表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/440

第64話 囚われのバッソー

「もう大丈夫ですか? ご主人様……」


 今朝起きてから、何度目かの同じ質問をヒッテはグリムナに投げかけた。


「ああ……もう大丈夫」


 グリムナは笑いながらそう返したが、顔に力がないように感じる。グリムナ達は村の集会場の来客用の一室で夜を過ごし、現在は会食用の食堂で村長を含め数人の村人と一緒に食事をとっている。村長以外の村人は特に村の顔役や主要人物というわけではなく、単に家を焼け出されて行き場のなくなった者の一部である。


「いやしかし、本当にありがとうございました。結局100人以上のけが人を手当てしていただいて、皆が感謝しております」


 村長が食事を続けながらそう話しかけた。


「困ったときはお互い様ですよ……」


 グリムナは笑顔でそう答えたが、ヒッテは不満顔である。あれだけの働きを見せて村人を救ったのだから多少は吹っ掛けてやればいいのに、と考えているのだ。


 実際王都の医者や回復術士にやらせれば数百万Gから一千万Gを越えるような働きぶりであった。通常こんな山村に医者も回復術士もいない。せいぜい薬師か祈祷師がいて、簡単な内服薬を調合するくらいである。それが田舎の村の医療環境の全てだ。大怪我や大病を患ってしまえば、普通は精々よく寝て、精のつくものを食べて、安生する。それでだめならば諦める。来世ではきっといい事もあるだろう。そういった死生観である。


「ところで、我々はこの村に賢者バッソー殿を尋ねて来たんですが、賢者殿は無事ですか……?」


「それが……」


 村長が眉間にしわを寄せ、顔をしかめた。彼は昨日の夜、グリムナが倒れた後も村長としての仕事を続けていた。こういった非常時における村長の仕事、それは第一には被害状況の把握である。まずは現状を正しく認識し、本来あるべき状態との比較をする。そのギャップが『問題』である。解決策を練るのはその後になる。

 ともかく昨晩彼は被害状況の把握をしていたのだが、それによると賢者バッソーの家は、火をつけられたような形跡はなかったのだが、本人は姿を消していたのだという。


「まさか……賢者殿がさらわれた……?」


「わかりません……死体はありませんでしたし、どこかの家に身を寄せてるわけでもないようで……」


 なんと、グリムナが尋ねて来たまさにその日に賢者バッソーがさらわれたというのか、これは果たして偶然であろうか。


「他にさらわれた人は?」


 ヒッテがそう尋ねると、他のさらわれた人間は全て若い女か子供である、という。奴隷にするのか、慰み者にするのか、しかしそれらは目的が割とはっきりしている。齢60を越えるバッソーの虜囚だけが何か異彩を放っているように感じられた。


「もしかして、賢者様を捕まえるのが本来の目的で、村を荒らしたのはついで……?」


 ヒッテは考え込みながらそう呟いた。


「賢者殿の最近の研究とか、最近やばい連中と付き合ってたとか、そういう心当たりはないんですか?」


 グリムナが村長に尋ねるものの、村長はう~ん、と唸って考え込んでしまった。同じ村に暮らしてはいても彼の研究内容にまで興味はないのかもしれない。しかしそれも仕方なかろう。村長という仕事上彼は恐らく読み書きができるだろうが、一般の村人にとって学者の研究内容など難解な暗号の羅列でしかないのだ。


「いや、研究の内容は確かに知らんのですが、それ以前に賢者殿はあまり村人とのかかわりがなくて……」


「人嫌いだったんですか? 賢者殿は……」


「ううむ、人嫌いというか、人嫌われというか……」


 どうやらなかなかに問題のある人物であったようだ。そんな話をしているとき、食堂のドアががちゃり、と開けられ、村の若者が入ってきた。


「村長、大変だ! 村の若い衆が盗賊共に仕返しに行っちまったぞ!!」


 なんと無謀な。昨日村をぼろぼろにされたばかりだというのに一夜明けてもうそれを忘れて仕返しに行こうというのか、しかし話を聞いてみると、どうやらさらわれていった女子供を取り返すために村にある農具や斧で武装して盗賊たちの本拠地を探しに行ったのだという。時がたてば女たちは犯され、さらに日が過ぎればおそらく人買いなどに奴隷として売られて行ってしまうだろう。

 ならば今しか時はない、という考えも分からないではない。


 グリムナはすぐに朝食を口の中に放り込むと立ち上がった。


「何をするつもりですか、ご主人様!」


「い、いや……助けに行かないと……」


「相変わらずのお人好しねぇ」


 昨日倒れて、まだ目が覚めたばかりで自分の体調が万全でないというのに村人の加勢に行こうとするグリムナをヒッテはものすごい剣幕で咎めるが、フィーはイマイチ他人事のような感じでまだパンをかじりながらのんびりした感じで口を挟んだ。


「あのさあ、あなた目的に向かって進むのはいいんだけどいつも無謀なのよ。敵の規模も正体も分からないのに突っ込んで勝てると思ってるの?」


 もっともである。グリムナは思わず目を伏せてしまった。そう、一人ではないのだ。けが人の治療と違って盗賊の討伐ともなれば自分だけではなくフィーやヒッテも命の危機にさらすことになる。己の身勝手な行動であったと彼は恥じ入った。しかしそれでも村人を見捨てることなどできないのだ。

 しかしフィーは残りのパンを口の中に放り込みながらさらに続けて喋った。


「とはいえ、別にあんたのパーティーなんだから行動の指針はあんたが決めればいいわよ。その代わり、私とヒッテちゃんは自分が危ないと思ったらすぐに逃げるわよ?」


「ありがとう、フィー」


 ヒッテはまだ不満そうな顔をしているが、実際リーダーがそう判断した上に彼女はグリムナの奴隷なのだ。本来は命令を拒否する権限などない。正体の分からない敵に大いに不安を抱えながらであったが、彼らは村人の助太刀に行くことを決意し、朝食を終えてから村を経つことにして、その前に襲撃を受けてさらわれたというバッソーの家に向かった。


 途中歩きながら村を見回す。もう落ち着いてはいたが、やはり丸焼けになって崩れた家が多く見られ、焼け出された人々が途方に暮れたようにそれを見たり、崩れ去った家から何かを掘り起こそうと作業をしていた。


 実を言うとこういった光景を見るのはグリムナとフィーは初めてではない。そもそも珍しい光景ではないのだ。各地で戦乱が起き、民衆が略奪を受けることも珍しくはない。野盗、傭兵、そして正規兵。武力を持つものは、その多くが無分別に民衆から食料や財産を略奪していく。しかし正規兵は人はさらわないし、野盗は火をかけない。此度の暴挙は一体何者が行ったのか。


「それにしても、派手にやったわねぇ……」


「昨日はありがとうな、消火活動手伝ってもらって」


 残骸となり果てた民家を眺めながら呟くフィーにグリムナが謝意を表すと、彼女はフフン、と少し満足そうに鼻で笑った。実のところを言うとフィーの消火活動はグリムナの医療活動よりもかなり早く終わっていて、集会場に入ると手伝わされそうでイヤだから外で時間をつぶしていたのだが、こういう時彼女は最大限恩着せがましくふるまう。


 フィーの自慢げな表情を見ていると、ヒッテは少し、バラしてやろうかという心持にもなったが、よくよく考えてみればフィーがこのパーティーにいること自体彼女の気まぐれなのだから、へそを曲げられて戦力を失われるのもまずいな、と黙っていることにした。

 しばらくそのままフィーを見ながら歩いているとグリムナが何か勘違いしたようでヒッテにも声をかけてきた。


「ヒッテも昨日はありがとうな。大分助かったよ」


 ヒッテはこの言葉に答えず、ぷい、とよそを向いた。


 そんなやり取りをしながらしばらく歩いていると目的のバッソーの家にたどり着いた。ドアは破壊されていたものの、焦げ跡はないし、他の家に比べれば綺麗なものである。


 壊れたドアの破片を蹴飛ばしながらグリムナが中の様子も確認する。家の中は一人暮らしの老人らしく慎ましやかなものであったが、やはり賢者というだけあって本が非常に多い。とはいうものの、人がさらわれたにしては争ったような形跡は見られなかった。バッソーはほぼ無抵抗のまま連れ去られたのだろうか。

 そして、もう一つ気になることがあった。


「研究資料? とかそういうものが奪われたのかな、と思ったけど、そういうわけでもないみたいねぇ……」


 グリムナも同じように心に抱えていた疑問をフィーが口にした。


 そう、もしヒッテが言うように最初からバッソーが目当てでこの村に来たというのならば、狙いは彼の学術研究の可能性が高い。彼は老齢であり、戦闘の助っ人にするには向かないであろう。ならば彼が研究している内容を狙ってきた、もしくは彼の所有物か、そんなところが目的なのかと思っていたのだが、室内は争った形跡もなければ物を探して荒らした形跡もない。綺麗なものである。


「目的がさっぱり分からないな……」


 グリムナがそう呟くとフィーも同様に考え込みながら彼に話しかけた。


「本人たちに直接聞くしかなさそうね……それにしても妙に装備の整った戦闘集団かぁ……なんか嫌な予感がするなあ」


 結局バッソーの家からは何も情報が得られず、グリムナ達は盗賊達と、それを追っていった村人たちの元に向かうこととした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ