第168話 眼窩の宝石は怪しく光る
時間的にはヤーンがトロール化して、ブロッズと交戦している最中の出来事である。メキの家では、数人の男どもと、彼女の家族の間で言い争いになっていた。いや、言い争いというには少々語弊がある。一方はマフィア、ガラテアファミリーの構成員である。マフィアが一般市民を恫喝しているようにしか見えなかったし、実際その通りである。
メキの両親は強面のマフィアを前に恐怖に歪んだ表情を見せている。二人のすぐ後ろにはこれまた不安そうな表情のメキが様子を窺っている。
「で、ですから、そんなことを言われても……最近ガラテアファミリーが何者かに襲われてることは知ってますけど、うちとは関係ないにゃ……」
メキの父親が言い訳するようにマフィアの男たちにそう答える。母親はすがるような眼で彼を見ている。
「へ、どうだかな? 最近よそ者を匿ってるらしいって聞いてるぞ? そいつを出しな。なにか企んでやがるんじゃねぇのか?」
父親はちらり、と母と、メキの方を見る。彼は実際ヤーンのことは全く知らない。最近娘の部屋に誰かが住み着いていることは知っていたが、自分の生活に影響がないならば興味はない。それが彼のスタンスであった。視線を送られた母はふるふると首を横に振る。
「そのぅ……今はいないみたいで……俺はよく知らにゃいんですが……」
「てめぇの家なのに知らねぇなんてことがあるかよ! やっぱりてめえ何か隠してやがるな!」
そう言いながらマフィアの男はメキの父の腹に前蹴りを食らわせた。彼はぐぅ、と息を吐いてうずくまる。マフィアたちはその苦しそうな表情を見てにやにやと笑いを浮かべている。しかし、苦しそうにしながらもなんとか反論をしようとする。
「本当に知らないにゃ……それに、うちはメッツァトル商会の系列ですよ、こんにゃ、勝手をしたことが知れたら……」
「ナマ言ってんじゃねぇ!!」
言葉の途中でマフィアの男は今度はメキの父の顔面に蹴りを入れた。父親はそのまま玄関のドアまで吹っ飛ばされて顔面からは派手に出血している。どうやら前歯も何本か折れているようで、何か白い欠片を吐き出していた。
「何がメッツァトルだ、おめえは構成員でも何でもないただの従業員だろうが! それにたとえ構成員だろうが知ったことか! 俺達ゃ泣く子も黙る武闘派のガラテアファミリーだ! 嘗められてたまるかってんだ!!」
どうやら父の一言はマフィアの琴線に触れてしまったようで、その男はメキの父の腹に何度も何度も蹴りを入れた。
「や、やめてください! それ以上やったら死んでしまいます!」
メキの母はおろおろしているだけであったが、メキがマフィアに縋りつくようにしてそれを止めた。
「へっ、てめえがメキか……なるほど、まだガキだがなかなかの上玉じゃねぇか。オイ、一緒に住んでる男はどこだ、すぐに出しな!」
「そ、それが急にいなくなってしまって、今どこにいるかは誰も分からないんです……」
嘘は言っていない。確かに誰もどこにいるかは知らないし、急にいなくなったのも確かである。ただ、彼は夕暮れ時になると毎日いなくなるし、おそらくはしばらく待てば帰ってくるのだろうが、それを言っていないだけで、彼女は嘘はついていないのだ。
しかしマフィアの男はメキの襟首をつかみ上げて、反対の手で握りこぶしを作って脅す。
「まぁだ自分の立場ってもんが分かってねぇみたいだなぁ……」
メキは思わず目をつぶってしまったが、その時男達の後方からそれを咎める声が聞こえた。
「やめな! 女の顔を殴るんじゃないよ……」
その声にマフィアの男たちはにわかに緊張した面持ちになって、メキを掴んでいた手を離した。声の主は、ゆっくりと落ち着いた足取りでメキたちの目の前に歩いてくる。その女は、黒いシルクのような光沢のある髪に、紫のドレスに身を包み、片手にキセルを持った眼帯をした女、ガラテアファミリーのボス、ノウラ・ガラテアであった。
「すいません、ボス……こいつら以外と口が堅くて……」
ガラテアは部下の話を聞いているのかいないのか、キセルから口をはなし、フッと煙を吐いてからメキの方を見るとゆっくりとその眼帯をめくった。右目の眼窩には緑色に輝く宝石が埋め込まれていた。メキはそれを見て恐怖におののいたが、ガラテアはゆっくりと口を開き、彼女に問いかける。
「ふぅん……急にいなくなって……誰にも居場所は分からない、と……?」
「は、はい……」
「…………」
ガラテアの右目の宝石が怪しく光る。しばらく彼女はそのまま動かなかったが、やがて眼帯を元に戻した。
「どうやら嘘はついていないようね……」
「それなら……」
メキの表情が一瞬明るくなったが、ガラテアはすぐにメキの髪の毛を引っ掴んで、母親の方に向かって言った。
「どっちにしろこの女は貰っていくよ! いや……」
一瞬間をおいてガラテアはさらに母親に話しかける。ちなみに父親の方は意識はあるものの、まだ喋れる状態ではない。
「ここは紳士的に行くとしよう。この娘を、売ってくれないかい? 奥さん」
母親は一瞬固まってしまったが、ガラテアはさらに彼女に顔を近づけて語り掛ける。
「売ってくれるよね? 奥さん?」
メキの母は戸惑った表情のまま、少し回復してきた彼女の夫と顔を見合わせる。
メキはその様子を、祈るような気持ちで見ていた。確かに普段から両親は何か気に食わないことがあれば彼女に暴力をふるう。しかしそれでも他に変えるもののない血のつながった両親なのだ。決して、自分のことを見捨てるはずはない。
メキの母と父はお互いの目を見あった後、こくり、と頷いた。メキの表情が、絶望に、染まる。
「うふふ、物分かりがよくて助かるよ……」
ガラテアはそう言ってからメキの両親に金子を渡すと、彼女の部下に指示してメキを連れさせた。もはやメキは抵抗する力さえなかった。実際にはここでマフィアの申し出を拒否すれば、今度は実力で無理やりメキを攫って行ったであろう。金をもらって娘を売るか、あくまで拒否の姿勢を見せて、金をもらえずに暴力を振るわれて、娘も奪われるか、選択肢はこの二つに一つである。
ならばもはや選択などないに等しいのだ。物語の主人公でもなければ、それ以外の選択肢を選ぶ権利などないのだ。
そこに主人公がやってきたのは、彼女が連れられて10分ほど経った後、マフィアと入れ違いであった。
「いったい何が……何があったんですか」
家の前でメキの両親が庇いあうように寄り添って抱き合い、呆然としていた。どうやら男の方はけがをしているようなので、グリムナはそれを魔法で回復させてから、再度二人に尋ねた。
「ここはメキの家であっていますよね? 何かあったんですか?」
「む、娘が攫われちまったにゃ……」
この期に及んで金を受け取ったことをごまかすようなことを言う父親であったが、事情の分からないグリムナがそこを追求することはない。
「さらわれた? メキがですか? いったいなぜ?」
「全部あのガキのせいだにゃ! ヤーンとかいう! あいつが来てから何もかもおかしくなったにゃ!」
急に激しく怒鳴るように話す父親のその『ヤーン』という単語に思わずグリムナはフィーたちの方に振り向いてこくり、と頷いた。
「ブロッズからの情報通りね。やっぱりメキがヤーンに関わっていたのね……」
フィーがそう呟いた。グリムナ達はブロッズからメキがヤーンとかかわりがありそうだという情報を受けて彼から聞いたメキの家に急いできたのだが、肝心のヤーンがいないどころかメキもいない。グリムナはメキの父親に落ち着かせるように、優しい口調でさらに問いかける。
「さらっていったのは誰なんですか? おちついて、ゆっくり話してください……」
メキの父親は涙を流しながら話す。それが演技であるのか、真実の涙なのか、それは誰にも分からない。
「もう無理だにゃ……ガラテアの奴らに連れられてったら、すぐに奴隷として売り飛ばされて終わりにゃ……二度と会うことも……出来ないにゃ……」
「なんてことだ……」
グリムナの口から思わず言葉が漏れた。
(なんてことだ……語尾のせいで、全然緊迫感がない……)
語尾は大事




