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第63話 野戦病院

レニオと別れた後フィーのしょうもない話を聞かされたグリムナ。さあ、バッソーのいる村はもうすぐそこだ。

「そろそろのはずだな……」


 レニオに会ってからさらに1週間、山道を歩きながらゴルコークに印をつけてもらった地図を見て、グリムナはそう呟いた。地図が確かなら今日中にはバッソーの隠遁している住居にたどり着くはずである。


「ご主人様、そろそろ昼休憩にしませんか……?」

「そうだな……このペースなら日が暮れるまでには着きそうだしな」


 休憩の提案をしてヒッテにグリムナが肯定の意を示した。すぐに簡易的なかまどを作って火をおこし、お茶と干し肉、それにクラッカーをかじりながらグリムナが地図を確認する。


「もうそんなに遠くないはずだぞ。この地図のエルルの村、ここに賢者バッソー様が住んでいるはずだ」


「なんとなくですけど、その賢者バッソーって方も禄でもない奴の気がします」


 さすがにヒッテはなかなかに鋭い。実を言うとグリムナもそんな気はしていたのだ。それにゴルコークも「お前が思っているような奴ではない」と言っていた。だがそれ以上にグリムナはこの冒険に出てから会う奴会う奴ろくでもない奴ばかりだったのだから仕方がない。


 いの一番に食事の終わったグリムナが焚火の跡を片付け始める。


「よし、もうそんなに距離もないし、後は一気に行くぞ。今日は久しぶりにベッドのあるところで寝られるな」


 グリムナがそう言うとヒッテとフィーの顔が明るい笑顔になった。二人ともやはり年頃の乙女なのだ。ここ数日野営が続いていたのは堪えていた様である。随分と北の方に来たので寒くもなってきている。

 ベッドと屋根のある場所で寝られる、そう聞いただけで足取りも軽くなろうというものだ。




 そこから歩くこと半日、日もだいぶ傾いてきたころ、一行の目にはようやく村が見えてきたのだが、どうも様子がおかしい。じきに夕飯時なれば煙の上がることもあろう、だが煙の量が違う。ふつう飯炊きに使う薪は十分に乾燥したものを使うため多くの煙は出ないが、明らかにもくもくと村から煙を吹いている。いや、もう明らかにおかしいのだ。甚だしくは黒煙も上がっている。村が何者かの襲撃を受けているのだ、もしくは襲撃を受けた後なのか。


「悪い、俺は先に行ってる!」


 言うなりグリムナは一人走り出した。一日歩き通しだったというのに大変な体力である。普段は女二人の足に合わせてゆるゆると進んでいるのかもしれないが。


 果たしてグリムナを待っていたのはやはり襲撃を受けた村の跡だった。辺りは家に火をつけられたらしくもうもうと煙が立ち上がっており、未だその火を消そうと多くの村人が水を運んでいる。道には襲撃を受けて物言わぬ身となった村人が多く転がっており、まさに地獄絵図と言ったものであった。


「怪我人は! 怪我人はどこにいる!! 俺は回復術士だ!! 怪我人を一か所に集めてくれ! すぐに治療に入る!!」


 グリムナは手近にいた村人にそう叫び、村の集会所に通してもらった。




 さて、遅れる事四半刻ほど、ヒッテとフィーもやはりこの村の惨劇に驚きを隠せなかった。


「一体何があったの……山賊の襲撃?」

「略奪されたんでしょうか……ご主人様はどこに……?」


 そう呟きながらヒッテが近くで消火活動をしている青年を捕まえて「先ほどここに村の外からお人好しの回復術士が来なかったか」と、聞くと、村の中央にある集会所に行った、と言われたので、二人は慌ててそこへ走っていった。


 集会所についてみると、そこはまさに(実際そうなのだが)野戦病院の如き有様であった。


「重傷者を優先して! 順番待ちの奴は止血だけでもやっていてくれ!!」


 そして、集会所の中心では、自らも重傷者の治療をしながら矢継ぎ早に指示をとばすグリムナの姿が見られた。しばらく二人は呆気にとられて立ち尽くしていたが、グリムナは二人に気づくと、彼女等にも怒号の如き声で指示を出した。


「フィーは外に行って魔法で消火活動を手伝ってくれ! ヒッテは部屋の中を廻って状態のよくない患者を選別して!!」


 二人は直ぐに指示通りに、フィーは集会所の外へ走っていき、ヒッテは端から順に患者の状態を確認し始めた。その間もグリムナは一心不乱に魔力を練り、特に重傷の者から怪我を回復させていく。


 村の集会場には現在50人余りの者が集まっており、こうしている間にも次々とけが人がかつぎ込まれてくる。地図では特に大きくもない村のようだったが、これだけのけが人がいると言うことはそれなりに人口の多い村だったようである。


 集会場ではヒッテの他にも3人ほどの村人がけが人を見ており、やはりグリムナの指示に従って止血をしている。


(これは……刀傷……、それに矢傷か……一体何があったんだろう)


 けが人を診断しながらヒッテは辺りを見回す。外では消火活動が続いているようで、激しい怒号が聞こえてきたが、戦闘音はしない。村を襲った者達は既にここにはいないようである。


 怪我の手当はその後も数時間に及び、とうに日が暮れていたが、グリムナの治療はまだ続いていた。無尽蔵の魔力を誇る彼もさすがに疲労の色が濃い。ヒッテは患者の選別はもう終わっているが、手足の骨折など緊急性のないけが人の手当を続けている。


「ご主人様、もうそろそろ休んだ方が……これ以上はご主人様の体が持たないですよ!」


 ヒッテはグリムナに声をかけるが、彼は耳を貸そうとしない。


「ま、まだ……けが人が……」


 グリムナが次の患者の元に歩み寄ろうとしたときである、ぐらり、と彼の体が揺れ、とうとう倒れてしまった。それも立った状態から脳しんとうを起こしたように受け身も全くとれずに頭から床に突っ伏した。危険な倒れ方である。


「ご主人様!!」


 あわててヒッテが駆け寄って脈を確認する。脈拍に乱れはなかったが、顔面は蒼白、息は荒く、全く力を感じられない有様であった。


「誰か! 休めるところはありませんか」


 集会所には既に外の消火活動が終わったようで多くの村人がけが人の手当を続けていた。


「中央の役人が来たときのための客室があります。そこへ運びます」


 そう言って数人の村人が集まってきて、二人でグリムナの体を抱えて奥の部屋へ運んでいった。


「それにしても本当にありがとうございます。あなた方が居なければもっと多くの村人が亡くなっていたでしょう。私は村長のデーテといいます」


 ヒッテに一人の中年男性が近寄って謝意を表した。白髪交じりの頭には包帯を巻いている。年の頃は40過ぎくらいであろうか、やはり彼も怪我をしているようだ。


「お礼ならご主人様に言ってください。それにしても何があったんですか……?」


「それが、わしらにもさっぱり……突然賊が集団で襲いかかってきて……しかし山賊のたぐいにしてはやけに装備が整っていたし、……一体何者なのか……」


 正直言って村長の言葉は全く要領を得ない回答であった。要は、突然のことで何も分からないのだ。ヒッテは軽くため息をついて、血液の付着した手をタオルで拭きながら辺りを見回した。フィーの姿が見えない。


「もう一人仲間がいたんですが、見てませんか? ダークエルフの女性なんですけど……」


 ヒッテがそう訪ねると、村長は先ほど外で消火活動をしているのは見たが、今はどこにいるか分からない、と言った。ヒッテはグリムナがかつぎ込まれた部屋のドアから離れて集会場の広間に入り、辺りを見回しながら外に続くドアに歩み寄っていった。

 どうやら屋内にはいないようである。広間にはまだ多くの村人が居た。おそらく怪我が治っても帰る場所がないのだ。家を焼け出されてしまった人たちは暫くここで過ごすことになるのだろう。集会場はかなりの広さがあり、村人の避難所と化していたのだ。しかし、人は多いが騒がしくはない。みな一様にうなだれ、疲れ切っている。


 がちゃり、とドアを開けて外に出てみると、フィーは集会場のドアのすぐ横で座って休憩していた。


「フィーさん? 何してるんですか、ここで……? もう外の消火活動が終わってずいぶん経ってると思うんですけど……?」


「あ……? いやあ、中に入ったら、手伝わされるかな? って……あはは」


 半笑いで悪びれもせずフィーはそう答えた。薄々感づいてはいたものの、この女、結構クズである。


 ヒッテとフィーはそのまま集会場に入り、グリムナの休んでいる奥の部屋まで入っていった。部屋の中ではグリムナがベッドに寝かされており、村人が看病していた。


「どうですか? ご主人様の容態は?」


 ヒッテがそう訪ねると、村人はやはり疲労がたまっているようだ、ゆっくり休めば回復するだろう、と答えた。寝息は安定しているようで、その様子を見てようやくヒッテも安心した。


 客室にはもう一つベッドがあり、ヒッテとフィーは、狭いが今日はそこで休むことにした。フィーはすぐに汗を拭いて寝る準備を始めたが、ヒッテはグリムナの様子が気になるようで暫く彼の横で顔をのぞき込んでいた。


「無茶ばかりしますね……ご主人様は……」


 ヒッテはそう言いながら寝ているグリムナの胸をポンポン、と布団の上から軽く叩いた。


「でも、今日のご主人様、ちょっとだけ格好良かったですよ……」

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