第78話 じじいカタパルト
騎士団の本陣ではイェヴァン派と造反組の内ゲバが始まると共にローションに飲み込まれつつあった。そんな中、バッソーはヒッテに「尻を蹴れ」と懇願する…
ッパアアァァン
凄まじい破裂音のような高い音に誰もが驚いて振り向いた。ヒッテの全力のローキックがバッソーに炸裂したのである。
「くあっ……アッ……ああ……」
食らったバッソーの方はインパクトの瞬間は「くの字」に腰を反らし、そのままどすん、と手をついて四つん這いになったのだが、それだけでは収集つかない。当然ではあるがヒッテは自分の足場は固めていたがバッソーはローションまみれのままであったので、そのまま騎士団の本拠地の方につつーっと滑って突進していった。
「ぬおっ!?」
「じじいが滑ってきた!!」
当然騎士団の男たちは一瞬驚いたが、気づいてもすぐに猛スピードで通り過ぎて行ってしまったためそのままスルーして戦いを続ける。バッソーはじじいカタパルトで本陣の中心を滑ってそのままどこかに消え去っていった。
「しまった、強く蹴りすぎた……」
ヒッテが一瞬後悔の色を見せたが、まあ一瞬である。すぐに「もうどうでもいいやあんなじじい」と思い直した。
「ああ……やっぱり……暴力って素晴らしい。奴隷の12歳のガキの言うことなんて、誰も聞いてくれないけど、暴力は全てを余すことなく伝えてくれる……」
「ちょっとぉ!? 何してくれてんのヒッテぇ!?」
「凄いですよね、ご主人様……会話の通じない相手にでも、ローキックは絶対に通じるんですよ……」
当然ながらグリムナが抗議の声を上げるが、今のヒッテに会話は通じない。
もういい。ヒッテは正直もうどうでもよくなったのだ。いろいろ苦労して目的の人物を救出できたが、……まあ、苦労したのは主にグリムナだが。収拾のつかなくなった場と、言い争うフィーとグリムナ。その混乱の中汚いケツを出すじじい。
その汚いケツを見ていたら何もかもどうでもよくなったのだ。
「じじいは無視してもう村人だけ救出して帰りましょう」
ヒッテの提案である。この提案に対しグリムナは……
「……まあ、そうするか」
当然ながらグリムナもあのじじいに対してはいろいろと思うところあるのだ。
グリムナの提案で本陣の中のテントは無視して、もとからある作りのしっかりした建物を探すことにした。騎士団の連中は泥仕合ながらも未だ激しい乱闘のさなかであり、グリムナが注意深く行動したこともあって、囚われていた村の女子供はすぐに見つけることができた。幸い見張りもいなかった。まあ、外があんな状態なので仕方ないが。事ここに至ってはもはや営利目的と慰み者でしかない女子供など捨て置いても問題ないという考えであろう。
「ひっ……だ、誰ですか……? いったい外で何が起こっているんですか……」
女たちは完全におびえ切った様子であり、憔悴していた。仕方あるまい。体中に痣があり、衣服も破れている。騎士団の連中にさんざん弄ばれたのであろう。はなはだしくは女性だけでなく捕らえられた中には少年もおり、彼らも同じように乱暴された跡があったことだ。節操のない連中である。グリムナには嫌悪感とともに恐怖の感情が襲ってきた。一歩間違えば自分がこのようになっていたかもしれないからだ。しかもその状態になることを仲間が望んでいるという絶望的状況である。
「あなた達を助けに来ました。怪我のある人はいませんか、私は回復術士です」
グリムナがそう言うとようやく村人たちは表情が明るくなってグリムナの元に走り寄ってきた。彼が治療をしている間フィーが外の様子をうかがっている。
「よし、すぐに逃げましょう。いけそうか、フィー?」
治療が終わると、村人につけられていた足かせを外してグリムナはすぐに脱出の態勢に入る。
「……まだローションだらけだし、戦いも続いてるけど、一気に駆け抜ければ多分大丈夫だと思うわ」
「よし、後ろは俺達が守りますから、あなた達は一気に村の方に逃げてください。方向は問題ないですよね?」
グリムナがそう尋ねると村人のリーダー格の女性が頷いた。
「村人が無事逃げたら、ヒッテ達も逃げますよね? もちろんご主人様も、いいですね?」
ヒッテがグリムナに念を押す。彼女にとってグリムナはかなり信用がないようである。このお人好しっぷりでは仕方ない部分もあるかもしれないが、ともかく、グリムナがドアを少し開けて外の安全を確認すると、まず村人たちを外に出させ、なるべく裏手の方から本陣から外へ避難させる。
村人が全員避難を完了し、いよいよグリムナ達も脱出しよう、と、その段になった時であった。騒がしい戦闘音と怒号の中から、ひときわ大きな声が聞こえたのだ。
「グ~リ~ム~ナ~ッッ!!」
「ゲッ! イェヴァン!!」
めんどくさい女の登場である。
「今度は女と乳繰り合いくさりやがって~!! この浮気者! 殺してやる!!」
「浮気……? え? イェヴァンって女なの? 女はまずいわよ!!」
何がどうまずいのかいまいち分からないがフィーが抗議の声を上げる。しかし、それより恐ろしいのはヒッテであった。やはり表情は前髪でよく分からないが、言葉に怒気をはらんでいるのが鈍いグリムナでもよく分かった。
「どういうことですか、ご主人様……さっきのキスマークの主はあの女ですか……ヒッテたちは本当に心配してたのに、洞窟の中で女とよろしくやってたんですか……」
ここで、「いや、違う。レイプされそうになっただけだ」などと答えれば火に油を注ぐ結果になるのはさすがにグリムナでもよく分かる。前門のイェヴァン、後門のヒッテ、そして肛門の騎士団。グリムナ、大ピンチである。
「なになに? ヒッテちゃん、ヤキモチ焼いちゃってるの? 可愛いとこあんじゃん」
「じじいみたいにカタパルトやりたいんですか、フィーさん」
「ひっ、すいません……」
さて、内輪もめなどしていても仕方ない。実際イェヴァンは今そこにある危機なのだ。危機なのだが……
「このサガリスの錆に……わぎゃっ」
最後まで言い終わる前にイェヴァンがつるっと滑ってこけた。そう、ローションはまだ有効なのだ。大した粘度である。
「ヒッテ、フィー……下がっていろ、俺が決着をつける!」
グリムナがそう言って、四つん這いでぷるぷるとした足取りでイェヴァンに慎重に近づく。彼もまた、やはりローションの虜なのだ。グリムナの姿を視認して、イェヴァンもやはり四つん這いの姿勢でゆっくりと間合いを詰める。生まれたての小鹿VS生まれたての小鹿である。
「戦える状態じゃないじゃない……とてつもなく低レベルな戦いになりそうな予感……」
フィーは不安そうな表情で見つめていたが、そうはいかない。イェヴァンが安定を得るべくその場にぺたん、と座ったままサガリスを伸ばしたのだ。今のグリムナに無く、イェヴァンにある物、それは魔剣の存在である。
「もらった! 死ね!!」
イェヴァンの魔剣はグリムナの首をとらえたが、やはりぬるん、と滑ってグリムナの首には血がにじんだだけであった。普通の剣だろうが魔剣だろうがこのローション地獄の中では真の実力は発揮できないのだ。
「くっそ~、これならどうだ!」
次にイェヴァンはサガリスを返しのついたハルバードのような斧槍に変化させた。返しの部分で引っ掛けて引き裂くつもりなのだ。
グリムナは「これはまずい」と感じて必死で犬かきのように四肢を動かして一気に間合いを詰める。イェヴァンは急いでサガリスを振り下ろしたが、一瞬グリムナの方が早かった。サガリスの柄の部分を背中で受けてそのままイェヴァンに体当たりし、がっちり組み合った。イェヴァンはすぐにサガリスを投げ捨ててグラウンドでの攻防に応じたのであった。




