第91話 名探偵ヒッテ
遺跡から脱出し、急いでカルケロの元に戻ってきたグリムナ達。しかしすでにカルケロは何者かに殺された後であった。
「ヤーンが、カルケロさんを殺すなんて……そんなことは有り得ない。二人は、親子なんだ……」
グリムナはそう言い、彼女の顔にベットリと付いていた血をふき取った。
ヒッテは部屋の中を見渡しながらそれに反論する。
「カルケロさんは体も鍛えてない、腰の悪いおばさんです。なのにとどめを刺すまでにずいぶん手間取ってます。何故だと思いますか?」
答えのないグリムナを無視してそのままヒッテは言葉を続ける。
「犯人とカルケロさんが親しいからです。オーブンの中にあるのはアップルパイですね、もう焦げてますけど。親しいからカルケロさんはパイを振る舞おうとした。そして犯人は親しいからこそ、殺すのに手間取ったんです」
「やめろ! それ以上言うな!!」
グリムナは叫ぶようにそう言ったが、ヒッテはまだ続ける。
「カルケロさんが最初に刺された場所は、ここですね……」
ヒッテはそう言いながらテーブルの少し奥、キッチンとの間を指し示した。そこは少し血糊が付着しており、割れた食器が落ちていた。
「カルケロさんはキッチンを伝うように逃げようとして……」
キッチンの縁には横滑りの血の跡があった。ヒッテはそのままキッチンに沿って歩き、オーブンの横まで来た。そこには激しく争ったのか、特に調理器具が乱雑に散らばり、血で滑った跡がいくつもついていた。
「犯人は、ここで一度カルケロさんを追いつめましたが、逃げられて、今倒れてる場所でやっととどめを刺したんですね」
そして、今現在グリムナと、カルケロの遺体がある場所、家の出口の近くを一瞥した。
オーブンは部屋の隅に近い。何故ここでしとめられなかったのか……ヒッテはしばらく犯人の足跡を追うように歩いていたが、やがてその答えも出た。
「シナモンの香りか……いざとどめを刺そうという時に焼けたアップルパイの香りで、子供の頃を思い出して、ためらってしまった……やっぱり犯人はヤーンさんで間違いないですよ」
名推理ではあるが、グリムナはただ苦しそうに嗚咽を漏らすのみである。そんな話を長々として何がしたいのだ、そんな話をして何か意味があるのか、グリムナは悔し涙を流していたが、それが何に対する悔しさなのか、それは彼自身にも判然としない。
「憶測で物を言うな……そんな話をして何の意味があるって言うんだ!!」
当然のようにグリムナはヒッテに怒りをぶつけたが、ヒッテはそれに怯みもしなかった。
「……ご主人様が、感傷に浸ってなんかいるからですよ……今やるべき事を考えて下さい」
ヒッテがそう言うと、グリムナはゆっくりと目を閉じ、深呼吸をするように深く息を吐いた。さらにヒッテは言葉を続ける。
「いいですか、ご主人様は親子という物に幻想を抱きすぎです。所詮は血を分けただけの赤の他人、相手と分かり合うことも、気持ちを知ることもできないんです。自分の理想を外の世界に重ね合わせて、自分の考えに固執していたら真実を見誤りますよ!」
グリムナは自分の両親のことを思い浮かべ、首を振ろうとしたが、すぐにヒッテの両親のことを思い出した。彼女の母は彼女が5歳の時に死別しているし、父はそもそも会ったことすらないのだ。
ことさらに親子の情を肯定することは、ともすればそのままヒッテのことを否定することにもなりかねない。
そもそもヤーンとカルケロのことはこの二日間でしか知らないのだ。グリムナがあれこれ口を出すことではない。
今は、それよりもやることがあるのだ。
グリムナはゆっくりと深呼吸をする、が、なかなか動悸が収まらない。今までのようにいかない。彼にとってはそれほどまでに受け入れがたい事態であった。暫くそうしていると、ヒッテがゆっくりと歩み寄って、苦しそうに呼吸を荒げて、膝をつき、うつむいているグリムナをそっと抱きしめた。
「理解のできない物を、無理に理解しようとする必要はないです。受け入れるんです……理解のできない物は理解できないまま……他人の苦しみを全部背負い込む必要なんてないんですから」
ようやくグリムナは落ち着いたようで、消え入りそうな声で小さく呟いた。
「ありがとう……ヒッテ……お前には、いつも助けられてばかりだな……与えられてばかりで、俺はお前に何も与えられない……」
「そんなことは……」
「あのさぁ!」
二人の世界に没入しようとするグリムナとヒッテをフィーが阻止した。
「マジでそんなことしてる場合じゃないんだけど? ヴァロークがどう動くか分からないし、早めに事態を整理した方がいいと思うよ」
確かに彼女の言うとおりである。グリムナは一旦立ち上がってあたりを見渡す。カルケロは神殿に行く前に『死神の神殿』の視点で資料を見て、まとめてくれると言っていた。しかし家はこの有様である。ただ争った形跡があるわけではない。パッと見ただけでも朝よりも明らかに本が減っているし、メモのような物も見あたらない。
当然ながらカルケロを殺した者は、彼女の資料やメモのうち、『真実』に近づきそうな物を奪っていった、もしくは処分していったのだろう。おそらくはそれが本来の目的なのだから。
そしてそれはおそらく地母神と死神を繋ぐものである。ということはすでに神殿を直に見てきたグリムナにはある程度予想がつく。
ふと、グリムナはテーブルの下に落ちていた一枚の白い紙に目が止まった。その紙には何もメモが書かれておらず、ただただ白いだけの紙であった。しかし、大層部屋の中があれているにも関わらず血の一滴もついていないその紙が何故かグリムナには気になって仕方なかった。
彼がその紙を折り畳んでポケットにしまうと、外から声が聞こえた。
「おおーい、グリムナ! 中に入っても大丈夫か? 中に入っていいか?」
バッソーの声である。暫くすったもんだしていて時間の経過を忘れていたが、遅れて移動していた彼もようやく追いついたようだ。
「いいですよ、入ってきて下さい」
グリムナはそう言いながらもまだ部屋の中に何かめぼしいもの、ダイイングメッセージがないかときょろきょろと探していると、フィーが声をかけてきた。
「グリムナ……あなた、誰と話してるの……?」
フィーは状況が理解できず、戸惑っているようだが、逆にグリムナは彼女が何に引っかかっているのかが分からない。確かにバッソーの声が聞こえ、窓の外に彼の姿を見たからこそ彼は返事をしたのだ。声も、窓の外のバッソーもフィーの位置から認識できたはずである。それに対し「誰と話してる」とはどう言うことか。
「誰と、って……見えないのか? バッソー殿と……」
グリムナがそう言いながら窓の方を見ると、誰の姿も見えなかった。いや、それは当然だ。当然のはずなのだ。彼は窓から家の入り口の方に移動したはずである。何も不思議なことはない。無いはずなのだが。
そう言い聞かせながらグリムナはゆっくりとドアの方に視線をやる。
フィーの言ったことが正しかった。
グリムナは一体誰と話していたのか……ドアから入ってきたのは、ぼろぼろのローブのような服……いや、ぼろきれを身にまとった男であった。やせ細って細かいしわの現れ始めている顔は40代くらいに見える。しかし青白い肌とぎょろりとした目からは全く精気が感じられない。ローブの先から見える手や足には何もつけておらず、裸足であり、やはり顔と同様にやせ細っている。
(まずい……俺が入室の許可を出してしまった……!!)
そう、バッソーの姿に見えていたのはグリムナ一人だけで、そのローブの男は昨晩カルケロを尋ねて来た物の怪の類のものであろう。昨晩はカルケロが対応して『入室』の『許可』を出さなかったから入れなかったが、今はグリムナが『許可』を出してしまった。
実態なのか、はたまた霊体なのか、それとも幻覚なのか……一同は状況をはかりかねて固まっているが、その男はゆっくりと足音を立てずに移動しながら三人を見回す。
「レイス……」
小さい声でフィーが呟くが、それ以外はみな押し黙っている。相手の出方が分からないから、何もできないのだ。




