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もしもこの世界に神様がいるのなら  作者: 心音
〜春〜 当たり前の日常
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第19話『任務』

「――それじゃあ解散! 今日はみんなありがとね!」


波乱万丈なお花見パーティーは無事終了した。

セッティングした照明やら提灯などは紅刃が後日片付けるとのことで、帰り際は地面に散らばったゴミなどを一つ残さず回収していた。

それなりに長い間騒いでいた事もあり、いつの間にか日付が変わる時間帯になっている。明日はいつも通り学校があるためお祭り気分でいるのはここまでだ。


「家まで送っていこうか? 時間的に女の子が二人で帰るのは危ないし」


帰り道が違う亜弥香と久遠を心配して遊馬がそう声をかける。

仮にも都会だから人通りが多いとは言え、夜の街には危ない人たちがそこらを歩いているかもしれない。お世辞抜きで可愛い女の子が二人、こんな時間に歩いていたらそれなりの危険が伴うことになる。


「私たちは大丈夫だよ! それに送っていったら遊馬たちの寝る時間遅くなるからね」


しかしその理論はあくまでも普通の女の子ならばの話であって、【教会】に所属するこの二人には一切当てはまらないことだった。

もし仮に暴漢に襲われようとも、怪我をするのは間違いなく向こうだし、久遠に至っては世の中の為にと下手したら殺しかねない。


「そうか。なら俺たちは普通に帰ることにする。今日はありがとな、楽しかった」


「こちらこそありがとう! また遊ぼうね! それじゃあ亜弥香、帰ろっか」


「うん。じゃあまたね、遊馬くん達。紅刃さんも今日はありがとうございました」


礼儀正しくきちんとお辞儀をする亜弥香。

それを聞いた紅刃は扇子を広げて顔を扇ぎ始める。まさかお礼を言われるとは思っていなかったらしく、その顔はほんのりと赤くなっていた。


「何かしたいことがあるのなら私にも一声かけなさい。飛びっきりの舞台を用意してあげるわ」


口調こそいつも通りきついところはあるが、それでもこんな提案をするくらいには紅刃も今日のお花見パーティーを楽しめたらしい。


「小雛ちゃんと拓海くんもまた明日学校で会おうね。ばいばい」


「じゃーねー!」


別れの挨拶を交わして二人は踵を返した。

亜弥香の挨拶に小雛と拓海は無言を返していたが、二人の姿が完全に闇に溶け込むまでその後ろ姿を見つめていた。


「俺たちも帰るか」


「残念だけど――」


踵を返そうとした遊馬の肩を紅刃が掴む。

力なんて全く加えていないように見えるのに、遊馬はその場から一歩たりとも動けなくなっていた。


「――任務よ」


絶対的強者の威圧――。

それは遊馬だけではなく、すぐ近くにいる拓海と小雛すらも一瞬で取り込んでしまう。この場において紅刃に逆らうことができる人間などはいない。


「……唐突過ぎないか?」


「いついかなる時も迅速に対応してもらわないと困るわ――と言いたいところだけど、今回ばかりは悪いと思っているわ。学生生活を楽しみなさいって言ったのは私だもの。今日の楽しかった時間の余韻に浸って欲しかったわ」


切実な口調から紅刃が本当に悪いと思っているのが読み取れる。しかし仮にも【軍】の代表。私情を仕事に持ち込むことは許されない。

遊馬たちだってそれを理解しているからこそ反抗したりなどはしない。それに【軍】という組織に所属している以上、その忠誠を【軍】に捧げている。故に代表である紅刃の言葉は絶対なのだ。


「お仕事、なにするの? 殺せばいいの?」


「場合によってはそうなるわ。ついさっき【教会】と繋がりがあると思われる組織が判明したの。詳細はスマホに転送したから確認してちょうだい」


言い切ると同時に三人のスマホが鳴る。

送られてきたデータを確認した遊馬は首を傾げながら紅刃に訊ねた。


「……【箱庭】? 聞いたことない組織だな。最近設立したところか?」


「いいえ。かなり昔からあるわ。でもね……こう言っちゃ悪いけど【軍】や【教会】に比べたら地味な組織よ。能力者の育成もしてない、何か特出したことがある訳でもない」


「……だからこそ怪しいってことか」


「そういうこと」


実は能力者の組織というのは【軍】や【教会】以外にも多々存在するのだが、この二つが大きすぎるせいで他の組織は有って無いようなものになっている。

実際、他の組織は目立った行動を取ることは滅多にないし、言い方は悪いがただの能力者の集まりのみたいなものだ。

加えて能力者の質は悪い。遊馬たちのような上位の能力者には束になっても到底及ばない。返り討ちにあって無駄に命を落とすのが関の山だろう。まぁ、死んでしまったら関の山なんて言えないのだが。


「今回の任務は【箱庭】の本部に潜入して情報を奪うことがメインよ。何も得るものが無ければ即座に撤収して構わないわ。無論、誰かに見つかった場合は殺しても構わない。理想はバレずに情報を奪い取ること。そこだけは忘れないで任務にあたってちょうだい」


「了解した。拓海、小雛。行くぞ」


「うん」


「了解」


三人は揃って踵を返す。

完全に仕事のスイッチが入っているらしく辺りの空気が一段と重たいものに変わっていた。

仕事とプライベートの切り替えの早さも出来る人と出来ない人では雲泥の差が出る。仕事が出来ない人間のほとんどはプライベートとの区別が付けていないからだ。


私情は仕事に対する集中力を削ぐ原因になる。遊馬たちのような仕事をしている人間はたった一つのミスが命取りになりかねない。

下らない事で一つしかない命を落としてしまうのはあまりにも馬鹿らしい。どんな時でも冷静に。そして迅速に対応すれば無駄な命を落とさずに済むのだ。


「……」


少し歩いたところで遊馬は一度後ろを振り返る。

そこにはもう紅刃の姿はなく、永遠に続くような闇の道が伸びていた。


「? ゆーま、どうしたの?」


「……いや、何でもない」


何を思って振り返ったのか。遊馬が口を閉ざしている以上、その真意を読み取ることはできない。


淡い月明かりが歩く三人を照らしている。

足音と微かな吐息しか聞こえない夜道。それはまるで底知れぬ闇の中へ三人を誘っているようだった。

しかし大通りが近くなればそれは下らない幻想だと分かる。人々の賑わう声や車の走る音が現実へと引き戻すからだ。


「――今回の任務、わざわざ俺たちが出向くまでもないと思わなかったか?」


左右にいる二人だけに聞こえる声量で遊馬は口を開く。


「まぁ、思ったな」


拓海は素っ気なく答えると、それがどうかしたのかと首を捻る。


「俺たちの《能力》はどちらかと言うと戦闘向きで潜入調査をするのには向いていない。そんなこと紅刃だって分かっている。けど、紅刃は俺たちを選んだ。この任務……絶対に何かあるぞ」


「……まぁ、裏があったとしても無かったとしても、俺たちはいつものように任務をこなすだけだろ」


「たくみの言う通りだよ、ゆーま」


「……」


二人の言葉に遊馬は無言を返す。やはりなにか思うところがあるらしい。

しかしそれ以上遊馬が口を開くことはなく、無言のまま目的地に向かう。心地の良い静寂とは言えなかったが、こんなのは日常茶飯事。特に気にすることもなかった。



to be continued

心音です。こんばんは!

さぁようやく話が動き始めた&新しい名前が出てきましたね。次回は【箱庭】の本部に潜入します。果たして何が待ち受けているのか?はたまた特に何も無いまま終わるのか?

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