第159話 世界が終わる
「この世界はもうすぐ終わるわ。だからぁ、もうトロール達を止めることは、できないのぉ」
リヴフェイダーの口から紡がれたのは衝撃的な言葉であった。あまりにも突飛すぎてにわかには信じがたい、しかし心当たりがないでもない。それが冗談なのか本気なのかは彼女の冗談めかした態度から読み取ることはできなかった。
「せ、世界が終わる? いったいどういう事なんだ、竜と何か関係あるのか!? もうすぐ竜が現れるから世界が終わるってことか?」
「あら、知ってるのね? その通りよぉ」
そう答えるとリヴフェイダーは椅子から立ち上がり、コツコツと室内を歩いて壁際まで行き、木の窓を開けて外を眺めた。外はすでに夜闇の支配する世界となっていたが、酔っ払いの大声なのか、喧嘩の声なのか、ちらほらと声が聞こえる。さすがに大通りなので目に付くところで騒いではいないが、この町のことだ、少し裏路地に入れば今も不逞の輩が跳梁跋扈し、よからぬたくらみを働いているのだろう。リヴフェイダーはその景色を見ながら、いつの間にかまた手にしていたキセルに口をつけ、ゆっくりと煙を口から吐きだしてから呟いた。
「この町は世界の縮図ねぇ……」
そう言ってしばらく大通りの景色を眺めていたが、やがてゆっくりとグリムナ達のほうに向きなおってから話し始めた。
「まあ、『世界が終わる』ってのは少し大げさだったかしら? 世界にはこの大陸以外にも人が住んでるし、この大陸も人間以外は生き残ると思うわぁ……竜が狙うのは人間だけだしぃ……」
リヴフェイダーはまたキセルに口をつけてぽっと煙を吐き出す。その匂いにヒッテが少し嫌な表情を見せた。
「でもその後に来る『長い冬』でみんな打撃を受けるでしょうからぁ……今のうちに『食い溜め』しとこう、って流れになってるのよねぇ……あたしも本当はもうちょっと太らなきゃぁ……」
そう言って彼女はニヤリと笑いながら舌なめずりをして、自身の胸を揉みしだいた。その煽情的な姿にもグリムナは臆することなく彼女に問いかける。
「やはり……みんなが言っている通り、竜はもうすぐ復活するのか……? お前には、それが分かるのか?」
「そうよぉ……あたし達トロールは、ヒューマンやエルフよりも精霊に近い存在、まあ『妖精』ってところねぇ……あなたたちよりも気の流れに敏感だから、よく分かるのよぉ……もうそんなに遠くない未来、竜は確実に目覚めるわぁ」
グリムナはその言葉に絶望する。彼は何とか竜が復活しないように、人々を絶望の淵から救い出すことが第一の目的であったし、師匠のネクロゴブリコンからもそう言われていた。しかし、やはり一人の人間にできることには限界があった。膝をついてがっくりとうなだれるグリムナを気遣ってか、リヴフェイダーはさらに言葉をつづける。
「仕方ない事なのよぉ……人間が増えすぎればその衝突、葛藤は避けられない事態。他の大陸でもそうよぉ? それが、あなた達コルヴス・コラックスの子孫には耐えられない事実だったのねぇ……賢くなりすぎるってのも、考え物ねぇ」
グリムナはバッと顔を上げて目を見開いた。『コルヴス・コラックス』……まさかリヴフェイダーの口からその単語が出るとは思ってもみなかったのだ。しかも彼女はグリムナ達のことを『コルヴス・コラックスの子孫』と言った。ヒッテ個人のことを言ったのではなく、確かに『あなた達』と言ったのだ。
グリムナは立ち上がってリヴフェイダーにそのことを問い詰める。
「どういうことだ? ヒッテは確かに母親がコルヴス・コラックスだが、俺達もコルヴス・コラックスの子孫? どういう意味だ!?」
「あら、知らなかったのぉ? コルヴス・コラックスがこの大陸に居ついたのは大体一万年位前……彼らが元々どこから来たのかは知らないけどぉ、その後元々この大陸にいたヒューマンと混血してその血が大陸全土に広まっていったのよぉ、つまり、あなた達はみんなコルヴス・コラックスの血を引き継いでいるってわけぇ」
グリムナは衝撃で思わず片手で顔を覆った。余裕があれば探そうと思っていたコルヴス・コラックスの、『歌い手の一族』の血が、自分にも、いやこの大陸の人間すべてに流れていたとは……
「コルヴス・コラックスは精神感応能力の高い一族。だからこそ、この残酷な世界に耐えられずに、『竜』なんてものを生み出しちゃったのかもねぇ……今もこの大陸のどこかに、純血のコルヴス・コラックスの集落があるとは聞いたことはあるけどぉ……お嬢ちゃんがそのコルヴス・コラックスの娘なのぉ? 普通の人間とは雰囲気が違うなぁ、とは思ってたけど」
リヴフェイダーは少し歩み寄って腰をかがめ、ヒッテの顔を覗き込みながらそう言った。ヒッテは彼女のことが少し恐ろしいのか、ぎゅっとグリムナの腕を掴んだ。一方のグリムナは目をつぶり、少し深呼吸をして気を静める。
変わらない。基本的には何も変わらないのだ。目的のコルヴス・コラックスの血が自分に流れていようが、することは何も変わることはない。今の彼の目的は一つ。改めてリヴフェイダーに問いかける。
「今、俺たちは純血のコルヴス・コラックス……この、ヤーンって言う男を探してこの町に来たんだ。もし何か手掛かりがあったら教えてほしい」
そう言いながらポケットから人相書きを取り出してリヴフェイダーに見せた。
「アラかわいい……この子だったらよく知ってるわよぉ。今この部屋にいるわぁ」
「なにっ!?」
慌ててグリムナが周囲を見回す。しかし自分たち以外には誰の姿もない。姿が透明だとでもいうのか、しかし慌てて取り乱しているグリムナにヒッテが冷静に指摘する。
「ご主人様、その絵……人相書きじゃないです」
「ん?」
よく見ると、グリムナが差し出したのは裁判所でアムネスティがスケッチしていたグリムナのちん〇んの絵であった。
「すまん、人相書きはこっちだ。アムネスティから取り上げたのがそのままポケットに入ってた……」
手痛いミスである。そりゃ確かにこの部屋にいるわ。彼の股間にチン座している。もしかしたら昼間ヤーンの居所を聞き込みしていた時も何人かは間違えてこっちのちんスケを見せていたかもしれない。慌ててグリムナが今度こそヤーンの人相書きをリヴフェイダーに見せると、彼女は首をひねりながら考えこむ。
「ん~……どこかで見たような……あたし、この町に来てから結構積極的に人間に話しかけたりしてるからぁ……その中にいたのかも……」
リヴフェイダーの話し方にはグリムナは何か不穏なものを感じた。そういえばこの時期ここには多くのトロールが集まるとは聞いたが、いったい何をするのか、ふと気になった。まさか人間のパレードを見に来るわけではあるまい。グリムナは思いついて、そのことを聞いてみた。
「ん……まあ、お祭りが目的なのは確かよ? 人間が自分たちに向けて祭典を開いてくれるのは悪い気はしないもの。まあ、人が多く集まるってこともあって、ちょっとくらい攫って食ってもいいだろう、って思って羽目を外す子もいるけどぉ……あ、あたしはもちろんそんなことはしないわよぉ?」
「だったら、お前は何の目的でボスフィンに来たんだ? 北に住んでたお前が、まさかパレード見たさにこんな南まで来たわけじゃないだろう? それとも他にすることがないくらい暇だったから来たのか?」
グリムナの言葉にリヴフェイダーは少し考えこんで、しばらく目を泳がせたりと落ち着かない様子であったが、やがて観念したようにゆっくりと話し出した。
「まあ、あたし嘘がつけないタイプだから正直に言っちゃうけどぉ……『お仲間』を増やそうと思ったのよねぇ……」




