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第55話 真夜中の訪問者

一方のグリムナ一行。師匠のネクロゴブリコンに話を聞いて、ヒッテが特殊な魔法を使う一族であることは分かった。しかし、竜、死神の神殿、聖剣についての情報は得られなかった。

「さて、結局手がかりはなし、か……」


 グリムナが夕食を食べながらそう呟いた。


「そう言えばヒッテちゃんの方はどうなの?お母さんの事で何か思い出したことはないの?」


 すでに食事を終えてお茶を飲みながらフィーがヒッテにそう話しかけた。


「いえ、何も……お師匠さん(ネクロゴブリコン)の言うこと以上に特に覚えてることはないです。私よりもお師匠さんの方が詳しいんでは?」


 ヒッテも食事をしながらそう答えた。


「死神の神殿に聖剣エメラルドソードかぁ、俺も聞いたことはないな……豊穣神の古い神殿なら北の、離れたところにあるがな」


 みなと同じように食事をしながらゴルコークもやはり他と同様新しい情報はない、と話をする。ヒッテは食事の手を止め、ゴルコークの方をしばらく見てからちらり、とグリムナの方を見遣ってから、再び食事を続けた。


 ここはアンキリキリウムの町、ゴルコークの屋敷の客間である。結局最初にグリムナが勇者パーティーを追放された町まで戻ってきたのだ。グリムナは町に戻ってきてからギルドで最近町を荒らしているという盗賊団のアジトを突き止めてこれを逮捕せよ、という依頼を受けて達成し、そのままゴルコークの屋敷に客人として滞在しているのだ。


 グリムナが依頼を受けると大変順調に事は進んだ。何しろ末端の構成員を一人捕まえさえすればそいつにキスして改心させ、あとは芋づる式に組織全ての情報を得ることができるのだから簡単な話である。この迅速な対応の感謝と依頼の報酬を受け取る名目から、なし崩し的にゴルコークの世話になることになったのだ。


 もちろんその滞在の目的にはこの辺り一帯を治める有力者であるゴルコークの情報を欲してのこともある。ゴルコークはあの一件以来苛烈な徴税も鳴りを潜め、善政を敷くようになった、と公爵様の覚えもよく、国王も一目置く存在となりつつある。近く爵位を与えられるのではないかという噂もある。そんな彼なら何か知っているのではないか、と頼ってきたのだが、無駄足であった。


 竜につながる三つの手がかり


 一つ、聖剣エメラルドソード。死神の神殿に手掛かりがあり、竜を倒す力があるという。


 一つ、ヴァローク。ネクロゴブリコンは約定がどうの、と言葉を濁していたが、グリムナにはそれがどうしてもなにか竜と関連があると思えて仕方ない。次に会うことがあれば直接聞いてやろうか、ともグリムナは考えた。


 一つ、ヒッテの母親。あまりヒッテのつらい記憶を掘り起こすのは気が進まないが、彼女の母は『竜を見たことがある』と言っていたらしい。『歌い手』なる一族が竜に関連するのか、ではその一族はどこにいるのか、それも誰にも分からない。


 グリムナは食事を終えて、タンブラーの水を飲みながらボーっとそんなことを考えながらヒッテの方を見ていた。


「仕事も達成できたし、明日は町でゆっくりしてから、その豊穣神の神殿ってのにちょっと行ってみるか……」




 その夜、グリムナは自分に割り当てられた部屋で考え事をしていた。彼ら一行に割り当てられた部屋は二つ、そのうちの一つにフィーとヒッテが泊っており、グリムナは一人部屋である。男女別の部屋分けとなっており、当然の配慮のようにも見えるが、それ以外にも勘ぐってしまうところもある。それは置いておいて、グリムナが今考えないといけないことをまとめる。


「まずは神殿か……」


 神話という物は遠く離れた地域でも不思議と似通っているものである。それは集合的無意識や、普遍的無意識とも呼ばれる物であり、多くの別の民族間で共有される似通った神話という物は彼ら(民族)だけの経験ではなく、人類全体で共有する『記憶』である。

 そして神も人も他者との関係性なしには成立しない。故に彼は今のところ直接死神に関係なくとも、古く、人の手の入っていない神殿を片っ端から調べて神話の痕跡を調べるつもりのようである。


 そのとき、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。ここはゴルコークの屋敷内であるため不審人物など訪ねて来ようはずもない。グリムナは全く警戒することなくドアを数十センチ開けると、髭面のゴルコークがその顔をのぞかせた。


 不審人物である。


 グリムナがあわててドアを閉めようとしたがゴルコークが一瞬早くつま先をドアの間に差し込んだ。


「グッ、何のつもりだ!? 夜這いにでもきたのか!」

「いやいやいや、何言ってるの、俺はグリムナの味方なんだよ? 聖剣のことで相談したいから来ただけだって! ドア開けてよ。先っぽだけ、先っぽだけでいいから入れさせてよ。つま先を」

「もう入れてるだろうが! 誤解を呼ぶような言い方をするな!」




「フィーさん、どうしたんですか?」

「しっ……何か隣の部屋で、とても楽しいことが起こっている気がするわ……」




「ちょっと俺の聖剣を君の鞘の中に納めたいだけだって! ホント、つま先痛いから一旦ドア開けて、ホント」

「もう絶対開けん!! このままつま先を挽き潰してやる!!」

「いやホントちょっと待って! 何もしないからドア開けて! ホントに話しに来ただけなんだって。調子乗って悪かったから」


 はぁ、はぁ、と荒い息づかいが聞こえる。ゴルコークはなんとか部屋の中に入ってきた。グリムナは相変わらず警戒している。実を言うと、既にキスをしてしまった相手に対してグリムナは有効な抵抗手段がないのだ。彼に襲われたら自らの体術で何とかするしかない。


「と、とりあえず座ろうか……」


 ゴルコークがそう促し、二人はテーブルに着席した。


「そう警戒するな、本当に話をしに来ただけだって……」


 その言葉でようやく二人は腰を落ち着けて話を始めた。


「死神と話が出ていたが、死神にも色々あるだろう」


 一言に死神、といっても色々ある。それは冥府を司る王であったり、そこへ至る路の番人であったり、はたまた冥府とは関係のない、人を死へと導く誘い手であったりする。

 日本の神話では元々は地母神であるイザナミが死後黄泉国へと落ちてのちに死神となっている。また、彼女が交渉した相手である黄泉神については詳しく語られていない。西洋でよく言われる鎌をもってローブを着た骸骨の死神が最もメジャーであるが、実際には神というよりは精霊のような存在、さらに言うなら死の擬人化という側面の方が強い。そもそもキリスト教では神とはヤハウェだけなのだから。


「そもそも死神というのがよくわからんな」

「まあ、そうだな……」

「ベルアメール教会の神話でも冥府の王、というものの存在は出てくるが、それが死神か、と言われると微妙だしな」

「死神……大鎌を備えた黒いローブをまとった白骨の精霊。いろいろな民話や伝説に出ては来るものの、それが信仰されてるなんて話は聞いたことがない」


 ゴルコークとグリムナが死神について話し合うが、やはり結論は出ない。グリムナはそちらはあきらめて別の側面からゴルコークに質問した。


「逆に死神について話が聞けそうな人っていうのはいないのか? そういうのに詳しい研究者とか」


 ゴルコークは少し考え込んで視線を天井に泳がせた後答えた。


「神話かぁ……俺はあまり詳しくはないが、賢者バッソー殿なら何か知っているかもしれん。何なら協力してもらえるよう紹介状を書こうか?」

「賢者バッソー、俺も噂には聞いたことがある。千の魔術を極めし偉大な賢者だとか……紹介状を書いてもらえるならぜひそうしてもらいたい。知り合いなのか?」

「まあな。多分、お前が思ってるような人物ではないとは思うがな……」


 ゴルコークはそう言うと目を伏せて、何やら微妙な表情をしていた。しかししばらくそうしてから潤んだ瞳でグリムナの方を見た。


「来たか……」


 グリムナが身構える。


「そう警戒するな……何も取って食おうってんじゃあない。のう、人が愛し合うことが罪であるなどということがあろうか……」

「無理やりなら十分罪だろうが!」


 テーブルを挟んで二人がカバディのように重心を低くとって手を広げて構える。これはバックの取り合いである。掘れば天国、掘られりゃ地獄。ハッテン場の沙汰も穴次第である。

 なお完全に勢いだけで描いているが、グリムナは別にホモじゃないので掘っても掘られても地獄である。


 一瞬のスキをついてゴルコークがグリムナの右手首を掴む。グリムナは掴まれた手首ごと腕を時計回りに旋回させながら左手でゴルコークの手を包むように掴む。そのまま腕を返して彼の掴み手を外させ、今度は自分の肘を支点にゴルコークの手を掴んだまま地面に彼の体を引き倒す。密かに技を教えてもらっていたヒッテの戦闘技術が生きたのだ。


 「むぅっ」と低い声を上げて床に突っ伏したゴルコークの後ろをグリムナがとった形になる。


「悪いな、俺の技はキスだけじゃないのさ」


 グリムナが両手を組み、人差し指を立てる。必殺の構えである。


「竜牙肛突衝!!」




 夜闇の中、中年男の野太い声が響いた。


「アーーーーッ!!」

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