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40.探し人はいずこ

 買い物を済ませて客室に戻ってきたら、ヴィットーリオもロベルトもいなくなっていた。


 部屋の様子からすると、二人がこの部屋を出たのはだいぶ前のことだ。


 そもそも二人は、どこに行ってしまったのだろうか。どうして戻ってきていないのだろうか。部屋から出るなっていう私の言いつけを、理由もなく破るとは思えない。


 客室を出て廊下を見渡し、階段を下りて一階の広間に戻る。


 食堂を兼ねているそこには、受付の従業員がぼんやりと座っているだけだった。かつては多くの人間が行きかっていたであろう広間は、悲しいほど静まり返っていた。


「あの、私の連れを見ていないかしら。金髪の少年と、栗色の髪の男性なんですが」


 その従業員に尋ねると、彼女はおっとりと笑って入口の方を指さした。


「ああ、あのお二人ですね。だいぶ前に、外に出ていかれました。じきに戻られるんじゃないですか?」


「そう、分かったわ。ありがとう」


 あの二人は、自分の意志で出ていった。まさか、私たちに迷惑をかけないように姿を消そうとしたのだろうか。


 次々と浮かんでくる暗い考えをのみ込んで、宿を飛び出す。目の前の大通りには、人はほとんどいない。いくら見渡しても、二人の姿が見つからない。


「どうしましょう……もう日が暮れるし、私一人で探すには広すぎるし」


 二人がどうして消えたのか、それが分からないと探しようがない。通行人に声をかけて探そうにも、そもそも人がいない。


 いったん戻って、ミモザと相談しようか。焦りながら門のほうに足を向けると、不意に声をかけられた。


「見事な銀髪のきれいなお嬢さん。あんたがジュリエッタだね?」


 その知らない声は、私の名前を呼んだ。そのことに驚きながら振り返ると、そこにはくたびれた様子の中年女性が立っていた。がっしりと骨太の、気の良さそうに見える女性だ。


「バルガスって男があんたを呼んでるよ。話したいことがあるってさ」


「すみません、今は人を探していて」


 前に一度食事をおごって金を渡しただけの間柄であるバルガスが、今頃になって何の話をしようというのか。それは気になるけれど、今はそれどころではない。


 一刻も早く二人を見つけたい。二人の無事を確認したい。私の頭にはそれしかなかった。


 きびすを返して立ち去ろうとすると、女性は素早く私の腕をつかんだ。そうして、耳元でささやいてくる。周囲をはばかっているのか、その声はとても小さい。


「……あんたのお連れだったら、バルガスと一緒にいるよ。案内したげるから、ついといで」


 その言葉がすぐに理解できなくて、ぽかんと立ち尽くす。すると彼女は大通りを渡って、東の方に歩き始めた。訳も分からないまま、急いで彼女の後を追う。


 二人がバルガスと一緒にいるというのは本当だろうか。いったいどうして、そんなことになったのだろうか。分からないことが多すぎる。


 万が一に備えて、いつでも魔法を繰り出せるように身構えておく。もしかしたらこれは、何かの罠なのかもしれない。誰がどうしてそんなことをしているのか、見当もつかないけれど。


 そんなことを考えている間も、女性はのんびりとした足取りでどんどん東へと向かっていった。もうすぐ、バルガスと出会った東の区画だ。




 そうして東の区画を訪れた私が見たものは、この間よりはいくぶん小ぎれいになった通りと、そこで和やかに談笑しているロベルトとバルガスの姿だった。


 ヴィットーリオは眠そうに目をこすりながら、彼らの横に立っている。よく見ると、縄で縛られた男性が三人、その近くの石畳に転がされていた。


「……これって、どういうことなのかしら……」


 予想していたのと違った。ヴィットーリオとロベルトが自分の意志で出ていったか、あるいは二人が誰かにさらわれたか。最悪、バルガスがさらったんじゃないかとさえ思っていた。


 訳は分からないけれど、少なくともヴィットーリオとロベルトは元気そうだ。そのことに胸をなでおろす。というか、安堵でひざから崩れ落ちそうだ。


「ヴィットーリオ、ロベルト! 無事でよかった!」


 ほっとした拍子に、思わず大きな声が出てしまう。


 ヴィットーリオは目を見開いてから、気まずそうに小さくうなずいてくれた。ロベルトは相変わらずのひょうひょうとした笑顔で、両手を広げながら答えてくる。


「ああ、ジュリエッタ様、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


「危ないから宿から出ないでって言ったでしょう? それがどうしてこんなところにいるのよ」


 さっきまでの心配の反動で、つい口調がきつくなってしまった。


 答えに困っているのか、ロベルトが気まずそうな顔で視線をそらし、口をつぐむ。彼がこんな態度を取るなんて、珍しい。


 と、バルガスがすっと割って入った。よく見ると、彼の身なりは粗末だけれどこざっぱりとしたものになっていて、前に会った時とはすっかり様変わりしていた。


「あんたが、ロベルトたちの言っていたジュリエッタだったのか。……その節は、世話になった」


「いえ、あなたも元気そうで良かったわ。でもこの状況は、いったいどういうことなの?」


「ロベルトたちは、人さらいに連れ去られかけてたんだよ。そこにちょうど俺が通りかかったんで、助けてやった」


 バルガスが苦笑しながら、足元に転がった男性たちに目をやる。どうやらその三人が、人さらいらしい。ヴィットーリオが申し訳なさそうにうつむきながら、説明を続けた。


「客室にいたところ、窓の外から子供の泣き声が聞こえてきて……放っておけずにロベルトと駆けつけると、ちょうど人さらいが子供をさらっていくところに出くわしたのです」


 彼の小さな手が、無念そうにぎゅっと握り込まれる。


「子供を救えないかと頑張ったのですが……結局そのまま、私たちもさらわれてしまいました」


 つい駆けつけてしまったところまでは、分からなくもない。ヴィットーリオは正義感の強い、真っすぐな子だから。


 しかし自分たちまでさらわれるなんて、あまりにも間が抜けてはいないか、ロベルト。


「ロベルト、ここはあなたがヴィットーリオを守るところでしょう」


「もちろん、死力を尽くしました。しかし私、荒事は苦手でして……無念です」


 おどけてうなだれるロベルト。その振る舞いは、だいたいいつもと同じだ。けれどその目には、強い自責の念のようなものが影を落としていた。誰よりも彼自身が、己の無力さを許せないのだろう。


 そこに、またバルガスが口を挟んでくる。彼、会話の間の取り方がうまいかもしれない。気まずい空気を、すっと追い払ってくれるのだ。


「そうしたらロベルトが『私たちは魔女様と旅をしております。助けてくださったお礼に、魔女様を紹介いたしましょう。長患いのお知り合いなど、おられませんか』って言い出してな。もし本当に辺境の魔女に会えるのなら、診て欲しい奴はいくらでもいる」


 バルガスが腕組みをして、ちらりと私を見た。


「それで宿の近くに、知り合いを向かわせたんだ。銀髪の美女と聞いて、あんたのことを思い出したんだが……まさか、あんたがあの魔女だったなんてな」


 彼の言葉に、ただ呆然とすることしかできない。


 二人を助けてくれたバルガスには感謝しかない。だから彼にお礼をすること自体は構わないのだけれど。


 だからって、私に無断で話を進めないで欲しい。というか、伝言するのならもっとしっかりと内容を伝えておいて欲しい。ここに来るまでの間、生きた心地もしなかった。


 そんな思いを込めて、じろりとロベルトをにらみつける。たぶん今の私は、今までの人生で一番凶悪な目つきになっているだろう。ここにミモザがいなくてよかった。


「……ねえ、ロベルト? 何を勝手に、私の正体をばらしているのかしら? おまけに仕事まで増やして?」


「私が恩人のバルガス殿にできることなど、これくらいですから。ジュリエッタ様への借りは、いずれ必ず返しますとも」


「お願いします、ジュリエッタ様。彼は私たちの命の恩人なのです。それに、私は……苦しむ民をそのままにしておきたくはない。そのためにできることがないのが、悔しいです……」


 ひょうひょうとおどけながらもとても真剣な目のロベルトと、ぎゅっと唇をかんでいるヴィットーリオ。駄目だ、こんな顔をされたらもう責められない。


「ああもう、分かったわ。何はともあれあなたたちが無事だったんだし、お礼くらいしないといけないわね」


 私たちの間で話がまとまったのを見て取ったのか、バルガスがほっと安堵のため息をついた。


「ありがたい。頼りっぱなしで申し訳ないが、よろしく頼む。ところで、今日はあの白い兄ちゃんはいないのか。いや……もしかしてあの兄ちゃんが、噂に聞く『魔女の伴侶』か」


「ええ、そうよ。彼、ミモザは街の外で荷物の番をしてくれてるの」


「荷物の番? どれだけ荷物を持ってきてるんだ」


「かなりの量よ。ちょっとそこの国境を越えて隣国に遊びにいこうと思ったから。この国、居心地が悪くって」


 バルガスと話していると、眠気に負けたのかヴィットーリオがふらりとよろめいた。傍らのロベルトが、そっと彼の体を支える。


 あ、いけない。今度こそ二人を休ませてやらないと。二人に小さくうなずきかけてから、もう一度バルガスに向き直る。


「ところで、今日は一日走り回ってくたくたなの。彼らも一度休ませたいし、病人を診るのは明日でもいいかしら」


「ああ。明日、またここに来てくれ。……ありがとう、ジュリエッタ」


「気にしないで。あなたが私の連れを助けてくれた、そのお礼なんだから」


 深々と頭を下げるバルガスに背を向けて、私たちは宿に戻っていった。


 あわただしい一日がようやく終わるという安堵の思いに、三人揃って大きなあくびをしながら。

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