219 死、消え残る近衛騎士
ゴルド・マルベル:皇帝
クリアラ・マルベル:皇帝の妻
メルソン・マルベル:皇女・姉
ライト・マルベル:皇子・弟
セラム:メルソン派のスパイ?
ナト・シャマン:マルベル帝国将軍・近衛騎士長
ラスカ・プロムナード:アルファの父親・新興貴族
アルファ・プロムナード:巨乳地味眼鏡エルフ・叡将戦出場者
「さて、久しぶりだなアルファ」
ライトとかいう生意気な皇子が屋敷を出ていったところで、俺はアルファに普段の調子で話しかけた。
眼鏡の奥の表情を見るに、アルファはもう気付いているようだ。俺がセカンド・ファーステストだということを。
「やはり、そう、なのですね……」
アルファは一言呟いて沈黙し、メイドの方を向くと、ゆっくり口を開いた。
「きっと、プロムナード家は取り潰されるでしょう。貴女たちには長らく世話になりました。わずかですが、私から退職金を差し上げます」
「お嬢様、それは受け取れません! 私たちは、当主様の命令とはいえ、お嬢様をずっと部屋に閉じ込めていたのですよ!?」
「ええ。貴女たちは、父のせいで、汚さずともよい手を悪事に染めてしまった。だからこそ、次はせめて、真っ当な仕事ができるようにと、私は願っています」
「っ……お嬢様……!」
メイド長と思しき女が、目を潤ませながら、アルファから決して少なくない金を恐る恐る受け取る。
彼女は屋敷にいる使用人たち全員を集めると、アルファの目の前で、その金をきっちりと等分した。
「お別れです。さあ、行きなさい」
アルファが言うと、使用人たちは深々と頭を下げ、部屋を去っていった。
「いいのか?」
俺が聞くと、アルファはこくりと頷く。
「私の貯金です。家のお金は、多分、今後の賠償に必要でしょうから」
ほへー。人間ができているというか、なんというか、まあ……。
「よくお人好しって言われないか?」
父親の金をあげておけばよかったのにと思い、俺はそう言った。
すると、アルファは「ふふっ」と笑って、振り返りながら口にする。
「ええ、まあ……でも、貴方の方こそ、言われませんか?」
細い声と、気の弱そうな佇まい、自信のなさそうな顔は、相変わらずだ。しかし、今の彼女には、以前には感じなかった、何かが吹っ切れたような雰囲気があった。
そして、俺と真正面から向き合うと、アルファは真剣な表情で沈黙を破った。
「ありがとうございました。また、助けていただきました」
「前回はおっぱいに釣られたが、今回は違うぞ」
「ふふふっ。ええ、存じています。それに、きっと、前回も……」
「美化はやめとけ」
「……まあ、そういうことに、しておきます」
おっぱいに釣られたのは本当である。それ以上でも以下でもない。
すると、アルファは何やらもじもじとしてから、おもむろに口を開いた。
「ところで、私、無一文になってしまいました。どうしましょう……師匠」
師匠、ね。今後は俺のことをそう呼ぶことに決めたのだろうか。
アルファのやつ、少し照れたように俯きながら、困り顔で、上目遣いにそんなことを言ってくるとは。
……狙ってやってんのか無意識なのか。まあどっちでもいい。いずれにせよ、そういうのに俺は弱いのだ。
「お前が勘違いしないよう、二つだけ訂正しておこうか」
「?」
「確かに、弟子は師匠を頼ってもいい。だが決して甘えるな。俺のことは“本当の本当にいざという時しか役に立たないボンクラ”だと思っておけ。お前がピンチに陥った時の、十回に一回は助けてやる。残りの九回は、知らん」
「は、はい」
「あと、俺はお人好しなんかじゃあない。気まぐれに親切なだけだ」
「は、はあ」
グロリアが「自分で言うのそれ?」と呆れたような顔でこっちを見ているが、紛れもない事実なのだから仕方がない。
「じゃ、お前は先に帰ってな。ついでにグロリアも王都まで送ろう」
言いながら、あんこを《魔召喚》する。
アルファは「あっ」と理解したような反応を見せたが、グロリアはなんのこっちゃわからないという顔をしていた。
「百聞は一見に如かずだ。アルファを見てな」
あんこを自宅に《暗黒転移》させ、すぐさまアルファを《暗黒召喚》させる。
「え!」
「消えたです、いなくなったです」
「あんこは自分の記憶している影なら何処へでも瞬時に転移できて、記憶しているものならなんでも瞬時に召喚できるのだ。どうだ、凄かろうが。これぞあんこの真骨頂よ」
「う、うん、確かに凄いけど」
「何故自慢げです? 何故誇らしげです?」
……言われてみればだな。何故だろう。でも、俺のことじゃないのに、ついつい自慢したくなっちゃうんだよなぁ。
「え、じゃあ、セカンド」
「一つ疑問です、一つ質問です」
「どうしてあの子に使わなかったの?」
「いつでも救出できたです、いつでも奪還できたです」
ああ、アルファに使わなかった理由か。
「あんこを見られたら俺だとバレる。リスクを承知で深夜に決行してもよかったが、当初はまさかこんな状況になってるとは思ってなかったからなあ」
「なるほどです、納得です」
「結果オーライ?」
「だな。今なら、このタイミングが一番良かったんじゃないかと思える。まあ、そこはうちの軍師がイイ感じに調整してくれたみたいだが」
流石と言うべきか、ベストな形で解決できたと思う。
「さて、短い旅だったが、これでお別れだ。楽しかったよ」
そろそろ一分。あんこのクールタイムが終わり、グロリアもファーステスト邸に《暗黒召喚》される頃だ。
「うん。わたしも楽しかった」
「また旅したいです、また誘ってほしいです」
「そうだな。機会があればな。お前の方から誘ってくれてもいいぞ」
「じゃあ、絶対、誘うね」
「聞きたいこといっぱいです、話したいことたくさんです」
「ああ、そうだ。帰宅する前にうちの書庫に寄るといい。魔導書は全属性の肆ノ型まで揃ってるし、スキル本も山ほどある。俺が話したあれこれをメイドが書き留めて本にまとめたものとか、アイソロイスの地下大図書館で拾った古書とか、そこらじゃ売られてないような本が色々あるから、きっと楽しいぞ」
別れ際、つい気まぐれにそんなことを言ってしまった。
グロリアはズズズッと俺に急接近して、ムフーッと鼻息を荒くする。
「わ、わたし! 全部読み終わるまで帰――」
と、ここでグロリアが消えた。一分経って召喚されたのだろう。
全部読み終わるまで帰らない、と言っていたに違いない。グロリアに成長してほしい俺としてはむしろウェルカムなので、ユカリに「部屋を用意してやってくれ」とメッセージを送っておく。
「……………………」
で、一仕事終えたわけだが。
こっからどうすればいいわけ?
現在、俺は家主不在のプロムナード家に一人きりである。
ウィンフィルドからは、グロリアと一緒にここを訪れれば事態が動き出すとだけ聞いていた。
確かに、動き出したとは思う。ラスカ・プロムナードは叩けば叩くほどホコリが出てくるだろうから、確保したライト皇子が手柄を立てた形だ。帝国の膿を一人排除したことを評価され、姉のメルソン・マルベルと近衛騎士長のナト・シャマンとかいう男に対する牽制もできるという、まさに一石二鳥の事件である。
だが、果たしてそれだけで帝国は崩壊するのだろうか?
疑問だ。それに、俺という駒がちっとも躍動していないから、いまいちスッキリ感がない。あのピッタリ詰ますのが大好きな軍師なら、もっと楽しく派手に豪快に帝国を寄せに行くはずである。
「とは言いつつなあ……」
ウィンフィルドなら、という確信はあっても、現状何も起こらないので困ってしまう。
まあ、ずっとここにいても仕方がない。とりあえず、この屋敷を出よう……。
「――ようやく出てきたか、無礼者」
……なるほど、こう来るかあ。
いや、しかし、まさか、さっき説教くらわせた皇子本人が待ち構えているとは思わなかった。
「無礼な俺になんの用だ?」
目を見てそう返してやると、ライト皇子はぴくっと肩を震わせてから顔を赤くする。怒りっぽいなあ、こいつ。カルシウム足りてなさそうだ。
「ふん、まあいい。お前に敬語を使える頭脳がないことは知っている。特別に許してやろう」
「何様だお前」
「僕は皇子だ。そして、これからお前が仕えるご主人様だ。ほら、挨拶をしろ」
………………はい?
「殿下、その……正気ですか?」
ほら見ろ。近衛騎士にも言われてらぁ。
「うるさいぞ、近衛風情が僕に意見するな。そもそもお前はクビだと言っただろう。今からこのセブンという男がお前の代わりだ」
「!?」
おいちょっと待て。
ということはなんだ、ただの召使じゃなくて、騎士に、それも近衛騎士になれと?
「セブン、お前にも身支度があるだろう。明日は僕もアカーでの公務がある。明後日の朝までに準備をして、僕と共に帝都へ来い」
「お、お待ちを、殿下! こんな胡散臭い無礼者を、近衛騎士にすると仰るのですか!?」
「そうだ。もう決めたことだ。お前、一々うるさいな。クビにされるだけじゃなく、その首も刎ねられたいのか?」
「……っ……!」
近衛騎士の男は一発で黙らされた。
どうやらライト皇子は、俺が断るわけがないと思い込んでいるようだ。傲慢な皇子らしいワガママっぷりである。
……まあ、断らないけどさ。
帝国内部へ潜り込める、またとないチャンスだ。
「わかった。お前に力を貸してやろう。だが、一つだけ条件がある」
「は? 条件? 皇子である僕に、条件だと?」
ある程度なら我慢できるが、流石にタイトル戦をごっこ遊び呼ばわりされちゃあ、仮といえども主従関係を続けていくことなどできない。
「……今度俺の目の前で生意気言ってみろ。手が出るぞ」
「――っ!」
だから、警告しておく。
ずいっと顔を近付け、目を覗き込み、低い声で。
俺が説教していた時の、こいつの潤んだ目。あれは絶対に効いていた目だ。
この皇子には耳がある。俺のような輩の言葉でも、しっかりと聴くことのできる耳だ。そういう意味では、マインに似ているな。
「ほ、本当に、無礼な男だな! 明後日までに、少しは敬語を身に付けておけっ!」
ライト皇子はそう怒鳴ってそっぽを向くと、逃げるようにスタスタと馬車へ歩いていってしまった。
「おい! 俺はどうすればいい!」
「そこの近衛から心得でも学んでおけ、無礼者!」
そこの近衛って、クビが決まってるこいつか。
まあ、仕事の引継ぎくらいは必要だろう。
「よろしく」
「……貴様というやつは、殿下だけでなく俺にまでそのような口を利くか」
呆れられた。
やれやれ、先が思いやられるな……。
* * *
その日の晩。
ライト皇子の近衛騎士の男たちは、アカーの街の中心にある酒場に非番の者だけ集まって、酒を飲みながら愚痴を言い合っていた。
「あのセブンとかいう男、本当に不躾な野郎だ」
「殿下にあんな口を利いて、命が惜しくないのか?」
「まあ、あの説教には正直スッキリしたけどな。その後のデカイ態度が問題だ」
「俺たちにもタメ口とは恐れ入った!」
「もはや呆れるしかない」
「ありゃ秒速でクビになるな。その上、良くて牢屋行き、下手すりゃ死だ」
「殿下に飽きられたが最後、尽きる運命だな。そのうち消されることになる」
「いや、案外消え残るかもしれんぞ。あいつ無駄に図太そうだから」
「消えるに一杯」
「俺も消えるに一杯」
「じゃあ俺は消え残るに二杯だ」
「しっかし、殿下のワガママも今に始まったことではないが……いい加減に勘弁願いたいものだな」
「…………」
皆が一様に愚痴をこぼし、セブンの行く末に酒の奢りを賭ける中、一人だけ不快そうな表情のまま黙る男がいた。
クビを宣告された近衛騎士の男だ。
彼は、悔しかったのである。
自分は、ライト皇子のためを思ってハッキリと進言したというのに、クビとなった。一方のセブンは、散々な言葉遣いで説教を垂れ、近衛騎士となった。
あまりに不公平だ――と、思ってしまったのだ。
非常に無礼で、剣の腕は不明、出自も不明、そんな男がどうしていきなり皇子の近衛騎士に? そして、どうして自分はクビに?
当然、納得いくわけがない。
だが、あのワガママなライト皇子から離れられるというのは、彼にとってはプラスだ。この際、クビになることは、むしろ有り難く思えた。
ゆえに、男の憎悪は、セブンへと集中する。
「おい、どうした。お前も飲めよ」
酒を差し出す同僚に、男は口を開いた。
「なあ。あいつ、ハメないか」
「何?」
「明日、殿下は公務だろ? その隙に、殿下からの課題だとかなんとか言って、無理難題を押し付けてやるのさ。そしたらあいつは明後日の集合時間に現れない」
「……しかし、殿下にバレやしないだろうか」
「大丈夫だ。もっともらしい課題を出しておけば、もしバレても、心得を教えるためだのなんだの言って誤魔化せる」
「だったら、まあ……いけるか」
「ああ。それに俺はどうせクビになるんだ。いざとなったら俺が課題を出したことにしてお前らは黙っとけ」
この一言で、近衛騎士たちは大いに盛り上がる。
そして、あれはどうだこれはどうだと、皆で案を出し合って、セブンをハメる作戦を立て始めた。
そんな折、酒場を意外な集団が訪れる。
「――お? あいつら、何故こんなところに」
近衛騎士の一人が気付いたのは、酒場の入口からぞろぞろと入ってきた十人ほどの帝国兵だった。
兵士たちはまだ近衛騎士の存在に気付いていない。
「おい! 挨拶!」
酔っ払った近衛騎士がそう声を上げると、気付いた兵士たちは慌てて駆け寄ってきた。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ないです」
「そうだな、気付くのが遅れたな。本来、お前らのような下っ端は、俺たちがお前らに気付くより先に俺たちに気付いて、挨拶に来るのが礼儀ってもんだろう」
「はい。仰る通りで御座います」
マルベル帝国は徹底された実力主義社会。つまりは、非常に厳しい縦社会でもある。
実力のある有能な者は見る見るうちに出世し、実力のない無能な者はいつまで経っても一兵卒のままだ。
単なる帝国兵から見れば、近衛騎士などまさに天上人。逆らえるわけのない相手であった。
「これは、罰を与えないとな」
「そんな! ご勘弁を。明日には任務もあるのです」
「ほう? 任務か。どんな任務だ」
「調査で御座います。乙等級のグリースダンジョンのボスを調べてこいとのお達しでして」
兵士の口から出た言葉に、近衛騎士たちはニヤリと笑みを浮かべる。
「へぇ! そいつは厳しい任務だなぁ」
「はい。何週間かかるか、わかったものでは御座いません……」
まさに、お誂え向きの任務と言えた。
「よし。お前らに一つ指示を出す」
これで、あいつは明後日には戻ってこれまい。近衛騎士の男はニヤつきながら、兵士たちへ命令する。
「――明日より、うちの新人が、お前らを指揮する」
お読みいただき、ありがとうございます。
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セカサブ第4巻が、2020年2月10日に発売予定です!!
まろ先生の描く挿絵が今回も想像を絶するほど素敵なので、ぜひ!
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続きが気になる! コミカライズも連載中です!
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