第56話 百合の間に挟まる男
ぎぃ……
木戸を開ける音に二人の女性(?)は恐怖の悲鳴を上げた。
「「キャアッ」」
突然の侵入者に身を寄せ合う、少し着衣に乱れのある二人。そう。はたから見れば確かに百合カップルにしか見えないのであるが。
しかし確かにレニオは男なのだ。
ノルディンはそれに気づいていない。
そしてさらに、正常な判断力を失っている状態でもある。
まことしやかにささやかれる伝説的存在……『百合』
狭義には女性同士の同性愛の事を指す。広義にはそれを表現した創作物、そして女性同士の友情などもさすことがある。しかし実際にこれを現実で見られることは少なく、この大陸でも妖精、竜とともに伝説の類ではないかと言われていた。
「ゆ……百合……百合カップルだな……? お前ら……俺も混ぜてよ」
明らかに狂気に取り付かれた相貌でノルディンが問いかける。二人は恐怖のあまり声を上げることができない。
「フフ……知ってるぞ。百合ップルなんてのはチン堕ちするための前振りでしかねぇとな! ハハハ! 俺が成るんだ! 人類の希望、行ける伝説!! 『百合の間に挟まる男』になぁ!!」
何を言ってるのかこの男は。何かよく分からない彼の中の『テンプレ』があるようなのだが、それがいまいちよく分からない。
今お前の前にいる、お前が『百合カップル』だと思っている物。片方男だぞ。
というか聖剣はいいのか。
(こいつ、ヤバイ……)
レニオが慎重に様子を窺いながらシルミラの腰を指でトントン、と軽く、ノルディンに見えないようにタップする。一緒に長年冒険をしていたからこそ二人は分かりあえる。隙を見て逃げ出すぞ、というサインだ。
「待ってろ、すぐにいいものくれてやるからよぉ……」
そう言ってズボンのベルトを緩めようとするノルディン。一瞬両手がふさがり、視線も下にズレた。そこを狙ってレニオが枕を投げつけると同時に走り出す。
シルミラの手を引いたりはしない。そんなことをせずとも二人は同時にスタートを切れるし、最速で動こうと思ったらそんな動作は邪魔にしかならないからだ。信頼し合っている二人だからこその動きである。
「グッ」
一瞬目をつぶって右手のカトラスを振り回すノルディン。少し遅れたシルミラがそれをよけようとかがんだ瞬間体勢を崩す。
「おっと! 逃がさねぇぜ!!」
「キャア!!」
レニオは廊下に出てしまったが、体勢を崩したシルミラを左手で拘束、カトラスを突き付ける。
「見殺しにする気か!? もう一人の奴! 出て来い!」
しかしレニオは出てこない。当然だ。この状況でおとなしく出てくることが解決の手になるはずがないのだから。
「へへっ、出てこないならいいぜ? この赤毛を美味しくいただくだけさ! 二人同時に行くつもりだったが、一人ずつ天国を見せてやるぜ!」
どうやらまだ百合の間に挟まることを諦めていなかったようである。
(……とはいうものの)
はてさて、どうしたものか。
ノルディンはしばし考えこむ。
この状態からシルミラを犯そうと思ったら、先ず自分がズボンとパンツを脱がなければいけない。ちなみに左手はシルミラを拘束するのに使っていて、右手はカトラスを握っている。
そこからさらにシルミラの服を脱がし……最低でもスカートをめくりあげて、下着を脱がせて。
(ハードルが……思ったより、高い……)
やはり無謀であったか。自分の如き一般人が『百合の間に挟まる男』を目指そうなど。神に愛されたがごとき強運と実力の持ち主でなければ百合カップルとの間に3Pを成立させ、さらにチン負け服従させるなど不可能なのではないか。
と、考えて、ハッとした。
『自分は一体何をしているのか』と。
宝石のはめ込まれた剣とラーラマリアはどうしたのかと。
というか本当にこの家であってたのか? とまで考えた時、部屋のドアから何かが投げ込まれた。
現在ノルディンは飛び道具を警戒して廊下側の壁に沿う様に立っている。
何が投げ込まれたのか、魔道具の一種だったりしたら厄介だ、と思ってよく見ると、それは一本の小さいナイフであった。よく研がれ、キラキラと光っている。
はて、なぜこんなものが? 何か意味があるのか? とノルディンが思った時にはもう遅かった。
「ふぐ……」
わき腹から、何かが自分の胴体を貫いた。
どこから? なにが? 状況の把握ができないノルディン。シルミラは即座に彼の腕を払って距離をとる。
彼を貫いている、その剣は廊下側の壁から生えているように見えた。いや、壁ごと貫かれたのだ。
そして、先ほど投げ込まれた、よく磨かれたナイフの剣身には廊下の外の景色が反射して映っていた。そこには、壁に向かって剣を突き刺す、レニオの姿。
「あ……」
やられた、と、思った。迂闊だった。
急所はやられているか? 内臓は無事か? それを確かめようと自身を貫く剣の刃に触れようとした時にノルディンは異変に気付いた。
皮と骨だけの、土気色になった、木乃伊の如き手。これが自分の手なのか。そう考えた瞬間、凄まじい疲労を感じて立っていられなくなる。
ドン、と膝を床につき、それでも自身の体を支えきれずに床に伏せる。
「ひ……」
拘束から逃れたシルミラの表情が恐怖に歪む。ノルディンの顔が、腕が、その全てが。手だけではないのだ。ミイラの様に枯れ果てていた。
ノルディンは思い出していた。勇者が持っているという聖剣の噂。人の命を吸い取り自らの物とする魔剣だという噂を。
「大丈夫? シルミラ」
レニオが声をかけると、シルミラはこくりと頷いて、ゆっくりと立ち上がった。
「こっ、殺したの……?」
レニオは少し眉間にしわを寄せて答える。
「仕方なかったのよ……こっちがヤられるところだった……」
その通り。仕方がなかったのだ。
――人外モノなのに途中から対象が人外から人間に変化する。
――眼鏡っ娘の眼鏡を外す。
この二つと共に、百合の間に男が挟まるのは絶許の大罪と呼ばれ、禁忌を犯した者は煉獄の炎に投げ込まれ、罪が清められるまでその身を焼かれ続けるという。
レニオはエメラルドソードを見つめ、恐怖した。ラーラマリアが途中からこの剣を使っているのは知っていたが、溶けかけたバターにナイフを入れるが如く容易く壁を貫き、そしてこれに刺されたノルディンは干からびて死んだ。
「レニオ、外で何かが起こっているわ……」
シルミラがそう話しかける。ノルディンが入ってきたためにドアが開け放たれ、今は外の戦闘音や悲鳴が聞こえてくる。
「行こう……とにかく、ラーラマリアにこの剣を渡さなきゃ……」
レニオの正直な気持ちとしては、早く、この『呪いの魔剣』を手放したい。そんな気持ちがあった。




