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第52話 竜の記憶

「竜を見たことがある……?」


 その言葉にグリムナのみならずその場にいた全員が自分の耳を疑い、ヒッテに聞き返してきた。竜とは、400年前に世界を滅ぼしたという竜の事であろうか、当然今までの文脈で言えばそう言うことになる。しかしヒッテは12歳、その母親がその竜を見ていたなどあり得るのだろうか、いや、あり得ない。


「竜って……あの竜? だよね? 400年前の?」


 このヒッテの言葉にこれまで笑みを見せて余裕顔だったフィーも額に汗を浮かべて、信じられない、と言った顔で質問してきた。しかしヒッテは特に慌てる様子もなく静かに答える。


「さあ? 他にも竜がいるのか、まさにその竜なのか、よくわかりませんけど。でも、とても大きな竜で、そいつにこの大陸のほとんどの人が殺されたって言ってました。竜が移動するだけで山も畑も粉々に吹き飛んでいった、とか……」


 全員が顔を見合わせて黙ってしまう。急にこの少女は何を言い出すのだろうか。いやしかし、ヒッテはこんな冗談を言うような子ではないし、妄想癖があるわけでもない。それは今までの言動を見ていれば明らかだ。問題があるとすればそれは母親の方の可能性が高いと言えよう。


「師匠……例えば、その『歌い手』の一族は400年以上生きる種族、とかそういうことは?」


「そんなことあるわけないじゃろう。確かに『歌い手』の一族と会うのは儂も初めての事じゃが、彼らは種族的には普通の人間のはずじゃ。そんな長い時間の中を生きているはずがない。しかし、今言った話じゃと、その『竜』が伝説の竜と別の、そこらにいるような普通の竜の事を言っているとは思えん……ただのホラ吹きなのか、それとも何か別の意味があるのか……ヒッテ、母上はいつその竜を見たと言っていたんじゃ?」


 ネクロゴブリコンの言葉にヒッテは困ったような表情を見せてから考え込んだ。仕方あるまい、ヒッテの母親が死んだのは彼女が5歳の時、歌を教えてもらったり、竜の話を聞いたりしたとしてもそれは最低でも5歳より前の記憶なのだ。

 それが、夢かうつつかも今となっては判然とすまい。


「その時は、『竜』とか言われてもピンときませんでしたし、時制も曖昧で細かいところまでは覚えてないです。ただ覚えてるのは、『巨大な竜を見たことがある』その言葉だけです」


 ヒッテの言葉に一同が押し黙る。彼女の言っていることに矛盾はない。小さいころにそんな話を聞いたからといって、大して気にしないのも仕方あるまい。当然のことだ。まさか自分が将来竜を退治するために冒険に出るなどその時は思いもよらないだろうから。

 しかしグリムナが何か思いついたようでネクロゴブリコンに話しかけた。


「師匠、さっきのペンダントなんですが、本人の記憶にないようなことまで『真実』を語ったりはできますか? 例えば、表層の記憶では忘れていても、記憶の深層では覚えているようなことを正確に答えられたりは……」


 ネクロゴブリコンはこの言葉で彼が何を言いたかったのかが分かったようで、落ち着いた声で答えた。


「ヒッテが表層の記憶で忘れていても、ペンダントを使うことで思い出すのではないかと思っておるのだろうが、ペンダントが呼び起こせるのは『今心の中にある事』だけじゃ。そんなことをしても当時の詳細な記憶など聞けんよ……」


 ネクロゴブリコンはそう言うとゆっくりとさっきまでヒッテの座っていた椅子まで歩み寄って行って、ふぅ、とため息をついてそれに座った。


「さて、儂の話は以上じゃ。話せることは全て話した。聖剣の事も、死神の神殿の事も、悪いが儂は何も知らん。じゃが、一つ言えるとするならば今世間でしきりに言われている『末法の世、人々が絶望に打ちひしがれると竜が現れる』というのは恐らく正しい。だからこそ儂は、グリムナ、お主に技を授けたんじゃ。その技で人々を苦しみから救うためにな……」


 ネクロゴブリコンの言葉を聞いてグリムナは思わずうつむいてしまった。もし師匠の言うことが正しいなら世界の命運を握っているのは自分、ということになる。しかしその実感はまるでない。自分はラーラマリアのように人並外れた力やカリスマがあるわけでもないし、頭がいいわけでもない。小さな事件をちょくちょくと解決はしているが、そんなものが本当に世界の平和につながるのだろうか、そう考えているのだ。


「お主はお主が思っている以上に影響力があるぞ。お主の力とは、お主ひとりの力ではない。お主が関わってきて、助けた者たちの力が、お主の力になるのだ。そこにいる、ヒッテや、エルフも含めてな。……わしが思うに、やはり竜とは現れてから倒せるようなものではない。現れぬようにしなければならんのだ。人間一人一人の力でな……」


「儂からの話は以上じゃが、忠告だけはしておこう。ヴァロークには恐らく近づかん方が良い。彼らは悪というわけではないが、今回ヒッテに近づいた経緯に関しては何やらきな臭いものを感じる。なんとなくじゃが、いやな予感がするんじゃ……」


 話疲れたのかネクロゴブリコンはそう言うと、ふう、とため息をついて目をつぶり、それ以上は喋らなかった。疲れているようにも、考え事をしているようにも見えたので、グリムナ達はそれ以上彼に質問することはなく、礼を言って彼の住処を後にした。




 さて、場所は変わってここはヤーベ教国という国になる。ピアレスト王国から南東に行ったところにある国で、この大陸に広く布教しているベルアメール教会の大司教が元首を務める宗教国家である。国土としてはそう広くなく、主な産業は金貸しである。しかし、多くの国から聖堂騎士団に人と金が集まり、どの国も決して無視できないほどの国力を誇る。


 宗教の力をバックに大陸全土に展開する聖堂騎士団はその情報網と資金力からこの大陸の多くの商取引の後ろ盾になり、影響力を日々増している。


 その聖堂騎士団の一つ、第4騎士団の団長、ブロッズ・ベプトが大司教メザンザに面会していた。


「……相分かった、ではラーラマリアには今わざわざ道理を曲げてまで構う価値などないと……そう申すのだな?」


 大司教メザンザが礼拝堂の高い天井を眺めながらそう言った。天井付近の壁には地母神ヤーベと、400年前に竜から人々を守ったという預言者、ベルアメールの姿、それに恐ろしく巨大な竜のレリーフが彫られている。


 礼拝堂には長机といすが二列になって並べられており、各司教や司祭の説法や集会などの際に利用される。その一番前の椅子にブロッズは座っており、祈るような姿で両手を机の上に組んで、目を伏せたまま「左様」とだけ答えた。


 何をしても絵になる男だ。大司教メザンザは内心苦々しい表情でこの男を見ていた。家柄もよく、剣の腕で並ぶものはない。その上神に愛されたかのような美しい外見を持っており、何事にも動じない堂々とした物腰は人を惹きつける魅力がある。実際彼も初めてブロッズを見たときはその美しさに心奪われたものだ。厳めしい顔つきで四肢の野太いメザンザは相対するものに警戒心を与えやすい。彼は今60代であるが、もし自分がブロッズのような恵まれた外見をしていたなら、大司教になるまでにここまでの時間はかからなかったのではないか、とさえ思っていた。


 彼を第4騎士団に配属させたのはメザンザであったが、これは本当に名采配だったと彼自身思っている。もしブロッズが隠密作戦をとらない他の騎士団で活躍していたなら、おそらく自分を脅かす存在になっていただろう、と思っての事だ。しかもブロッズ自身もこの第4騎士団の仕事を存外に気に入っているようなのだ。メザンザにしてみれば願ったりかなったりである。


「して、その木箱は何ぞ?」


 メザンザは先ほどから気になっていたブロッズの持っていた木箱の事を尋ねた。それは20センチほどの幅に高さが30センチ余り、白い美しい木材で作られており、一見して華奢ながらも精巧な作りに見えた。


「は、お恥ずかしいながら少々行き違いがありまして……」


 ブロッズが口を開きかけると、何やら礼拝堂の外でぎゃあぎゃあ大騒ぎしている声が聞こえてきた。


「何事ぞ」


 そう呟いたメザンザを手で制してブロッズが立ち上がり、「私が見てきましょう」と言って礼拝堂のドアの方に歩み寄ろうとしたが、それよりも早くドンッと扉が勢いよく開けられた。


「やってくれたわね、メザンザ」


 大声の主は、勇者ラーラマリアであった。

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