198 闘神位戦 その1
【体術】 攻撃:(STR+DEX+AGI)/2.56
《龍王体術》 前方への非常に強力な範囲攻撃 (衝撃破)
《龍馬体術》 前方への加速攻撃 (ダッシュパンチ)
《飛車体術》 非常に強力な単体攻撃+溜め (パンチ)
《角行体術》 全方位範囲攻撃 (回し蹴り)
《金将体術》 近距離範囲攻撃+防御 (タックル)
《銀将体術》 強力な単体攻撃 (パンチ)
《桂馬体術》 前方への跳躍攻撃 (飛び蹴り)
《香車体術》 近距離範囲攻撃 (キック)
《歩兵体術》 通常攻撃 (パンチ)
☆ノヴァ・バルテレモン闘神位
A キュベロ
B レンコ
C セカンド・ファーステスト
D ダビドフ
{(A vs B) vs (C vs D)} vs ノヴァ・バルテレモン闘神位
闘神位戦、挑戦者決定トーナメント準決勝第一試合、キュベロ対レンコ。
闘技場は一風変わった緊張に包まれていた。
中央で向かい合う二人は、言わば同門。
表向きでは、共にセカンド・ファーステストの仲間と捉えられているが。
知っている者は知っている。キュベロが、大義賊R6の若頭だったということを。レンコが、大義賊R6の親分リームスマの娘だということを。そして今、彼女は新生義賊R6のリーダーであるということを。
つまりは、新旧対決。義賊同士の勝負であるがゆえ、おかしな緊張感があった。
「キュベロ。あんた、そんな服着て暑くないのかい?」
「お嬢、義賊たるもの、常にきちんとした恰好をしていなければなりません。そのような露出の多い服装をしていては、下の者たちに示しがつかないでしょう」
「ふん。相変わらず説教くさいね、あんたは」
「お嬢こそ、親分譲りの馬耳東風っぷりです」
「……親父は、R6は、関係ないよ。あたいは新生R6のリーダー。義賊の在り方も変わったのさ。あんたの古くさい義賊の常識を押し付けないでおくれ」
「なるほど。古くさい、ですか」
炎天下の中、執事服をぴっしりと着こなすキュベロ。対するレンコは、Tシャツにホットパンツという軽装だ。
「――互いに礼! 構え!」
審判の号令に従い、両者位置につく。
「あたいはあたいのやり方でやらせてもらうよ」
レンコはインベントリから“ミスリルナックルダスター”を取り出し、拳に装着しながらそう言った。
キュベロは「やれやれ」といった風に溜め息を一つ、白い手袋を外してインベントリに入れ、生の拳のまま胸の前で軽く構える。
「おい、何も装備しないのかい? そんなんじゃあ、あたいには――」
「――お嬢」
舐めたような口を利くレンコの言葉を遮り、キュベロは静かな声で言い放った。
「粋がるのも大概にしろ」
「……ッ……」
甘やかしていたのだ。
親分リームスマの娘。キュベロにとっては身内も身内、娘のような妹のような思いでずっと見守ってきた相手。
しかし、それは、レンコがカタギであったから。
新生義賊R6……キュベロにとっては、鼻で笑ってしまうようなおままごとである。
ここで教えてやらなければならないと、キュベロは意を決した。
本物の、義賊の生きざまというものを。
「――始め!」
試合開始の合図が響くと同時に、互いに疾駆し、距離を詰める。
己のAGIに自信のあったレンコは、不意に気が付いた。キュベロもまた、相当に素早いということに。
驕っていたのだ。【体術】に関しては、ラズベリーベルに教わった自分に一日の長があると。
しかし今や、条件はほぼ対等。互いに【体術】スキルを全て九段に上げ、それ以外のスキルで差があると言えば【剣術】と《変身》くらいのもの。だが、闘神位戦中に他スキルは使用できないうえ、【剣術】で上昇するのは主にSTR。AGIだけを見れば、二人の間に大した差はない。
この半年間、レンコは何もしていなかったわけではないが……それでも、特別何かをしていたわけでもない。レンコは、R6の活動が忙しいからと自分に言い訳をして、元より高いスキルランクに胡坐をかいていた。仲間内で最も先を進んでいたからこその油断だ。
これまでの人生において数えきれないほどの対人戦をこなし、この半年間も弛まぬ努力を続けてきたキュベロと、元より強いとはいえ特に何もしていなかったレンコと、どちらの方が喧嘩に強いかと問われれば、誰しもが前者を選ぶことだろう。
「!」
距離が詰まり、間合いに入った瞬間、キュベロは足を止めて《銀将体術》を発動する。
強力な単体攻撃のスキル。つまりは、強めのパンチ。たったそれだけの、単純な攻撃のはずだった。だが……レンコは、何故か、身を竦ませた。
とても怖ろしく見えたのだ。キュベロのことが、とても怖ろしく。
父親の手下の少し口うるさい世話焼きな男だと、そう思っていた相手が、今、冷たい顔で自分に向けて拳を構えている――それが、レンコにとっては恐怖以外の何ものでもなかった。
キュベロという男とはこんなにも恐ろしい存在だったのかと、ここにきて初めて思い知る。
……違い過ぎるのだ。潜り抜けてきた場数が。それが、痛いほどによくわかった。
死と隣り合わせの修羅場を何度も何度も乗り越えてきた者は、ただ拳を握るだけで、これほどまでに迫力が出るのだ。
「……あ」
レンコは、明らかに初動が遅れた。
慌てて《歩兵体術》を準備するも、もう遅い。
「ッ!!」
ゴンッ――と、頭蓋骨に拳がぶつかる鈍い音が鳴る。
ゆらゆらと、キュベロの《銀将体術》に体勢を崩したレンコは、三歩後退した。
「気合いが入っていません」
直後、キュベロは《龍馬体術》の準備を始める。
前方への加速攻撃、すなわちダッシュパンチのスキル。追撃としては申し分ないと言えた。
これを喰らってはひとたまりもない。レンコは一瞬の逡巡の末、《金将体術》を準備した。近距離範囲攻撃+防御のスキルである。
「だから、言っているでしょう。腰抜けがッ!」
「!?」
キュベロの一喝。
怒鳴っているキュベロの姿を、レンコは初めて目にした。
だが、これこそがキュベロの素である。下の者に向かって語りかける若頭の顔だ。
「うッ……!」
瞬間、レンコのクロスした腕に、キュベロの《龍馬体術》による抉るようなダッシュパンチが炸裂する。
金将と龍馬では、言わずもがな龍馬の方が高威力。ましてやカウンタースキルのような特殊な効果を金将は有していない。単純に、火力負けしてしまうことは明らかだった。
そう、キュベロの言った通りなのだ。
腰抜け――つまりは、消極的。
【体術】における全てのスキルは、攻撃であると同時に防御でもある。相手の攻めに対する受け方は、二通りしかない。躱すか、ぶつけるか。後者で勝とうとするならば、力で押し勝つしかない。
そのような当然のことは、レンコもわかっていたはずだ。しかし、彼女は腰が引けていた。キュベロにビビってしまった。ゆえに《金将体術》による防御という、防御のみを目的とした消極的な一手を放ってしまったのだ。
「クソッ!!」
レンコは後方へと吹き飛び、よろめいて尻餅をついた。
……思うような勝負ができていない。焦燥感から吠えたレンコは、地面に拳を突きながら立ち上がろうと力をこめる。
そんな大きな隙を、キュベロが見逃すはずがない。
「……ッ」
コツコツと革靴を鳴らしながら近づき、余裕たっぷりに目の前へと立つ。
キュベロを見上げたレンコの喉奥で、悲鳴を無理矢理飲み込んだような音が鳴った。
「 」
その直後、キュベロの《歩兵体術》がダウン中のレンコの頬にめり込んだ。
振り下ろすような、まるでハンマーのようなパンチであった。
「か、ひゅっ」
追撃は《角行体術》。全方位範囲攻撃のキックが、横たわったままのレンコの腹部を捉えた。
重みの乗った蹴りの直撃で、レンコは呼吸もままならない。
もはや一方的。勝負はついたも同然。
だが、キュベロは一切その手を緩めようとはしない。
これが、もしも実戦なら。
義賊同士の勝負に、手加減などあり得ないのだ。
「義賊とは、悪人を殺す悪人。お天道様に背を向けて生涯を終える覚悟が、表情一つ動かさず他人を殺す覚悟が、幾度拳を受けようと最後の最後まで立ち上がり続ける覚悟が、お嬢にはおありか」
「…………あ、ある……ね……ッ」
見下ろすキュベロに対して、レンコは歯を見せながらそう言い捨てた。
軽はずみな口答え。キュベロは一拍置いた後、口を開いた。
「ならば立ち上がって見せろ。今、ここでだ」
「……っ……」
「立てないのだろう? 私が、怖いのだろう? 立ち上がったところで無駄だと、そう思ってしまうのだろう? ああ……知っている」
レンコは、立てなかった。
意地と根性には人一倍の自信があった彼女が、立てなかったのだ。
その理由を、キュベロは誰よりもよくわかっていた。
「軽いんだ。これといった信念もなく覚悟に即答するお前は、軽い。背負うものもなく繰り出すお前の拳は、軽い。立てる時にしか立たないお前は、軽いんだよ」
「立てる時にしか、立たない……」
「どうせ負けるから立ち上がっても無駄だと投げ出すな。無駄だとわかっていても立ち上がることに意味がある。それが覚悟だ。覚悟は口先だけで示すものではない。行動で示すものだ」
かつては同じ道を通った者だからこそわかること。
義賊として生きることは、辛い。
今ならまだ間に合うのだ。レンコは、まだ、真っ当に生きられる。
「……失礼。しかし、お嬢の生き方を決められるのは、お嬢だけです」
「!」
「義賊の真似事でもよいと、セカンド様は仰いましたが……私は今でも反対です。義賊ばかりは、なってはいけない。お嬢は、悪人になってはいけない」
「だからって、こんな所で、そんなこと」
「これが最後の機会だと、そう思いましたもので。私は、この場で、この衆目の中で、お嬢に誓っていただきたい。カタギとして生きると」
「キュベロ、あんた……ッ」
「さあ、お嬢……!」
キュベロは《飛車体術》の準備を完了させ、ダウン中のレンコへと問いかけた。
溜めるほど強力なパンチのスキル。レンコが返答を考えている間に、それは最大まで溜まった。
「…………」
ふと、レンコは思い出す。
セカンドに、新生R6としての門出の背中を押された時のことを。
彼はこう言っていたのだ。「好きなようにやってみろ。楽しいと思うなら、それが正解だ」――と。
「……ふん」
思わず、鼻で笑ってしまった。
簡単なパズルだったのだ。
セカンドとキュベロが散りばめたピースを並べれば、正解は、一目瞭然。
「あんたたちって、本当に……さぁ」
なんとお節介で、なんと世話焼きな男たちだろうか、と……レンコは無意識のうちに笑みを浮かべる。
ずっと、このままではいけないような気がしていた。
何かが欠けているような気がしていた。
今だ。
変わらなければならない。
今、この時、この場で。
その機会を、二人が、否、皆が、与えてくれた。
「ぐ、う、うぅぅ~……ッッッ」
歯を食いしばり、脚に力を入れる。
体中のあちこちに激痛が走ったが、それがどうしたというのか。
キュベロと向かい合い、しっかりと目を見つめ、言い放つ。
「悪人だぁ? 義賊が悪人だなんて誰が決めたんだい? あんたに悪人と言われる筋合いはないよ。あたいはね、あたいの好きなように義賊をやるのさッ……!」
「お嬢は、義賊は悪人ではないと仰るのですか」
「違う。あたいが、あたいのやり方で、確認すんのさ。義賊が、悪人かどうかをね」
「甘い。後悔しますよ」
「女々しいよ。認めな……あたいの、義賊の形を」
「……どうしても、カタギには戻っていただけませんか」
キュベロの最後の問いかけに、レンコは「ふっ」と一笑し、口を開いた。
「クソ喰らえさ」
ハッキリと答えを提示する。
そして、「それにね」と一言、ふらつく体をなんとか両の脚で支え、《桂馬体術》の準備を開始しながら、口にした。
「指図されんのは、嫌いだよ――ッ」
キュベロは静かに俯き、瞑目する。
その間、僅か一秒。彼の口元は、一度笑ったように曲がり、そして、顔を上げる頃には、鬼の形相となっていた。
「はッ!!」
「ふッ!!」
レンコの《桂馬体術》による飛び蹴りと、キュベロの最大まで溜められた《飛車体術》の拳がぶつかり合う。
まるで岩と岩が凄まじい速度で激突したかのような轟音が鳴り響き、衝撃と同時にぶわりと土煙が舞い上がった。
「……お見事」
土煙が晴れると、そこには。
倒れ伏すレンコと、微笑みを浮かべるキュベロの姿。
「――それまで! 勝者、キュベロ!」
あれほど、怖い思いをさせたというのに。
最後の最後まで、レンコはレンコ流の義賊を貫き通した。
自分の足で立ち上がり、自分の言葉を口にした。
それができるのなら、もう何も心配は要らない。
「お嬢、お見事……!」
もう一度だけ、キュベロは噛み締めるように呟くと、インベントリからハンカチを取り出し、顔に滲んだ汗を拭った。
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