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≪1-11≫ 駆け出しの集い②

 目当てのダンジョンは当然のように森の中だ。

 一行は魔物による奇襲を警戒し、見通しが良く道に迷いにくい川沿いをなるべく歩き、日が暮れたところでテントを張って野営をした。


 焚き火は獣を追い払えるが、魔物相手だとこちらの居所を悟られ、むしろ襲撃を誘発することがある。

 相手が『指揮種』となればなおさらだ。

 そこでアニスの進言により、出発前に全員で金を出し合って、『隠れ火』と呼ばれるマジックアイテムを購入していた。

 小袋に入れてある深い藍色をした砂のようなもので、これを火に投じると、その明かりが遠くからは見えなくなる。ついでに配合された何かの薬草の効果で煙も立ちにくくなる。

 新米冒険者にはそこそこ痛い出費だったが必要経費だ。


「それじゃ、スープで乾杯」

「「カンパーイ」」


 アイテムの効果で青白く染まった焚き火を囲み、冒険者たちは薄い金属のコップを打ち付け合う。

 夕食のメニューは、不味いが安価で栄養だけはある焼き菓子のような携帯食料。そして、乾燥させた野菜と穀物の粉を溶かした簡易なスープもどきだった。


 魔王討伐の旅の途中は、なんだかんだで歩くことも野宿をすることも多く、どちらもアニスにとっては覚えのあるメニューだ。

 正直あまり好きではなく、栄養補給のためと割り切って食べていたものなのだが、一口食べてアニスは予想を上回る美味に驚き目を見張る。


「どうかした?」

「いや、何でも……」


 訝しまれてアニスは誤魔化す。


 ――粗末な携帯食が異様に美味え……

   ヴィオレットのまかない飯が異様に美味いのかと思ってたが、もしかしてこりゃ、俺の味覚の方がおかしいのか?


 この身体になってからの些細な変化として、食事が異様に美味い。客として食べ慣れたはずのヴィオレットの料理さえ、以前とは桁違いの地上最高の美味とすら感じられた。

 おそらくこれはレティシアの味覚が基準になっているのだろうと、アニスは見当を付ける。


 ――美味いもん食えてなかったんだなあ、あのガキ……たまには飯でも食わせてやっときゃよかったわ。


 ともあれ、ガリガリだった身体は食生活の改善によって多少肉が付いていた。

 冒険者は体力が無ければやっていられないので、太る必要は無くても最低限の身体作りができていなければ。


「ところでさ、君みたいな子どもがなんで冒険者に?」


 晩飯ついでの雑談としては少々重い話題をザックはアニスに振ってくる。

 気になるのは分からないでもないが、デリカシーが無いと言うかなんと言うか。


「冒険者なんて大概『訳あり』なんだから、他人のことは詮索しないのが掟じゃないんですか?」

「そりゃそう言う人も居るけどさ……今は一応パーティーだぜ、俺ら。

 事情も知らない相手に背中預けられるのかって話だぜ」


 ツンツンしすぎない範囲でアニスは拒絶したけれど、ザックは食い下がる。

 悪気は無いのかも知れないが、どうも彼は単純にデリカシーに欠けている部分があった。


「俺はリッツモールの出身なんだ。農家の次男でさ」


 他人の事情を詮索する以上、まず自分が話すべきだと思ったのか、ザックは聞かれてもないことを喋り始める。


「ちょっと、ザック。それだけじゃ何の事か分かんないでしょ」

「……リッツモールでは農地の権利を長男が全て相続する制度になってる。次男より下はそれを手伝うか、外へ働きに出ないといけない」

「そ、そうよ……よく知ってるわね」


 アニスがザックの言葉を補い、理解できていることを示すと、ジェシカは驚いた様子だった。

 魔王をどうにかするため、かつて世界中を歩き回ったもので、各国の事情に関する知識はこれでもかなり深いつもりだ。


 何故だかザックは一瞬、少しばかり憮然とした表情だったが、すぐまた元の調子になった。


「イワンはこれでも貴族の血を引いてるんだぜ。どこの生まれか分かるか?」

「ヴァルトヘイム?」


 話が飛び火した寡黙な盾男は、飲みかけたスープのコップを下ろして丸木のような首をかしげる。


「……当たりだ。何故分かった?」

「別にいいじゃないですか、なんでも」

「そんなつれないこと言わないでよ、気になるじゃない!」


 早くこの話題を切り上げたいアニスだったけれど、気になってしょうがない様子のジェシカが逃がしてくれない。

 話を振ったザックも、何故分かったのか分からない様子で唖然としていた。


「その不死鳥の羽根を象ったペンダントと名前の響きで候補をいくつかに絞りました。

 別に貴族の三男四男とかが冒険者になることは今じゃ珍しくないけど、普通そういうのは地元でやるでしょう。まして駆け出し冒険者が遠く離れた地へ来る理由はあんまり無い。だから理由を考えました。

 ヴァルトヘイムで貴族制が打倒されたのはつい最近ですから。『国を追われた貴族の子弟が、身につけていた武術を頼りに冒険者になった』と考えれば時期が合います。

 ……こんなとこですね」

「おお……」


 観念したアニスは早口に、思考過程をまくし立てる。

 畏れるような感心するような声が誰からともなく上がった。


「すごいすごーい! あなた物知りなのね!

 ねえ、私のこともなんか分かる?」

「話聞かなきゃ分かんないですよ。そのスカーフが20年前に王都で流行ったやつだなってくらいで」

「充分じゃない。私は王都の出身なの。あ、スカーフは盗品よ」

「えぇえ……」


 さらりと酷いことを言われてアニスはドン引いた。

 ジェシカはカラカラと笑うだけだ。


「今はもうやってないわよ、そういうの。

 一時期親代わりだった婆さんに『その技術を活かして冒険者になれ』って言われてね。

 鍵開けは得意だったけど、他は冒険者になるため勉強したのよ」


 冒険者としての盗賊シーフは、忍び込みや鍵開けをあくまで冒険者としての技能に使うものだが、前歴が(……そして時には引退後に堕ち行く先が)本物の泥棒である者も一定数存在する。彼女はそれだったわけだ。

 まあ、犯罪から足を洗って冒険者になるのであれば『更生した』と言ってもいいのかも知れない。


「バセル。お前はどうなんだ?」


 ザックはバセルにも水を向ける。

 ザックたち三人組は既に互いの事情を把握していたようだが、バセルのことは彼らも知らない。


 携帯食料の包み紙に付いたカスを舐めるか自省するか考えていたらしい彼は、真面目くさった表情でしばし黙りこくる。


「……や! ここまで三人とも重めの話っつーか、仕方なく冒険者になった感があって俺話しにくいんだけど……まあ、なんてーの? 冒険者として成功してウハウハのモテモテになりてえなって、そんだけ」

「いいだろそういうのも。俺だって冒険者として成功してえと思ってるし」

「俺の親父さあ、金具職人なんだ。

 俺に仕事継がせたくてガキの頃から修行させられたんだけど、どうも性に合わなくて。実際んとこ俺は全然ダメで、仕事するようになってからも毎日『半人前が!』って怒鳴られて殴られてよ。遂に飛び出して来ちまった」


 お気楽人生を夢見て出て来たのだという顛末を、バセルはちょっと恥ずかしそうに語る。


 輝かしい功績を収めて富と名誉を手に入れた冒険者の逸話ばかりが世に流れるが、冒険者は命懸けの稼業。

 命を落としたり再起不能の傷を負うリスクを考えれば、成功者となる者は少なく、博打のようなものでもある。


 しかし、冒険者として成功する者の割合は、短期的には確実に増えるだろう。

 四代目魔王の出現に伴って、世界には魔物とダンジョンが増えている。冒険者の需要も増えているわけだ。

 ひとまず、腕っ節のある食い詰め者が糊口をしのぐにはもってこいだ。


 それに、冒険者という仕事に浪漫があるのは間違いない。

 魔物のせいで一般人は街に引きこもりがちなこの世界にあって、自らの腕を頼りに世界を探索する冒険者という立場の自由さに憧憬を抱く者も多い。

 もしそんな風に世界を歩き回って、『最初の魔王』が現れるより以前……世界の全てを人族が覆っていた時代の遺跡など見つけ出したら、それだけで一生遊んで暮らせるほどの財宝を手に入れられるかも知れない。


 今後、冒険者という仕事の需要パイが増えるにつれて、軽い気持ちで冒険者になる者も増えるだろう。

 アニスは別にそれが悪いとは思わない。魔物と戦う者の頭数が増えるほど、英雄や英雄候補たちは巨悪との戦いに集中できるからだ。


「まあ俺自身、親父の後を継ぐのは嫌だったしな。それより俺は冒険者としてビッグになるんだ。10年後に魔王を倒して英雄になってるのは俺かも知れないぜ?」


 ただし、バセルはただの魔物退治業として終わる気は無く、本気でのし上がっていくつもりらしいが。


 調子の良い夢物語を聞かされ、苦笑めかしてザックは笑う。


「魔王討伐とはまた大きく出たな!」

「未来は分かんねえだろ?

 俺さあ、憧れてんだよ。20年前の英雄、『魔剣士』ヴォルフラムに。あんな風になりてえって」


 アニスはスープを吹き出すかと思った。


 ――俺かよ……!


 元の自分、つまりヴォルフラムの名前が世界に知れ渡っているのは分かっていたつもりだが、こうして不意打ちのように自分の名前が出てくると奇妙な感覚だ。自分ではない別の誰かの話でも聞いているようで。


 ヴォルフラムは卓越した魔術の使い手であったがそれだけではなく、剣を取り戦うこともあった。

 最初に剣を手にした理由は『魔法を使う隙を敵に狙われたときに剣が使えたら便利だから』というだけだったが、ヴォルフラムは魔法だけでなく剣にも才能があり、並みの剣士には負けないほどの使い手となった。

 そのため『魔剣士』と呼ばれることもあったのだ。


 今は本分である魔法の力も弱体化し、剣に至ってはまともに振り回せるかも怪しいわけだが。


「でもお前、魔法使えないだろ?」

「そこは、ホラ! 先に剣を極めてから魔法を覚えれば良いかなって……」

「「いや無理だろ」」

「だいたい、あなたくらいの歳にはヴォルフラムはもう『魔王討伐パーティー』としてバリバリ戦ってたんじゃないの?」


 流石に夢濃度が高すぎるバセルの話に三人組は一斉にツッコミを入れた。

 それでもバセルがへこたれた様子は無い。


「ヴォルフラムだって最初っから強かったわけじゃないだろ?

 あいつが20で魔王を倒したなら、俺は今から強くなって30で魔王を倒す!」

「……それまで世界がもてばいいですけど」

「なんだそりゃ」


 溜息まじりにアニスが零した言葉は、誰もピンとこない様子だった。


「さあこれで全員話したぞ。アニス、君はどうなんだ?」


 四人の視線がアニスに集中する。


 アニスは己の準備不足を少し後悔していた。

 どうせ語れぬ事情だからと深く考えずにいたが、人は秘密にされるほど気になるもの。

 次にこういう機会があるまでに、ちゃんと表向き筋が通る理由を考えておかなければなるまい。


「……バセルさんと同じようなものです。ウハウハが目標です。

 魔物のせいで家族も財産も失って、全てを手に入れるためには冒険者になるしかなかった。それだけです」


 あからさまに嘘くさかったが、だからといって嘘と決めてかかるのもまた人聞きが悪い。

 ザックは白けてしまった様子で、幸いにもそれ以上根掘り葉掘り聞かれることはなかった。

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