第50話 エコー・ザ・ゴブリン
「実を言うと、この子、ヒッテの事でも少し師匠に相談したいことがあったんです……」
グリムナは申し訳なさそうな顔でネクロゴブリコンにそう話した。
「この子と一緒に旅をするようになった経緯はそんなに複雑なもんじゃないんです。ただ荷物持ちとして人手が必要だったから、奴隷商で買っただけです」
グリムナの説明にネクロゴブリコンは特に疑問をさしはさまなかったが、「では、相談とは何なのか」と、問い返すとグリムナは気まずそうな顔をしながらも、口を開いた。
「その……心を開かない、というか……俺達の荷物を何度も盗んで逃げようとするし、俺には彼女が何を考えているのかさっぱり分からなくて……どうしたらいいんでしょう……?」
まさかの子育て相談であった。
ネクロゴブリコンは困惑の色を隠せない。なぜ自分に? なぜ子育ての相談を? 確かにこの中で一番の年長者なのは彼にもわかる。フィーがこういった常識的な話題で全く頼りにならなさそうなのも確かだ。しかしだからといって子育て相談をゴブリンにするか。ゴブリンに何を期待しているのだ、この男は。
「……な、なるほど、その少女に心を開いてほしい、心の内を知りたい、と。そういうことかな?」
ネクロゴブリコンはなんとかして平静を取り戻してからそう言うと、洞穴の隅に積まれている道具置き場の方に歩いて行って何かごそごそと探し出した。グリムナが「何を探しているのだろうか?」と疑問に思っていると、小さな箱の中に入っていた赤い大きな宝石らしきもののついたネックレスを取り出した。
「ヒッテとか言ったな? そこに座れ」
そう言ってヒッテを先ほどまで自分の座っていた椅子に座らせると、先ほどのネックレスをヒッテの首にかけた。ネックレスの宝石は大きさは500円玉ほどで大きいが、あまり透明度も高くなく、光の反射も鈍い。チェーンの部分もくすんだ真鍮か何かでできているようで、あまり価値のありそうなものには見えないが、よく見ると宝石の底の方に小さい魔法陣か何かが沈むように描かれていることが分かる。
「師匠? このネックレスはいったい……?」
「これは、相手の本音を引き出す魔道具じゃ。魔力を流した状態でこれを使うと、心の声が音として外に漏れ出てくる。ヒッテ、魔力を流すが、構わんか?」
ネクロゴブリコンがそう聞くと、ヒッテはこくりと頷いた。もともと奴隷のヒッテに拒否権などないが、こういった『手順』はお互いの信頼関係を築くために必要なものである。ネクロゴブリコンが胸の前で右手で印を組んで、しゃがれた声で何やらぶつぶつと呪文を呟く。
「月の光、嘘の輝き、水面にたなめき姿を現せ……真なる姿を届け給え……」
呪文が終わると、ボウッとネックレスの宝石が光を発し始めた。
「どれ、上手くいったかな? ヒッテ、儂の外見をどう思う?」
「すごく醜いです。あんまり近づかないでほしいです」
『すごく醜いです。あんまり近づかないでほしいです』
ネクロゴブリコンの質問にヒッテが答えると、同じ言葉がダブって聞こえてきた。グリムナが「これは?」と聞くとネクロゴブリコンは、魔道具の力で心に思ったことが外に漏れ出て、聞こえてくるのだという。この状態で聞きたいことを聞けば、彼女の本心を聞くことができる、とも答えた。
「今のだとちょっと分からんな。ヒッテ、次の質問には嘘で答えてくれ。この洞窟の中は十分明るいか?」
「ええ、十分明るいと思います」
『少し薄暗いです。燃料費ケチるな、このモンスターめ」
「口悪いな、この娘……」
ネクロゴブリコンはネックレスの光を気にしながらぼそりとそう言うと、グリムナの方に振り返って「もう質問をしていいぞ」と話しかけた。グリムナは何やらバツの悪そうな顔をしながらも、少し考えてから、ヒッテに質問した。
「ヒッテは……なんで俺の物を盗んだり、逃げたりしたんだ? 俺の事がそんなに信用できないのか?」
ヒッテはその問いにあまり考えこまずにすぐに答えた。
「そんなことありませんよ。隙だらけだし、チョロそうだったから試しに盗んでみただけです。」
『そんなことありませんよ。隙だらけだし、チョロそうだったから試しに盗んでみただけです。』
ヒッテの回答は輪唱状態になった。んん? とグリムナは首を傾げる。しかしすぐに気を取り直して再度質問をした。
「え? じゃあ、俺の事が信用できないからあんなことしたってわけじゃないの? 俺の事は信用できる?」
「ご主人様は嘘ついたりはしないでしょうけど、頭が悪いのでそういう意味では信用してないです」
『ご主人様は嘘ついたりはしないでしょうけど、頭が悪いのでそういう意味では信用してないです』
またもや輪唱状態である。グリムナはさらに首をかしげる。もう首は地面と水平になっている。
「あのさぁ……ヒッテは俺の事馬鹿にしてるの?」
この質問にヒッテはう~ん、と少し考え込んでから答えた。
「馬鹿にしてはいませんよ。馬鹿だと思って接してるだけです」
『馬鹿にしてはいませんよ。馬鹿だと思って接してるだけです』
「ストップ!」
グリムナがネクロゴブリコンにそう言った。ネクロゴブリコンは急に自分に話が飛んでくると思っていなかったようで、少しびっくりしていた。
「あの、ちょっとただのエコー発生装置になってるんで、それ一回止めてもらえますか? もうなんかうるさいだけなんで」
グリムナの言葉を受けて、ネクロゴブリコンが目を閉じてネックレスに指を当てて「むん」と念じると、ネックレスの光が消えた。
「ちょっと、どういうことなの? ヒッテ……あのさあ、魔道具使ったからって急に本音で話すのやめてよ。そうやって台無しにする作戦なの?」
ヒッテはそう問いかけられると、はぁ、と軽くため息をついて、首を振りながら答えた。
「ご主人様が勘違いしてるだけですよ……ヒッテはそもそも、ご主人様に会ってからずっと本音でしか話してませんよ? 一度も嘘は言ってないです。よく思い出してください」
この言葉にグリムナは腕組みをして指を顎に当てて深く考え込んでしまった。
……言われてみれば、そんな気もする。
……いや、思い返してみると、全くそうだ。ヒッテはいつも本音で話していた。初日に猫をかぶっていた時だってそうだ。思わせぶりなことを言ったりはしてはいるものの、その後の行動と矛盾するような発言は一切していないように思える。二度目に持ち逃げされた時にも少し言ったが、確かに一度目に持ち逃げした時、彼女は『二度とやらない』などと一言も言っていなかった。
ではグリムナが一人で盛り上がっていただけなのか……違う、彼は確かにヒッテに聞きたいことがあったはずなのだ。しかしそれが上手く言葉に出てこない。しばらく悩んでいると、彼の背後から声がした。
「月の光、嘘の輝き、水面にたなめき姿を現せ、真なる姿を届け給え」
その声の主はフィーであった。グリムナが少し驚いて振り向くと彼女はグリムナの方を見ずに、言葉を続ける。
「あなたの質問の仕方が悪いのよ……」
「ヒッテちゃん、あなたラーラマリアの事はどう思ってる? 勇者として尊敬してる?」
フィーがにやにや笑いながらそう言うと、ヒッテは何も答えなかったが、ネックレスがぼうっと光って声を届けた。
『あんなお漏らし女、目障りです。どこかに消えてしまえばいいのに。二度とご主人様の目の前に現れないでほしい』
フィーは満足そうな表情で笑って、さらに話を続けた。
「大分素直になってきたわね……じゃあグリムナの事はどう思ってるの? 好き? 嫌い?」
質問が終わるか終わらないかのうちにヒッテはバッとネックレスを首から外した。よほど聞かれたくないことだったのか。
「アハハ、ごめんごめん、ちょっと意地悪が過ぎたわね。まだ聞きたいこと全部終わってないから続けてよ」
笑いながらそう言って、フィーがネックレスを再びヒッテの首にかける。ヒッテは不機嫌そうな表情をしている。
しかし次の瞬間フィーの表情からは笑いが消え、真剣な顔になって彼女に質問をした。
「今度はネックレスを外さないでよ……あなた、この世界が憎いの……?」
洞窟の中にはしばし沈黙が流れたが、やがて、ゆっくりとヒッテは口を開いた。
「こんな世界、竜に滅ぼされてしまえ……」
『こんな世界、竜に滅ぼされてしまえ……』




