第38話 人権騎士団のボス
「この村にいるんスね? あの女が……」
「へえ。間違いありやせん。有名な女でやしたからね」
山間の小さな村を見下ろす山道の一角に全身鎧に身を包んだ赤毛の女性とフード付きのマントに身を包んだ汚い風体の男が立って、何やら話をしているようであった。
赤毛の女性が懐から金子のはいった袋を手に提げて男に見せる。男がそれを手に取ろうとすると、ふいっとそれをひっこめた。
男は表情を歪めて嫌そうな表情をする。
「意地悪しねぇでくだせぇよ」
「この情報、誰にも言ってないスよね? 特にカマラには……」
「もちろんでやすよ。知ってるのは、おいらと、レイティさん、あんただけだ」
「くれぐれも他言無用スよ? それも含めての金額スからね?」
レイティは再び金子を男の前に突き出すと、男はひったくる様に金子を奪い、数歩下がって後ろを向き、中身を確認した。
「ひひ……こんなに……ウグッ!?」
男の背中から経由して鳩尾の辺りに、レイティの剣が貫いていた。
「ああ、悪いスね。最初はそんなつもりはなかったんスけど、あまりにも隙だらけな背中だったんで……つい」
ずるっとレイティは男の背中から剣を引き抜く。心臓は一般には左胸にあると思われがちだが実際には中心から左にかけて、ほぼ鳩尾の裏あたりに位置する。男は即死であった。
金子の入った袋を拾い上げてレイティは改めて村を眺める。
「こんな、意外に近くにいたとは盲点だったスね」
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コンコン、というノックの音にアムネスティは気づいて内職の手を止めて顔を上げた。時刻は昼を少し過ぎた頃。いったい誰だろうか。この村には家や部屋に入る時にいちいちノックをするような習慣のある人間はいない。だとすれば外部の人間という事になる。
外部の人間、そんな者が自分を訪ねてくる用事などあるだろうか、あるとすれば絶対にろくな話ではない。そう感じてアムネスティはくだものナイフを長袖の内側に隠しながら入室を促した。
「入るッスよ」
聞き覚えのある声、特徴的な喋り方。ぎい、とドアを開けたのは懐かしい顔、かつての部下。人権騎士団のレイティであった。
「レイティ……あなた、どうしてここが……? いや、いったい何の用で?」
「まあそんなに本題に急がなくても。ゆっくり話でもしようじゃないスか。あの後ローゼンロットは大変だったんスよ? 人権どうのこうのいってられるような状況じゃなかったッスし」
『あの後』とは竜が現れ、暴徒が町を略奪した、あの事件の後、という事である。
そして、アムネスティはあの事件のさなか、正確に言うとその少し前であるが、大変に負い目を感じる事件を引き起こしていた。
「私を……逮捕しに来たの……?」
すなわち、カマラの恋人、アヌシュの殺害である。アムネスティは瞳孔が開き、そして目が泳ぐ。本能的に自分の危機を察知し、視界に入るあらゆる情報から『生き残る』ための方法を探そうとしているのだ。
そして、アムネスティは袖の中に隠しているナイフをぎゅっと握った。
「そんなに緊張しないでくださいスよ。逮捕しに来るなら人権騎士団じゃなく衛兵が来るッスよ」
笑顔でレイティがそう返すがアムネスティは緊張の姿勢を崩さない。笑顔を見せられて緊張が弛緩した瞬間に剣を抜きはしないか、と警戒しているのだ。
「鎧を着こんでるんで勘違いさせちゃったかもしれないスけど、センパイを訪ねてきたのは個人的な理由スよ? 急に行方不明になっちゃったから、あれからどうなったかずっと気になってたんスよ」
そう。レイティの言う事に嘘はない。彼女がアムネスティを訪ねてきたのは職務からではないのだ。
それは『ヴァローク』の任務を遂行するためである。
ヴァロークは竜を完全復活させるために触媒としてこの世界に強い恨みを持つ人間を探していた。
そしてピックアップされた主な人物が三人……一人目はヒッテ、二人目はラーラマリア、そして予備の予備、三人目がこのアムネスティであった。
アムネスティは自分の人生のうまくいかないところをすべて他人のせいと考え、全ての『男』を憎悪し、そしてこの男性社会を作った人類に滅びろとまで考えている自分勝手なねじ曲がった思考の持ち主である。
ヒッテはグリムナによって『世界』への憎悪を取り除かれ、心が穏やかになり、おまけに記憶も失って、ヴァロークにとっては使い道のない人間となってしまった。ラーラマリアは5年前から行方不明。そこで白羽の矢が立ったのがアムネスティ、というわけだ。
「ボクはずっと心配してたんスよ? センパイが急に姿を消しちゃったから。アヌシュの件は幸いにもセンパイに捜査の手が及んだりはしてないスよ……」
アムネスティはしばらく黙って考え事をしていたようだが、やがてリビングの奥に行き、テーブルにレイティを招いた。
「お茶くらい出すわ……座って……」
レイティは慎重に、周囲の状況を確かめながら歩みを進める。アムネスティは油断のできない女だ。レイティから「捜査の手は及んでいない」と聞いたからと言ってそれを丸呑みするとは思えない。
最悪の場合『それ』が嘘か本当か分からないからとりあえず殺す、なんて手段も取りかねないようなキチガイであることはレイティもよく知っている。
緊張の面持ちでレイティがダイニングテーブルに着席するとアムネスティはポットに入っていた液体を注ぎ始めた。
「白湯で申し訳ないけど……今お茶無かったわ」
自分で「お茶くらい出す」と言っておきながら白湯を出す。アムネスティのポンコツぶりを知るレイティはこの程度でツッコミを入れたりはしない。
「あなたの噂は聞いているわ……人権騎士団の団長になったんですって?」
そう言いながらアムネスティは自分の分の白湯を飲んだ。それを確認してからレイティも同様に白湯を飲む。むろん毒を警戒しての仕儀である。
「まあ、センパイがいなくなっちゃったッスからね。暫定みたいなもんスよ。やっぱり『アムネスティ人権騎士団』なんだから、センパイあっての騎士団スよ……
戻ってきてはくれないんスか?」
人権騎士団の活動は人の憎悪に触れやすい。
人間の汚い部分を直接目にするような活動内容であるし、また同時に他人からの憎悪も買いやすい。まさに人の心を絶望にいざなうならば格好の職業である。
レイティの考えとしてはアムネスティを再び人権騎士団に招いてその心を疲弊させたいというのがネライなのだ。
見たところ古い一軒家、もちろん新築などではない。それもこんな山間の農村、どう見ても何不自由ない暮らしをしているようには見えなかった。しかも5年前に32歳だったのだから現在37歳の独り身。
きっと前よりもさらに世間に対しての憎悪により、その牙を研いでいるはず、そう思ってのレイティの言葉であった。
しかしアムネスティは申し訳なさそうに目を伏せて、力なく応えた。
「私は……もう……」
まずい、もう他者を攻撃する気力すらなくなるほど疲弊していたのか、そう感じてレイティは彼女の言葉を遮ってまくしたてる。
「センパイがいないとダメなんスよ! だって『アムネスティ』人権騎士団なんスよ!? 男が憎いと思わないんスか? 一緒にこの世界をぶち壊してやりたいと思わないんスか!!」
「レイティ……」
やはりアムネスティは辛そうな表情でかぶりを振るばかりであった。
その時奥の部屋から子供の足音が聞こえてきた。
見ると、4、5歳くらいの小さな女の子がドアに隠れて、おずおずとこちらを覗いていた。
なぜこんなところに子供が? とレイティが不思議に思っていると、少女が口を開いた。
「……ママ……お客さん?」




