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35.遊びにいこう

 ヴィットーリオとロベルトの二人は、真面目すぎるくらいに頑張っていた。


 ついこの間まで、彼らは王宮で暮らしていたはずだ。けれど今の二人はこの森での暮らしになじもうと努力しているようだった。


 だから私とミモザも、二人に様々なことを教えていった。その努力にこたえるように。


 朝食の後畑に出て、それからは家事をこなす。時々森に出て、食べられる野草の見分け方に魚の捕り方も教えた。これらの知識があれば、どこでもそれなりに生きていける。


 そして夜は、魔法の勉強。魔法が使えれば、森の中の暮らしがさらに楽になる。それは私が、身をもって体感した。


 二人は熱心なうえに飲み込みも良く、生徒としては申し分なかった。そんなこともあって、私とミモザは二人を教え育てることに、ついつい夢中になっていた。


 そのせいで、彼らの新しい家を建てるのがどんどん後回しになっていた。なので二人は、そのまま仮の客間に寝泊まりしていた。


 ひとまず大急ぎで作った二つの寝台と、彼らのために買い揃えた荷物が並んでいるその部屋は、客間というよりも彼らの部屋と呼んだ方がふさわしい姿になっていた。




 そんなある日、まだちょっとぎこちないながらも畑仕事に精を出す二人を見守りながら、ミモザがしみじみとつぶやく。


「最近、一日が長く感じられる気がするんだよね。以前はあなたと二人でゆっくり過ごしてるだけで、あっという間に数年くらい経ってたのに」


「そうね。こんなに毎日あわただしくしていると、この森に来たばかりの頃を思い出すわ。あの頃よりずっとにぎやかだけど」


「にぎやかなのはいいけど、あなたと二人で過ごせる時間が減ったのは少し寂しいな」


「いいじゃない、数年か、もしくは数十年のことだもの。私たちには、時間ならいっぱいあるでしょう?」


「ふふ、それもそうだね。こんなことはそうそうないだろうし、今はこの状況を楽しもうか」


 私たちの視線に気づいたのか、二人がこちらを向いて笑った。まぶしい日差しに負けない、明るくさわやかな笑みだった。




 そうしているうちに、夏がやってきた。朝晩はまだ涼しいものの、昼間は汗ばむような陽気が続いている。


 それでもヴィットーリオたちは、せっせと働き続けていた。ヴィットーリオは相変わらず真剣だけれど、ロベルトは明らかにぐったりしていた。若いヴィットーリオと違って、毎日の労働と暑さがこたえているらしい。


「このところずっと働き詰めだし、少し遊びにいきましょう」


「息抜きも大切だからね。二人とも頑張ってるし、ご褒美も必要だと思うんだ」


 ある朝、私たちはそう宣言した。何の前置きもなく。


 ロベルトは顔を輝かせていたけれど、ヴィットーリオは焦りもあらわに反論してきた。


「私にはまだ覚えるべきことがあります。遊んでいる暇などありません」


 ここ数か月の間に彼はすっかり日に焼けて、身長も少し伸びた。まだまだ子供であることに変わりはないけれど、何とはなしにたくましくなったような気もする。


 子供の成長って、速いなあ。……ミモザほどではないけれど。


 くすりと笑いながら、優しく言葉を返す。


「休憩をきちんと取ったほうが、効率がいいのよ。遊びからも学べることがたくさんあるし。ねえロベルト、あなたもそう思うでしょう?」


「ええ、もちろんです。ヴィットーリオ様、ここはジュリエッタ様のお言葉に甘えましょう」


 話を振ってやったら、ロベルトはいつも以上ににこやかに答えてきた。彼の方は、面白いくらい何も変わっていない。


 彼もヴィットーリオと一緒に毎日肉体労働にいそしんでいるというのに、筋肉がつきもしないし、ほとんど日にも焼けていない。初めて会った時と同じ、ひょろりとした姿のままだ。おそらくそういう体質なのだろう。


「そうそう。子供は遊ぶのも仕事のうちだよ。それに教える側の僕たちも、たまには休みたいからね。付き合ってよ、ヴィットーリオ」


 ミモザにまで説得されて、ヴィットーリオはようやく折れてくれた。渋々ながらうなずいている。


「それじゃ決まりね。さっそくお弁当を作りましょうか」


 そう言いながら、私とミモザはこっそりと笑い合っていた。




 それから私たちは、四人一緒に近くの川まで歩いていった。そしてそこの川原で、ミモザがいきなり竜の姿に戻る。


「白い、竜……」


 生まれて初めて見る竜に、ヴィットーリオはろくに口もきけないほど驚いていた。目を見開いたまま硬直している。


「ああ、ミモザ様! やっと、やっとそのお姿を……」


 一方のロベルトは歓喜に目をきらめかせ、飛び跳ねんばかりに大喜びしていた。この神々しい姿をまた見られるなんて最高の気分です、などと叫びながら。


 その目は、かつてヴィートの傍にいた少年のそれを強く思い起こさせるものだった。すっかり老け込んでいても、こんなところは全く変わっていなかったらしい。


 そうして二人が大体落ち着いたところで、ミモザは次の行動に出た。ゆっくりとかがみこむと、二人を両手で捕まえたのだ。


「あの、どうしたのですかミモザ様。どうして私たちを……?」


「ああ、竜の手というのはこのような感触だったのですね……!」


 不安げなヴィットーリオと、感激のあまり涙するロベルト。ミモザは苦笑しながら、二人に呼びかけている。


『落ちると危ないから、じっとしててね。ジュリエッタ、もういいかな』


「ええ、どうぞ。こっちは準備できたわ」


 ミモザが二人と話している間に、私は手綱代わりの革紐をミモザの首に引っ掛けて、彼の背中によじ登っていた。


 普段は彼の手に乗って移動するけれど、他に荷物があるときはこうやって背に登るのだ。ちなみにこの革紐には、補強のために糸状に変形させた鉄や宝石を編み込んである。


 そうして待っていたら、ミモザがふわりと浮かび上がった。さっきまで立っていた川原が、徐々に遠ざかっていく。


 高いところに慣れていない二人を手に抱えているからか、ミモザの飛び方はいつもよりもずっと慎重だった。


「わあっ、た、高いです! おまけに、風が、強くて」


「ああ、何て素晴らしい……竜と共に、空を飛んでいるなんて……少年の頃からの夢が、かなってしまいました……」


「大丈夫、二人とも? ……ロベルトは心配なさそうだけど」


『怖いなら、もう少し速度を落とそうか?』


「いえ、大丈夫です。しっかりつかまっていますから」


「私はもっと速くても大丈夫ですよ、ミモザ様!」


「はしゃぎすぎよ、ロベルト。ミモザ、このままでいいわよ」


 ため息をつきながら目を上げると、飛んでいるミモザの後頭部が目に入った。初めて一緒に飛んだ時とは比べ物にならないくらい大きく、立派な姿だった。


 昔は私一人を抱えるので精いっぱいだったミモザも、今は三人を軽々と運んでいる。乗るためのかごか何かを用意すれば、もっと多くの人や荷物だって運べるだろう。


 ここでの生活が落ち着いたら、二人が乗るためのかごを作ってみようか。そうして四人一緒に、どこか遠くに遊びにいくのもいい。現王の目の届かないところ、例えば隣国に行ってみるのもいいかもしれない。


 頭の中でそんな計画を勝手に立てているうちに、今日の目的地である湖が見えてきた。


 ミモザは慣れた動きで湖畔に降り立ち、二人をそっと地面に下ろす。それでも二人はぼんやりとしたまま、動こうとしなかった。


「よっぽど刺激的だったのね……まあ、空を飛ぶなんて初めてでしょうし……」


『だったら二人が落ち着くまで、先に遊んでいようか』


 そんなことを言いながら、ミモザの背から降りて靴を脱ぎ、そのまま浅瀬に踏み込んだ。ひんやりとして気持ちがいい。


 ミモザも人の姿になって、服を着て私のところにやってくる。それから、二人そろって岸辺のヴィットーリオたちに呼びかけた。


「ほら、せっかくここまで来たんだから遊びましょうよ」


「ヴィットーリオ、あっちに魚もいるよ。ただ遊んでるだけっていうのが後ろめたいなら、あの魚を捕って帰ればいいんじゃないかな」


 それでようやく我に返ったらしいヴィットーリオが、ぱっと顔を上げてこちらに向かってきた。どうやらやる気になっているらしい。


 この二人と暮らし始めて分かったのだけれど、ミモザは意外と子供の扱いがうまかった。


 そうして私以外の三人が、ばしゃばしゃと水を蹴立てながら魚を捕り始める。ヴィットーリオが、はしゃいだ笑い声を上げていた。こちらの心も温かくなるような、年相応の笑顔だ。


 母親のような気持ちで見守っている私をよそに、三人はどんどん盛り上がっていく。そしてなぜか、上着を脱ぎだした。


 ミモザの細身ながらもしっかりと筋肉のついた体は見慣れているけれど、他の二人の半裸は初めて見た。


 ヴィットーリオは子供ということもあって、そこまで筋肉は目立たない。胸や腹は白いのに、腕はしっかりと日焼けしている。


 それを見て、胸が痛くなった。この子は本当なら、日に焼けることなどない人生を送っていたのだろうに。


 そしてロベルトは、思った以上に細かった。服を着ていてもひょろりとしているのに、脱いだらさらに貧相だった。


 筋肉がつかないのなら、いっそ脂肪をつけさせてしまおうか、そんなことを考えるくらい見事に骨が浮いていた。


 こっそりとそんな失礼なことを考えていると、彼らは脱いだ上着を岸辺の岩にかけて、湖の中心に向かって走り出した。違う、泳ぎ出した。


「……ずいぶん遠くまで出ていったみたいだけど、大丈夫かしらね」


 前世では海に落ちて死んだということもあって、高いところと水辺は怖い。足がつく浅瀬で水遊びするくらならともかく、泳ぐのは無理だ。


 魔法で水の上を歩くことはできるけれど、あんなところまで行きたくない。怖い。


「まあ、ミモザがいるし何とかなるでしょ」


 ヴィットーリオとロベルトの守りをミモザに押しつけることに決めて、近くの木に向かって歩いていく。彼らが戻ってくるまで、涼しい木陰で昼寝でもしていよう。


 相変わらずぎらぎらと照りつける太陽を跳ね返すように、三人の元気な歓声が静かな湖に響いていた。

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