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第99話 めんどくさい奴ら

「さあ、両の(まなこ)に焼き付けるといいわ! 神々しい世界樹の姿を!!」


 自信満々にグリムナ達に世界樹を紹介するメルエルテ。だが……


「…………」


「……ちっちゃ……」


「あぁ!?」


 失着である。イメージトレーニングを重ねていたヒッテであったが、それよりも早くグリムナが感想を言ってしまった。あまつさえそれにメルエルテが反応したのだ。

 さらにメルエルテが眉間に皺を寄せながらグリムナに詰め寄る。


「今『ちっちゃ』ゆぅた?」

「あ、さーせん……」

「すいませんちゃうやろ? 自分今世界樹の事『ちっちゃ』で済ましたやろ? ……ちっちゃないやろ?」

「いや、あのぅ……」


 グリムナはかなり萎縮してしまっているが、メルエルテは退く気はない。それも仕方あるまい。先ほどフィーに世界樹の守人のことをバカにされ、さらには初対面のグリムナにまで世界樹を「ちっちゃい」などと言われたのだ。もう彼女のプライドはボロボロである。


 詰め寄られて、グリムナはおずおずと口を開く。


「いや……その、なんか……ちょっと……思ってたんと、ちゃうかった……かなぁ? って……」


 グリムナの言葉に、ヒッテが改めて世界樹を見上げた。高さは100メートルに満たないほどであろうか。幹の太さもかなりある。おそらくは大人20人ほどで手をつなげて囲めるくらいだろうか。地球で言えば最大の樹木、セコイアに匹敵する大きさである。

 はっきり言って大きい。かなり大きい木なのだ。しかも広葉樹である。


 大きいのだが……正直言ってグリムナの期待が大きすぎた。『世界と天界を支える木』という言葉を聞いたため、もっと視界に収まらないような、天を衝き、先は霞んで見えないような、そんな大きさの木を思い描いていたのだ。


「ちっっちゃい!? ちっちゃいてどういうことやねん? 自分、これよりおっきな木ぃ見たことあんの?」

「いやあの……大きいスよ? 大きいッスけどぉ……なんというかぁ……世界を滅ぼす竜とか、言い伝えだともっと大きいじゃないスかぁ……だから、世界樹も、もうちょっと、大きいんかなぁ……て」


 奥歯にものの挟まったような言い方をするグリムナにメルエルテの怒りはとどまるところを知らない。フィーは少し離れたところで諦めたような表情をしている。おそらく彼女は母のこの非常にめんどくさい性格を熟知していたのだろう。


「ああ~、やっぱそっちかぁ……そっちの方かぁ……あんな、ちゃうからな? うちそういうんとちゃうからな?」


 竜と違うのは分かるが、『そういうのと違う』とはどう言うことであろうか。


「あんな全長で何十kmもあるようなファンタジーな奴とはちゃうねんからな? こっちはガチのマジな奴やから!」


 ファンタジーにガチもエンジョイもあったものかと思うが、メルエルテの表情は大マジである。


「ちゃうやろ? 全然ちっちゃないやろ? むしろ……お? お、お?」


 急に壊れかけのレディオのような喋り方になった彼女にグリムナは怪訝な表情を見せたが、メルエルテは構わず言葉を続ける。


「お、お、き……? ちょい、一緒に言って! おおき……?」

「おおき……」

「い! おおきい!」

「おおきい……」

「おおきいやろ!? ホンマええ加減にしてや!」


 かなり無理矢理言わされた感があるが、「世界樹は大きい」これだけはメルエルテは共通見解として共有しておきたいのだ。


「人間としてちっちゃいわ……」


 グリムナはメルエルテに聞こえないよう小さい声でそう呟いた。


「かなりめんどくさい性格してますね……フィーさんのお母さん……」

「でしょ? だから帰りたくなかったのよ」


 ヒッテの言葉に、ダークエルフ改め、もはやただの日焼けしたエルフに成り下がったフィーも同意する。グリムナの周りには確かにめんどくさい性格の女が集まるが、しかしもしかしたら男女を問わず元来人間というものはめんどくさい物なのかもしれない。


「ふぅ……分かればいいのよ」


 ようやくメルエルテの怒りも収まったのであろうか。


「とまあ、そういうわけだから。この偉大な世界樹を守るためにも、お前らヒューマンも協力すべきだと思うのよね」


 相変わらず少しカンに障る言い方であるが、要するにメルエルテとしてはやはりこの世界樹のことを第一に考えたいようである。


「ちなみに、『世界樹の守人』ってのは、具体的にどういう仕事をしてるんですか?」


「まあ、そこの脇にある小屋が私の作業場っていうか、詰め所になってるから、少し見てみる?」


 グリムナとしてはそこまでして守りたい世界樹とその守人の内容も気になる。そこを尋ねてみると彼女は世界樹の根本にある小屋を指さしてそう答えた。全員が小屋の方に歩いていこうとしていたが、フィーが世界樹を見上げたまま立ち止まっていた。


「どうかしたの? フィー……」

「いや……なんか、世界樹の葉が……前より減ってない?」


 メルエルテの問いかけにフィーはそう答えたが、二人は首を傾げるばかりで答えは出ない。


「そう? 別に変わってないわよ?」

「いや、やっぱり葉が減ってるわよ。お母さんは毎日見てるから気づかないのよ。私は20年ぶりに見たからはっきり分かるわ。昔はもっと葉が多かったもん」


 そう言われてもメルエルテは首を傾げるばかりである。そんな中、ヒッテがおずおずと口を開いた。


「あのー……それこそ記録を確認すればいいんでは? 世界樹の記録は毎日とってるんですよね?」


「そうね、早く小屋に入ろう!」


 ヒッテとフィーが先導して小屋に向かう。しかしメルエルテはしきりに首を傾げてぶつぶつと言いながら一番後をついてくる。


「そうかなぁ……? 減ってるかなぁ? 記録もまぁ……あるにはあるけどぉ……わかるかなぁ?」


 小屋の中に入ると、中は意外と広く、簡易的な2段ベッドなどもあり、何かあった時は文字通り詰め所としても使えるような構造になっていた。グリムナが一番遅く小屋に入ってきたメルエルテに声をかける。


「メルさん、記録はどこにあるんですか?」


 問いかけると、メルエルテは机の上にある、羊皮紙を紐で綴ったノートを指さしたので、全員で広げてそれを確認した。


9月11日 異常なし


9月12日 異常なし


9月13日 異常なし


9月14日 クッキーの差し入れがあった。すげーパサパサしてる。


9月15日 異常なし


「ふざけんな!!」


 思わずグリムナが日誌を床に叩きつけた。メルエルテは即座に言い訳を始める。どうやら自分の仕事ぶりに問題があること自体は理解していたようである。


「な、なによ!ちゃんと毎日記録はとってるじゃない! それにね! そんな記録が何百年も前からずっとあるのよ!毎日詳細に記録なんか取ってたら日誌だらけで置き場所なんてなくなっちゃうんだから!!」


「だからって毎日『異常なし』だけじゃ何がどう変わってるのか分からないだろうが! 実際世界樹の葉が減ってるのかどうかも分かってないじゃないか!!」


 しかしグリムナの怒りはおさまらない。もしかしたらさっきの『世界樹ちっちゃい問題』で説教されたことを根に持っているのかもしれない。


「あのですね! 今俺達は世界を滅ぼす竜について調べるために冒険してるんですよ。もし世界樹が枯れる時に世界が滅びるっていうんならそこが何か予兆があるかもしれないでしょう? その記録が『異常なし』だけじゃ何の役にも立たないじゃないですか!? あんたこれ以外になんか仕事してるんですか!」


「いや……してへんけど……」


 メルエルテが目を反らしながらボソッと答える。攻守交替である。


「だったら日がな一日何してんですか! 記録ぐらいちゃんととってください。いいですか!?」


 グリムナはそう言ってノートの空いてるスペースに図を描き始めた。


「問題解決をする際に重要なのはまず『現状把握』、一にも二にもまずこれです。そしてそれと対になるのが『あるべき姿』……この二つの差、『現状』と『あるべき姿』、この二つのギャップが問題になるんです! 世界樹に当てはめると、何年前になるのか分からないですけど、世界樹が健康だった時の姿、これが『あるべき姿』になります。」


 熱心に話し始めたグリムナをよそ眼に、メルエルテがちょいちょい、とフィーの腕をつつく。


「……あんたの彼氏、結構めんどくさい性格してるわね……」

「ちゃんと聞いてますか!?」


 即座にグリムナが怒りの突っ込みを入れたため、メルエルテはヒッと小さく悲鳴を上げた。


「で、ですね。記録と現状把握はあくまで『定量的に』これが肝になります。メルさんも仕事の引継ぎを考えているならそこら辺の作業手順書を整えて、誰でもできる、明日からでもできる状態にしなければいけません。例えば決まった位置からスケッチして、幹と葉の面積を記録しておくとかですね……」


 結局、この日、グリムナの説教は3時間にも及んだ。

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