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第30話 ロイヤルニート

 カルドヤヴィに戻ったグリムナ達は一晩宿で体を休めた後、王宮に向かい山賊討伐の報告をすべく宰相のビュートリットに面会をした。最初のうちは山賊達の身柄を引き渡すでもなく、殺したわけでもなく「追い払った」としか言わないグリムナをいぶかしんではいたが、彼の言う通りに山賊達のアジトを確認すると市民から奪った財産が見つかったため、今回の事件は一応の解決を見て、後日グリムナ達に報酬が支払われることとなった。


「しかし、たったそれだけの人数で20人近くいたはずの山賊達をどうやって追い払ったのですかな……? トロールまでいたと聞きますが……」


 怪訝な顔つきで訪ねてくるビュートリットにグリムナは言葉を濁しながら答える。まさかキスをして改心させたとはさすがに言えないのだ。


「まあ、腐っても元勇者の仲間ですから。それに、ここにいるダークエルフのフィー殿も協力してくれましたんで……」

「は、はは……えへ……」


 唐突なグリムナからの紹介にフィーは曖昧な笑みを返すのみである。仲間になった時のような饒舌な語りはなかった。しかしまだ宰相はイマイチ納得いかないような顔をしている。いくら強いとはいえたったの三人で山賊の一団を壊滅させられるものなのか、しかも三人のうちの一人はまだ子供だ。実は宰相はグリムナが山賊と結託していて、追い払ったとうそぶいて報酬をせしめたのではないか、自作自演だったのではないか、と考えているのだが、グリムナは人の悪意というものに無頓着な男である。自分が思いつかないような疑いを相手が持っているとも思わない。


「宰相殿はトロールの存在に懐疑的だったようですが、今はいたと信じているので?」


 疑いの念に気づきもしないグリムナの問いかけに宰相も毒気を抜かれてしまう。


「む……まあ、実際アジトから捕食された形跡のある人間の遺体が出てきましたからな。あれが人間の仕業とは思えますまい」


 この宰相の言葉にグリムナは暗い表情を見せる。問題は解決したとはいえ、全ての人を助けることはできなかった。グリムナが来る前の事であり、仕方なかったとはいえ、そう簡単に割り切れはしなかった。空気を変えたかったのか、グリムナは話題を逸らそうととした。


「ところで、ベアリス様はなぜあんな離れにいらっしゃるのですか? 以前は違いましたよね?」


 この問いかけに宰相は困ったような表情を見せて言い淀んだ。


「むう、そのことはだな……正直そういう政治のパワーゲームに巻き込まれたくないから深く関わらないようにしていたのだが……」


 渋々ながらも宰相ビュートリットはゆっくりと話し出した。


 現在この国には王位継承権を持つ王の子供が7人おり、末子のベアリスはその中でも継承権7位にあたる。ターヤ王国では必ずしも長男が家督を継ぐ決まりではないものの、最も年少で特に目立った才覚もないため最初から王位継承レースからは外れた位置にいた。そのため王宮にいた間も特に目立ったトラブルもなく穏やかに暮らしていたのだが、ある時を境に段々と目立つ発言をするようになってきたという。


 現在王家が国を支配する根拠としている神話を王権神授説を裏付けるための後付けであり、支配のための道具でしかないと言い出し、国家と民は支配者と被支配者の契約によって成り立つべきだと非難し出したという。


 それだけならまだよかったのだが、その言葉の尻馬に乗っかる形で改革派が勢いづいてきたのだ。今やベアリスの存在は国家を割りかねない危険なものとなりつつあるため、王家の中心から距離をとっており、継承権を失っている、というアピールのためもあって、王宮から遠ざけたのだという。


「そうですか……国家形態を、非難……」

「左様。どこでそのような知識を得たのかは知りませんが……」


 そう答えたきり、グリムナとビュートリットの間に沈黙が流れた。


「どうしました? ご主人様。すごい汗ですけど?」


 ヒッテが眉間にしわを寄せたまま固まっているグリムナに声をかける。確かにすごい汗である。


(あかん……)


 グリムナは眉間にしわを寄せたまま、目をつぶって俯いた。


(それ、俺が吹き込んだ奴や……)


「そういえば、ご主人様、前に来た時にベアリス殿下に歴史や社会学を教えてたんでしたっけ?」


(ヒッテ……なぜ、今、それを聞く……)


「具体的には何を教えてたんですか? ヒッテはとても興味があります」


(なんなの……? こいつエスパーなの?)


 ニヤニヤと笑いながら質問するヒッテにグリムナは恐怖を覚えていた。


「グ、グリムナ殿、一体どうなされたのか……?」


 もはやグリムナは滝の如く汗を垂れ流している。体調でも悪いのかとビュートリットが思うのも無理はあるまい。


「ビュートリット様!!」

「むお!!」


 突然自分の方に顔を向けて大声で名前を呼んだグリムナに宰相ビュートリットは思わず変な声を上げてしまった。グリムナは声が思わず大きくなりすぎてしまった事に気づいて、少し気まずそうな顔をしながらも言葉をつづけた。


「いや、その……殿下にもう一度面会したいのですが、よろしいでしょうか? そもそも今回の件は殿下からお話を最初にいただいたものですし」


「む、そうですな。どうせ部屋でゴロゴロしてるだけでしょうし、構わんでしょう」


 ビュートリットはそう言うと、近くにいた衛兵を呼んでグリムナ達を案内させた。「ゴロゴロしてるのか……」と呟きながら、目頭を押さえながら後をついていく。こんなはずでは……グリムナはそう小さく呟いた。


 そう、こんなつもりではなかったのだ。彼としてはベアリスに王族に生まれたという身の幸運に胡坐をかくことなく民の事を第一に考える立派な王族になってほしかった。だから、王権神授説の地固めをしている政府に反しているとは思いつつも社会契約説の考え方を示して、自らが民のためにできることに真摯に向き合ってほしい、という考えだったのだが……


 ……だったのだが、まさかこんなことになっているとは。


 自分の教えた社会契約説によりよもや国を割るような大騒動となり、結果、ベアリスが王宮から遠ざけられているとは。挙句の果てに部屋でゴロゴロしてるときたもんだ。暇なら暇でやることもあるだろうに。よりにもよってロイヤルニートかと。


 グリムナは歩きながら静かに、決意の表情を見せていた。

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