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第57話 無敵のジェットコースター女

グリムナ達がアンキリキリウムの町で出会った見覚えのある人物、それは森林王国ターヤの王族、ベアリスであった。小汚い格好で腹を空かせている彼女、一体彼女に何があったのか、昼食をとりながら訪ねることにした。

「パンがないならブリオッシュをを食べればいいじゃないですか」


 ベアリスの言葉に一同が騒然とした。それは王であるイーントロットも同様であった。


 時系列としてはベアリスがアンキリキリウムの町でグリムナに出会う一か月ほど前になる。その日、いつもの如く暇を持て余しているベアリスに貧民のための救済施設でのボランティア活動を勧めたのは今となっては政府内の非主流派となって久しい、改革派のある元老院議員であった。


 彼女は議員のこの提案に大いに喜び、意気揚々と炊き出しを行っている教会に乗り込んでいった。父親である国王イーントロットも、ようやくベアリスが前向きに行動を起こす気になってくれた、たかが慈善活動とはいえ政治や民の暮らしに関心を持ってくれたことが大変に嬉しかったようで、仕事の調整をつけて彼女に同行することにした。


 国王と、その末娘による訪問ということで彼女らの一行はもはやただの教会への訪問という規模ではなく、ちょっとした国家的イベント、大慰問団となっていた。要は国民にそれだけ注目されていたのだ。


 ベアリスは最初に慰問団の代表として挨拶をし、貧民たちを慮る優しい言葉をかけた。あまり普段表に出てこない末娘のベアリスが大変に美しい少女であったこと、そのフェアリーのように美しい王族が自分達の事を顧みてくれたのだ、と集まった民衆も大層盛り上がっていた。挨拶の中で微妙に国政への批判を混ぜるような発言があり、国王は一瞬眉をひそめていたのもご愛敬、というものである。


 野菜や肉の入った麦粥の炊き出しを行い、イベントは終始和やかなムードで行われていた。最後の段階になって、貧民たちとベアリスが直接語り合う場が設けられていたのだが、「最近は日々のパンにも事欠く始末です」と自身の窮状を訴えた市民に対する言葉が冒頭のベアリスのものである。


 ブリオッシュとは通常のパンよりもバターを多く使い、卵も使用している大変に贅沢な食べ物である。


 当初、この言葉にその場で異議を唱えるものはなかった。というより、だれもがあまりに唐突なポンコツ発言にあっけにとられ、何か別の意味があるのではないかと考え、言葉を発することができなかったのだ。ただただ、国王イーントロットだけが青ざめた顔をしていた。


 当然、このエピソードはただの世間知らずのお嬢様の笑い話では終わらなかった。もしそれだけで終わっていたならベアリスはアンキリキリウムにはいなかっただろう。


 結局この数日後小規模ではあるものの市民によるデモが発生した。小規模だったが、その内容はやはり件のベアリスの発言を問題視したものであり、そこから発展して王族は市民の生活のことなど考えてもいないし知りもしないのだという批判であり、放っておけば王族、ひいては政府全体への批判となりそうなことが誰の目にも明らかであった。


 国王イーントロットは執務室で頭を抱えていた。彼の頭髪は元々はベアリスとは違い黒髪であったが、最近は心労から白髪が多く混じっている。問題を多く抱える内政もその要因ではあるものの、ベアリスの存在が彼を悩ませる一因であることは明白であった。


「いかがいたしましょう、陛下。もはや見て見ぬふりは出来ぬ状況と思われますが」


 側近の言葉に国王はさらに頭を抱える。彼は賢王と言っても差し支えないほどに内政をつつがなくこなしてはいたものの、ことベアリスに関してだけは打つ手打つ手が全て悪手となってしまっている。いや、もはやその原因は王よりもベアリスにあるのは明白である。

 それにしても事態の転がり方が悪すぎる。何か、作為的なものすら感じるほどに。彼の頭には「反王政派が動いているのではないか」との疑問も浮かんだが、事ここに至っては既に詮無いこと。


 何か手を打たねばもはや収まりつかぬ。目をつぶっていても事態は好転しないのだ。時間が解決してくれる類のものではない。手を打たねばならぬ。それも国政に影響のない範囲で、そして民衆が納得しうる手を。


「追放する……」


 国王の打った手は非情なものであった。


「ベアリスをこの森林王国ターヤより、追放する」


 ベアリス一人にその罪を全て被せ終着とするのだ。いや実際今回の件に関していえば彼女一人がすべて悪いのだが。




 時は戻って、アンキリキリウムの町、ベアリスとグリムナ一行の昼食である。


「パンがないならブリオッシュを食べればいい……?」


 ヒッテが眉をひそめ、苦々しい顔でそう復唱した。


「それ、言っちゃったんスか……」


 グリムナも同様に眉間にしわを寄せながら呟く。


「はは、ヒューマンの王族が言いそうなことね」


 フィーだけが余裕の表情で鼻で笑った。


「ま、まあ……言っちゃったことはもう今更引っ込められないですからね……」


 ベアリスは相変わらず半笑いでパクパクとパンと肉を交互に食べてながらそう言った。ひとしきり経緯を聞いてグリムナ達も食事の手を再開させた。要するに自国で王族として言ってはいけない一言を言ってしまい、それを丸く収めるために父王は彼女を追放するしかなかったのだ。


 追放された者同士しばし無言で食事を続けてから、ふとグリムナはベアリスの方を見た。追放された。それは分かったがなぜここにいるのか、いやそれは大体わかる。引きこもってばかりいた彼女には特に亡命先も身を寄せる伝手もなかったので適当に栄えている街を転々として、最終的にこのアンキリキリウムの町にたどり着いたのだろう。

 しかし、彼女は泥まみれになって、今どうやって生計を立てているのだろう。あまり深入りするつもりはなかったものの、彼はその質問を直接ベアリスにぶつけてみると、意外な答えが返ってきた。


「私ね、今冒険者やってるんですよ!」


 キラキラした瞳で元気よくベアリスがそう答えた。冒険者、という単語にもグリムナは驚いたが、何より驚いたのはこのベアリスの生き生きとした表情である。明らかに初めて会った時、ラーラマリアと一緒にいたときよりもニートになった時の方が生き生きとしていたし、その時よりも今の方がさらに生命力にあふれている。どうやら彼女は逆境に追い詰められれば追い詰められるほど力を発揮するタイプのようだ。


「冒険者って、どうやって生計を立ててるんですか? トレジャーハンターとか?」


 グリムナの質問にベアリスは笑顔のまま答える。


「いやいや、そんな派手なのはしないですけどね、えへへ。冒険者ギルドに登録して、依頼を受けてるんです。登録の時履歴書に『前職:王族』って書いたら「なめてんのか」って言われちゃいました」


 笑いながらそう言うベアリスに「当たり前だ、俺でもそう思うわ」と心の中で毒づきながらもグリムナは黙って話を聞く。


「で、今はギルドの最低ランクの仕事、ドブさらいとか町の清掃とかして日銭を得てるんですよ」

「あ……あの仕事、本当にやる人いるんですね……」


 ベアリスの言葉にヒッテも驚きの言葉を思わず投げかけてしまった。最初にグリムナに会った時にギルドに行って見た、最低ランクの仕事。確か拘束時間がクソ長い上に大した金にはならなかったはずである。「こんな仕事受ける奴いるのか」とその時グリムナとヒッテは思ったのだが……ここにいた。


「結構いいんですよ、あの仕事! 何よりまず失敗することがないですし。それに一日働けば、なんと600Gも貰えるんです。


 そのベアリスの言葉に思わず全員が目の前のほとんど食べ終えた定食に目を落とす。800Gである。一日ドブさらいをしても、目の前の定食にありつくことさえできないのだ。ようやく先ほどベアリスが「王侯貴族ですか」と言った言葉の意味が分かった。


「一日働いて……一食分にもならないですよね……」


 ヒッテが寂しそうな、いや、憐れむような目でベアリスを見る。しかしベアリスはその視線にすら気づかない。もともと他人の目をあまり気にする方ではないのだが、自分の価値観に一切の疑問もさしはさんでいないからこそ自信満々にしゃべっているのである。


「なに言ってるんですか、600Gあれば三日は食うに困りませんよ!」


「600Gで三日って……ベアリス様一体どんな食生活してるんですか……」


 グリムナがもはやげんなりした声でベアリスに問いかける。もはや彼女と話を続けたところで何も得るものはないが、それでも会話を止められない。存外に、彼女の話は面白かったのだ。王族として驕り高ぶってろくに仕事もせずにニトっていた彼女が自分たちと同じ場所まで下りてきた。いや、それだけでは飽き足らずホームレスにまで落ちぶれていた。完全にざまぁ案件である。グリムナ達が今感じている気持ちは「ざまぁ」よりは「哀れみ」であったが。


「まあ、外の森にスネアトラップが仕掛けてありますし、あとは飲食店の廃棄物貰ったりとか、あ、あとは教会の炊き出しですね! そう言えば最後に哺乳類の肉を食べたのは一週間前の炊き出しでした」


 なんと、この少女は自身の炊き出しでの失態が元になって国を追放されたのに、たった一か月で炊き出しされる側になっていたのである。ジェットコースターのような人生だ。


「ふぅ……」


 グリムナは食事を食べ終え、ゆっくりと息を整えながらベアリスの方を見遣った。歳は、まだ確か16歳ほどであったはずである。その少女がホームレスをしているのだ。しかも元王族だというのに。グリムナの脳裏に、一つの考えが浮かんでいた。

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