128 さようなら
あとがきに【お知らせ】がありまっす。
久方ぶりにピリピリしていた。
現在、俺はレイスで『seven』に変化している。
何故か服装が初期装備だったが、かつての容姿に変化することができた。武器防具などの装備はセカンドの状態のままなので、見た目だけがレイスによって変わっているのだろう。
――sevenに変化できる。それすなわち、この世界の何処かにsevenの情報が保存されているということ。クラックされたはずのsevenのデータが、である。
この世界は、メヴィウス・オンラインと繋がっている。確定だ。理由も目的も、何一つわからないが……。
まあ、いいや。それは一先ず置いておく。
問題は、sevenに変化できたことでも、季節感皆無のアロハシャツでもない。
「一発でも喰らったら終わり」ということだ。
レイスは少しでもダメージを受けたら変化を解いてしまう。つまり、一発でも攻撃を受けると、俺がセカンド・ファーステストだという事実が瞬時に明るみとなる。結果、多方面に面倒くさい事態が巻き起こる。それは避けたい。
今、ネクスのステータスは狂化剤によって20倍されている。
こりゃ平たく言って“反則”だ。
普通に考えて、相手と20倍も差が開いたら勝負にならない。
……だが、対峙してわかった。どうやらそこまで心配する必要はなさそうだ。何故なら。
「届いてないんだよなあ……」
ネクスは「まだまだ」だった。
世界ランキング上位の常連、当時俺と世界一位を争っていた「ランカー」たちのステータスに、ネクスはこれっぽっちも届いていなかったのだ。
「――シネッ!」
愚直な《銀将剣術》の斬りおろし。
いくら今の俺のステータスが低かろうが、いくら狂化ネクスとのステータスに差があろうが……ハッキリ言おう。あくびが出る。
「いいこと教えてやる」
俺はミスリルロングボウを構え、《金将弓術》のノックバック効果でネクスを弾きながら、ネクス以外のやつらに語りかけた。
狂化剤の効果時間10分を耐えきれば勝ち、と。20倍のステータスに恐れをなしてついついそう考えがちだが、そんな腑抜けた気持ちじゃあ上手く行くものも上手く行かない。
そう、古来より伝わる格言の通りである。
「『攻撃こそ最大の防御』だ」
相手に攻めの余裕を与えない。これこそが理想形。
俺はインベントリから“お皿”を出して装備し、《飛車盾術》で突進する。メヴィオンにおいて「お皿を装備」した場合、お皿は盾の扱いとなる。それを利用した移動方法の小ワザだ。
ネクスの目の前でスキルをキャンセル、即座にお皿を仕舞い、ミスリルロングソードを装備しながら《銀将剣術》を発動、直後にキャンセル、それから《香車剣術》と《桂馬剣術》の複合で胸部を狙って突きを放つ。
ネクスは《歩兵剣術》で弾いて止めようとしたが……そりゃ明らかなミスだな。
ロックンチェアの言う通り、ロスマンより弱いかもしれない。ロスマンならフェイントに騙されず対応できただろう一手だ。
「ナニ!?」
香車の貫通効果は、同じく貫通効果のあるスキルでしか弾けない。
俺の放った突きはぶつけられた《歩兵剣術》を素通りして、ネクスの胸部に直撃した。
20倍のVITのせいか突き刺さるまではいかなかったものの、《桂馬剣術》の急所特効で倍率が加算され、まあまあなダメージになったはずだ。
「クソッ……!」
ネクスは反撃に出ようと体勢を立て直すが……もう、なんというか、隙だらけで笑えてくる。
俺は矢継ぎ早に準備していた《角行剣術》でネクスの右腕を狙いながら剣を斜めに滑らせた。《角行剣術》も貫通効果を持つ。【剣術】で対応するなら香車か角行をぶつけるか、金将で弾くか。だが、いずれもネクスは準備しておらず、これから準備しても間に合わない。となれば、後は避けるしかないが……
「グアァッ!」
まあ喰らうよなぁ。
だが、ネクスの腕は切断できなかった。20倍のVITに助けられたようだ。
……じゃあ、アレをやるか。「パリスタン」を。
「シネ! シネ! シネェエエエ!」
焦ってきたのか必死の形相で斬りかかってくるネクス。
俺は再びお皿を取り出して装備しながら、その様子をしっかりと観察する。
そして、ネクスの《銀将剣術》が俺の脳天に直撃する0.277~0.250秒前の0.027秒間に《銀将盾術》を発動した。ここが反撃パリィのタイミングである。
「よっ」
パリィ成功。ネクスのように剣をなんの捻りもなく振ってくる相手ならばギリギリまで剣を目視できるため、成功しない方がおかしい。
ここからがパリスタンの大変なところ。
パリィとほぼ同時に弓に持ち替え、後方へ吹き飛ぶ相手の頭部に《歩兵弓術》を可能な限りぶち込む。
頭部に直撃した場合は6.25%でスタン効果が発動するため、それを狙っているのだ。
……全弾命中。ダウン中含め、5発ぶち込めた。今回はスタンせず。残念。
「ウアアアアアッ!!」
ネクスは絶叫しながら起き上がり、今度は《飛車剣術》で斬りかかってきた。
……なんだろう。こいつの【剣術】は、つまんねえ。悲しいかな、この世界の一閃座戦が比較的高レベルだったことが判明したな。
相手の攻撃が銀将でも飛車でも、やることは同じ。《銀将盾術》によるパリィである。
「アアアッ!」
悔しそうな悲鳴をあげながらお皿に弾かれるネクス。
《歩兵弓術》を1発2発3発と撃って、4発目。運良くネクスがスタンした。パリスタン成功である。
「よしよし」
もうそろそろ狂化剤の残り時間3分が経過する頃だろう。
俺はネクスの頭側に移動し、《龍馬弓術》を準備する。
「ショットガン」だ。《龍馬弓術》は強力な貫通矢を何十発も同時に放つ範囲攻撃。これを“ゼロ距離”で直撃させれば、全ての矢が相手に命中し、【弓術】最大の瞬間火力を発揮する。
ということで、仰向けに倒れてスタンしているネクスの頭頂部目がけて、俺は《龍馬弓術》をゼロ距離で発動した。
「――ッ!!」
ドバンッ! と空気が振動する。
クリティカルヒット。ネクスはきりもみ回転しながら5メートル吹き飛び、地面にドサリと落下。こりゃ相当なダメージが入ったな。
直後、俺はバックステップ1回、剣に持ち替えて《龍王剣術》の準備を開始する。ネクスくらいのAGIなら、ダウン中に7メートル離れていれば、十分に準備が間に合うだろう。
「グッ……ウウ……!」
ネクスは龍馬の衝撃でスタン状態が解け、大量の血を流しながらふらふらと起き上がる。
こちらに向かってくる途中、俺が《龍王剣術》の準備を完了したことに気付くと……不意に絶望の表情を見せた。
「辞世の句を聞こう」
残り数秒。また、出血量から残りHPの少なさもうかがえる。恐らく《龍王剣術》を耐えられるようなHP残量ではないのだろう。
……このまま俺に向かってこようが、全てを諦めようが、どちらにせよ、ネクスの死は確定している。
何かを言い残すなら、今しかない。
「ワ、ワタシは……ッ」
ぎゅっと剣を握りしめ……ネクスは、《飛車剣術》を準備した。その頬に涙を伝わせながら。
そして、斬りかかってくる。
俺に。他の誰にでもなく、俺に。
「……………………」
戦士として死にたい。それが彼の最期の意思だと感じた。
俺は《龍王剣術》を発動する。前方への強力な範囲攻撃+スタン効果。躱す方法は、もはやない。
龍王の赤黒い光が、青白い光を放つネクスを包み込む。
まるで天へと昇っていくような、上方への凝縮された力の奔流。
迫り来る死を前にして、ネクスは、ぽつりと口にした。
「……オカアサン……」
…………誰だって、死にたくないもんな。
逃れようのない死に直面し、考えることは。教皇への忠誠でも、戦士としての誇りでも、なんでもない。ただ、母親へと助けを求める、子どもの叫びだけだった。
「さようなら」
* * *
異常。
まさしく異常。
突如現れたsevenと名乗る絶世の美男は、理解の範疇を超えた強さであった。
何百という兵士を屠ったブライトンと、同じく一騎当千の活躍を見せたレンコ。その二人が同時に戦い、そのうえレンコが切り札の《変身》を使ったにもかかわらず、手も足も出なかった相手『狂化ネクス』。タイトル保持者ロックンチェア金剛すら歯が立たなかった強敵。
そんなネクスを、sevenという男は完封したのだ。
一撃も受けることなく、余裕すら見せつけながら、アロハシャツに短パンにサンダルで。
異常と言う他ない。
「……な、なんだい、ありゃあ」
瀕死状態でダウンしつつも、顔だけ動かしながら対戦を観ていたレンコは、思わず呟く。
彼女は薄々気づいていた。sevenという男が、セカンド・ファーステストなのではないかと。
一度手合わせをしたからわかるのだ。あの独特な「相手の攻めを潰す動き」のいやらしさ、見れば見るほどセカンドに似ていた。
「…………はは、おかしいよ。あんなの、おかしい……」
呆れて笑ってしまう。
レンコは、心の何処かで、自分のことを特別だと思い込んでいた。聖女ラズベリーベルの特別だと。
ラズベリーベルから特別にスキル習得方法や経験値の稼ぎ方を授かり、《変身》という見たことも聞いたこともない特別なスキルを授かり、天狗になっていたのだ。
あの夜、暗い森の中で、その伸びきった鼻は一度折られたはずであった。
だが、本当に根元からポッキリと折られた瞬間は、まさに今この時であった。
自分が最もラズベリーベルのことを知っていると、最もラズベリーベルの寵愛を受けていると、そう思っていたのに。
sevenが現れた瞬間のラズベリーベルの笑顔で、全てを理解した。
ラズベリーベルとsevenは、レンコの想定の何倍も何十倍も、深く繋がり合っていたのだ。
役に立てれば、命を賭ければ、ラズベリーベルは自分のことを見てくれる。利用し利用される関係から、真の友になれると、レンコはそう信じていた。
……実際には。ラズベリーベルが見ているのは、今も昔も、ただ一人。「センパイ」だけであった。
「兄さん、腕は」
「ああ。お前のポーションのお陰だ。この通り問題ない」
「よかった」
一方、ネクスに腕を斬り落とされたブライトンは、ロックンチェアから高級ポーションを受け取り回復していた。
彼ら二人は兄弟。しかし、こうして顔を合わせるのは何年振りか思い出せないほど経っていた。何処かぎこちない空気の中、ブライトンが口を開く。
「……呼吸するようなパリィだ」
「ええ。寸分のズレもありません。これでは金剛の立つ瀬がないですね」
「そんなことはない! お前に剣術があれば、彼と似たようなことができていたと私は思う。お前にはそれだけの才能がある」
「ははは、それは兄バカというやつですよ……僕にあの美しさは出せない。悔しいけれど」
談笑。
sevenが戦い始めてから1分も経てば、ステータス20倍の敵を前にして兄弟が談笑するほどの余裕が生まれていた。
絶対的な安定感である。sevenの戦闘には、観る者に「ああもう終わった」と思わせてしまう不思議な雰囲気があった。
「あの方はお前の知り合いか?」
「いえ、僕は知りませんね。まあ、なんとなく予想はついていますが」
「何だと? 私は知らないな。あれほど異常に強ければ、一度でも目にしたら忘れないはずだが……」
「ええ……あれほど異常な人なら、忘れたくても忘れられませんよ」
ロックンチェアはsevenの正体を語らない。
正体を隠している事情に気づき、ミスリルピアスというビンゴの景品に大きな恩を感じているからこそ、実の兄にも語らないのだ。
「……ありがとう。強くなったな、ロックンチェア。お前が来なかったら革命は果たせなかった」
「僕だって、自分の手で仇をとりたかったんです。間に合ってホッとしていますよ」
「結局、お前の手も汚させてしまった。私は兄失格だ」
「気にしないでください。ただ、まさかタイトルを獲ってすぐに革命とは思っていませんでしたが」
「すまない、チャンスはここしかなかったんだ」
タイトル保持者となり国際的な影響力を得て、キャスタル王国にコネクションをつくり、ディザートの資金を稼ぎながら、カメル神国へと方々から圧力をかける。それがロックンチェアの目的。
だが、実を言えば、それはブライトンの兄心であった。【盾術】が好きな弟をもっともらしい理由でカメル神国から遠ざけ、タイトル戦に熱中させる。唯一の肉親、才能ある弟を革命で失いたくなかったブライトンの、深い家族愛と言えた。
「そして、あの方にも最大級の感謝を」
「いえ、それは要りません。僕がいずれ伝えておきます」
「何? …………そうか、そうだな」
気遣いの上手いロックンチェア。その兄もまた、気遣い上手であった。
「……ああ、帰ってきた。あれが、あれこそが、うちが憧れた男の背中やぁ……っ」
さようなら、と。
ネクスに別れの挨拶を告げながら《龍王剣術》で屠ったsevenを見つめて、ラズベリーベルは胸を熱くする。
この世界に転生してより数ヶ月、一時たりとも忘れたことのない、恋い焦がれ続けた相手。
改めて自覚する。ラズベリーベルは、鈴木いちごは、佐藤七郎のことが好きで好きで堪らなかった。
恋だ。愛だ。恋愛だ。ラブが溢れて止まらないのだ。
「ば、馬鹿な……!? ネクスが敗れるとは……!」
目がハートになっているラズベリーベルの2メートル横で、大声を出すブラック教皇。
こいつしばいたろかな、と。水をさされたラズベリーベルが殺意をむき出しにした瞬間――教皇が、狂った笑みを浮かべてラズベリーベルの方を睨んだ。
「は、はははは! 駒を失ったのなら補充するまでよ! シーク、貴様も使えッ!」
「はっ」
なんと教皇は、インベントリからもう一つの“狂化剤”を取り出し、ネクスの部下である近衛兵のシークに突きつけた。
シークはラズベリーベルに背を向け、教皇の目の前へと移動する。
「……なんだ、どうした! 恐れをなしたかシーク! 早く使え! これは命令だ!」
狂化剤を押しつける教皇。
しかし、何故だかそれを手に取らず、棒立ちするシーク。
何が起きているのかわからず、皆が頭にハテナを浮かべる中。
アロハの男が、おもむろに口を開いた。
「もういいぞ、コンサデ」
「畏まりました」
コンサデと呼ばれ、返事をした者は……近衛兵シーク。
「何? シーク、貴様ッ――」
教皇が何かを言おうとした瞬間。
シークの右手が微かに動き、キラリと空中で細い何かが煌いた。
その直後。
ボトッ……と。
教皇の首が、体と別れ、地面に落下する。
次いで体が膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。シークは一歩さがり、血の吹き出るそれを無表情で躱す。
「な、何を――!?」
突然のことに驚き、ブライトンがsevenへと視線を向ける。
……だが、既に。そこにアロハシャツを着た男の姿はなかった。
「消えた!?」
「……ああ、なるほど」
ロックンチェアが瞬時に理解する。華麗なるカレーの店『カライ』で目にした転移だと気づいたのだ。
その予想の通り、セカンドはあんこをファーステスト邸に《魔召喚》したまま待機させており、ユカリへチーム限定通信で「あんこに合図を」とメッセージを送っていた。結果、忽然と姿を消したように見せたのである。
「なあ、自分、もしかしてセンパイの……」
皆が突然いなくなったsevenに驚いている中、ラズベリーベルがシークへと話しかけた。
シークは無表情のままラズベリーベルに向き合うと、こくりと静かに頷き、沈黙を破る。
「後で迎えに来る、とご主人様が申しております」
「そっか! センパイによろしゅうな」
一言伝え、返事を聞いた瞬間。シークもまた姿を消した。
あんこの《暗黒召喚》のクールタイム60秒が経過し、シーク、否、コードネーム:コンサデ、否、ルナもまたファーステスト邸に召喚されたのだ。
「……………………」
ラズベリーベル以外の面々は。
目の前で巻き起こる怒涛の展開の数々を、唖然として見ていることしかできなかった。
ただ、一つだけハッキリとしていることは。
革命は、成された――。
お読みいただき、ありがとうございます。
あ、書籍化します。
あと作品の題名をちょっぴり変えます。
詳しくは活動報告にて。




