった。


 メルソン殿下は私の釈明に目を鋭くし、言葉を続ける。



「セブン!? よりによってセブン!? ふざけるのも大概にしなさい! 罰としてお前の休暇を一日取り上げるわ!」



 私は頭を下げるよりない。


 しかし、近頃のメルソン殿下はあまりにも心の余裕が欠けている。殿下は何をここまで焦り、恐れているのだろうか。


 ……いや、相手は明白か。今、殿下が口にしたばかりだ。



「お言葉で御座いますが、殿下。たとえ私が十人いようと、セブンは止められません」


「!!?」


「それはあちらも存じているはず。にもかかわらず襲ってこないということは、今後も同様に襲ってくるような心配はないでしょう」


「楽観的すぎる! 虎視眈々と好機を窺っているに違いないわ!」


「殿下。いずれにせよ、私にも、近衛にも、影にも、あの男を止めることはできません」


「ではどうしろって言うのよ!!」



 ご乱心だ。メルソン殿下は、こんなにも追い詰められている。かつてないほどに。


 たった一人の男が、たったの十日間で、あの勇ましく聡明な殿下をここまで追い詰めたのだ。


 やはり、セブンが憎い。心の底から憎いが……畏敬の念を抱かずにはいられない。



「殿下、お気を確かに。恐怖に呑まれてはなりません。正しい恐怖を抱くのです」


「っ……正しい恐怖、ですって?」


「はい。正しく恐れることこそ、必要なことでしょう。幸いにも現在は、セブン側から仕掛けるつもりはないようです。であれば、今のうちにでき得る限りの対策を打つべきかと」


「……っ……」


「殿下、どうか落ち着いてください。普段の冷静な殿下ならば、きっと打開策を思い付かれるはずです」



 私がなんとか宥めると、殿下はようやく鎮静化してきた。


 はぁ、と深い溜め息をついて、私の目を覗き込む。



「……ナト、お前の言う通りよ。私は些か冷静さを欠いていたようね。おかげで落ち着いたわ」


「いえ、それでこそ殿下で御座います。私の敬愛するお方です」


「嬉しいわ。流石は私の騎士。そんなお前は、何か策があるの?」


「は。二つほど」


「言ってみなさい」



 恐らく、メルソン殿下は武力でライト殿下に劣ってしまっている現状に不安を抱いている。


 特にセブンの存在が大きい。セブンの力が絶大なあまりに、自分の命が狙われているとまで錯覚してしまっていた。殿下にとってセブンは、邪魔で邪魔で仕方のない存在だろう。


 ……もしや、殿下は影を使ってセブンに暗殺を仕掛けたか? ゆえにその報復を恐れている? そう考えれば、殿下のこの焦燥したご様子も辻褄が合う。そうか、ならばやはり――。



「一つは、セブンに対抗し得るであろう影を増やすこと。数で勝つか、質で勝つか。前者ならば、少なくとも十五人は必要でしょう。後者ならば、天下一と謳われるほどの豪傑でなければ難しいでしょう」


「愚策ね。どちらも現実的ではないわ」



 そう、あくまで、これは理想だ。


 本命は、次の策。



「もう一つは――シガローネ閣下に助力を求めることです。セブンに対抗し得るのは、帝国城内ではあの方しかおりません」




  * * *




 翌朝、執務室に現れたオリンピアへ、俺は開口一番こう伝えた。



「おはよう御座います、騎士長。本日は――」


「ナト呼んで」


「はっ……?」


「ナ゛ド呼゛ん゛でぇ!!」


「は、はいぃ!!」



 あーあ、結局徹夜だよ! あーあ!


 半分しか終わらなかった。もう限界だ。やっとれんわこんなもん。




「だから、私を呼びつけるなとあれほど――!」


「ナトッ!!」


「!?」



 五分かそこらで来てくれたナトへ、俺は縋るように口にする。



「手伝ってえぇぇ~……」


「…………」



 ナトは沈黙し、頭痛がするのか、額に手を当ててゆっくりと深く息を吐いた。



「はぁ。で、何に困っているんです? 順に言ってみてください」


「ナト!」


「いいから。朝食までには終わらせますよ」


「助かる!!」



 やっぱりナトなんだよなぁ!



「まずこの報告書が鬱陶しくて堪らん。お前これ読んでる?」


「当たり前です」


「おいおいぶっちゃけろって! ここだけの話、読んでないだろ? な?」


「……斜め読みの時もありますが」


「だろォーッ? 誰が何処に配属されたとか体調不良でお休みとか部屋の窓硝子を割ったとか、死ぬほどどうでもいいんだよマジで」


「まあ、正直言いまして……軽く内容を流し見て、重要そうでなければ置いてしまっていいでしょう。かけて十秒です。五分も十分も読んでいたら、日が暮れてしまいます」


「だよなぁ!」


 ナトも鬱陶しく思っていたようだ。なんかテンション上がってきた。徹夜特有のアレだろう。



 ……それから三十分ほど、俺はナトの適切なアドバイスを受けながら、バリバリと書類を処理していった。



「西側の訓練場を広げるために木を伐採したいという要望が来ていたんだが、これは俺で決めてしまっていいのか?」


「場所にもよりますが、陛下のお許しを得てからがよいでしょう。基本的に、帝国城のものは全て、陛下のものですから」


「なるほど、それもそうか」


「……今更ですが、あまり私に書類の内容を教えない方がよいのでは? 同じ将軍とはいえ、私に知られたくないこともあるでしょう」


「俺は特にない」


「そ、そうですか」


 守秘義務的なものがあるのかもしれないが、知ったことか。俺なんかを将軍にする方が悪い。



「おや、これは……コーヒーを零したのですか?」


 引き続き書類を捌いていると、染みゾーンに突入した。書類の下の方の数枚に、とある液体が染みちゃったのだ。結果、黒い染みが十枚以上の書類についてしまっている。



「ああ、そうそう、これなあ。夜中になんか暗殺者が来たから返り討ちにしたら、が飛んじゃって」


「は……?」


「昨日とは別のやつだった。迷惑な話だよ全く」


「……!?」



 ナトは目を見開き、ガタリと椅子を倒しながらその場で立ち上がった。


 どうしたんだろう。急な便意か?



「二度も、暗殺されかけたと、言うのですか!?」


「いや、三回。そうか、お前は知らないんだな」



 メルソンから聞かされていないようだ。祝宴のワインと、《香車暗殺術》の時と、徹夜中。計三回、俺は狙われている。



「失礼するっ……!」


「あ? おう、ありがとなー?」



 ナトは何やら焦った様子で執務室を出ていった。メルソンに俺の暗殺を知らされてなかったことがショックだったのかな? それともトイレだろうか?


 俺はその背中に感謝を伝えつつ、首を傾げるしかなかった。




  * * *




「――殿下! もうこれ以上、危険なことはお止めください!」



 ナト・シャマンは必死の形相で、メルソンへと直談判する。


 先ほど彼は、心底、血の気が引いたのだ。


 セブンは気付いている――暗殺しようと企んでいる者が、メルソンだということを。


 にもかかわらず、メルソンの手先であるナトを目の前にして、あのように振る舞った。


 まるで相手にしていないのだ。まさに余裕そのもの。「その気になればどうとでもできる」と、顔に書いてあった。



「昨日、シガローネ閣下へ助力を求めるという策に決まったではありませんか!」



 とにかくセブンを「その気」にさせてはいけない……そう考えたナトは、メルソンによる挑発ともとれる行為を止めさせるべく、語気を強めて口にする。


 仏の顔が三度までならば、もう既に、二人はこの世にいないはずなのだから。



「それは勿論、実行するわ」


「では!」


「でも、念には念をよ。シガローネだけで対抗できるとは思えない。シガローネが本気で助力してくれるとも思えない。なら私は、可能性ある限り暗殺を続け、実力ある影を増やし、天下一の殺し屋を探す。お前の言っていた策を全部やってやるわ。そうでもしなければ、帝国は守れない……!」



 しかし、メルソンは暗殺を止めようとはしなかった。


 帝国を守るためには、自分が次期皇帝になるしかない。そう思い込んでいるからこそ、セブンの排除に固執する。そして、その好機は、どうしてかセブンに反撃のつもりがない今しかなかった。


 攻撃こそ最大の防御であると、メルソンは自分に言い聞かせているのだ。



「ナト、お前にも仕掛けてもらうわ。隙を見て、セブンの飲み物にこれを混ぜなさい」


「殿下……そこまで」


「言うな。父上は変わってしまわれた。シガローネでは苛烈すぎる。ライトはまだ稚拙。他はいないわ。私が、このメルソン・マルベルが、次の皇帝になるよりないのよ――」




お読みいただき、ありがとうございます。


面白かったり続きが気になったりしたそこのお方、画面下☆から【ポイント】評価★を入れて応援していただけたら最高です。そうすると作者が喜んで色々とよい循環があるかもしれません。【ブックマーク】や《感想》や《レビュー》もとてもとても嬉しいです。「書籍版」買ってもらえたり「コミカライズ」読んでもらえたり「宣伝」してもらえたりしたらもう究極に幸せです。何卒よろしくお願いいたします。


更新情報等は沢村治太郎のTwitterにてどうぞ~。



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― 新着の感想 ―
メルソンとホントの優しさ持つ人を一緒にして悪いが………こういう人達に多いのが他人の為と勘違いしている自分の為って言うエゴイスト。まぁ人間は大同小異の小異を大異に拡大しちゃうので、自覚している奴としてな…
[気になる点] なぜ占い師の方を排除しないのか
[一言] メルソンの立場と気持ちもよくわかるが、結局は生まれついての王族 自分の考えが一番正しい!から抜け出せないからどんどん周りと歯車が噛み合わなくなっていくね 歩み寄ったり話し合うとかそういう妥協…
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