第93話 日焼けしたエルフ
「なるほどな……そんなことがな。ワシの姿に化けておったとは、気分の悪い話じゃ」
グリムナから、バッソーの姿に化けていたレイスの話を聞いてバッソーはそう漏らした。正直なことを言うと、レイスの件がなくともあまりバッソーには近づきたくないという気持ちが、グリムナには少しある。
特に賢者モードになった時のバッソー……右手でしているのか、左手でしているのか、それは分からないが、ちゃんと手は洗ったのだろうな、という気持ちがある。それはさておき。
カルケロの遺体を埋め終わって、グリムナ達は主のいなくなった家のリビングで一息ついている。正直殺人現場であるこんな場所には一刻も早く退散したいところではあるが、しかしすでに日は暮れてしまっており、野営をするよりは遥かにマシである。血糊を綺麗にふき取り、ある程度散らばったものを片付けてからそうして休憩していると、ヒッテがカルケロに預けてあった荷物から保存食を持ってきてくれた。
質素ではあるが、今日の夕食である。
硬いクラッカーと、数枚の干し肉。大した食事ではないが、あんなことがあった直後である。正直食欲のないグリムナにはこういった、楽しまずにとれる食事の方がよほど旨い料理よりはありがたい。
「さて、まずは何から話しますか……」
そう言いながら順を追ってグリムナが今日分かったことをまとめ始める。まずは現状認識である。そして、次にグリムナ達が目指す、『あるべき場所』『あるべき姿』……これと、現状とのギャップが『課題』である。現状を正しく認識しなければ進むべき道も分からない。
まずは今日の最初に行った神殿について。
やはり古い地母神の神殿は死神とのつながりがあった。いや、状況から考えると元々は地母神ヤーベと死神は同一のものであったと考えた方が良い。豊穣神の持つ収穫のための鎌は、実りすぎた穂を刈り取るための物、それはそのまま死神の鎌であることをも意味するのだ。
そして、死神の象徴はヘビであり、そのヘビは竜にもつながっている。
人の祖先がまだ樹上で生活していたころ、彼らの天敵は毒蛇であったと言われている。一部の文化では脱皮して成長するヘビは『死と再生』の象徴であり、吉兆とされてもいるが、ヒトは、四肢がなく、にょろにょろと動くヘビの姿に恐怖を抱く。
人類のうちおよそ30%から50%ほどがヘビ恐怖症を持っていると言われ、毒蛇のいない地域に住む霊長類は視覚が劣っているという事実もある。また、脳の視床枕という部位は哺乳類だけが持つ器官であり、視覚的な刺激に対して素早く反応する機能を持っているが、霊長類の視床枕はヘビを見た時だけ極端に強く反応する傾向がある。
それほどまでに高等な霊長類にとってヘビは恐怖の対象であり、つまりは本能的に死に直結する天敵なのである。
ヘビを恐怖の対象として捉え、死に連なる存在として見るのは人間の本能、全ての文化圏で共通する考え方であり、人類の持つ集合的無意識の一つである。
これで完全に竜と死神、そして地母神が繋がった。それは恐らく、聖剣エメラルドソードを作ろうとした死神の神殿とは、現在では地母神の神殿と変容している可能性もあるということである。
そして、ヴァロークの事。
こちらはまだほとんど全容が分からないが、カルケロのメモではヴァロークは世界を滅ぼそうとしているという。そしてネクロゴブリコンが何かカギを握っているらしい。
「と、言うわけで、これから南に戻って俺の師匠であるネクロゴブリコンに会いに行こうと思います」
グリムナがそう言うとバッソーは首を傾げるような仕草を見せた。彼だけがネクロゴブリコンにまだ会ったことがないのだ。しかし、バッソーは彼について特に何か知っている様子もなかったので、グリムナはそのまま話を進める。
「それと、もう一つ……」
そう言いながらヒッテの左手を取り、袖をまくって見せた。
手首にはやはりまだレイスに捕まれた時の手の跡が残っており、そこからうっすらと黒いもやが上がっていた。「むむ」とバッソーが険しい表情を見せる。
「バッソー殿、これが何かわかりますか? レイスに手首をつかまれてからこのままなんですが……」
バッソーは唸りながら少し考え込んでから答える。
「何かの呪い……じゃな。それは間違いない。しかしそれが害をなすものなのかどうかは、ワシは専門ではないから分からんな……」
やはりバッソーの答えもフィーと同じであった。何らかの呪いであることは間違いない。但し、それがなんであるのかまでは分からぬ、と。グリムナはこれに、「では何か、呪いに詳しいものを知りませんか」と問いかける。
「ご主人様、もういいですよ。何か実害があるわけじゃないですし、放っておけばそのうち消えますよ、きっと」
ヒッテはそう言ったがグリムナはそれを許さない。少し厳しい剣幕で反論する。
「手遅れになってからじゃ遅いんだ。俺は、後悔するようなことはしたくない。ヒッテに何かあったら俺は必ず後悔する!」
そう真剣な表情で言われると、ヒッテは顔を赤くして言葉を失ってしまった。フィーはつまらなそうな表情である。何となくいい雰囲気の二人が気に食わないようだ。もちろん年齢的にヒッテはまだ子供だからそのようなことはないとは思うのだが、グリムナが女性といい関係になるのが嫌なのである。
しかしそれはもちろんフィーがグリムナを好いている、というわけではなく、これが男同士ならば大歓迎、というところがまた複雑なのだが。
「一つ、呪いに強い人物に心当たりがある」
バッソーが人差し指をピンと立ててそう言った。当然グリムナは「それは一体何者か」と齧り付いて質問する。バッソーはちょっと引きながらもグリムナを落ち着けさせると、こう答えた。
「ここからさらに北の地方に住むエルフじゃ」
「ダメよ!!」
突然のフィーの大声に全員が驚く。フィーは声が大きくなってしまった事に気づいて「あ、いや……」と、何やら気まずそうな表情をしてから言葉を続けた。
「ええっとぉ、その……あれね、あのぅ……聞いたことないかな? エルフとダークエルフって敵対してるのよ!」
「なんで?」
グリムナが当然の質問を間髪入れずに尋ねた。しかしその当然来るであろう質問にフィーは答えを用意していなかったのか、まごまごしている。これは、言い淀んでいるのではない。前にもこんなことが何度かあったが、考えながら喋っているのだ。さすがに人の事をあまり詮索せず、鈍感なグリムナにもこれが何を意味するのかは分かる。
「前からそうじゃないかとは思っていたんですけど、この人、ダークエルフじゃなくて、ただの日焼けしたエルフなんじゃ……」
「しっ……」
ヒッテが確信をつこうとするが、フィーを気遣ってそれをグリムナが制する。
「こう……あの、アレなのよ! エルフ共は頭が固くて、ストレートしか認めないんだけど、ダークエルフはそういうところ、LGBTQにも寛容なのよね。それで、そのぅ……性的思考で対立しているというか、彼らは理解しようとしてくれないというか……」
必死に言葉を探すフィーであるが、正直グリムナはもうどうでもいい、という気持ちであった。フィーの出自になど興味はない。しかしヒッテにかけられた呪いの事を知るためにも北のエルフの里には行く。これはもう変えるつもりはないのだ。
「なんかあいつら、違いも分からずに同性愛を見るとみんな『ホモ』の一言で済ませちゃうし……理解しようとしないというか……」
おそらく今彼女の言っていることは本当の事なのであろう。それが嫌で生まれの地を飛び出した。しかしそれは彼女の出自、ダークエルフがどうのこうのとは恐らく全く関係ないのだ。グリムナはしらけた顔で彼女を見ながら反論した。
「そうは言うけどさあ、女装少年、男の娘、TS、女装娘、メスショタ、ふたなり……結局のところ、全部ホモでは?」
「………………」
「なんだァ? てめぇ……」
フィー、キレた!!




