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175 霊王戦 幕間



「奪還ならず敗北に終わってしまいましたが、今のお気持ちは!」

「大きな差があったように思われますが、原因はなんだとお考えですか!」

「次回に向けての抱負がありましたらお聞かせください!」


 夏季霊王れいおう戦が終わるやいなや、ヴォーグは控え室へと至る通路で、大勢の新聞記者から取材を受ける。


 半年前の彼女は、彼らを無視する余裕がまだ残っていた。


 しかし、現在の彼女は……。



「たまたま作戦が噛み合わなかったのよ。サラマンダラがもっときちんと動けていたら結果はわからなかったわ。私、この半年、ちょっと忙しかったから、次はしっかり準備して挑みたいわね。でも彼、とても性格悪いから、きっと私にだけ勝てるような意地の悪い作戦を立ててくるんじゃないかしら?」



 言い訳と中傷が、口を衝いて出る。


 仕方がない、と言えた。

 事実を語るならば「全てにおいてセカンドに劣っていたから」としか答えられない質問。そんな惨めな言葉など、元霊王のプライドが許すはずもない。


 彼女の精神状態はギリギリだった。聡明だったはずの彼女は、今やその嘘が自分の首をじわじわと絞めていることにさえ気付けない。


 百年の努力を全否定されたのだ、当然である。むしろ彼女は、驚くほど強かった。この強さを、セカンドは見抜いていたに違いない。ゆえに、彼女をここまで粉微塵に潰したのだ。



「セカンド来るぞ!」


 ヴォーグを囲んで盛り上がる取材陣が、慌てて走ってきた記者の報告で一気に静まる。


 直後、闘技場側のドアを開けてセカンドが通路に入ってきた。



「セカンド三冠! 防衛おめでとうございます! 今のお気持ちは!」

「これで二冠目の防衛となりましたが、三冠目への意気込みは!」

「今季は何冠獲得されるおつもりなのでしょうか! お聞かせください!」


 記者たちは一気に移動する。ヴォーグに対して感謝の言葉すらなく。


 ついには、ヴォーグの前から一人残らず記者がいなくなった。



「なんなのよ……」



 惨め。この一言に尽きる。


 ヴォーグは立ち去ることすら忘れ、取材陣に囲まれるセカンドをただぼうっと眺めることしかできなかった。




「ん? おい、お前らヴォーグにも取材したのか」


 すると、そんなヴォーグの様子に気付いたセカンドが、記者たちへと逆に質問を投げかける。


「え、ええ」

「どんな取材だ」

「その、敗因などについて」

「冗談だろ?」

「え? いえ……」


 一瞬にして、空気が冷たいものへと変わった。


 皆、感じ取ったのだ――怒っている、と。



「ヴォーグに取材したやつ、正直に手を挙げろ」


 セカンドが言うも、誰も手を挙げない。


 ……否、一人だけ、恐る恐る手を挙げる記者がいた。


「お前は」

「ヴィンズ新聞です」

「ああ、あの」


 セカンドは一つ頷き、そして周囲の記者を見回す。


「お前はどんな質問をした?」


「……申し訳ありません、どうやら聞き違えていたようです。誰も手を挙げないものですから、私はてっきり取材していない者が手を挙げるのかと」



 瞬間、記者たちは「やられた!」という顔をする。


 事実、ヴィンズ新聞はヴォーグに対して取材をしていない。何故なら編集長からNGが出ていたからだ。


 挙手をしたこの記者は、編集長から指示を出された当初はその理由を理解していなかったが、つい先ほど、全てを理解した。セカンドが怒るからだ、と。


 であれば、他の新聞社を出し抜く好機。上手く機転を利かせ、見事、この場にいる記者全員をハメたのだ。


「そうか。じゃあヴィンズ新聞以外のやつらは帰れ」

「…………」

「何してる。早く帰れ」

「…………」


 記者たちは困惑するばかりで、動かない。


「なんだよ、何か文句があるのか? お前らはヴォーグに取材したんだろう? そんな配慮のないやつらに用はない。ここにいたって目障りなだけだから早く帰れと言ってるんだ」


 セカンドは一から説明するように言う。


 記者たちは今更「取材していません」と嘘は言えなかった。後ろでヴォーグ本人が見ているからだ。



「構いませんが、何を書かれても文句は言えませんよ」


 人垣の中で、記者の誰かがそんな捨て台詞を口にした。


 それはセカンドに対する脅しのようなもの。しかし、当のセカンドは「はいはい」と気にも留めない様子。


 そして、ヴィンズ新聞の記者が、ぼそりと呟く。


「あーあ」


 そう、あーあ、である。


 彼は知っているのだ。ほぼ間違いなく、あの新聞社へあの恐ろしい軍師が訪ねることになるであろうと。


 不満げな表情で去っていく記者たちを見ながら、そんなことを考えていた彼は、小さく勝者の笑みを浮かべた。


「さて、じゃあ聞こうか」

「はい。それではまず、今回の試合において新たにお披露目となった魔物の特徴などについて――」







「よもや、ミロク様が魔物であったなどとは……」


 観戦席の一角。

 着物に身を包み腰に刀を引っ提げた集団が、戦慄の表情を浮かべて語り合っていた。


「今更で御座いましょう、ミスター・カンベエ。ミーはそうではないかと予てから疑っておりましたよ」

「ボクはびっくりだなぁ……どう見ても人間だもん。でもセカンド君が失格にならないってことは、ミロク様が魔物っていうことの証明なんだよね……」


 霊王戦で召喚できるのは精霊か魔物のいずれか。それ以外を試合に参加させた時点で失格となる。すなわち、ミロクは魔物であるという何よりの証明であった。


「しかしそれ以上にびっくりなのはセカンド君だよ。一閃座いっせんざ戦も霊王戦も、頭一つ抜けていると思わない? その上、抜刀術もなんて……あり得る? もう、反則じゃないか」

「マサムネ殿」

「何? アカネコちゃん」

「師は、それだけでは御座いませぬ」

「……いや、うん。知ってるけど、あんまり考えたくないかなぁ」


 追い付けそうにないって自覚しちゃうんだ、と呟くマサムネ。


 アカネコは「ふっ」と一笑し、口を開く。


「マサムネ殿ならば、いつかは追いつけましょう。齢十六にして家元となったその才能、決して偽りではありませぬ。ミロク様も、マサムネ殿の才能を見抜き弁才べんざい流と名付けられたのでは?」

「だといいんだけれどね」

「いざとなれば、師に直接教えを乞えばよいのです。マサムネ殿のためならば、師は苦もなく日帰りで刀八ノ国トウハチノクニを連日訪れましょう」

「そ、それは、嬉しいけど……ゴホン! ところでアカネコちゃん。セカンド君のこと、師って呼んでるんだね」

「……紆余曲折ありまして。普段は呼び捨てにしておりますが」

「へぇ~! 随分と仲よくなったねぇ」

「そういった理由では御座いませぬ! 全く、セカンドと来たら! 全く!」

「……はは、ええと、随分と溜まってるご様子で」

「あの男の滅茶苦茶具合を毎日見ていれば、文句の千や二千、溜まりもします!」

「お、多いなぁ文句が……」


 不意にセカンドに対する文句が怒涛の如く噴出するアカネコ。マサムネは優しい顔で「うんうん」と聞いてあげていた。



「バイ・ダ・ウェイ、アザミ殿はどちらにおられるのかな? 半年前に別れて以来、ミーは割と心配していたのです」

「ああ、アザミ姉さん。なんかすっごい繁盛しちゃって、毘沙門びしゃもん戦当日しか余裕ないらしいよ」

「アイ・シー。センキュー、マサムネ殿。安心しました」


 アザミの経営するパン屋は、タイトル戦という一大イベントにおいて、見事に繁忙期を迎えていた。


 辺りを見渡せば、アザミのパンを持っている観戦客の姿もちらほら。


「アカネコちゃんはもう食べた?」

「それが、まだなのです。修行に明け暮れていたものですから」

「真面目だねぇ」

「いえ、そういうわけでは。できることならば、故郷の皆と楽しみたかったので御座います」

「そっか……楽しみだね」

「ええ……」


 長い刀八ノ国の歴史の中で、初めての行事である。


 皆、形は違えど、この夏をとても楽しみにしていた。



「あ、アカネコさんっ、拙者がパンを買って参りましょうか? 喉が渇いておれば何か飲み物も……ああ、そうだ、暑いようでしたら、拙者が団扇で」

「結構です、カンベエ殿」

「さ、左様ですか。あ、何か不便が御座いましたら拙者に」

「お気遣いなく」

「さ、左様ですか……」


 マサムネの「頑張れカンベエ君」という憐憫にも似た呟きに、がっくりと肩を落とすカンベエであった。







「ねえ、あの人ってさ」

「え? あ、えーっと、確か……」

「エスさんね」

「知っているのか副会長!」

「ファーステストの使用人、それも十傑じっけつと謳われる伝説の十人のメイドの一人よ」

「流石アロマ副会長、キモいまである知識」

「まあ私も知ってましたけどね。咄嗟に思い出せなかっただけですけどね」

「何、この……何」

「ヲタクすぎるだろ」

「知識自慢かよ。いいぞもっとやれ」


 霊王戦も終わり、帰路につく姦しい集団。


 彼女たちの前に現れたのは、赤毛のサイドポニーの正統派メイド、十傑のエスであった。


 エスは彼女たちに気が付くと、麗らかに会釈し、それからゆっくりと歩み寄る。


「こ、こっちにいらっしゃる件」

「やべぇよやべぇよ……」

「うちらなんか目に余ることしちゃいましたっけ?」

「場合によっちゃあ毎日してるんだが」

「それな」


 突然のことに困惑する彼女たちへ、エスは静かに口を開いた。



「今日もご主人様の応援を誠にありがとうございました。明日もどうぞよろしくお願いいたします」


「へ!?」

「えっ、いえ、こちらこそっ! ありがと、ござましたっ」

「よ、よろしゅく、おながいしゃまっす!」


 予想外の言葉に、ファンクラブの面々は極度の緊張で噛み噛みになって返事をする。


 エスはにこやかに微笑むと、言葉を続けた。


「アロマ様はいらっしゃいますか?」

「え、はいっ。私です」

「少しよろしいですか?」

「は、はい!」


 呼び出されたのは、副会長アロマ・ヴァニラ。


 二人で少しだけ離れると、エスは本題を切り出した。


「近頃、プリンス天網座てんもうざのファンクラブの方々が荒れている様子です。絡まれたりはしませんでしたか?」

「……っ! ええ、はい。昨日、帰り道に」

「何かされてはおりませんか?」

「大きな顔するなとか、悔しがりなさいとか、言っていただけですね」

「そうでしたか……」


 やはり、という顔で頷くエス。


「何かあったのですか?」

「はい。彼女たちは今、内部分裂状態にあります。なんでも、この半年で約三割が脱会したとか。現在も、脱会者は後を絶たない模様です」

「……なるほど」

「ええ、アロマ様のご予想の通りでしょう」


 アロマの予想とは、“プリンスファン”から“セカンドファン”への鞍替え。


 事実、その流れは顕著にあった。ゆえに……。


「彼女たちは、ご主人様のファンを逆恨みしています。私ども使用人も全力を尽くしてはおりますが、アロマ様もどうかご留意を」

「エスさん。ご尽力、そしてご忠告、本当にありがとうございます。皆に危険が及ばないよう、私も気を付けます」

「はい、よろしくお願いいたします。皆様に何かありましたら、ご主人様も悲しみますから」


 エスは話を終えると、優雅に一礼し、去っていく。


 アロマはその後姿をぼんやりと見送った。



「副会長、一体なんの話だったんです?」

「……ファーステスト……何処までも素晴らしい方々ね……」

「あ、駄目だ、ヤられてる」




  * * *




「信じらんないっすよもぉーっ!」


 むせび泣く犬耳の青年カピート君。

 酒が入っているせいか、声がやたらでかい。


「セカンドさん! 見ましたよね!? あの性悪女、当てつけみたいにアクアドラゴンをテイムしてきたんすよ!?」

「もっと凄い魔物をテイムすりゃいいじゃん」

「かぁーっ! 流石っす! その女に完膚なきまでに圧勝した男は言うことが違いますねぇ!」


 褒められているはずなのに、なんか腹立つな。

 よし、慰めるつもりだったが、説教してやれ。


「アースドラゴンと、ホノオウルフと、カミカゼイーグルだったか」

「そうっすそうっす」

「いいチョイスだな。だがこのままではヴォーグに勝てないってのはわかるか?」

「っすね。絶望的だと思います、自分でも」

「何が足りないと思う」

「……精霊、ですか」

「と?」

「と……? えーと、あと、もっと強い魔物っすか?」

「と?」

「とぉ……? えー……あ、ステータスっす!」

「と?」

「え、まだあるんすか!? えーっと……」

「いや、そんくらいだった」

「なんなんすか!」


 そう、精霊と、魔物と、ステータス。つまり……


「お前、全て劣ってるぞ。ヴォーグに」

「……い、言わないでくださいよぉ……」


 犬耳をしゅんとさせて、がくっと項垂れた。


 そんな情けない様子を横で見ていたシェリィが、口を開く。


「つまり、ヴォーグに圧勝したセカンドには、全てが圧倒的に劣ってるってことよね」

「うぎゃあああーっ!」


 カピート君が叫びながら耳を塞いだ。


 いや、人間部分の耳を塞いでも、犬耳があるからあんまり意味はないんじゃなかろうか……?


「というかシェリィ。お前も人のこと言えないだろ」

「ふんっ、私はいいのよ。なんてったって、伸びしろがあるんだから!」

「めげてないな」

「当然でしょ! あんたに勝つまでは絶対やめないわよ」

「いいぞ、その調子だ」


 そして、俺へと挑むことになった時、シェリィもまたヴォーグと同じ絶望を味わうことになるだろう。


 カピート君は、それ以前の問題。今回の敗北を乗り越えられるかどうかだな。



「……うん、シェリィさんの言う通りっす! いつまでもめげてちゃ駄目ですね。そう、伸びしろ! ああ、いい言葉っす~」


 ……いや、大丈夫そうだった。単純だなぁカピート君……。




「あ、ところでセカンドさん。あの魔物、いや、魔人? 一体なんなんすか。オレ、見たことも聞いたこともないんですけど」

「あ、私も気になるわ。まあ、秘密って言うんなら、今度の勝負まで楽しみにしといてあげるけどっ」


 宴もたけなわという頃、二人が唐突に尋ねてきた。


 ミロクか。確かに、ずっと人型のままだったから、なんの魔物かわからないだろうな。いや、元の姿に戻ったとしても、多分わからないだろうが……。


「とりあえず喚ぶか」


 俺は《魔召喚》を発動し、ミロクを召喚する。



「――あるじ、話がある」


 直後、ミロクは現れるやいないや、話の流れをぶった切って喋りだした。


「おお、いきなりどうした」

は生まれて初めてあのような大勢の人間を目にした。まさに御披露目に相応しい大舞台、余のために準備していただいたこと、心より感謝仕る」

「いや、俺があの人数を集めたわけじゃないが」

「否。余は大観衆を前に余の抜刀を披露できたことが嬉しいのだ。この機会は、彼の島にて常住起居するままでは決して訪れ得なかった。ゆえに、主に心からの感謝を。これで死した侍たちも少しは浮かばれるというもの」

「ああ、そうか、そういうことか」


 こいつは死んだ侍たちの意志を背負って生きてきた魔人。つまり、侍と意志を同じくしている。大観衆の前で腕自慢ができて嬉しくない侍などいない。ミロクの中の侍の血が喜べば、こいつもまた喜ばしいのだろう。


 あっ。


「なるほどなぁ。だからお前、あんなに張り切ってたのか」

「……よせ、主。他の者も聞いている」


 恥ずかしがってんな。


「なんか、技、出しちゃってたもんな。三つも」

「……………………」


 無言で腕を組み、静かに瞑目するミロク。心なしか頬が赤い。



「なんというか……思ったより可愛いっすね」

「もの凄く人間っぽい魔物なのね」


 そうなんだよ。人間を吸収し続けた結果なのか、元からなのかはわからないが、ミロクは見た目も中身もとても人間的なやつだ。


 だからこそ、安心してアカネコを任せられた。


 俺から見ても抜群に【抜刀術】のセンスがあるアカネコが、何百という侍の魂を受け継ぎ、更には0k4NNさんの魂までをも吸収したミロクのもとで、一体どう化けるのか。興味は尽きない。


 ミロク曰く「開花は近い」とのこと。毘沙門戦が楽しみだ。



 ……あ、毘沙門戦で思い出した。


「そうだユカリ、明日はなんだっけ」

「また確認していなかったのですね、ご主人様」

「何度も言わせるな。確認するわけがないだろう」

「いえ、ですから何故……いや、言ってもしょうがないですね」


 ユカリは半ば呆れながら、明日の予定を教えてくれた。



「明日は千手将せんじゅしょう戦です」



お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] ファンクラブにサッカー部員とか専属調教師が混ざってるの笑っちゃうんすよね
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