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第83話 黒幕

なんとか騎士団、イェヴァン、ラーラマリアを退けたグリムナ達。しかしグリムナは疲労のあまり意識を失って倒れてしまう。

『グリムナ……いいか、よく聞くんだ……』


 朦朧とする意識の中、グリムナは夢を見ていた。幼い頃、彼の父と話した内容の夢だ。


『お前ももう12歳だ。俺の子供ではあるが所有物ではない。誰と付き合って、誰と仲良くするか、俺にはそれに口出しする権利などない』


 人付き合いの話である。グリムナは父親のたくましい体と、精悍な顔つきを見つめながら黙って話を聞いていた。彼の父親はしがない農機具の手入れをする鍛冶職人でしかないが、彼にとっては世界でただ一人の、頼れる父親であった。強く、たくましく、そして彼と同様困っている人を放っておけない、心優しい人物であった。その優しい父が真剣な顔で語り掛けている。


『だが……自称サバサバ系女子には気をつけろ』


『自称サバサバ系は、実際には大抵ネチネチ系だ。本当のサバサバ系は自分でサバサバ系だ、なんて宣言しない……』


 実は、父が言っているのはラーラマリアの事である。実際にラーラマリアが『自称サバサバ系』の発言などをしたことはないが、言いそうだから前もってグリムナに釘を刺していたのである。彼の父はラーラマリアのヤバさになんとなく勘づいていた。


『サバってのはな、美味しいが、『サバの生き腐れ』っていうくらい足の早い魚だ(傷みやすいの意)』


『サバサバ系はネチネチ系……』

 グリムナは、無意識に父の言うことを復唱していた。


『そうだ。母さんみたいにな……』


『お母さんネチネチ系なの……?』


 グリムナの言葉に、父は一瞬苦悶の表情を浮かべ、『母さんには言うなよ、もし知られたら10年くらいネチネチ言われるからな』とだけ言った。


『自称サバサバ系女子には……決して近づくな……』


 グリムナは、ゆっくりと再び意識を失っていった……





「ふぅ、ふぅ……」


「大丈夫? ヒッテちゃん……代わろうか?」


 フィーの申し出を無視して、ヒッテは自分よりも二回りは大きい、気を失ったグリムナの体を背負って森の中を、村に向かって歩き続ける。既に日は暮れかけており、虫の声が聞こえ始めていた。


 騎士団が本陣に使っていた場所が村からそう遠くないのがせめてもの救いであったが、あれだけの大騒動の後、祭りの後のような静けさの中、一行は重い足取りで帰路についていた。重苦しい沈黙の中、息を切らしながらもヒッテが口を開いた。


「今回の黒幕……フィーさんは一体誰だと思います?」


 ヒッテのその言葉に、フィーは顎に手を当て、目を泳がせながら少し考えこむ。


「仕事の依頼を騎士団にしたのはベルアメール教会で確定なんでしょ? 何が目的だったのかは分からないけど……その野望も無事阻んだことだし……」


 しかし、ヒッテはちらりと彼女の方を見ながら呟いた。


「ラーラマリアですよ」


 ラーラマリアがなぜ? フィーは驚きを隠せない表情でいた。バッソーから自分たちがいない間の事のあらましを聞いて、グリムナがイェヴァンに腹を貫かれ、命の危機にあったことはすでに聞いている。幼馴染みで、グリムナに好意を持っているように見えたラーラマリアが今回の黒幕。にわかには受け入れづらい推測ではあるが、しかしヒッテは村に着くまでもう口を開くことはなかった。


 村に着くと、騎士団から先に開放されていた捕らわれていた村人たちから報せを受けていたのか、村長を始め多くの人々がグリムナ一行を迎えた。姿が見えた時は大変な盛り上がりだったのだが、グリムナがまたも意識を失ってヒッテに担がれていることに気付くと、すぐに数人の男たちが集まってヒッテの代わりにグリムナを担ぎ上げ、昨日も泊まった集会場の宿泊用の部屋に案内された。


 ヒッテ達は、彼女の希望もあって、村長達から簡単なサンドイッチなどの軽食だけをもらって、食堂ではなく、グリムナの寝かされていた部屋で食事をとった。バッソーはしばらくグリムナの様子を気にしていたようだが、夜も更けてくると、自分の家に帰っていった。


「ラーラマリアが黒幕って、どういうことなの? ……たしかに、挙動不審ではあったけど、ラーラマリアはグリムナのことが好きなんじゃないの?」


 夜も更け、グリムナの寝息だけが聞こえる静かな部屋の中、フィーがそう尋ねると、ヒッテは手に持っていた食後のお茶をくいっと飲み、喉を潤してから話し始めた。


「多分、バッソーさんを誘拐したのはラーラマリアとは関係ないです。それとは別にベルアメール教会に何らかの思惑があって、じじいの知識を欲したんでしょう」


 そう言った後、ちらりとグリムナの方を見てから話を続けた。


「でも、ご主人様の誘拐を指示したのは恐らくラーラマリアです。勘は鋭いけど、頭の悪い女です。おそらくご主人様が騎士団に捕まってピンチのところを助けに来る、なんて子供っぽい事を考えてたんでしょうね……実際あの実力なら100人程度の騎士団なんて軽く蹴散らせるんでしょう……ご主人様より遥かに強いですから」


「それに、前にレニオさんから貰った情報ですけど、勇者は今、ベルアメール教会とつながっている……」


 フィーは思わず言葉を失ってしまった。確かにラーラマリアの行動原理はいまいち子供っぽい、というか、場当たり的なところがある。これまでの邂逅でそれはひしひしと感じていた。しかし、だからといって……だからといってあまりにも計画が杜撰すぎる。リスクが多すぎはしないか、そう彼女は考えているのだ。


「レニオ君は……」


「レニオさんはこの計画を知りません。おそらくろくに情報を伝えられずに連れてこられたんでしょうね」


 フィーが疑問を口にするとヒッテは即座に答える。彼女の中では既に答えは出ているのだ。しかしフィーはやはり納得ができない。この計画、あまりにもリスクが大きすぎるのだ。それもラーラマリアがグリムナの事を好いているなら決して踏んではいけないリスクが。


「グリムナは……一歩間違えれば死んでいた……」


 フィーはそう言って彼の方をちらりと見る。そして、今も死にかけているのだ。二日続けての昏倒である。尋常ならざる事態である。


「死んでもいい、そう考えているかもしれません……」


 ヒッテの言葉にフィーが目を丸くする。『死んでもいい』。愛する人が『死んでもいい』……そんなことを考える女など居るのだろうか。フィーの驚きを察してか、ヒッテはゆっくりと口を開く。


「そう思える要素はいくつかありました……『最後に私の横にいればいい』という言葉……もしかして、生きていようが死んでいようが、他人に渡らなければそれでいい、そう考えているんじゃないか、って……」


 フィーはその言葉を聞いて悪寒が走っていた。しかし、それだけでラーラマリアがそこまで狂っていると断じていいのか、とも考えていたが。


「それに最後の別れ際、ご主人様が倒れた事よりも、ご主人様に誤解され、嫌われることを恐れていました。……もしかして、ご主人様が死ぬのは構わない。でも、ご主人様に嫌われ、誤解されたまま死に別れるのは、それだけは避けたい、そう思っているんじゃないのか、って思ったんです……どう思いますか? フィーさんは?」


「どうもこうも……」


 フィーはそう言ったきり言葉を失ってしまった。彼女は冷や汗をかいていた。ここまでの剥き身の人の狂気に触れたことなどなかったのだ。もしヒッテの言ったことが当たっていれば、の話なのだが、それでも、フィーの人生の中でもラーラマリアはぶっちぎりにヤバイ奴であることは間違いなかった。

 イェヴァンもヤバイ女であったが、ラーラマリアもヤバイ。二人とも好いた男を平気で死の危険にさらそうとしていた。


 生きてこその命、生あってこその性。それがフィーの信念であったのだ。自分の考えから真っ向から食い違う生き方を見てそのあまりの価値観の相違に恐怖しているのである。そして恐怖の心とともに自身の胸の中にも黒い情念が芽生えつつあるのを感じていた。


「好いているからこそ、死を願うなんて……」


 そう言いながらフィーは自分の荷物をごそごそと探り始めた。「何をしているのか?」とヒッテは小首をかしげていたが、フィーは目当ての物を見つけたようで、小さく「あった」と呟いて荷物から何かを取り出した。


 それは、小さな手帳であった。


「あの……何を……?」


 ヒッテが戸惑いの表情を見せる。それは今日、ヒッテがフィーの荷物から探し当てた、BLのネタ帳であった。


「ヤンデレか……それもアリだな……アリ寄りのアリね……」


 ぶつぶつと呟きながらネタ帳に何かを書き込んでいる。もはやヒッテの声は彼女に届いていないようである。


「でもなぁ……女かぁ……誰か別のキャラを当てるか……」


「あの、フィーさん? 話聞いてました? っていうか声届いてます?」


 もはや創作モードに入ってしまったフィーに外野の声は届かない。全集中の呼吸である。思い切り内野、というかピッチャーだったような気もするが。


「待てよ、男体化……今まで避けてきたけど、これを機にやってみるべきかな……? いや、やっぱり邪道だよなぁ……」


 この女は自分が正道を生きているつもりだったのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] グリムナの父さん、慧眼ですねぇ。
[良い点] なんか色々、色々あったんですけど、 一人称が名前にときめく爺さんとか、イェヴァンのヒモとか、小鹿対決とか。あと32でババァに死亡したり(うん、わかる) ラーラマリアちゃんやっぱ最高ですね〜…
[一言] 呪われた家系なのかもしれませんね。 七代までその家に生まれた男は自称サバサバ系女子と結ばれる。
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