113 ラブレター・フロム・カメル
翌日。
この日は朝からアルフレッドと約束をしていた。
ビンゴ大会の景品で、アルフレッドの弟子となったミックス姉妹へ“アドバイス”をすることになっている。
「本日は世話になる」
玄関入って、開口一番に綺麗なお辞儀をしながら挨拶をする壮年の男。盲目の弓術師アルフレッドだ。
「…………っ」
「……よろしくお願いします」
その後ろには、姉のディーと妹のジェイの姿が。二人とも不服そうな顔で、一応の挨拶をしている。
「じゃあ、早速だがアドバイスをしようと思う」
俺は三人を連れて、家の中ではなく、家の外へと歩を進めた。
三人は意外そうな顔でついてくる。この反応、彼女たちはてっきり「アドバイスは実技ではない」と思っていたのかもしれない。
まさか。口で言うだけで劇的に進化できるのは素人まで。そこから先は地道な積み重ねだ。
「エルンテに勝てるようなアドバイスをくれと、アルフレッドからそう聞いていた。結構なことだ。だが現状、お前らには圧倒的に足りていないものがある。分かるか?」
道すがら、問いかけてみる。
最初に口を開いたのは、妹の方だった。
「時間、でしょう。お師……エルンテ鬼穿将に、勝つためには、半年ではとても足りません」
「不正解」
きっぱり言ってやると、ジェイは俺を睨みながらぶすくれた表情を見せる。
「姉、お前はどう思う」
「ディーよ」
「ディー。お前の意見は」
「……鬼穿将に、私たちの手の内が知られすぎているわ。何か作戦を立てないと」
「7割方不正解」
確かに必要なことだが、それは現状で圧倒的に必要とされている要素ではない。全てが揃った後に考えるべきことである。
ふむ、妹より姉の方が幾分か見込みがありそうだ。時間をかければいいと思っている間は、決して成長などない。姉に良い影響を受けてくれればいいが、駄目だった場合、彼女は落ちこぼれるだろうな。
「――正解は、Aim力だ」
それから数十秒待って、答えを教えてやる。
Aim力とは即ち、迅速かつ正確に狙いを定め矢を標的へと命中させる能力である。
「エイムって……私たちは鬼穿将戦出場者よ? 舐めないで!」
「姉さんの言う通りです。そんな基礎中の基礎、私たちはもうとっくに……!」
出た出た。砂上の楼閣在住の慢心傲慢怠慢シスターズが。
「お前らのその傲慢で怠慢ですぐ慢心するところも徐々に更生していかないとな」
ため息をつきながらアルフレッドの方を見ると、彼は俺の視線を感じ取ったのかニコリと微笑んだ。更生は任せておけということだろう。
「さ、着いたぞ」
十分ほど歩いて、ヴァニラ湖の湖畔に到着する。
ここは並の運動場よりも広いため、動き回っても何ら問題はない場所だ。ただ、足場は相当に悪い。大小まざった砂利だらけで、普通に歩いていても安定しないことがある。
「ここで一体何をするのよ?」
「くだらないことだったら、承知しませんから」
単純に首を傾げるディーと、その陰から俺を威嚇するジェイ。アドバイスと聞いていたのに、何の説明もなしに湖畔へ連れてこられたのだから、疑問に思って当然だ。
「今日、お前らには、Aim力強化の訓練方法を教える。見て覚えて帰れ。以上」
「…………はぁ?」
「訓練方法だけですか? それって、アドバイスでも何でもありませんよね」
だって、訓練なら自分たちでもう既にしているから――とでも言いたいんだろうか。
「間違った訓練を続けるほど愚かなことはないぞ」
「お師匠様のお教えが間違っていると言うのですか!」
「え、いや、うん。そうだけども」
予想以上の剣幕で怒鳴られて、つい呆れ笑いしてしまった。
なるほど。どうやらジェイの方が、エルンテによる洗脳教育の効果が酷く出ているみたいだ。
「俺に歩兵弓術だけでボッコボコにされたあの爺さんを信じるか、歩兵弓術だけでボッコボコにした俺を信じるか。好きにしろよ」
俺は二人を試すように、二者択一を投げかけた。
ちなみに俺が《歩兵弓術》だけでボッコボコのクソミソにできた理由は、ひとえにAim力の差である。
「……いいわ、見せてみなさい。その訓練方法」
「姉さん!?」
「ジェイ、冷静に考えるのよ。多分、彼の言う通りだわ。鬼穿将は、本当に、私たちへ嘘を教えていたのかもしれない」
「でも! 現鬼穿将はお師匠様です! エキシビションでこの男に負けたのも実はわざとで、夏季に勝つための布石だったのかも……!」
「じゃあ……じゃあっ、どうして私たちを見捨てたの! どうして、ミックス家の弓術指南役を放り出して何処かへ消えてしまったの! どうして私たちは何十年も成長しないままなのよ!!」
「……ね、姉さん……」
溜め込んでいたものが一気に爆発したかのように、ディーは絶叫する。
ジェイはそんな姉の様子を見て、黙るしかなかったようだ。彼女も疑問に思ったのだろう。否、心の奥底では常に疑問に思っていたのだろう。エルンテの行ってきた数々の所業を。
「……もう、うんざりよ。目を覚ましなさい、ジェイ。今は目の前のことに真正面から向き合うしかないの。自分の足で立つしかないのよ」
「…………っ」
二人はずっと、子供の如く扱われていたのかもしれないな。自立しないように、親の言うことを聞くように、そして傲慢であり続けるように。
99歳児と81歳児か、なかなかに酷いな。あのクソジジイ、上手いこと利用したもんだ。他者の人生を何だと思ってんだろうか。全くイラつくね。
「さて、もういいか? いいなら順次見せていくぞ」
まあ姉妹間のアレコレは俺には特に関係のない話なので一旦置いといて、本日の目的を優先しようと思う。時間は有限である。なるべくテンポ良く進めたい。
俺が急かすように尋ねると、二人はこちらを向いて頷いた。エルンテではなく俺を信じてみるということで、ひとまずの決着がついたらしい。
「理想から言う。近距離、中距離、遠距離。どんな距離でも、標的が動いていても、自分が動いていても、百発百中で当てられるようにする。お前らはそこを目指せ。そのための訓練方法は本来ならばそれぞれの距離で異なるが、一連の流れの中で大方を満遍なく訓練できるような方法を俺が過去に編み出した。今回はそれを教えようと思う。やって見せるから、理解しな」
「ま、待ちなさい。遠距離って、どの程度? それに自分も相手も動いているのに必ず当てるなんて……」
「不可能です。9割当てられるようにはできるかもしれませんが、百発百中なんて……」
あれ、何かデジャヴ……。
「可能とか不可能とか、問題じゃねえよ。可能になるまでやれ。そのための訓練だろうが」
命中率が99%だったとして、決して負けられない試合の時、1%を引かないように毎回毎回祈るのか?
ゲームのシステムとしての命中率なら仕方がないが、PSとしての命中率なら仕方なくないんだ。そこは絶対に妥協してはならない要素。そして、いつしかそれが前提となる。世界ランカーは俺と同じかそれ以上に仕上げてくる場合が殆どだった。そいつら相手に常勝するためには、百発百中など呼吸するように当たり前のことでなければならない。
「……可能に、なるまでって」
「そんな……無茶苦茶です」
二人はかなり弱気だった。その可能に限りなく近づく方法をこれから教えてやろうと言っているのに、聞く前から無理だと思ってしまっている。これもエルンテによる教育の賜物なのだろうか。
まあ、とりあえず見せるよりないな。
「昔、俺がやってた方法だ。1セットだけやるから、見ててくれ」
言いつつ、俺は地面に落ちている小ぶりの石を5個ほど右手に握る。
「ふッ……!」
そして、力一杯に真上の空中へとばら撒いた。俺のSTRが高いため、石はかなり空の上の方へとぶっ飛んでいく。
直後、15メートル前進、そこから時計回りに駆け出す。
落下してくる石の様子を観察しながら、石に優先順位をつけ、石へ向けて次々に《歩兵弓術》を射る。その間、足の動きは少しも止めない。
目標は、落下しきる前に全ての石を砕くこと。今回は当然成功した。5個はかなりぬるい方なのだ。12個あたりからキツくなってくる。
この訓練の面白いところは、石がまだ高い位置にある頃から狙っても構わないし、落下してきてから一気に狙ってもよかったりと、やり方が色々と考えられる柔軟な部分だ。最初は1個か2個から始めて、石がてっぺんあたりに来る頃を狙って射るのが簡単だろう。
「どうだ? 良い訓練になりそうか?」
1セット終えて、ミックス姉妹に聞いてみる。
二人はぽかんと口を開けて硬直していた。
なあ、おい、と何度か声をかけて、やっと目の焦点が合う。それから最初に沈黙を破ったのは、ディーの方であった。
「……まず、弓術師の私たちが、石をあれほど高く投げられるわけないわよね? 雲の上まで飛んでいったんじゃないかと思ったわ」
「大丈夫だ、お前たちは石じゃなくて、これでやってもらう」
「フリスビー? ああ、なるほどね」
納得したようだ。言わばクレー射撃のフリスビー版である。フリスビーなら雑貨屋で安く大量に手に入るし、高いSTRを必要とせずに飛距離を出せるし、的としても大きいから初心者向きだし、なかなかに悪くない提案だろう。
「それにしても……貴方、相当なバケモノね」
「あんな小石を走って移動しながら5個も……正直、おかしいですよ、貴方」
出た出た。自分にできないからってすぐにバケモノ扱いだよ。
「できるまでやりゃあいいんだよ。そしたら夏季にはお前らもバケモノの仲間入りだ。やったなァおい」
笑いながら言うと、二人はジト目とともに呆れたような顔を見せた。
そして、ため息ひとつ、真面目な顔で聞いてくる。
「で、本当に効果あるの? この訓練」
「ああ、ある。保証する。色々試したが、多分これが一番効率良い」
この訓練は至極単純なようで、【弓術】のエイムに必要なあらゆる要素がぎゅっと詰まっている。自分が思っている以上に、様々な効果があるのだ。
当然、シルビアにも早い段階で教えた。それに、俺は未だにエイム調整をこの方法で行っていたりもする。効果抜群なこと請け合いだ。
「まあ、騙されたと思ってやってみな。一日最低50セットやれ。足りないと思ったら100セットやれ。雨が降ろうが槍が降ろうがやれ。適宜工夫してやれ」
「分かったわ。やってやろうじゃない」
「そうか。ジェイはどうだ」
「姉さんがそう言うなら」
「よし、ならこれでアドバイスは終わりだ。頑張れよ、応援してるぞ」
ぽんと手を叩いて、終了を宣言する。
すると、ディーは意外そうな顔でこちらを向き、それから挑戦的な視線をして言った。
「……ふん。私たちを応援するなんて、後悔しても知らないわよ。貴方、あの子の師匠なんでしょ」
あの子って、シルビアのことか。そういや因縁があったな。何だ、ディーのやつ、もうシルビアを脅かしているつもりでいるのか。冗談きついな。
「残念だが……夏季にエルンテをボコボコにするのは間違いなくうちのシルビアだ。お前らはどうしたらエルンテに勝てるかではなく、どうしたらシルビアに一発でも当てられるかを考えるべきだな」
「なっ……じゃあ、さっきの言葉は何だったのよ!」
「いや、本心だ。お前らには頑張ってほしいと思ってるし、応援もしてるさ」
「――セカンド三冠」
挑発に挑発で返したところ、それまで後ろで黙って見守っていたアルフレッドが、唐突に沈黙を破った。
「夏季鬼穿将戦、楽しみにお待ちを」
……ああ、そうだろうな。ここからは、お前の仕事だ。
しかし、嬉しいことを言ってくれる。
「同じことを二度は言わない主義だが、あえて言おう」
俺は満面の笑みで、アルフレッドの言葉に答えた。
「待ってる」
「手紙?」
アルフレッドたちが帰った後、リビングでまったりしていると、ユカリが俺宛ての手紙を持ってきてくれた。
はて。俺に手紙を出すような人物など、全く心当たりがない。
「む? 何だこれは。宛名しかないではないか」
隣に座っていたシルビアが、手紙のおかしさに気付く。
本当だ、差出人が書かれていない。これじゃあ誰からの手紙なのか開けてみないと分からないぞ。
「ご主人様。こちら、カメル神国からの手紙のようです」
「マジかよ」
外側には『セカンド・ファーステスト様へ』としか書かれていないのに、よく分かるな。
「一度封を切られ、再度封じられた痕跡があります。恐らく検閲が入ったのでしょう。そのようなことをする国は、カメル神国以外にありません」
なるほど。誰が何処の誰にどのような手紙を出したのか、いちいちチェックしていると。うーん、実にあの国がやりそうなことだ。嫌らしいったらない。
「よし、開けてみようか」
「あけていい? あたし、あけていい?」
「おう。開けていいぞ」
「うきゃーっ」
エコは何がそんなに面白いのか、手紙の封を開けるだけで大盛り上がりだ。
バリバリと豪快に手紙の上部分をむしり取って、中から三つ折りになった紙を引っ張り出す。
「えーと……」
冒頭は、時候の挨拶から始まり、それから「三冠達成おめでとう」といった内容が長々と綴られている。
誰だよお前とツッコミを入れながら読み進めていくと、中盤あたりで「是非とも会って祝いたい」という風なことが書かれていた。だから誰なんだよお前は。
「むっ、何々、修道院にいる娘のレンコも会いたがっている……?」
「……ご主人様?」
「いや、知らん知らん」
何故か二人に非難めいた視線を向けられる。
決して現地妻とかではないぞ。本当にレンコなんて名前の女は知らないからな。
「しかしセカンド殿に対してやたらと親しげだな、この手紙の送り主は」
「娘のレンコ、と書いてあるということは、その父親か母親が手紙を寄越したということでしょうか。三冠王を相手にこの態度ということは、かなりの地位であるとも推察できます」
「あっ、いちばんした、なまえある!」
「あら、本当ですね」
「うむ。旧友、フランボワーズ一世より……?」
「フランボワーズ一世……私は聞いたことがありませんね」
「私もだ」
「あたしもー」
…………。
……フランボワーズ一世……?
「――――ッ!!」
フランボワーズ一世だと!?
「ご、ご主人様? 如何されましたか?」
そんな、まさか。
いや、しかし、間違いない。
俺の記憶が正しければ、フランボワーズ一世は――
「……会わないといけなくなった」
「何? では、カメル神国へ行くのか?」
「ああ……何としてもな」
お読みいただき、ありがとうございます。




