第167話 されど騎士は問いかける
「この町を見てどう思ったか……? それこそ意味が分からない。俺に何をさせようっていうんだ?」
聖騎士ブロッズ・ベプトの言葉を額面通り受け取るならば、グリムナがこの町で何をするのか、彼の興味はその一点に尽きるようであった。しかし彼はこの町にはヤーンを保護するために来ただけであり、それ以外のことをするつもりはなかった。なかったのだが……確かに、この『悪徳の町』を見て、いろいろと思うところはあったのだ。
「果たして……マフィアは悪だろうか? この町を支配する三大マフィア……彼らは非道な悪の組織であるとともにこの町に莫大な雇用を生み出す存在でもある。君はこれをどう見る?」
ブロッズの指を横にそらし、顔を背けながらグリムナは答える。
「どうするも何も……俺には何もできないよ。たった四人でマフィア相手に……それもこの町のマフィアはほとんどオクタストリウムの国家そのものと言ってもいい……そんなものを相手に個人でできることなんて何もない。俺達はヤーンを守る。ただそれだけだし、それ以上のことなんてできない」
目線をそらしたグリムナを鼻で笑ってブロッズは両手を広げ、大げさなジェスチャーをつけながら話す。
「ところがそうはいかないんだなぁ。なぜならそのお目当てのヤーンがもう大きくマフィアに関わってしまったのさ」
「なに? どういうことだ?」
食いついてきた……グリムナのリアクションにブロッズは大いに満足したようで、にやり、と笑みをこぼす。
「ここ数日ガラテアファミリーの人間だけが狙われる殺人事件が連続して起きている。死因はいずれも、鈍器のようなもので一撃か、もしくは獣か何かに爪で引き裂かれたような傷があるか、だ。そして、彼は今日、屋根の上で獲物を品定めしているところに私が遭遇した。トロールのような化け物がそう何匹もこの町を跳梁跋扈しているとは思えないしね。君はこれをどう見るかな?」
正直言うと今この町には何匹ものトロールが跳梁跋扈している可能性は大いにあるのだ。ブロッズはそれを知らない。彼の指し示した根拠はそれ単体では酷く薄弱なものに見えたが、彼は確信を持っているようである。しかし同様にやはりグリムナも確信を持っていた。なぜならリヴフェイダーから得た情報があるからだ。記憶は曖昧だが、ヤーンにトロールの力を分け与えたかもしれない。そして、ヤーンには自暴自棄になってしまうだけの出来事が起こっている。カルケロの死、である。
だがグリムナはそれを悟られないようにブロッズに聞き返す。
「ガラテアファミリーと、ヤーンに何の関係が……?」
「さあ? 私もそこまでは掴んではいないな。もしかしたら偶然かもしれないし……しかしトロールがこの町で連続殺人を犯していることだけは確かだ」
「お前は……その情報を掴んで何をするつもりなんだ……? ヤーンを逮捕するのが目的なのか?」
グリムナがそう尋ねる。いまいちブロッズの目的がよく分からなかったからだ。しかしブロッズはグリムナのその言葉を聞くと笑い始めた。
「あははは、まさか! オクタストリウムと縁もゆかりもない私にはこの国での逮捕権などないさ。教会が異端審問の礼状でも出せば別だけどね。……さっきも言った通り、私の目的は、君がこの町で何をするか、それを見届けたいだけだ」
そういうとブロッズは再びグリムナに歩み寄って両の手でがしっと彼の頬を挟み込んで顔を近づける。
「君がこの町で、どんな『正義』を為すのか、それが知りたい……」
ブロッズの表情はそれまでの朗らかな笑顔のようなものから、明らかに異質なものへと変貌していた。両の眼は明らかにグリムナを見ている。しかしどこか焦点が合っていないような、グリムナを見ながらも、何か別のものと話しているような、そんな印象を受ける虚ろな目であった。
「正義とは何か、分かるか? 悪とは何か、それが君に分かるか?」
グリムナは彼の異様な雰囲気に気おされて何も答えられないでいたが、意外にもその問いに答えたのはヒッテであった。
「悪とは、『生きる』ということです」
ブロッズはグリムナの顔を離し、驚いたような表情でヒッテを見た。
「正義が『他者を助ける』ことなら、間違いなくその反対の『悪』とは、『生きる』という事です」
ブロッズは黙り込んだまま、しばらくずっとヒッテの顔を覗き込むように見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「驚いたな……その若さで、矛盾に気付いているとは……グリムナなんて何も考えてないのに」
「自分ではその矛盾の答えが出せないから、ご主人様にその答えを出させようってことですか……」
ブロッズはそのままヒッテを見つめ続ける。どうやら彼女の言ったことが全ての答えのようだ。彼は正義と悪という言葉の持つ矛盾に答えが出せず、能天気に平和主義、博愛主義を振りかざすグリムナが悪徳によって歯車を回しているこの町でどう振舞うのか、それが知りたかったようであった。
「恐ろしく頭の回る子だな。まあ、大体君の言った通りだよ……人は、いや人以外もそうか、他者を押しのけて……極論を言うと他人を殺すことでしか生きられない。それはたとえ赤子だろうと、動物だろうと、植物だろうと同じだ。それが生存競争というものだ。グリムナ……君ならこの矛盾にどう答えを出す?」
「グリムナ、まずいことになったぞい……」
話の途中であるが、バッソーが話しかけてきた。グリムナが振り向くと、バッソーが苦しそうにうめいているフィーを抱きかかえていた。以前にヒッテが「この町にいるとずっと悪意にさらされているようで頭が痛くなる」と言っていたが、もしやエルフである彼女もそうなのだろうか。息を荒くしており、バッソーが額に手を当てて熱を確認してから、さらに口を開いた。
「難しい話が続いたから、知恵熱を出してしまったようじゃ」
「生水でも飲ましとけ」
そのやり取りを見て、ブロッズは毒気が抜けたように元の表情に戻って、フッと鼻で笑った。
「私としたことが、少し長話になってしまったな。とにかく、聖剣もラーラマリアの元に渡った今、暇を持て余しているんだよ」
「なんだって!?」
思わず大声を出してしまったグリムナにブロッズが驚き、恐る恐る尋ねる。
「ま、まさか、知らなかったのか……君たちは仲間じゃなかったのか……? 情報すら入ってないとは、思わなかった……」
そう言われるとグリムナも非常につらい。何しろ世界平和を実現し、この世界から悲しみを取り除こうとしている当の本人が仲間内の痴話喧嘩すら解決できていないという現実がそこにはあるからである。
しかしよくよく考えてみれば別に悪い情報ではない。何を考えているか分からないヴァロークが聖剣を持っているよりは世界を救うために行動している勇者であるラーラマリアが持っている方がよほど良いはずである。正直言ってグリムナにとってはラーラマリアも何を考えているかはよく分からないが、そもそもグリムナは彼女に渡すために聖剣を探していたのである。結果的にはこれでよいはずなのだ。
少なくともこの時、グリムナはそう思っていた。
「それにしても、なかなかいい仲間が揃っているね、君のところは……」
ブロッズはそう言ってヒッテの方をちらりと見てから、つかつかとぐったりしてだるそうにしているフィーに歩み寄って、その顔を覗き込んだ。
「頭の回る少女に、賢者に、エルフか……バラエティーに富んでいてバランスのいい仲間だ……でもね」
ブロッズはそのまま、フィーの顎をくいっと掴んで自分の方に向けさせると、言葉を続けた。
「人のこと実名でBL小説に登場させるのは、本当にやめてくれるかな?」




