第23話 ずっこけ三人組
グリムナとヒッテはカルドヤヴィにとってある宿で昼間集めた情報を整理している。ベアリスに謁見してから三日の時間がたっている。
「簡単に話すとだな、前回勇者のラーラマリア達と来た時に、その山賊団は解体されたんだ。大勢死人が出て、そりゃあ酷い有様だった」
「その時はご主人様も一緒に戦ったんですか?」
「ん、まあな。大したことはしてなかったが」
そういうグリムナではあるが、謙遜ではない。実際大したことはしてなかったのだ。ネクロゴブリコンに出会う前の彼は基本的に回復以外は何もできない男であった。つまり、戦闘がおこってもラーラマリアかシルミラのどちらかが怪我をしない限り出番はないのだ。そして、その二人は大変に強いので出番が回ってくることはほとんどない。むしろ「大したことはしてなかった」というよりは「何もしてなかった」という方がより正確な表現であると言える。
そんな奴が唐突に「今度の作戦は俺に任せてくれ」などと言えば「何を勘違いしているんだこの男は」とシルミラやラーラマリアが不機嫌になるのも無理もないと言えよう。
「まあ、そんなことで、山賊達を追い払ったんだが、当然皆殺しになんてできないからな。数人はその時に逃げ出してたから、どうやらそいつらが最近戻ってきて悪さをしてるみたいなんだな」
「ヒッテが聞きこんだところだと、『悪さ』なんてレベルじゃなさそうですけど」
どういうことか、とグリムナが尋ねるとヒッテがそれに答えて話し始めた。彼女が言うには山賊達には強力な助っ人ができたと。そして、これまでは金品を奪い、女を犯すだけだったのだが、人をさらうようになった。しかもその攫う標的は奴隷として売りやすい女子供だけではなく、老若男女を問わないとも。
ここまでならよくある話だ。山賊や野盗が強力な助っ人を得て調子づく、ということも人をさらって売りさばく、ということもこの乱世ではそう珍しいことではないのが実情だ。山賊の連れてきた助っ人がトロールでなければ、の話だ。
「トロールだと……?」
思わずグリムナが聞き返した。
「ええ、トロールです。あの、でかい体にでかい鼻と耳、全身毛むくじゃらで人を食うっていう」
「じゃあ、攫われた人ってもしかして……」
思わずグリムナがショックで口の辺りを手で押さえる。今の話の流れから言えば、盗賊たちは奴隷にするために人をさらっているのではなく、助っ人の『エサ』にするためにやっている可能性の方が高く感じられたからだ。
宰相と話をした時に、彼がなにやら歯切れの悪い微妙な受け答えをしていたのはこういうことだったのか、とグリムナは納得した。被害が出ているので当然山賊は存在する。しかしそれにトロールが同行しているというのはいくら何でも荒唐無稽が過ぎる。
この情報にグリムナも考え込んでしまう。人間相手なら彼の技術で『改心』させることが可能だ。しかしそれがモンスター相手に通用するのか、というと、これは試してみないとまだ分からない。
「まあ、いずれは試してみなきゃならないことだし、やってみるか……」
たとえキスが通用して改心したとしても人食いの魔物に「人を食うな」という道理が通用するかどうかも分からない。何しろ相手は趣味で人を殺している快楽殺人鬼ではない。生きていくため、生活のため仕方なく人を食っているだけなのだから、山賊を改心させるのとは勝手が違う。
「ご主人様……大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかは、やってみんと分からんな……」
「人間以外もイケるくちなんですか……?」
「今更だけどキスしてるのは別に俺の趣味でやってるわけじゃないからね?」
数日後、グリムナとヒッテは首都カルドヤヴィを離れて森の中にいた。山賊団の本拠地があるという噂のレオジー湖畔近くの森である。近くの森、と言ってもこの国の森はほとんどが繋がっているのだが。
とにかく、町でできる情報収集はもう十分だろう、と見切りをつけて山賊の本拠地を探し、偵察するために森に来ているのである。しかし
「本拠地がつかめん」
焚火を囲んで、干し肉をかみちぎりながらグリムナが苦々しそうな表情でそう言った。辺りはもう暗くなっており、フクロウと思しき鳥の鳴き声だけが聞こえる。
グリムナの作戦としてはこうだった。早いうちに敵の本拠地をつかみ、トロールの鼻も警戒して、ある程度離れたところに自分たちの本拠地を構える。その状態で山賊を少しずつ各個撃破してゆき、最終的には敵を少数にした状態でボスとトロールを倒す、という単純なものである。しかし、森に入って三日になるがまだ敵の本拠地が掴めない。このままではいつか先に敵にこちらの存在を気づかれてしまう。そうなればたった二人のグリムナは一方的に狩られる方となってしまう。勝ち目はない。
さらに言うならパーティーの頭数も足りないのだ。グリムナとヒッテの二人だけでは歩哨を立てると言っても結局二人で交代で休みを取るだけである。しかもそのうちの一人は弱冠十二歳の少女なのだ。結局寝不足になって昼間の活動時間に影響が出る。このまま敵の本拠地捜索が長引けばこの作戦は早晩崩壊する。一旦町に戻って作戦を立て直した方がいいだろうか、だれか協力者を、この森に詳しいものを雇った方が……そう考えていた時であった。ガサ、と草むらを踏みしめる音がした。
しまった、これは油断していた、とグリムナが慌てて腰にさしてあるナイフの位置を確認すると、その動作に気づいたようで足音をさせていた人間がなだめるような声をかけながら草むらから出てきた。
「お、落ち着いて下さい。グリムナさんですよね?」
三人組の草むらから出てきた男たちを見てグリムナは安堵の表情を浮かべた。
「こないだの山賊じゃないか」
そう、カルドヤヴィに向かう山の中でグリムナとヒッテを襲った三人組の山賊。それが草むらから姿を現した者の正体であった。一気にパーティーが賑やかになった。これで夜も大安心である。
というのはともかくとして、なぜこんなところにいるのか、グリムナが彼らに尋ねる。グリムナのキスにより彼らは改心し、てっきり山賊などというヤクザな職業からは足を洗って堅気になるのかと思っていたのだが、なぜこんな森の奥にいるのか、と。口ではああ言ったもののやはり実際には堅気になることは難しく、山賊を続けるしかないのだろうか、と思い至り、グリムナは少し悲しげな表情を見せたが、三人組はそれを否定した。
「実は……」
そう言いながら中央にいた男がごそごそと懐の中から一枚の封書を出した。その封書には……
辞表
と、書かれていた。
辞表? とグリムナが首をかしげる。辞表、とはあの辞表であろうか。グリムナの知識の中では職を辞する時に上司に提出するものである。なぜそんなものを持っている。そしてなぜそれを俺に見せる。と、グリムナが思案していると、山賊はさらに口を開いた。
「足を洗って堅気になろうと思って辞表を持ってきたんですが、こういうのって確か一か月前には出さないといけないんじゃなかったかなって、思い出しちまって。でも、こんな気持ちのまま一か月も山賊続けるのもなあ、とアジトの周りをウロウロしてるときにたまたまグリムナさん達を見つけたんです。それで、グリムナさんなら何かいいアイディアが浮かぶんじゃねぇかなあ、って……」
グリムナは思わず天を仰いだ。
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